アドルフさんの依頼
第三章中の原猟兵隊との合同作戦をアドルフさんに依頼される時のエピソードです。単なる説明なので本編改訂時に削除のうえ、こちらに掲載しました。
水かけ祭りが終わった後、魔物退治に駆けずり回わり今週の予定も無事消化した。まずまずの成果を収めた。
特にパウルさんの考案したコウモリをほぼ無傷で退治する方法は、砦の人達にも喜ばれていて、今後もマルセロ商会にお願いしたい、と言っていただいている。なにせ、それまでは退治の度に大立ち回りをやった挙句、あまり成果を上げていなかった。私達の手にかかると、何の心配もせずに実入りの皮算用だけで済む。喜ばれて当然だろう。
色々な意味でホーリーが最も有効であることも立証された結果、コウモリの数が数匹程度と少ないうちは、一発唱えて一匹倒したら逆襲に備えて一旦撤収し、その後連中が再び寝静まった頃を見計らって死体を回収するという新たな戦術ヒット・アンド・アウェイまで生み出された。
もちろん、数が増えると私達に依頼が舞い込んでくるだろうから、こちらとしても効率が良い稼ぎが増える。今後が楽しみだ。
三か所中大きな街道沿いの砦が二か所だったので、街道クッキーの焼き印も無事に二個増えて九個溜まった。詰め合わせを貰うための三十個の焼き印を揃えるには半分にも満たない数字だが、魔物退治屋の成果でもあるから、嬉しいものだ。
私が持っている札は裏側が真っ黒けになってしまっているのだが、それも勲章のようなもの。頑張って焼き印を集めたら、ゴブリンの子供達に詰め合わせを持って行ってあげよう。
堂々と衛兵隊詰所に行き、ハンスさんにコウモリの羽を見せ、その日行った砦の管理人さんの書付を渡したところで、衝撃的な事を言われた。
「お前達の頑張りのおかげでこの辺りの魔物は退治出来た。来週からしばらくはネズミ退治だけで良いぞ」
呆然とする。
冗談ではない。確かにキツネもイノシシもコウモリも言われた範囲は退治した。自分を褒めてやって良いくらいだ。しかし、その結果、ネズミ退治以外の仕事が無くなってしまった。自分の首を自分で締めたようなもんじゃないか。
「また、出て来るんじゃないですか?」
魔獣も元は動物だ。魔物化したのが居なくなれば新しいのが出て来ると聞いた。
「パウル。次に魔物が出てくるのはいつぐらいになると思う」
聞かれたパウルさんは、ふむ、と少し考えた後、二か月後くらいかの、と言う。
「二か月……」
二か月間ネズミ退治だけとは……生活費を稼ぐだけで一杯一杯だ。
「なんか、他に無いの?」
「あるにはあるが……」
ベアトリクスに聞かれたハンスさんは、何か言いかけてやや口ごもった。
嫌な予感がする。
「実はだな、一つ仕事がある。山の上から報告が入ってきているのは知っているだろう? その件だ」
山の上では、ロビンソンさんがゴブリン達と新しい巣を作っている最中だ。その周辺の獣の様子が変だ、と言ってきているのは聞いていた。さらに奥から棲み処を追われ逃げてきている可能性があるらしい。
始めのうちは共存共栄ということで、気にはしていなかったらしいが、数が増えすぎるとゴブリン達の食糧事情に影響する。念の為にマルセロ商会を通じてアドルフ町長に報告を上げていた。山の上の湖の周辺は報奨金の範囲外だ。私達には関係が無いと思っていたのだが、アドルフ町長からハンスさんに相談があったらしい。
「それならば町長の所へ行かねばならんな」
「そうして貰えると助かる。うちは人手不足なんだ」
ゴブリンの案件は知っている者が限られている。衛兵隊内でも知っている者は、参加した者と隊長代行のハンスさんくらいだ。軽々しく話して良いことではない。
ハンスさんと一緒に、途中でマルセロ商会に寄って夫妻を連れてアドルフさんの所に行くと、来ると分かっていたのかハンナさんがあっさりと通してくれた。
ハンナさんはこの間の水かけ祭りで随分と人気が出たようで、デートのお誘いが引きも切らないらしい。
町長室に行くと、わざわざ立って出迎えてくれて、既にベアトリクスが座っているソファを勧めてくれた。
私達に依頼があると言う。
「なにすれば良いの?」
「魔物退治だな。合間に狩猟をして貰っても良いぞ」
「どこに行けば良いの」
「二週間ほど山に入ってくれんか?」
「要するにゴブリン達と一緒に魔物退治をすれば良いのね」
「いや、ゴブリン達とは別の場所に行って欲しいのだ」
「別の場所?」
てっきりゴブリン達と過ごすのだと思っていた。どうやら違うのか。
「先日、ロバーツ様が来ておったろう。その時にな、東の原兵団が本格的に東の原の北にある森の魔物退治をすると伝えてきたのだよ」
魔王軍残党の事だろう。きっと、院長先生と話していたやつだ。
「それと私達と何の関係があるの?」
「東の原兵団が魔物狩りをするとな、中の原北部に魔物が逃げて来るやも知れん。一応東の原の方で手は打つらしいが、撃ち漏らしも出るだろうから、そいつを退治して欲しい」
「ネズミ退治はどうするんですか?」
