中の原衛兵隊演習⑥
個人戦が終わったら会場が移動になる。
衛兵隊対自警団の模擬戦は旧市街地の原っぱで行われるからだ。何もないので模擬戦の会場としては申し分ない。
皆が見守る中、準備ができた双方が行進を開始した。
まずは自警団だ。隊長はもちろん鳥の頭亭のオーウェンさん。チェインメイルを着て木の槍を持っている。同じようにチェインメイルを装備した人が九人続き、その後ろにパウルさん率いる猟師集団だ。猟師達はみな軽装で全員が弓と二つの矢筒を持っている。
今までの演習は、王国軍と衛兵隊が混生された集団を二つに分けてやっていたらしい。衛兵隊対自警団の模擬戦は初めてなのだそうだ。そのせいか、自警団側は随分と気合いが入っている。
町の衆は皆自警団なので、選抜された五十人があっさり負けるようなことがあったら、末代まで言われるに違いない。選ばれた者達は緊張のせいか皆顔が強張っている。
行進する自警団に、皆口々に声をかける。
「やい! 鳥の頭亭! 自警団の面子にかけて負けんじゃねえぞ! 無様な負け方しやがったら、二度とお前の所じゃ飯食ってやらねえからな」
これは、声援と言っていいのだろうか……。ほとんど脅迫のようなものだな。
もっとも、フライパンを手にしたオーウェンさんの奥さんが近づくと、その手の輩はどこへともなく退散したが。
声援を送る中には、奥様方もいる。
「あんた! しっかりやるんだよ。無様に負けたら晩御飯抜きだよ」
自警団の皆の表情が強張っている理由が何となく分かった。結局のところ、緊張と言うよりは圧力なのだな。
対する衛兵隊は、隊長代行のハンスさんを筆頭に歩兵が続く。皆チェインメイルだ。丸い楯と短槍を持っている。ベイオウルフもいた。
最後尾は、なんと雨も降っていないのに茶色の皮製レインコートを羽織った弓兵十人だった。
さすがに騎兵はいなかった。演習とは言え騎兵の突撃は危なすぎるのだろう。その気になれば十五騎は出せると聞いた。弓兵五十人に対して十五騎が突撃したらオーウェンさんは降伏するしかないだろう。
彼らに対する応援は、単純に頑張れと声を掛けるだけだ。そのせいか、皆リラックスしている。皆一様に引き締まった表情だが、普段の訓練とあまり変わらない。
比べてみると、やっぱり圧は必要なのかもしれない。
先の戦争では、王国軍、衛兵隊、そして自警団の三つを、アドルフさんが一括して指揮していた。それぞれが強大な敵と共に戦う戦友としての結束も固かったようだ。それだけにライバル意識もあるようだが、マルセロさんが言うにはそれぞれ与えられた役割が違うと言っていた。
大雑把に言うと、敵正面に王国軍、遊撃部隊が衛兵隊、後方支援と奇襲攻撃が自警団だったらしい。
例えば、王国軍が敵の主力を引き付けている間に、自警団が敵の補給部隊を襲撃、動揺した敵を潜んでいた衛兵隊が側面から攻撃して敵を混乱させ、王国軍が止めを刺す、という戦いが実際にあったそうだ。
中の原に駐屯する王国軍は五百人だが、防衛戦に限った場合、人口の三割近い人間が自警団として前線に加わる。衛兵隊を加えると二千人を超える。地区全体ではその十倍だ。
エングリオの外征軍は二万人くらいらしいので、王国中央軍と各地駐屯軍併せて約一万の援軍が来るまでの時間稼ぎくらいは出来る戦力になる。
正門をくぐり、原っぱに行く。私達は原っぱの北側に土を盛って作られたひな壇に座って見物することにした。
競技参加者は家族ともども優先的にひな壇に座れるので、マルセロ商会の皆やハンナさんと一緒に観覧する。院長先生達と一緒に孤児院の子供達もいた。
その他の人は主に私達の反対側になる川沿いに土を盛った高台に上って見ている。距離が近い方が、迫力があるからだろう。外壁の上からも見ることが出来るのだが、遠くなる。あまり人はいない。
