中の原衛兵隊演習④
ドラゴン・コールがおさまると、いよいよ戦技競技会本選が始まる。
剣と徒手格闘で生き残った選手は衛兵隊ばかりなのだが、注目は槍と弓だ。弓は流石に猟師が多いのだが、変わり種としては町役場の受付のハンナさんと孤児院のエミリー先生が入っていた。予選は参加者が一列に並び、離れたところに置いてある的に何本当たるのかが競技の内容なのだが、結果は二人ともまずまずで頑張れば優勝も狙えるかもしれない。
槍の部門にはキャサリン先生がエントリーしてきた。予選では圧勝だったらしいので、衛兵隊が顔色を変えている。今までの演習には自警団の参加はおろか、神官の参加なんか無かった。弓と棒術以外の個人戦は衛兵隊の圧勝だと考えていたところにダークホースが現れた。戦いを生業としている者にとって、負けるわけにはいかないのだろう。
棒術は神官の優勝が決まっている。なぜなら神官しかいないからだ。目玉といえるのは、院長先生がエントリーしたことだろう。魔王を倒した英雄の棒術を見ることが出来るのだから、皆楽しみにしている。破戒のカトリーヌの二つ名に恥じない戦いをしてくれるに違いない。
神官の場合、エミリー先生とキャサリン先生のような変わり種は別にして、魔物と戦う術は魔法と棒術くらいしかない。棒術は主に上級魔法を使えない神官が修行の一環として取り組んでいて、中の原町で棒術を習う者は神官しかいない。
何故この種目が加えられたのか? これが町の話題だった。
パウルさんが言うには、教会を今回の演習に引きずり込むためのアドルフさんの企みらしい。
これをきっかけに非力な女性でも扱える棒術が人気になれば、教会が運営する教室が出来たりして、結果として自衛力が上がり安全面の強化につながる。刃物を武器としない教会の教義にも一致する。自警団の数が多い町はともかく、小さな村では教会と一体となったほうが防衛力強化も早い。中の原一帯の防衛司令官のアドルフさんと教会の利害が一致したのではないか、というのがパウルさんの見解だった。
いずれにしろ、普段お目にかかれない競技なので、見物客の関心は高いようだ。
さて、戦技競技会の第一種目はペアの部だ。決勝に進んだ八組の勝ち抜き戦で決まる。
二回勝てば決勝に進めるのだが、到底勝ち残れるとは思えない。既にホーリーを使った牽制技はバレていて、競技者の間でこちらを見ながらヒソヒソとささやかれている。もう簡単に引っ掛かることはないだろう。本選では最初の立ち位置も真ん中らへんに決められている。二手に分かれて挟撃されたら無防備な私があっさりと倒された後、二対一になってマルセロさんの負けだろう。
つまり最初に狙われるのは私だ。
やっぱり、逃げよう。
密かにその場を離れようとすると、ベアトリクスがいつの間にか真後ろに立っていた。
「緊張はほぐしとこうね」
むんずと肩を掴まれた。
「往生際が悪いわよ。作戦があるっていったでしょ」
見抜かれた。しかも皆に囲まれてしまった。
マルセロさんを見るとニコニコしている。
「大丈夫。こう見えても、先の戦争では従軍して勲章も貰っているから」
それは凄い。だったら守ってもらえるかな。
「どんなのを貰ったんですか?」
「従軍賞かな」
「えっ?」
それって、自警団に志願したってこと?
レヴァント騒動の後、自警団長をやっている鳥の頭亭のオーウェンさんに、私も貰った。
もしかして、誰でも貰えちゃう……。
マルセロさんはいたずらっぽく笑っている。
そうだった。こういう人だった。
「何がっかりしてんのよ。私達を守ってくれた人に失礼でしょ!」
ベアトリクスに怒られた。その通りだ。戦争中に私達が孤児院で無事に過ごせたのも、エングリオ軍を町に近づけることすらなく撃退した人達のおかげだった。
失礼しました、と謝ると、ニコニコと笑ってくれた。
「大丈夫ですよ。だから一緒に頑張りましょうね」
「はい」
反論の余地無しである。勢いに飲まれてしまった……。
そして遂に試合が始まった。
私達はあまり期待されていないのか第二試合だ。優勝候補枠なら第一試合と第四試合のはずだからだ。
相手は二人共槍を持っている。というか、私達以外は皆槍のような長い武器をもっている。
後で分かったのだが、槍を中心とした長物を得意とする自警団武闘派連中がペアの部に大勢参加していた。どうやら、キャサリン先生のエントリーが原因らしい。オッサン達はキャサリン先生に向かって武器を向けるのが嫌だったみたいだ。
会場は地面に描かれた二つの円内になっていて、二試合が同時に行われる。
隣は第一試合で、優勝候補と目されている鳥の頭亭のオーウェンさんと従業員のペアが出場する。双方共に笑顔で話しているところを見ると、日頃から自警団で顔を合わせているのだろう。
観客の関心は第一試合に向いていて、皆そちらを見ている。アブラムシのような扱いは嫌だが、無様に負ける姿を見られなくて良いかもしれない。
円の中央にそれぞれ向かい合って立つ。挨拶をした後、間合いをとった。私はマルセロさんの横に距離をとって立っている。対戦するペアの間隔の三倍は空けた。
「始め!」
始まった。
そのまま、横っ飛びに飛んで行き、三人から大きく距離をとる。
さあ、相手はどうするのか?
