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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る~改訂にあたってカットしたエピソード集~  作者: 兎野羽地郎


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中の原衛兵隊演習⑤

 二つ目の種目は弓だ。

 エミリー先生とハンナさんが出場している。後の六人は現役猟師の男性四人と衛兵隊が男女一人ずつの二人だ。


 弓の競技は要するに的あてだ。例えば、的に十本中何本当たったかで競うのだろうと思っていたら、会場正面に並んでいた八人全員が、いきなり弓と矢筒を背負って走り出した。


 パウルさん率いる上下水道管理事務所を総動員して、ペアの部の後の休憩時間に突貫工事を行ったらしい。競技者の行く手には様々な障害が設けられていた。


 競技者達は、最初の障害である腰ほどの深さの泥水の中を歩かされたあげく、水底に埋めてある大きな甕にはまり込んで動けなくなったり、走路上に張った網の下に潜り込んで匍匐前進をさせられたり、氷の上を這いずって進んだり、魔法で飛ばされる泥玉を避けながら矢を射たりと、散々な目に会っていた。


 それぞれの障害を突破した先にある射場に着いた者から的に向かって弓を射て、三本の矢を命中させなければならない。それぞれの射場でどん尻かどん尻ツーになった者が順に脱落していくという、かなり過酷なものだった。

 正直言って、弓の腕より障害を突破する速度の方が重視されている。


 見ている者にとっては、応援のし甲斐があった。観客の声援も、障害を越えるたびに大きくなっている。

 設けられた障害を随分と気に入ったらしいハンスさんが、衛兵隊の訓練に導入するか、と独り言を言っていた。




 残す障害も一つとなり、二人の競技者のみが残った。エミリー先生は無事に残った。それどころか前を走っている。このまま行くと優勝だ。孤児院の子達の声援が凄い。賞金が出たらきっとご馳走が出るのだろう。それぞれに食べたいものを大声で叫んでいる。


 最終種目は人形運びだ。戦場で敵を倒しながら、川を渡り、藪を抜け、なぜか氷を踏んで、敵の攻撃を撃退しつつ、怪我をした味方を救助して帰って来る、という設定らしい。つまり、脱落者は戦死判定と言ったところか。救助すれば良いので弓は使わない。


 先行したエミリー先生は、しかし、ここで苦戦していた。人形が重くて持ち上がらない。今までどちらかと言うと有利に働いた小柄な体がここにきて凶と出た。


「気合入れろー!」


 キャサリン先生が大声で叫ぶ。子供達も、いや、会場全体が大声援を送り始めた。

 エミリー賛成も声援に答えようと頑張ってはいるのだが、引きずるのが精いっぱいだ。遂に軽々と右の肩に人形を担ぎあげた後続に追いつかれた。追い上げたのは大柄な猟師のオッサンだ。万事休すか……。


 しかし、オッサンはエイミー先生に近づくと、あろうことかエミリー先生を左の肩に担ぎ上げた。

 さらにエミリー先生が引きずっていた人形をも担ぎ上げる。右の肩に人形二つ、左の肩にエミリー先生だ。いきなり担ぎ上げられてバタバタしていたが、何か話しかけられて大人しくなった。そのままゆっくりと歩き出すと、二人同時にゴールした。


 ざわついていた会場が盛大な拍手に包まれる。特にお姉さんやオバサンといった女性達は立ち上がっていた。女性神官をその身を挺して救助するとは、流石は自警団だ、といったところか。子供達も大喜びだ。 


 しかし、これは審議となった。当然と言えば当然だ。実行委員会の面々が集まって何やら話している。

 会場では誰彼無しに、二人共一位でいいだろうと大声で独り言を言う者が出始める。

 しばらくして、アドルフさんが会場正面に出てきた。




「ただ今の結果について、実行委員会で協議した結果、最終的にゴールした二人を同着とします。ただし、二人とも二位とし準優勝とします」


 会場がざわついている。両者とも二位とはどういう事なのか。


「この競技は、弓の競技会にも関わらず最後の人形運びで勝負が決すると言う設定上のミスがありました。これは実行委員会の過ちです。そして、競技者のうち一人は自力でゴールしておりませんが、弓を使った障害についてはその者が第一位で突破しております。また、もう一人の競技者は自力でゴールしましたが、他人に手を貸す、つまり競技に勝つために全力を尽くしておりません。しかし、これが戦場であれば味方を救い帰還した行為は勲章ものです。したがって、この競技に限り、二人の競技者の頑張りを讃え同着の栄誉を送りますが、優勝者は無しとします。賞金は双方に準優勝賞金を進呈します」


