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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る~改訂にあたってカットしたエピソード集~  作者: 兎野羽地郎


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14/20

ゴブリン退治前哨④

 翌朝、順番に山小屋を出発した。

 先発はクモの調査を担当していた猟師たちで、斥候よろしく大きく迂回して目的地へ行く。二班六名で、アンガスさんやメイベルさんの班もこの先発隊になる。

 二番手は言わば本隊で、マックバーンさん率いる衛兵隊三名、工作所二名、中の原猟師が三名、教会神官一名、それに道案内役としてゴブリンの巣を最初に見つけた猟師が二名の、十一名。

 後衛がベイオウルフを含めた衛兵隊二名、中の原猟師二名、道案内の猟師一名、加えて私達マルセロ商会四名の九名だ。三名の猟師は山小屋で留守番をする。いわば、最後の応援部隊で、退治組と留守番組の連絡は、案内役の猟師三名が交代でする事になる。

 総勢二十九名の堂々たる陣容である。


 ゴブリンが百匹いるとして、概ね一人頭三匹を担当するが、私の分はマルセロさんがホーリーで倒してくれるだろう。回復役に専念出来るはずだ。

 大丈夫。やれる……と思いたい。


 ゴブリンの巣は山の中にある傾斜地に穴を掘っているというので、今回の戦闘服は緑マーブルにした。勿論、頭巾を被りネックガードと楯も装備済みだ。

 元が一七五の会の物なので、残念ながらマルセロさんの分は無い。と思っていたら、衛兵隊は皆緑マーブルだった。先日の演習で使った奴らしい。予備があるのでマルセロさんも無事緑マーブルになる。ベイオウルフの背中を見ると一七五の会の刺繍がある。私が作ったものを着てくれている。この格好で網を被って草を絡ませると完璧なのだが、衛兵隊はそこまではしなかった。格闘戦を想定しているのだそうだ。


 パウルさんが刈り取ってくれた蔦や草を体に巻き付けていると、アンガスさん達クモ調査の猟師が珍しそうに近づいてきた。演習に参加していないから初見だ。


「なんだそりゃ? わざわざ染めたのか?」


 どうもわかっていない。演習の模擬戦で緑マーブルがいかに活躍したかを力説していると、大笑いしながら、今度俺にも作ってくれ、と言われた。


「高いわよ」

 何もしない魔法使いが、すかさず口を挟む。


「いくらだ?」

「そうね、一着銅貨十枚でどう? 送料はそっち持ちよ」


 しかも、勝手に料金まで決めている。私の労働の対価はネズミ一匹分になってしまった。いや、材料費を差し引くとネズミ一匹にも満たない。


「良いだろう。あんたらのとこに頼んだ方が出来も良いようだ」


 衛兵隊のものと見比べている。


 そりゃあ、まあね。孤児院の頃からやっていましたからね。一回私が教えてだけで突貫工事で作ったものとは年季がね。

 嬉しくなって、はにかんでいると、俺も、俺も、と注文が舞い込んだ。メイベルさんやロウリさんまで加わっている。


「はいはい、欲しい人は後で名前と住んでいる所を教えてね。一着銅貨十枚だけど、刺繍で名前や文字を入れて欲しかったら十二枚だからね。この世で一枚しかない特注よ」


 いつの間にか傍に来て様々なポーズをとっているパウルさんが、背中の刺繍を見せびらかすとどよめきが起きた。

 染める本人に一言の相談も無く刺繍の値段まで決まってしまった。

 パウルさんは皆に注目されて嬉しいのか、草むらの中で弓を構えるポーズをとったりしてアピールしている。


「良かったわね、ジャンヌ。十人以上の注文がとれたから、銀貨五,六枚は稼げそうよ。頑張ってね」


 ニコニコしながら肩を叩いてくる営業上手な魔法使いに、私は何も言い返せなかった。



 ともあれ、気を取り直して夜明けとともに出発だ。山道に不慣れな私達のことも考えてくれているらしく、本隊より先に後衛が出発した。

 山小屋から巣穴までは、片道三時間くらいかかるらしい。

 襲撃予定時刻は十時。人間の感覚で言うと寝入ってから一、二時間ほど。恐らく夜の十時くらいになる。

 今から四時間後だ。

 なんでも、その後一時間くらいかけてゴブリンの偵察隊が周辺をうろつくらしい。一度寝て、起きてきたあたりで巡回に出て、その後もう一回寝るのだろうとの推測だ。

 つまり巡回が出てくる前に巣を囲む。




 山に入ると、鳥たちもまだ寝ぼけているのか、薄く霧の出た山はあまり音がしない。私達が歩くときに掻き分ける草の音くらいだ。道なんてどこにも見当たらないが、あるらしい。先行する猟師は迷わず進んで行く。