「それはそれでやって貰おうと思っている」
「へ?」
山に籠ってネズミ退治は出来まい。山のネズミでも相手にするのだろうか? 謎である。
しかし、アドルフさんの話は想像以上のスケールだった。
地図を広げて説明してくれる。
まずは、ロバーツ様とグラディス様を中心とした東の原本隊が東の原の北にある魔王軍の籠る森に楔を打ち込むように攻撃を仕掛ける。そこから西へ追い上げていくのだそうだ。
東の原北部の森は山に囲まれた盆地の様になっていて、二本の幅のある川が流れている。川で仕切って、中央部、東部、西部と仕分け、まずは西部の魔物を狙う。そうすれば、さらに西へ逃げて来る魔物もいるに違いない。
逃げて来る魔物に備えて、中の原と東の原の境目に別動隊を配置しておく。これが第一の網だ。その網の目を抜けて来た魔物は中の原で迎撃するのだが、衛兵隊は山に近い村が連中に襲われるのを守らなくてはならないので山には行けない。そこで第二の網としての別動隊を編成するから、そこへ参加して欲しいとのことだ。
ゴブリン達の棲み処にやってくる獣が増えたのは、第三から第五の網を担う大勢の猟師達が、既に中の原東北部の山地帯に入っているからであって、クマやオオカミを中心に狩りまくっているらしい。大勢の猟師に恐れをなして他の獣も禁漁区に逃げ込んだのだろう。
第二の網の別動隊は山の中に拠点を持っていて、最近テレポートの魔法陣で中の原の王国軍駐屯地と繋がった。既に頻繁に出入りしているそうだ。
ちなみに、ロビンソンさん率いるゴブリン達は第六の網になるらしい。もっとも、魔物退治というよりは湖周辺地域の偵察のようだ。その間の三つの網はこの辺りの猟師を中心に魔獣系のみを対象として、魔王軍残党がいたら通報することになっているようだ。きっとアンガスさん、メイベルさんやロウリさんも参加しているのだろう。
「そんなところに私達が行ってやることがあるの?」
「今は問題ない。しかし、ロバーツ様が魔王軍を狩り始めると、中の原に逃げ込んでくるのはその残党になる。それに備えるとなると上級魔法使いが必要だ。護衛もつけるからマルセロ商会総出で当たってくれんか? テレポートの魔法陣があるから何かあってもすぐに町には帰って来られるよ」
マルセロ夫妻を見るとニコニコしている。どうやらテレポートの魔法陣を仕込んで来たのはマルセロさんのようだ。もちろん、アドルフさんの依頼だろう。そう簡単に山奥と町の近くとを結ぶわけには行かない。
「報酬は?」
ベアトリクスが聞くと、基本報酬が一人頭金貨一枚で後は歩合だ、と言われた。魔物一匹につき基本報奨金の半額が支払われるらしい。半額というのは、私達以外の人数が多いからだろう。
「受けて立とうではないか!」
「悪くないわね。やってあげるわ」
強気な魔法使いが二人揃ってあっさり承諾してしまった。
マルセロ夫妻はニコニコしている。どうやら先に話を聞いていたな。
「あのー、魔王軍の残党って、この間のオークとかオーガとかですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「想定の範囲だと、トロルがおるかも知れんな」
トロルっていうと、確か岩が動いているような感じのおっきな奴だっけ?
「なんじゃ、トロルか。Dランクだ。心配いらん。こん棒を振り回しているだけだ」
パウルさんが気楽そうに言うが……。確かそのこん棒って、人間と同じサイズだって聞いたような……。
「大丈夫だ。当たらなければ死ぬことはない」
つまり、当たれば死ぬってこと?
どうして皆やる気になれるのかな? 信じられないわ。
当たり前の様に引き受けることになって、ローテーションを決めた。
アンジェリカさん夫婦は子供の面倒を見ないといけないので、交代で連日の通勤になる。しかも朝一で出て、翌朝までだ。アンジェリカさんは、そのうち週二回は下水処理場に行かなくてはならない。パウルさんは自由の身なので、猟師達と一緒に二週間泊まるそうだ。私とベアトリクスはネズミ退治の日以外は空いている。
魔道具店の仕事もある。店番はアンジェリカさんのお母さんに任せられるそうだが、それ以外にもやることはある。
話し合った結果、常駐のパウルさんに加え、アンジェリカさんとマルセロさんが日替わり参加して上級魔法使いが常時二名を維持し、マルセロさんが不参加の時は私が参加して回復魔法を維持、アンジェリカさんが不参加の時はベアトリクスが参加して攻撃魔法のバリエーションを維持する。
巻物は明日総出で二週間分作ることになった。
衛兵隊からはマックバーンさんの班が参加するからベイオウルフが一緒になり、町役場代表としてハンナさんと何故かヴィルが参加することになった。
ベアトリクスと離れて魔物退治をするのは初めてだが、アンジェリカさんと一緒だから安心だ。
「何? あんた、また変なこと考えてたでしょ?」
勘の鋭い魔法使いの突っ込みは、目を逸らして胡麻化した。




