第五章 冬のクマ退治とベアトリクス
投稿時、第五章第二話に含まれていた、魔法使いとして未熟なベアトリクスの魔法使いであるが故の情緒不安定さを表現したシーンです。しかし、単になるわがままとしか受け取れないので、大改定時にこちらへ移動させました。
「なんで、丸一日も同じ雪洞で居続けなきゃなんないの? 夜だけでいいじゃない?」
「人が足りんのだ。猟師だってそう多くはおらん」
「でもこの地区の担当は三十人はいるんでしょ?」
「その内十人は衛兵隊じゃ。連中は村を守るから、森には入らん」
「村の防衛の方が良かったかもね」
「村におっては実入りが無いぞ。儂ら猟師が村には魔物を寄りつかせんからな。厳冬期は退治報酬の対象地域が拡大される稼ぎ時だぞ」
ひとしきり文句を言ってパウルさんをてこずらせた魔法使いが、ふてくされたように熊の毛皮に寝転がった。
「魔法使いって言っても、冬は無力ね」
「何を言っとるんじゃ。寒いだけで魔法の威力は落ちるわけでは無い。無力ではなくて無気力なだけじゃろうが」
「そうね。ごめんなさい」
素直に謝る。自覚はあるようだ。
「でも、一週間でクマかオオカミに一、二回出会うだけなら、外に出て行ってもいいんじゃないですか?」
流石に待っているだけでは退屈だ。
「出てもいいが、雪の中の移動は、普段の何倍もの体力を使うぞ。ちょっとした傾斜も登れんし、落ちたら上がって来れんようになる。その点魔物は移動も早い。不意に遭遇したら、まず勝てん」
なるほど。私とベアトリクスがいる以上は到底外に出ては行けないわけね。
「もうそろそろ罠にかかるだろう。それまで待て」
今いるのは湖の北西部だ。特に私とベアトリクスの体力を考えて、起伏の小さい地域の割り当てを貰った。数多くの猟師が中の原全域の北部に入り込んでいる。勿論渓流の南側だ。冬になって餌が極端に減った山地の魔獣を人里に近づけないようにしている。私達の守る地域にも四班編成で猟師が入っている。
持ち場そのものはアンガスさんの仕切りなので、メイベルさんと美男子の旦那さんのモルガンさん、ロウリさんもいる。
「お椀に乗って偵察できないの?」
「できるが広すぎる。漠然と探しておっては他班との連携がとれん。冬の魔物退治は村の防衛が主体じゃ。ただ狩れば良いというものではない」
鍋をかき混ぜては蜂蜜酒を舐めていたベアトリクスが、腕を組んで唸り始めた。何か良い方法を思案しているのだろう。
「お師匠様ぁ。クマがかかりましたぁ」
「本当?」
顔を雪洞から出すと、吹く風が冷たいと言うよりは痛い。町と違って山になると雪も多いし気温も低い。
ボニーの指さす方を見たら、鍋を食べるクマが見えた。季節に関わらず効果的だ。
「出撃だ。外に出ろ」
裏口から出てお椀を薄い灰色に染めたシーツで覆う。こうして飛べば曇り空なら見えにくいだろう。
金貨二枚の獲物だ。
今までなら事前にロビンソンさんに偵察して貰って、クマが居る所を選んで鍋を仕掛けた。今回は、防衛線を守るために、ひたすら一か所で待ち続けなければならない。見つけた以上は、逃がすわけには行かない。
上から近づくと一心不乱に鍋を食べるクマがいた。余程腹が減っていたのだろう。かなり上から近づいたとはいえ、こちらに見向きもしない。目一杯のホーリーとエナジー・ボルトそして聖水の矢を放つ。動かないから全部当たった。三人揃って後ろ頭の少し下を狙ったので、あっさりと倒せた。
「意外と簡単だったわね」
地上に降りて確実に死んでいるのを確認する。魔法二発と一射で倒した。
念の為、近くに仕掛けたオオカミ用の木に吊るした鶏ガラを確認すると、烏か何かに突っつかれて凍っているだけだった。
「パウル流飛行術の勝利じゃ。普通ならあれだけ近くには近づけんからな」
それはそうだろう。鍋を食べているから自慢の嗅覚も使えない。音も無く真上から忍び寄って、直ぐ近くからの一斉攻撃だ。元手が干し肉の欠片だけなので、鍋が壊れない以上は何度でも使える。
「このやり方は私達しか出来ないんでしょ」
「うむ。今のとこマルセロ商会だけじゃ」
「じゃあ、一匹倒したからと言って、勝手に移動するわけには行かないのよね」
雪洞を移動するには、三班全体の連携が必要だ。
つまり、前進の時間がくるまでは、ずっと同じ雪洞にいなければいけない。
「なんか、いい方法ないかしらね」
「贅沢を言うな。鍋を仕掛けて待つだけでクマを一匹仕留めたんだぞ。これほど楽なことはなかろう」
確かにその通りだ。考えてみればヒイヒイ言って歩き回って、ようやく倒すよりは遥かに効率的だ。
と言うか、普段楽して成果を上げようとするベアトリクスがやたらと動きたがっている。どうしたんだろう。
「さて、一匹倒したし、気分転換に空の上から雪景色でも見てみるか?」
「いいの?」
嬉しそうだ。
「白と灰色の風景だけでは嫌気がさすだろう。冬の森の景色は短調すぎるからな。気分が乗ってこん。空から遠くを見て気分転換を図ろうか」
「ありがとう。正直滅入ってたのよ。この死んだような景色。何故だか逃げ出したくなるの。でも、流石は魔法使いね。分かってるわね」
ようするに色彩が足りないってこと?
魔法使いって本当にわがままね。
文句ばかり言っていた魔法使いの折角の笑顔に水を差すのもあれなので、クマをテレポートで送り届けた後、上空に舞い上がる。
上から見ても、白と灰色の世界なのは変わらないのだが、風景の中に集落や川を進む船が見えると、何となく落ち着いた気分になる。
死んだような動きも音も無い世界というのはやはり、不安が募るのだろう。
「靄がかかってるとこが見えるわ。分かった、露天風呂ね。冬の露天風呂か。いいなあ」
南北に流れる川に面した集落は露天風呂があるところがある。一度東中の原で体験済みだ。
「帰りに寄り道するか?」
「いいの?」
「ああ、駅逓一つ分西に寄るだけじゃから、中の原に着くのが半日遅れるだけだ。飛行術で東中の原に行って、帰りは馬車に乗っても問題ないだろう」
「ようし、やる気出てきた。なんとかして、もう一匹退治しようか」
パウルさんが私の方を見て、ウィンクする。
全部分かってんだなあこの人。




