中の原レヴァナント騒動開始直前におけるモーティマー辺境伯軍帷幕内のやりとり
第一章のワンシーンです。このエピソードには、アルベルト(アンジェリカさんの実兄にして、マルセロさんの義兄)が殺された経緯が書かれています。そして、実行犯は滅びの町の神官なのですが、黒幕がモーティマー辺境伯であることが分かります。これが、次の戦争や西の原大量囚人蜂起事件の伏線となっていました。が、このシーン無くても良かったですね。というわけで、改定時にエピソード単位での削除となりました。
中の原の町から歩いて五時間ほどの距離、街道から外れた森の端ではエングリオ軍五千人の兵力が大休止をしていた。見張りの者を残して、ほとんどの者が天幕の中で寝ている。かつての敵地ではあるが、今は安全が約束されている場所だ。寝ていられる内に寝てしまおうという腹だろう。
森はたまたま見つけたわけではなく、事前に休止の場として利用する旨を近くの村に連絡していた。国同士の取り決めで使用料として幾ばくかの謝礼を土地の者に支払うことがきまっているのだが、水と馬の食める草がある程度生えていれば経費がかなり違う。それに、森では様々な食料品が手に入る。一部の兵士は森にわけいり、魔獣を含めた狩りをしている。
無論、他国領で勝手は出来ない。近くの村役場なり村長なりに使者を出して。使用料を支払うことになっている。同時に食料や飼葉の類も購入している。応援軍に対しては快く応じるようにとの通達が国王名で出されているから、村々では用意した物資を売りさばく良い機会だ。。幸い冬とは違い、村全体が食糧不足に陥る心配もない。
申し入れを受けた村では、近隣の村に連絡をして注文に応じた量を集め、若干購入費に上乗せした料金で売り払った。もちろんその余剰は村の収入になる。エングリオ軍の購入方は分かったうえで文句を言わず、その代わりに愚痴を幾つかこぼしていった。先導役が馬鹿だから随分と予定が遅れていると。
休止中のエングリオ王国軍の中心には他のものと比べて明らかに大きな天幕が張ってある。
入り口では、一人の士官が、足元に跪いた男からなにやら報告を受けていた。
士官は、斥候を下がらせると、今しがた受けた報告を中にいる者達に伝えた。
「モーティマー辺境伯様。中の原のアドルフとカトリーヌが出発しました。率いる兵力はアドルフが五騎、カトリーヌが十騎と馬車三台に歩兵と神官が十人ずつ分乗。中の原に残る兵力は衛兵隊が二十五人になり、教会の神官は五人程度になった模様です」
天幕の奥にいるモーティマーは、分かった、と返事をして、朗報をもたらした士官を立哨に戻した。この中で話し合っていることは、ごく僅かの者しか知らないからだ。
天幕の中では、彼の幕僚達が一枚の地図を広げたテーブルを囲むように立っている。先の大戦では遂にモーティマーの帷幕で広げられる事のなかった中の原中心部の地図だ。
「諸君、聞いての通りだ。上手く釣り出しに成功した」
それを聞いた一番若い幕僚が、自信満々に発言する。
「辺境伯、いっその事アドルフを殺してしまえばどうでしょう。私に部隊を率いさせていただければ五十騎ほどで急襲して、討ち取ってご覧に入れましょう」
恐らく彼は自分の勇敢さを讃えて欲しかったのだろう、本気で言ったわけでは無かったはずだ。
彼は今回が初めての従軍だった。魔王軍相手にとった味方の戦術は消極的で、守りを固くし陣を崩さない様にしていた。このままでは、帰国して社交の場で周囲の者に自慢できるような話を持って帰れない。せめて、帷幕の内で威勢の良い発言をしなければと思っていた。功に焦っている事を主将に伝えれば覚えも良くなるかも知れず、何かの折に出撃命令が下るかも知れない。貴族は目立たなければならない。