双方、原っぱの東と西に分かれて本陣を置いている。
西側の町に近い方は所々に草むらがある程度だが、東側の町から遠い方は草ぼうぼうで所々に木も生えている。人が隠れるのにはうってつけだ。聞くところによると、自警団の大半が猟師らしいので、さながら原野に隠れる弓兵対重装歩兵といった設定なのだろう。先の戦争でも国境付近の森林地帯での戦いが中心だったらしいので、その再現かもしれない。
衛兵隊の本陣は西に置かれた。テーブルを囲むようにハンスさん他数名。作戦を確認しているようだ。 兵士の配置は、歩兵が十人ずつ三つのグループに分かれて、中央と左右に並んでいる。弓兵は中央部隊の後ろに固まって並んでいた。
自警団の方は良く分からない。大将のオーウェンさんとその周辺に槍を持った人がいるのだが、弓兵は草むらに化けているのか姿が見えなかった。聞くところによると、普通の弓では半分も届かない距離にいるらしい。
しばし、待つ。
双方の準備が終了したのだろう。アドルフさんが立ち上がると火矢が上がった。開始の合図だ。
衛兵隊が前進を始めた。相手は主に弓矢を使うのだから距離を詰めるつもりだ。楯をかざして進んで行く。もっともまだ矢の届く範囲では無い。そう緊張感のあるものではないだろう。
突然、何やら西の方に黒い霞のような物がかかった……と思っていたら、大量の矢が衛兵隊に向かって飛んでいった。とんでもない数だ。衛兵隊は楯を頭の上にかざして低い姿勢をとりながら進んで行く。楯を持たない弓兵はそのまま左右に散ってどこかへ行ってしまった。
矢はとどまるところなく飛んでいる。
一緒にいたハンナさんに聞くと、普通の弓の倍の距離を飛ばしているそうだ。風の魔法に乗せて距離を稼いでいるのだろう。きっとパウルさんに違いない。
確か矢筒を二つずつ持っていた。矢筒一つに二十四本の矢が入っているとしたら、弓兵四十人で四十八本の矢だから……えっ? 千九百二十本? 五十人相手に?……。
走り出した衛兵隊は続々と被害が出ている。
やられた判定の印の白い布をほっ被って後退する者が増えて来た。勿論、矢先は刺さらない様に先を丸めた物を使っているのだろうが、当たると十分痛いはずだ。
判定は自己申告なのだが、とにかく飛んで来る矢が多い。立ち止まってほっかぶりを被ろうとしている者にまで矢が当たっている。なにせ、平坦な原っぱに居るものだから良い標的だ。楯を持っているのだが、全身を隠すわけにはいかない。
立ち止まっていてはハリネズミにされてしまうだろう。
矢が飛んで来なくなった時には、走っていた歩兵隊の半分以上が白いほっかぶりになってしまった。残りは二十人程度しかいない。体格の良い人ほどやられた判定を出されたようだが、なんとかベイオウルフは生き残ったようだ。体が柔らかいから小さくなれたのだろう。
部隊長のハンスさんも無事だ。大将の印である兜のてっぺんの羽飾りが動いている。ハンスさんの周囲にいる人がほっかぶりをしているから、かばっていたのだろう。部隊長がやられたら負けになる。
生き残った衛兵隊は立ち止まると、相手を威嚇するように大声を上げ、さらに進んで行く。
敵の矢が尽きたのであれば後は白兵戦だ。矢が尽きた弓兵なら歩兵の突貫で蹴散らせる。
草むらの少ないところを抜けたところで一気に駆け出す。
目標はオーウェンさんだ。集団で突撃して一気に片をつける気だ。
そのまま、突っ込んでいったところで、周囲の草むらが一斉に人になった。
草むらに化けた自警団だ。皆剣を持っている。衛兵隊は後ろから攻撃を仕掛けられて何人かがやられてしまった。いまや完全に包囲されている。
羽飾りが真ん中で大声を上げると、楯をかざして円陣を組んだ。
勝負は時間の問題かと思いきや、今度は自警団が次々に倒れていった。