 会場はざわついているが、同着二位のオッサンが満足そうに頷いたのを見て拍手に変わった。皆にも認められたようだ。

 勝ち名乗りは二人同時に準優勝として受けていた。

 正直良く分からなかったが観客の皆が喜んでいた。これで良かったのだろう。




 弓の次は槍だ。

 キャサリン先生の出番だ。

 これはもう、決勝までは圧倒的だった。早すぎて分からなかったのだが、あっという間にキャサリン先生が有効打を取ったらしい。どちらかが動いた、と思った瞬間に決まっていた。相手によっては槍を取り落としたり、弾き飛ばされたりしていた。

 いつの間にか応援団が出来ているみたいで、オッサン達の声援が正直うるさかった。


 もう一方の決勝進出者はハンスさんだった。

 ベイオウルフが言うには、ハンスさんは当初剣で出場の予定だった。しかし、キャサリン先生が槍部門にエントリーすると聞いて急遽変更した。ああ見えてかなりの腕前らしく、なんとしても衛兵隊が優勝するための作戦だそうだ。


 そのハンスさんは危なげなく勝ち進んだ。衛兵隊の隊長代行として、キャサリン先生の優勝を阻止するために参加したのだから当然と言えば当然なのだろう。




 決勝は二人の激突となったのだが、想像以上に激しいものだった。


 開始の合図と共に、双方飛び下がると、一旦間合いを取る。

 そこから、互いにジリジリと右回りに動きながら、徐々に距離を詰めていくと、まずはハンスさんが仕掛けた。突きに出た。しかし、それに合わせる様に槍を突き出したキャサリン先生に簡単に弾かれてしまった。そのまま突いてくるのを防ぐために、一旦飛び下がる。

 お互いに、手を出しては、自分の槍を弾かれて飛び下がる、といった決勝にあるまじき地味な攻防を繰り返している。


 遂に業を煮やしたのか、キャサリン先生が頭上に振りかぶった槍を振り回しざまにハンスさんの前に踏み出した左足を薙ぎ払うように狙うと、咄嗟に足元を槍で守ったハンスさんの懐へ飛び込んで地に突き立てた穂先を軸に柄の方で殴りかかり、槍を捨てて迎え撃ったハンスさんに足を掛けられた瞬間に背中に回り込み、反転しながらハンスさんを横投げに投げ飛ばそうとして踏ん張ったハンスさんと共に地面に倒れ込んだところで、審判に止められた。とベイオウルフに教えて貰った。私には二人の動きが速すぎて、何をやっているのか分からなかった。


 結局、槍での決着はなかなかつかず、六回目の延長戦でいつの間にかレスリングの様に組み合ったまま二人共倒れ込んでしまい、息が切れて二人とも動けなくなったところで、ついに引き分けが宣言されて双方優勝となった。


 ベイオウルフが言うには、ハンスさんと互角に渡り合ったキャサリン先生も凄いが、二十代のキャサリン先生と持久戦になっても挫けなかった四十代のハンスさんも凄いとのこと。


 院長先生と一緒に、そこだ突け! とか、刺せ! とか叫んでいた子供達が、いつの間にか、今だ蹴れ! とか、殴れ! とか言っていたが、賞金が手に入ったのだから、これで良かったのだろう。


「流石は俺達の戦女神だ。あのハンス相手に一歩も引いてねえ」


 新しい宗教に目覚めたらしい一部のオッサン達の声は、聞こえなかったことにした。




 徒手格闘の部門と剣の部門は衛兵隊の独壇場だった。当然と言えば当然なのだが、衛兵隊が強いことは良いことだと思う。観客も満足したようだ。


 特筆すべき点は、徒手格闘で優勝したブリジットさんが速過ぎて、いつ有効打を奪ったのか分からなかったこと。それと、剣の部門に出場したベイオウルフが準決勝敗退となってしまったことだ。もっとも、ベイオウルフに勝った人が優勝したので、負けた本人はそれほど落ち込んではいない様だった。なんでも相性が良くないのだそうだ。


 剣や短槍を持ち鎧兜に鋼鉄の大楯を振りかざして多少の手傷に構わず戦うのがベイオウルフだとすると、優勝した人は二本の軽い剣を駆使して軽装で短期決戦を仕掛けるスタイルだ。

 今回の様に双方鎧冑も楯も無く片手木剣だけで戦う場合は、どうしても早い相手に遅れをとってしまいがちなのだそうだ。


 これは勝った人も認めていたので本当なのだろう。今後の課題と言えば課題なのだろうが、重装兵と軽装兵の違いらしい。それでも普段の装備をした状態でのけいこでは、おおむね五分と言っていた。実力は伯仲している。