しかし、彼は既にそのような軽薄な態度が通用するような時期が過ぎ去ってしまったことを察するべきだった。戦は既に始まっているのである。
軍の重鎮ともいえるモーティマーにとって、戦とは徹底的な現実の中で行われていた。社交の場で着飾ったご婦人方相手に話すものなど、現実のほんのごく僅かの部分を都合よく誇張したものでしかない。
結局、勇気ある発言をしたと自画自賛していた若い貴族は、モーティマーや周囲の幕僚達に睨まれて、失礼しました、と青い顔をして隅の方へ下がるはめになってしまった。
全く、若い者は口先だけだ。先の戦争で防衛司令官として立ちはだかり、我が国に散々煮え湯を飲ませ続けたあのアドルフを、たかだか五十騎で殺せると思っている。
「ここから先は、どこまで二人を引き付けることが出来るかでしょうな」
「東のカトリーヌはある程度は上手くいくでしょう。複数の村を襲わせておりますからな」
「問題は西のアドルフか。奴とは戦うなと言ってあるだろうな」
モーティマーの言葉に、皆が先ほど無謀な提案をしてきた若い幕僚に一瞥を送る。彼はますます顔を青くして俯いてしまった。
「はい。アドルフが到着する前に脱出するように良く言い聞かせてあります」
「絶対に捕まらない様にな。中の原を陥すまでは証拠を掴ませるわけにはいかんのだ」
「ご安心ください。足の遅い歩兵は既に脱出している手はずになっております。残りの者も日が落ち次第、魔法使いと弓兵が一旦遠距離から奇襲をかけ、効果を確認せずにそのまま騎馬で引き払う予定になっております。街道を外れますから、我らに合流するのは明日の昼頃になろうかと思いますが」
アドルフが仮に馬を乗り継ぎながら夜を徹して走ったとしても、セルトリアの帰還兵に合流する頃には夜が明けているだろう。
丸一日を稼ぎさえすれば、中の原は包囲できる。正門さえ抜くことが出来れば数が物を言うはずだ。上級魔法使いが抜けるのは痛いが、アドルフさえいなければ手持ちの中級魔法使いで何とかなる。楽観的ではあるが、攻める場合はそのくらいが良い。
モーティマーは満足そうに頷くと、背後を振り返った。
「次の手は貴殿らだな」
彼の背後には黒いローブを着た三人の男達が控えている。
真ん中の、恐らく三人の中で最も位が高いであろう者が一歩前に進み出て薄笑いを浮かべた。
「日が落ちるまでお待ちください。既に墓守は我が手の内にあり、我らの手の者が侵入を果たしておりまする。このままお待ちいただければ夜半には開始出来るかと。先の戦争で死んだ者が大勢埋められておりましたから、おおよそ五千のレヴァナントが町を襲うことでしょう。今夜は満月ゆえ、レヴァナントの力も大いなるものがありましょうぞ」
わかっておる、とモーティマーはやや不快げに答えると、幕僚達に日の入りをもって進軍を開始することを伝達した。
全く、こいつらはどうにも好きになれん。
とは言え、今回の仕掛けはこいつらがいないと上手くいかん。元々、中の原の馬鹿な魔法使いが死体の保存法などという不愉快な件を、失われた都に巣くうこいつらに聞きに来たのがきっかけだ。こいつらを上手く引き込んで馬鹿な魔法使いを殺して操っていなければ、中の原を罠にはめる算段が立たなかったのだから止むをえまい。我ら貴族が禁呪を使うわけにはいかんからな。そういう汚らわしい仕事は、卑賎の者どもにやらせておけば良いのだ。
ところで、こいつらの狙いは中の原の教会らしい。一体、あそこには何があると言うのか。一切話す気がないようだが、いずれ聞き出さねばなるまい。
しかし、五千のレヴァナントか。カトリーヌが町を出た以上、中の原は死体の群れに蹂躙されるだけだな。
日が落ちるまではまだ三時間余りある。日が落ちたら眠るわけにはいくまいし、少し休むとするか。