草を体に巻き付けた衛兵隊弓兵の緑マーブルによる襲撃だ。
なんと、本体を囮にして自警団の背後から奇襲をかけた。
茶色のポンチョの下に緑マーブルを着ていたようだ。猟師達の弓兵が遠距離射撃のために上を向いている間に草に隠れて進んでいたのだろう。
いまや形勢は逆転した。
衛兵隊は喚声を上げながらオーウェンさん目掛けて突進する。生き残りの猟師達に攻撃されて被害も出ているのだが、お構いなしだ。
緑マーブルも弓を捨てて剣を抜き、叫び声をあげながら白兵戦に参加した。
両部隊入り乱れての乱戦になった。
オーウェンさんが槍を構え、周囲の護衛達がその前に立ちはだかる。
そこへ衛兵隊が突貫をかけた。
迎え撃つ護衛を突き飛ばす勢いで突っ込んでいく。
護衛は二列で編成されていたのだが、遂に数人に突破されてしまった。その中にはハンスさんがいた。左右に楯をかざした兵士を従えて、オーウェンさんに襲い掛かる。
大将同士の一騎討だ。
槍を振り回しながら後退するオーウェンさん。追う衛兵隊。
中年太りが祟って足を滑らせたのか、オーウェンさんが膝をついてしまった……。
好機とばかりにハンスさんが剣を振りかぶった瞬間、それまで楯役だったベイオウルフがハンスさんを思い切り前に突き飛ばし、同時にオーウェンさんの後ろの草むらから矢が三本飛んできて、突き飛ばされたハンスさんの頭上を飛び越えてベイオウルフ達に当たり、オーウェンさんに向かって頭から突っ込んだハンスさんが頭の上にかざした剣がオーウェンさんの腹に見事当たったところで決着がついた、とベイオウルフに教えて貰った。
オーウェンさんの後ろの草むらからパウルさん他二名が姿を現した。随分と悔しかったのか、何やら喚いている。
最後の瞬間に伏兵が出てくるだろうから、オーウェンさんが誘いを掛けたら俺を突き飛ばせ、と事前に言われていたそうだ。
敵将に向かってハンスさんを発射して見事仕留めた殊勲のベイオウルフは、残念ながらほっかぶりの仲間入りをしてしまったが、役割は果たしたのだ。
五十人対五十人の戦いは、両部隊共に生存者数名ずつの大激戦の結果、衛兵隊が辛うじて勝利した。
盛大な拍手の中で勝ち名乗りを受けたハンスさんが、しきりに首をさすっていたが、救護班がいるので大丈夫だろう。
表彰と報奨金の授与式は町役場前のひな壇の前で行われた。
集まった観客が拍手で祝福してくれたが、少々気恥しかった。
報奨金は優勝が銀貨二枚でペアの場合は二人で折半だ。準優勝は半分の銀貨一枚だ。
初の試みになった町を挙げての演習は、最後の模擬戦の勝利を勝ち取ったことによって、辛うじて衛兵隊が面目を保った形で盛会のうちに幕を閉じた。
これだけ盛り上がったのだから、次回も自警団の参加を認めないと騒ぎになるかも知れない。
マルセロ商会は、パウルさん以外は皆報奨金を貰えたので、自警団の集会所で祝勝会兼残念会に参加することになった。
自警団はあと一歩のところまで衛兵隊を追い詰めた。
尻に敷かれた旦那方は健闘を認められ晩御飯を食べても良いようで、家族づれで大勢集まってきた。
ベイオウルフが衛兵隊の祝勝会は二回目に出ると言って参加してくれたが、酔っ払い魔法使いをおぶって帰るハメになった。
帰り際にオーウェンさんが、余ったから持っていけ、と大きな干し肉の塊を手渡してくれた。町の近くで日帰りの魔物退治をやっている私達にはあまり用の無い物だったが、せっかくだから貰っておいた。
ちなみに、町長特別賞が、「総司令官殿に対し、礼!」を考え出した女性兵士達と工作所の二人に対して贈られた。今後は装備の美麗化や緑マーブルといった実用的な装備にも予算が確保されるように王都に意見具申するとのこと。ベアトリクスやベイオウルフ、それにブリジットさん達女性兵士が大喜びしたのは言うまでもない。




