中の原衛兵隊演習③
魔法部門の予選が始まった。
並べた藁人形を一回の魔法でどれだけ倒せるかを競う。実際に倒せたかどうかは、被害程度で判定するらしい。審判はこの部門に誰一人参加していない衛兵隊だ。
マルセロ商会からは、ベアトリクスとアンジェリカさんが参加している。
アンジェリカさんは上級魔法使いだから優勝候補の一人だが、初級魔法使いの場合は得点が二倍され、中級魔法使いの場合は五割増しされるハンデキャップ戦になっているから油断は出来ない。戦技競技会と違い攻撃されることもないので、記念にと、かなり大勢の申し込みがあったようで、どこにダークホースが潜んでいるかは分からない。
二十人もの選手が一斉に十体ずつの藁人形の前に並ぶと、思い思いに魔法を使う。炎、水もしくは氷、雷、風、土。物質属性魔法は比較的使用者が多いが大半が初級魔法までだ。それでも皆、最低一体分の倒せた判定をもらって二ポイントの得点をもらっていた。得点を得た者は倒せたで賞としてお菓子がもらえる。小さい子供を持つお母さん参加者にとって優しいシステムだ。実行委員のはからいらしい。
さて、ベアトリクスが登場した。
初級魔法しか使えないから得点は二倍される。六体倒すと十二点になり上級魔法使いを越えることが出来るが、藁人形は五体が横二列に並んでいる。一回の魔法では同時に複数の人形にダメージを与えるのは困難だ。隣の競技者の藁人形を倒してしまうと隣の競技者のポイントになるから、正面攻撃しかできない。手が込んでいる。
ベアトリクスが選んだ魔法は、ファイアー・ボールだった。
詠唱を終え、かざした手のひらに炎を生み出すと、ゆっくりと飛ばす。
フワフワと飛んで行った火の玉は、十体全ての藁人形の足元に順番に火を付けると、制御が尽きたようにポトンと地面に落ちて消えた。
乾いた藁で作った人形は全て燃え上がっている。
十体全てに倒せた判定が出た。二十ポイント獲得だ。
通常の戦闘なら剣ではたき落されてしまいそうだが、そこは競技会だ。
ベアトリクスにかかってはルールを逆用されるだけだ。
しかし、十体全ての藁人形が炎上する情景はなかなか迫力のあるもので、大いに盛り上がった。拍手喝さいの観客に向かって、手を振りながら悠々と退場する。
使った魔力は一回分でも精神的には相当消耗したようで、私達の所へ帰って来ると同時にへたり込んでいた。
その証拠に、跡からでてきた他の者が真似をしたが、せいぜい三体が限度だった。酷い者は藁人形に到達する前に地面に落ちて無得点に終わっていた。
いよいよアンジェリカさんの登場だ。参加者の中で唯一の上級魔法使いなので最後に出て来た。現時点での最高得点はもちろんベアトリクスの二十点だが、中級魔法使いで十点越えの者も何人かおり、油断が出来ない。
ここは十体きっちり倒して欲しいところだ。
盛大な拍手に包まれ、ただ一人で藁人形に向かう。
固唾を飲んで見守る中、アンジェリカさんが詠唱を始めた。上級魔法を使うのだ。
「クランプ・サンド!」
あれっ? 中級魔法だったような……。
ベアトリクスに聞くと、まあ見てなさいと言われた。
地面から土がどんどん掘り返されていく。掘りあげられた土は宙を飛んで、どんどん藁人形の向こう側に溜まっていき、遂には横を向いたドラゴンの形になった。
会場全体がどよめいている。
アンジェリカさんが右手を動かすと、土ドラゴンがゆっくりと尻尾を振り上げた。そのまま藁人形を尻尾でなぎ倒す。
十体全部一辺に倒してしまった。
観客は大盛り上がりだ。
得点は十ポイントだが、予選とは思えない大技に皆立ち上がって拍手をしている。
アンジェリカさんは、倒せたで賞のお菓子を持って観客席に行くと、一人の女性が抱いている小さい子供に渡してその子を抱っこした。マルセロさんとアンジェリカさんの子供だ。最初に子供を抱いていた女性はアンジェリカさんの実のお母さんだ。
一人が拍手でリズムをとりながら、「アルベルト!」と叫んだ。そのまま連呼する。
マルセロ商会の皆が続く。
お兄さんのアルベルトさんが汚名を晴らしたことは、町の多くの者が知っている。
アドルフさんの名で、犯罪者扱いしたことに対する謝罪文と共に、レヴァナント騒動の最初の犠牲者としての追悼文が役場の掲示板に張り出されたからだ。何よりアルベルト魔道具店が復活した。