 その二人の目標がハンスさんだったのだが、キャサリン先生が槍で引き分けてしまった。そちらの方が重要だったようで、二人とも目標が二人に増えてしまったと頭を抱えていた。




 最後の個人競技は棒だ。これが問題だった。

 衛兵隊は普段棒術を習わないので、審判は神官が務めることになった。その結果神官らしく極めて厳格な判定が下されることになり、聖職者にあるまじき壮絶な叩き合いが展開された。


 有効打が簡単に認められないのだ。

 打ち込みが浅いと無効として手を振られ、当たった場所が一撃で相手を倒す急所でなければ手を振られた。


 棒術で使う棒は背丈ほどの木の棒で刃がついていない。どういうわけか布玉もつけていなくて、実戦さながらの勝負をしている。

 怪我人続出で競技の続行が危ぶまれ、オバサン達が息を呑み、オッサン達が固唾を飲んで見守る中、院長先生だけが喝采を浴びていた。開始と同時に有効打が出る。両者打ち込んでいるのだが、相手の身体に当たるのは院長先生の棒だけだ。


 何が何だか分からないのでベイオウルフに聞いたのだが、分からない、と言われた。

 ハンスさんに聞くと、手数の違いだ、と言われた。

 基本は三手、応用は二手、達人は一手、なのだそうだ。益々もって分からない。

 仕方ないので、教えて下さいと言うと、ベイオウルフを相手に稽古が始まってしまった。


 ハンスさんが二本の短い剣を持つ。さながらベイオウルフの競技の相手のようだ。

 ベイオウルフに普通の長さの木の剣を持たせると、いきなり斬りかかった。ベイオウルフが受ける。


「一!」


 ハンスさんが言う。


「そのまま打って来い!」


 ベイオウルフが受けた体勢から一旦剣を引き、振りかぶる。


「二!」


 ベイオウルフが剣を打ち込む。


「三!」


 ハンスさんがベイオウルフの剣を両手に持った剣で受けたところで、待て、となった。

 つまりは、相手の攻撃を受け、振りかぶり、攻撃する、の三手なのだそうだ。

 それを二手、相手の攻撃を弾く様に受けてそのまま突いた、のがキャサリン先生。


 院長先生は、相手の攻撃を受ける棒の軌道と相手を攻撃する棒の軌道を作り出す身体の動きが同じだから、一手。もちろん、先制攻撃の一手がそのまま決まっても一手だ。

 二手、三手、で攻撃してくる相手に負けるわけはないのだそうだ。

 これは相手が受けられない程の力や速さで攻撃できる場合も同じらしい。


 力、速さ、技、これが戦技と言うものさ、とハンスさんが言っているが、正直言って良く分からない。


「ハンスさんは出来ないの?」


 恐れを知らない準優勝魔法使いが、聞きにくいことをズケズケと聞く。


「偶然出来る時もあるが相手がそうさせてくれん。そのくらい難しいのさ。それを簡単にやってのけているのがカトリーヌ司教なんだよ」


 要は院長先生が最強ということは分かった。




 ハンスさんの解説を受けている間に決勝になってしまった。

 ここはじっくりと手数の差というものを観察しよう。

 決勝には当然のように院長先生と教会の神官なのだが、相手の神官はかなり固くなっているようだ。相手が相手なのだから仕方ないか。


 開始の合図とともに、両者棒を構えた。


 院長先生は、やんわりと棒を両手に持ち正面に構えている。

 相手は動かないのか動けないのか、同じように正面に構えたままジッとしている。


 しばし、そのままだったが院長先生が不意に一歩踏み出した。頭を相手に差し出す様に突き出すと同時に、右手を顔の付近に左手を相手の足元に突き出し棒の左端を地に下ろした。まるで吸い込まれるように相手が棒を振り上げた瞬間に、院長先生の棒の右手側がくるりと上から旋回してきて相手の首元を打った。左手はいつの間にか棒から離れていて右手一杯に持っている。


 そのまま相手は首を抑えてうずくまり、院長先生の優勝が決まった。

 歓声が上がり、カトリーヌ・コールが沸き起こる。

 正直、手数と言うのは良く分からなかったが、牽制も含めて棒を一回旋回させただけで仕留めたのは分かった。


 孤児院の子達が喜んでいたから良かったのだろう。結局、先生三人が出場して優勝二人に準優勝一人だ。今夜はきっとご馳走だ。


「キャサリン! エミリー! 勝ったわよ。今夜は祝杯……じゃなくて、皆でご馳走ね」


 喜ぶ子供達の後ろで、ジェニファー先生が両手を腰にやり睨んでいる。


 なるほど。どうやら孤児院最強はジェニファー先生だな。

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