ベアトリクスの予測では、①相手もペアと距離をとって一対一になる。②二人共マルセロさんに向かう。③二人共私に向かってくる。の三つらしい。
私達としては、二つ目が最悪なのだが、果たして相手は三つ目を選択した。二人そろって私に向かってきた。牽制専門の私を与しやすしと判断したようだ。ベアトリクスの思うツボである。
勿論、一人はマルセロさんを警戒しているから、実質は一対一なのだが要は私が逃げ切れば良い。さらに横っ飛びに飛んで会場の端まで来ると、流石に対戦相手のペアの距離が開いた。チャンスだ。棒を前に構えると私に近い方の相手も槍を構え直す。
逃げてばかりいた私がやる気を見せたので意外に思ったのだろう、意外そうにする……つまりは私に意識が向いた。その瞬間マルセロさんが何やら呟いた。
突然、マルセロさんが私の前で槍を構えた相手の左横に出現して、胴を一突きした。
不意を打たれて相手は地面に転がっている。
「ゆ、有効!」
審判も動揺している。しかし一人倒した。これで、二対一になった。
か弱い私に槍なんて物騒な物を向けるからだ。
突然出現して相方を敗退に追い込んだマルセロさんの姿を見て、残った一人が目を白黒させて驚いている。その隙を狙って私が横っ飛びに相手の右側に居場所を移し、マルセロさんと挟み撃ちになるようにした。
「えっ、えっ、何で? 何が起きたんだ」
混乱する相手に向かって私が、エイッと気合いを入れて棒を振り上げると、相手はとっさにこちらを向いてしまった。
「有効!」
即座にマルセロさんが背後から突きを入れて、私達の一回戦の勝利が決まった。
「勝負あり!」
勝ち誇る私達とキツネにつままれた様な顔の対戦相手。
会場がざわついている。隣の第一試合はまだ終わっていないのに不思議な技であっという間に私達が勝ったからだろう。
突然、見物客の中にいた一人の男が立ち上がって私達を指さした。
「あー! 思い出した! テレポートのマルセロだ! 戦争で自警団の夜襲作戦を何度も成功させて勲章貰った奴だ!」
どよめきが起きる。
そうなのだ。私が囮になって相手を引き付け、マルセロさんがテレポートの魔法で瞬間移動して不意打ちを決める。移動系魔法は禁止されていないことを利用したベアトリクスの作戦だ。第一試合で繰り広げられているような血沸き肉躍る壮絶な叩き合いの攻防を期待していたオッサン達には悪いが、戦場では勝った者が強いのだ。
ていうか、本当に勲章貰ってたんだ。最初からそう言ってよね。
マルセロさんを見ると、悪戯っぽく笑っている。
そう言えば、こういう人だったな。
テレポートの魔法を使った短距離移動を初めて見る人達が多いのだろう。びっくりしていたが、立ち上がった男の言葉を聞いて納得したようだ。女の人達を中心に拍手が起きた。
「凄い! 凄い!」
子供達も喜んでくれている。
「次も頑張るんだよ」
勝ち名乗りを受けた後退場の花道を通るとオバサン達中心に声を掛けられた。筋肉で戦いを挑んでくる者に比較的細身のマルセロさんと神官の私が勝ち上がっていくのが嬉しいのだろう。日頃の夫婦喧嘩の参考になれば良いと思う。
結局、優勝してしまった。
二戦目の鳥の頭亭連合との戦いでは、開始の合図と同時に横っ飛びした私を無視して、二人がかりでマルセロさんが急襲されたが、開始と同時にテレポートで相手の元居た位置、つまり二人の背後に瞬間移動したマルセロさんにあっさりと背中に突きを食らっていた。
相手がマルセロさんばかり見ていたから分かってしまったのだそうだ。
「流石はマルセロだ。参ったよ」
オーウェンさんは意外にさばさばとしていて、俺達に勝ったんだから優勝しろよ、と言ってくれた。
「今夜の晩飯はうちに来るんだぞ。自警団の祝勝会をやるからな。一七五の会は奢ってやる」
そればかりか、立ち去り際にオーウェンさんが気前の良いことを言いながらウィンクしてきた。
祝勝会ということは、最後の模擬戦に勝つ気なのだろう。
自警団長のオーウェンさんが指揮するのだから当然と言えば当然なのだが、同じ自警団員としては頼もしい限りだ。
晩御飯を奢って貰えるのは嬉し……もとい、祝勝会に呼んでいただけるのは光栄なので、ベイオウルフには悪いが自警団を応援しようか。
決勝の相手は、私が開始と同時に動かなかったことから警戒したのだろう。
一呼吸置いた後で二人そろってジリジリとマルセロさんに向かってきた。
マルセロさんの姿が消えた時点で、こちらから見て右側にいた方がくるりと後ろを振り返った。死角を無くし、かつ二人が槍を自由に使えるようにしたかったのだろう。
しかし、マルセロさんはいない。キョロキョロと二人して探すが、どこにも見当たらない。
それは、そうだろう。ゆったりとした裾の長い神官衣を着た私の後ろに移動してしゃがんでいるのだから。
気付いた時にはもう遅かった。私が、エイ、トー、と棒を振り回して牽制している間に、相手の頭上に瞬間移動したマルセロさんに上から落下しざまに攻撃されてあっさり片が付いた。
マルセロさんが言うには、同じ手では奇襲になりませんから、とのことだった。
なるほど。良く分からないが、勲章を貰ったのもその辺が理由なのかもしれない。
立体的なマルセロさんの攻撃に湧く会場で勝ち名乗りを受けながら、ホッと一息ついた私はへたり込んでしまい、マルセロ・コールを受けながらベイオウルフにおぶわれて退場するハメになった。
正直かなり恥ずかしかったが、男共相手によく頑張ったわね、と集まってきたオバサン達がお菓子を沢山くれたので、気にしないことにした。
貰ったお菓子は孤児院の子達に分けてあげよう。




