聖水の矢の実験
第三章東の原山岳陣地で行われた、オークの死体を使っての聖水の効果を確かめる実験です。内容が内容なので、大改訂時に本編から外し、こちらに掲載しました。
目を覚ました頃にはお昼過ぎになっていて、アンジェリカさんとリュドミラは帰った後だった。ハンナさんは一旦報告に帰ったようで、ベッドではヴィルとベアトリクスがいびきをかいている。夕暮れ前までは寝ていても良いので、枕元に街道クッキーを一つずつ置いて、そのまま寝かせておいた。
顔を洗おうと思ったら、盥があったところに風呂桶がある。寝ている間に設置してくれたのだろう。リュドミラが毎日来てくれるのかもしれない。今度来てくれたら、頬ずりしてあげよう。
外に出ると、既に隣の休憩所からパウルさんとマルセロさんが外に出ていた。
「お疲れさまです」
「おう、もう起きて来たのか。今しがた偵察のガーゴイルが飛んできたぞ」
「どうなりました?」
「マルセロが何発かホーリーを放つと逃げていったな」
「流石ですね」
マルセロさんがニコニコしている。
「しかし、陣地の様子は見られてしまいました」
「見られたと言っても、アンジェリカが氷の山を作り直してくれたし、手前の斜面も凍ったままだ。少なくとも歩いて攻めてくることはないだろう。来るとすれば空からだな」
氷の山は城壁のように陣地を取り囲んでいる。
「じゃあ、安心ですね」
流石はアンジェリカさんだ。全部計算づくなんだろう。
「退治した魔物の総数も判明したぞ」
退治した魔物は、トロルが3匹、オークとオーガが併せて136匹だった。
猟兵隊、衛兵隊、それと町役場の面々は特別報酬が出るから計算しなくても良い。マルセロ商会4人の取り分は1人頭銀貨15枚になった。やはりネズミ退治と比べると随分と効率が良い。
「それから、猟兵隊が氷漬けになっていたゴブリンをもう一か所別のお墓に埋めてくれました。お弔いをあげて貰えませんか」
「はい。分かりました」
「どうせなら、花でも摘んでおくか」
「そうですね」
お弔いを上げた後、三人で衛兵隊の所にいくと、工作所から防水矢筒が沢山届いていた。工作所の指導の元、賦役の代わりとしてオバサン達が参加して作ってくれたらしい。樽詰めの聖水は教会に寄進して成聖して貰ったのだろう。
ただし、聖水の矢が威力を発揮するかどうかには信仰の強さが関わってくる。当然、個人差があるわけで、誰が不信心かを見分けなければならない。試験方法はマルセロさんが考えた。流石は元死体の専門家。とは言え、それなりに思う所はあるのだろう。ニコニコ顔が消えている。
「どうするんですか?」
「協力して貰っても良いですか」
「私で良ければ」
気軽に答えたのだが、後悔する破目になった。
何でも良いから祈りの言葉を唱えながら、先っぽを樽に浸した棒の先から滴り落ちる聖水を一滴オークの死体にこぼす。
私がやると、ジュッ、と音がした後、嫌な臭いが立ち込める中、皮膚が焼けた。そのまま、ジュワジュワと、聞いているだけで背中を何かが這いずっているような感覚に陥る嫌な音と共に、人差し指の爪の長さ程に穴が深くなっていく。魔物とは言え、生き物を侵食する感覚は耐え難いものだった。
「ありがとうございました。もう結構ですよ」
マルセロさんが神妙な顔で、穴の直径と深さを測って記録している。
引きつった様な顔で頭を一つ下げ、逃げるようにその場を去ってしまった。ウィリアムス神官がいたら、しっかりしなさいと叱られていたかもしれない。
試験に参加したベイオウルフとヴィルが帰って来た。
「どうだったの?」
ベアトリクスが遠慮なしに聞く。神官の私にはとても聞けない。
「私は矢筒の数と同じ三十人に選抜されたよ。今後、軍では対魔物に特化した集団を作るらしいので選ばれるかも知れない」
「院長先生達と一緒に毎日ご祈祷あげてただけのことはあるわね」
「ハンナさんが三位だったよ。一位はジャンヌで二位がマルセロさんだから、実質一位と言っても良いだろう」
「ハンナさんって、レヴァント騒動で七匹倒したって言ってわよね。色々凄いわね」
「私は全くダメだったな。信仰心はあるつもりなのだが」
「ヴィルは仕方ないわよ。大陸の生まれだし、異教徒じゃない。気にしなくても良いのよ」
信奉する神が違うと全く効果がないと分かったのも、実験の成果だ。
「他の人は?」
「パウルさんは上位にいたけど辞退したな。魔法を使うんだろう。後、猟兵隊は皆成績が良かったようだよ。ほとんど変わらなかった。誰が担当しても良さそうだな。残念ながら下位は衛兵隊ばかりだった」
「へー、意外ね。どうしてかしらね。いつもおどけた感じなのにね」
ベアトリスクが首を捻っているけど、なんとなく理由は分かった。
猟兵隊は部隊の戦死率が他の部隊に比べて極端に高い。神官の私の安全を常に気遣ってくれるのも、何も言わずにゴブリンの葬儀に立ち会ってくれたのもきっと同じ理由だ。
試験が終わった後のオークの死体は、試験参加者立ち合いの元、私が祈祷し懇ろに弔ってあげた。人間の傲慢かも知れないが、やれるだけのことはやっておきたかったからだ。