 九人の隊列は、先頭に道案内の猟師、その後衛兵隊、マルセロ商会、そして最後が中の原猟師だ。

 どうやら、比較的上り下りの少ない道を選んでくれているようで、なんとかついてはいけている。半時間に一回程度の休憩を入れてくれるのは、若干二名のひ弱な者のためだろう。

 休憩と言っても、杖に使っている棒にもたれかかるだけで、座ってはいけない。座ると体が動かなくなるとかで、立ったまま休むのだ。水で薄めた蜂蜜酒を持ってきたので、休みのたびに一口ずつ飲んだ。


 段々と霧が晴れてきて、鳥の声も良く聞こえるようになった頃、四回目の休憩になった。

 座っても良いと言われたので、その場にへたり込む。

 ゴブリンの巣に近づいたのか、と聞いてみたが違うらしい。

 本隊と合流する予定地のようだ。


 辺りを見回してみると、窪地になっていて湧き水が小さな小さな池をつくっている。傍には幹の太い樫の古木が苔むしていた。

 樫の木は私達にとって親しみのある木だ。かつては、神聖視されていたが、今はむしろ利用価値が高い木として知られている。神官が棒術に使う棒も樫の木だ。魔法使いが使う杖も、基本は樫の木と決まっている。木の皮を煎じた物を飲むと体に良いと言われているし、何かと目にする。その樫の木の古木を集合場所の目印に選んだのは当然と言えば当然だろう。


 綺麗な緑色をした柔らかい苔に覆われた樫の木の根っこに腰を下ろして、背中に背負った物入袋から街道クッキーを取り出した。たくさん買ってきたので、一個を半分に割ると今ここにいる人数分には十分間に合う。


「あんた、何でも持ってくるわね。他に何があるの?」


 ベアトリクスが人の袋を覗き込んでくる。


「別にそんな変なのは持ってないわよ」

「ええっと、筆記用具と、羊皮紙と、手拭と、替えの下着と、街道クッキーの残りと、何これ? ああ、街道クッキーの焼き印押した木の札か、 後は……何、あんた! 石鹸持って来ちゃだめだって、言われたでしょ! あっ、良いもの持ってんじゃない。出しなさいよ」


 人の荷物を引っ掻き回す無神経な魔法使いが、蜂蜜酒を詰めた革袋を取り出した。


「ちょっと、ちょっと、一言くらい断りなさいよ」


 まあまあと言いながら一口飲むと隣の人に革袋を手渡した。いつの間にか回し飲みが始まる。


 いいけどね。こういう時のために持ってきたんだから。でも、一言くらい断りなさいよ。


 あちこちで上がる、もらうよ! という声に、どうぞどうぞ、と言いながらベアトリクスを睨むと、素知らぬ顔で池のほうに行き、顔を洗って人の手拭で拭いている。


 ホントにもう! いい加減にしな!




 そんなこんなで、皆で蜂蜜酒を回し飲みしながら息を整えていると、本隊がやってきた。

 皆背に皮袋を背負っている。出発した時は持ってなかったはずだ。

 どうやら、ゴブリンの巣を煙で燻すのに使う枯れ木や落ち葉みたいだ。夜露に濡れて湿っているほうが良いらしく、道中、適当に集めながら来たらしい。

 私やベアトリクスが、足が速いと思っていた猟師の後を懸命についてきたはずなのに、一方は作業をしながら余裕でついてきた。


 これは、やばいわね。もうちょっと、体力をつけないといけないわ。


 ベアトリクスと二人して、ひそひそと話をしていたら、今度は先発隊の猟師が一人帰って来た。巣穴周辺の偵察は済ませて、予定通りに決行出来そうだ、と言う。


 ちょっと、待って。先発隊は迂回して巣穴に向かうって言っていたわよね。

 しかも、偵察を終わって、ここまで戻ってきている……。

 うーむ、これは深刻だわ。


 私達の道案内役の足が速いと思っていたのは、私達だけのようだ。


「走り込みを日課にしようか?」


 そうと察したベイオウルフに提案されたが、曖昧に笑って胡麻化してしまった。

 彼女は毎朝走っている。

 ごめんね、ベイオウルフ、あなたの自主練について行くのはきっと無理……。

 まずは、キツネ退治とイノシシ退治を頑張るわ。


 休憩が終わり、出発する。

 ここで、本隊の教会神官が私達後衛に加わり、代わりにパウルさんが本隊に加わった。

 ここまで教会神官が本隊と共に行動していたのは、安全を考慮してのことだ。マルセロ商会は報奨金目当てでいわば自己責任だが、教会神官は無給で来てくれている。守らなければならない。