そのうちに会場が盛大なアルベルト・コールに包まれた。
びっくりしたような顔をして周りを見回すアンジェリカさんとお母さんだったが、子供を中心に抱き合い顔を伏せた。
アルベルト・コールを最初に始めたのはハンスさんだった。
お昼休みになった。アンジェリカさんが作ってくれたお弁当を皆で食べ、子供さんと軽く動物真似っこ遊びをしているうちに時間が過ぎ、魔法部門本選となった。
魔法部門本選からは芸術点なるものが設けられている。
十名の審査員が一人三点の芸術的評価点を加えていく。一人持ち点三点という事は、優三点、秀二点、可一点、不可0点といったところか。
可で合格とすれば、普通の使い方では十点しか取れない。藁人形は十体しか用意されていないから、藁人形を全部倒したら十点の攻撃点に加えて予選と同じハンデキャップが追加される。それに芸術点を加算して得点になる仕組みで、最高得点は初級魔法使いの五十点だ。
審査員は誰一人この競技に参加していない教会神官によって構成される。筆頭はいわずもがな大司教だ。神官なら厳格かつ公正な判断が出来るだろう。
マルセロ商会からは、ベアトリクスとアンジェリカさんが勝ち残った。
アンジェリカさんは上級魔法使いだから優勝候補の一人だが、予選と同じくハンデキャップ戦になっているから油断は出来ない。
本選は予選を勝ち進んだ八人が順番に魔法を披露し得点を競う。順番は実行委員が恣意的に決めると、既に発表されていた。
恣意的とはどういうことかと思っていたら、順番を確認して分かった。
予選で最高得点をたたき出したベアトリクスが七人目で、会場の皆を圧倒したアンジェリカさんは八番目だ。一番から六番までは点数の低い順だった。つまり優勝候補と目される二人は後になって出てくるわけだ。
とは言え、予選の内容を見れば実力差は明白だ。観客の楽しみは既にアンジェリカさんが決勝でどんな魔法を見せるかに移っている。
ベアトリクスはと言うと、難しい顔をして頭上にかざした両手をまるで空に向かって平泳ぎをするかのように怪しげに動かしている。魔法のイメージを創っているのだろう。
出場者の名前が呼ばれ第一試合が始まった。
知らないオッサンで、ベアトリクスよろしく火の玉を飛ばして五体の倒せた判定を貰った。芸術点は十五点で合計二十五点だ。二番煎じ扱いなのだろうか辛口である。しかし、いきなりの二十点越えが出た。この後、中級魔法を使う人もいるのだから安心できない。
順調に競技は進み六番目の選手登場となった。予選では土の中級魔法で穴を掘り、十体全部倒して十五点満点を獲得した人だ。勿論優勝候補である。しかし、現時点で最高得点は水の中級魔法で水の塊を尋常じゃない速度で真横にすっ飛ばし豪快に十体全部の藁人形を洗い流した人が芸術点二十点を獲得し、合計三十五点をたたき出している。ただ倒すだけでは届かない。
どうするのかと見ていたら、土の魔法で穴を掘り六体倒した時点で出来た大きな土の塊を残り四体にぶつけて結局全部倒してしまった。芸術点は十八点だ。三十三点の獲得で二位に甘んじた。一工夫したのだが、それでも二人が秀を出さなかった。
ベアトリクスが予選と同じ魔法を使った場合、芸術点で十六点とればアンジェリカさんを残して同点首位になる。しかし、最初のオッサンの芸術点が十五点だったから、予選と同じことをやっても合計三十五点だと単独首位には届かない。どうするのか?
ベアトリクスが詠唱に入った。
両手を高く掲げる。片手ではない。
「ファイアー・ボール!」
使う魔法は予選と同じだ。
高く掲げた両掌で支えるかのように火の玉を作ると、それがゆっくりと大きくなっていった。いつもの二倍はある。
そのまま、掌を頭上に突き出し藁人形達の上に飛ばすと、天に向かって平泳いだ。
火の玉が砕け散り藁に火が付く。燃え上がったのは全部で七体だ。流石に十体全部とはいかなかった。
もう一つ、二つ、火が付いたように見えたが、燃え上がることなく途中で消えてしまった。倒せた判定はハンデキャップ込みで十四点だ。後は芸術点だが……。
二十五点が出た! 十人中五人が三点の判定だ。
合計三十九点で単独首位に立った!