 マックバーンさんに、本隊は先着してすることがあるからお前達は慌てずにゆっくり来い、と言われた。

 パウルさんが本隊に加わったということは、罠をしかけるのだろう。

 土の魔法で穴を掘り、濡れた枯れ木や枯草に火を付けた後、風の魔法を使って煙を穴に送り込むに違いない。衛兵隊が三名に猟師が九名だ。工作所の二人もいる。魔法使いはパウルさんの他に風の魔法を使う人が二人。

 ねぐらにこもっているとはいえ、もうこれで十分かも知れないな。




 本隊を見送った後、やや意気消沈していると、教会神官が話しかけて来た。


「さあ、頑張っていきましょうか。私達が着いてからが本番ですからね」


 その言葉に促されるように立ち上がる。

 教会から派遣されてきた神官は、ウィリアムス神官といった。三十代半ばの男の人だ。


「どういうこと? 私達は支援だから事後処理中心じゃないの?」


 不思議そうにベアトリクスが聞くと、そうではないと言う。


 どうやら、ウィリアムス神官は、何度か魔物の巣を退治した経験があるらしく、煙で燻す程度では例えゴブリンと雖も退治は出来ないと言い切った。

 結局は、突入するしかない、と言うのだ。


「どうして?」

「煙は穴の奥までは届きませんよ。一直線の穴ならともかくね。百匹ほどのゴブリンがいるのであれば、穴の中は広く深く迷路のようになっています。油断して入って行くとそこで待ち伏せされるだけですね。それにボスは恐らくゴブリンではないでしょう。突入してからが本番ですよ。皆さんの活躍もそこからです。頑張りましょう」


 でもちょっと待てよ。結局それって危険が伴うってことじゃないの?


「悪くないわね。やる気がみなぎってきたわ」


 あーあ。ベアトリクスが気合い入れちゃった……。




 ウィリアムス神官が巣穴に着くまでの間にベアトリクスの質問攻めを受けた結果、私にもその経歴というものが分かってきた。元猟師らしい。

 猟師出身の神官といえば、孤児院のエイミー先生が思い浮かぶ。経歴が同じなだけあって話が合うらしい。もっとも、エイミー先生の様に毎朝弓の練習をやっているわけではないようだ。


 猟師ウィリアムスが得意とするのは、中の原教会の大司教様と同じだ。

 神聖魔法のセンス・ライビング。主にこの魔法を使って、巣穴を襲撃する事を半ば専門にした猟師だった。なので、ゴブリン退治の経験も豊富なのだそうだ。


 ある時、猟師ウィリアムスの住む村が土砂崩れによって潰されてしまった。

 大雨の影響で村の裏山が中腹から崩れてしまった。

 そこに駆け付けた救援隊の中に当時司教だった現中の原教会大司教がいて、自分と同じ魔法を使い生き埋めになった人を次々に助け出した。それを見習って一緒に救助作業をやっていく内に、教会神官になって人々を救うことを生きがいにしようと決意したらしい。そうして、救助作業後に手続きを経て中の原教会付の神官になったのだそうだ。


 そして、出会ったのが還俗前のマルセロさんで、二人は希少な魔法を使う者同士気が合い、今も親交は続いているという。

 現在は出身の村の教会長補佐を務めている。今回のゴブリン退治は、その経歴と能力を買った中の原大司教のご指名だそうだ。




 センス・ライビングを使う人は極めてまれだ。

 遥か昔、私達の先祖がこの島に渡って来た時に既に先住民がいた。その先住民の使う魔法の中にテレポートやセンス・ライビングといった今は希少な魔法があったのだそうだ。


 先住民達は万物との共存共栄を信条としていた。

 私達の先祖を受け入れてくれて、それに感謝した大陸組にとって特別な存在として住みわけができていた。しかし、交流の中で徐々に同化し、ほぼ純粋な血脈は途絶えたと言われている。

 今や幻の民族となったわけだが、突然先祖返りを起こしたように能力を受け継いだ者が生まれてくるようで、そういった人達が使う魔法の一つがセンス・ライビングなのだそうだ。


 セルトリアの初代国王はそういった魔法を複数使う猟師だったとの言い伝えがあって、実は先住民の正統な血筋だったのではないかと伝えられている。初代国王が旗揚げした中の原地区出身者に、そういった魔法を使う人が比較的多いのもその裏付けとされているが、真偽のほどは分からない。




 ウィリアムス神官の物語が終わる頃、ゴブリンの巣穴に近づいたようだ。先行する猟師が緩い傾斜の頂上付近で立ち止まって前を指さした。


 そろそろと近づき傾斜の上から下を見下ろす。木々の葉の間からは崖が見える。

 ゴブリンの巣は傾斜と傾斜の間の窪地にあった。向かいの斜面の一部を削ったような崖に、穴を掘って作られていた。

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