ベアトリクスは審査員の得点を確認すると、ニコッと笑った後、その場に倒れてしまった。
魔力制御の限界を超えたのだろう。初級魔法使いには荷が重すぎた。
会場に女性の悲鳴がこだまし、どよめきが起きる。
慌てて走って行ったが、どうしたら良いか分からない。
もしかして、闇落ちしたのか? ネズミのおしっこの文字が頭をよぎる。
ええい! 不吉な事を考えるのは止めよう! 初級魔法で闇落ちは無いはずだ。
そばに行き、声を掛けると、弱々しいながらも返事があった。
「ごめん、ごめん、やりすぎちゃった」
大の字にひっくり返ったまま、目だけをこちらに向ける。
凄い汗だ。ふうふうと息も荒い。
ベイオウルフが来てくれた。マルセロ商会の皆も駆け寄って来る。
孤児院の先生方や審査員席の神官が何人か来てくれた。
「少し場所を開けて貰えるかしら?」
ジェニファー先生だ。水を飲ませるためか手には水筒を持っている。
ベイオウルフと私が身体をずらせて場所を開けると、ジェニファー先生が空いた場所に座り懐から手拭いを取り出した。
「先生、寝てはいません。起きています!」
慌てて言うと、大丈夫、と返って来た。
そのまま、手拭をたたんでベアトリクスの頭の下に敷くと。額に右掌をかざし、何やら詠唱を始める。右掌からモヤモヤとした白い光が現れた。
「ハンド・オーバー!」
聞いたこと無い魔法だ。
掌の周りで漂っていた光がベアトリクスの額に……吸収された?
驚いたことに、ベアトリクスの息が静かになり、キョロキョロと目を動かしている。
「どう、楽になった?」
「はい。ありがとうございます。」
額に汗をにじませたジェニファー先生に答えながら、よいしょ、とベアトリクスが自分で身体を起こす。
元気になったようだ。
今の魔法は、一体何だったんだろう?
「流石ですね。ハンド・オーバーの魔法が使えるとは。僕も初めて見ました」
還俗するまでは上級神聖魔法を使う神官だったマルセロさんがびっくりしている。
「いつの間にか身についたのですよ。普段無茶ばかりしている人と一緒にいますからね」
ジェニファー先生の視線の先では、院長先生が懸命に目を逸らしながら口笛を吹いていた。
ともあれ、無事にベアトリクスはベイオウルフに背負われて拍手を浴びながら退場し、競技が再開された。
最後の選手アンジェリカさんの登場だ。
盛大な歓声に包まれる。野太いドラゴン・コールも起きている。王国軍の旗印とは言え、男の人って、どんだけドラゴンが好きなんだろう。
アンジェリカさんが開始位置に立つ。
それを合図にドラゴン・コールが、いや観客の話し声がぴたりと止んだ。
邪魔をしない様に、しん、と静まり返った会場には風の音すらしない。
右掌を斜め下に向かって突き出した。
「クランプ・サンド!」
ボコッと足元の穴が掘れた。
土の魔法だ。
そのまま藁人形に向かって、土を宙に巻き上げながら地面に溝を掘っていく。
溝は右端の藁人形の杭の根元で止まったかと思うと、そのまま左に進み、前列五体を溝で繋げてしまった。
更に、直角に曲がると今度は後列の藁人形を左から右へと溝で繋げていく。
最後の杭を追い越した溝は、少し離れたところで止まった。そこで大きな穴を掘っていく。
掘りあがった土が、皆の期待通り翼を生やした大きなドラゴンの形になった。会場から見ると左を向いて、やたらと大きな右前足を上に上げている。
会場が再びドラゴン・コールに包まれた。主にオッサン達が叫んでいる。
ドラゴンの右前足は、最後に溝で繋げた藁人形の頭の部分の斜め上だ。
あっ、そうか、分かった!
ここでアンジェリカさんがこちらを向いて、ぺこりと頭を下げた。両手は身体の前で組んでいる。つまり、魔法を解除した。
持ち上がっていたドラゴンの右前足が自重に耐えかねたのか、ゆっくりと降りてきた。一体の藁人形を、まるで踏みしめるように倒した。
と、その藁人形は隣の藁人形にぶつかってそれを倒し、隣の藁人形はそのまた隣の藁人形を倒し、後列の藁人形を溝に沿って次々に倒していった。ギリギリ倒れる一歩手前で土を残したのだろう。
巧妙なのは、左端の藁人形は溝に沿いこちら側に向かって倒れたあと、前列左端の藁人形にぶつかり、その藁人形を右側に向かって倒したことだ。そのまま左から右へと次々に全部倒してしまった。まるで、ドラゴンが足を動かして全部の藁人形を倒したかのような演出だった。
マルセロさんのガッツポーズを確認したアンジェリカさんは、後ろを振り返ることなく、観客に向かってニコニコと両手を振った。夫婦の連携による演出だ。
会場にいる大勢のオッサン達の野太い声に主導されるドラゴン・コールが鳴り響く中、芸術点は三十点満点を示していた。
「ドラゴン! ドラゴン!」
マルセロさんが笑顔で拍手し、ベアトリクスが両手で耳を塞いでいる。
その横で、目を血走らせたパウル、ハンス、と言う名の二人のオッサンがドラゴン・コールをがなり立てていたのは、見なかったことにした。




