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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る~改訂にあたってカットしたエピソード集~  作者: 兎野羽地郎


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補録 セルトリア王国歴百九十年四月七日における王都西部域魔の森東部での魔王軍との戦闘①及び②

 このエピソードは、投稿開始時に、最初に出てくる二人の会話をもって作品のプロローグとしていました。投稿後、第一章があまりにも冗長なので大幅に改訂した結果、本編から外し、後に続く戦闘シーンと共に補録として章末に移動させた経緯があります。

 作品完結後に誤字脱字等の修正を行っている(2025年10月時点)のですが、本編が余りにも字数が多すぎ冗長に過ぎるので、割愛しこちらに収録した次第です。


 *①と②を一つのエピソードとして掲載しているので、九千字を越えます。

 窓から光が見える時

 四つの門が口を開け

 灰色の鳥が羽ばたいた

 南の門では炙られて

 北の門では水浸し

 東の門では飛ばされて

 西の門では埋められて

 上から来たのは白い鳥

 下から来たのは黒い鳥

 灰色の鳥と手をつなぎ

 手を離したらさようなら




「この子供の戯れ歌に意味があると?」

「はい。そう思います」


 セルトリア王国の北部に王都域と呼ばれる地域がある。その地域の南部丘陵地帯からやや離れた場所、魔王軍本軍との決戦を前夜に控えたセルトリア王国軍の天幕の一つで二人の男が話している。


 一人はセルトリア王国の国王その人で、王冠を被って金銀の飾りつけをしたチェインメイルを着、その上に金糸で刺繍をしたローブを羽織っている。もう一人はセルトリア王都大司教と呼ばれるセルトリア国教会の王都教会区長の秘書官長であり、教会の礼装である赤い祭衣を着ている。


 秘書官長はセルトリア王都大司教の使者として派遣されてきていた。セルトリア国王と様々なやり取りを行った後、王に子供の遊び歌を披露したのだった。


「魔王を討伐した先代がついぞ果たせなかったという、あれか?」

「左様でございます。この歌に隠された意味を解き、この世界の成り立ちを知った者のみが到達出来るといわれる場所を示すものかと」

「その場所へ到達してどうする?」

「分かりません。ただ、可能性を示してはいます」

「可能性? 魔王を完全に封じ込めるというやつだな」

「はい。調査は教会の方で進めますので、陛下に申し上げておこうかと思いまして」

「分かった。覚えておく」


 大司教の秘書は恭しくお辞儀をすると、一歩下がった。

 国王は座っていた移動時の玉座から立ち上がると、そばにある接客用の椅子に腰をかけ、秘書にも隣の椅子に着座するように勧めた。

 国王が王冠を、秘書が赤い帽子を脱ぎ、共にテーブルの上に置いた。既に人払いは済ませてある。




「わざわざ、こんな所まで来てもらって済まないな」

「なに、相手が魔王ならば幾らでも助けてやるさ」


 二人の言葉が急にくだけたものになる。二人は幼いころからの知己であり、小さい頃はお互いに泣きながら取っ組み合いの喧嘩をしたこともある仲だ。


 上級神聖魔法を操る秘書官を始めとしたセルトリア王都大司教使者団を結成する神官達は、事実上の援軍だ。神聖魔法による治療は負傷した兵士を救うだろう。


「で、塩梅はどうだ?」


 歴とした教会神官である秘書が、まるでただの町民のような口調で国王に尋ねた。


 先代国王が退位し今の国王が戴冠する前からの約束だった。互いに王冠と帽子を頂いているときは公式に、脱いだ時は私的に話をしようと。


「歴史の通りに進みそうだ。やはり野戦では我々人間の方が強い。本隊との決戦も負けはせぬだろう」

「問題はその後か?」

「そうだな。親父のように魔王を倒すわけにはいかん」

「お互いに年を取りすぎたかな?」


 二人は顔を見合わせて、肩をすくめあう。


「ならば、次の世代に向けて出来る限りのことをしてやるさ」


 国王の言葉に秘書も頷く。


「次の世代の教育は相変わらずらしいな」


 秘書が、ややからかい気味に聞いた。


「ああ、初代以来の伝統だ。俺もそうだっただろう?」


 確かにそうだった、と秘書が笑う。


「おかげで親父は英雄と呼ばれる六人の仲間に出会った。俺もお前達に出会えた」

「俺達は英雄にはなれなさそうだぞ」

「構わんさ。肩書など王だけで十分だ」


 それもそうだな、と秘書が笑う。恐らく彼も、セルトリア王都大司教秘書官長の肩書だけで十分なのだろう。


「この野戦が決着したら、元の様に魔物と個別に戦いながらの生活になる。お前達にも苦労をかけるかもしれんから、先に詫びておく」


 国王が秘書に頭を下げた。


「そういう話は無しにしようぜ」


 秘書は大げさに手を振ると話題を変えた。




「なあ、俺は魔物が疫病や災害のようなものと同じではないかと思っているんだ」

「と、言うと?」

「人はほとんどの者が寿命を全うできないだろう? なにか、そういう我々人の手に負えないようなものかと思う」

「随分と悲観的じゃないか。親父のように魔王は討伐できるぞ」

「しかし、復活しただろう? 疫病や災害もそうだ。なんとか対処はするが根本的には失くせない」

「そういうものか。ならば、戦争もそうかも知れんな。どういうわけだか無くならないな」

「我々は災いからは逃れられないようだぞ」

「ならば、やる事は決まっているな」


 秘書はいぶかしげに王の顔を見た。


「今の災いに対処し、次の災いに備える。それだけだ」


 秘書は一瞬戸惑ったような顔をしたが、次の瞬間に破顔した。


「お前がこの国の王で本当に良かった。人はそういう簡単な理念について行くものだ」

「なんだそれは、褒めているのか?」

「勿論だ。俺のように悲観的な理屈を並べる輩に誰がついてくるものか。やはり、お前は王の器だ」


 そう思うだろう、と王の後ろに声を掛ける。


 そこには、一人の濃い灰色の服を着た男が影の様に立っている。国王直属の配下で、王宮特別警護官長の肩書を持っている。二人が子供の頃から一緒に過ごした仲間の一人だ。既に制帽は右小脇に抱えている。

 口数と表情の変化に乏しい彼は、無言で大きく頷き秘書の言葉に同意を示した。


「なんだ二人して。俺は納得がいかんぞ」

「まあ、そう言うな」


 笑いながら宥める秘書官の仕草を見ながら警護官長が微笑んだ。




 一緒にこの国を守ろう。


 警護官長がまだ十代の時に、自分は王位継承者なのだ、と突然言われた時は戸惑った。だが、権力を得た今もその姿勢は変わらない。他国では封建領主がのさばり奴隷を酷使している時代に、身分制度といったものを一切認めないこの国のありかたは、初代国王以来守られている。

 警護官長の目前で二人の男が繰り広げている会話は、それを象徴していた。




 その会話の翌日、セルトリア王は、幕僚達と共に小高い丘の上に馬を立て魔王軍に対峙していた。


 唸り声をあげている一際大きな魔物はトロルだろうか。人の背丈ほどあるこん棒を振りかぶり威嚇してくる。灰色のざらついた肌を持つその体躯は、まるで切り立った崖のようだ。その足元にたむろしている思い思いの武器を持った背の高い兵士は豚顔のオークなのか毛むくじゃらのオーガなのか。背後にはぼろきれのような腰巻を着け、剣や弓を持つ緑色の肌の小柄なゴブリンが、思い思いに雄たけびを上げている。


 頭上にはその背に巨大なコウモリのような羽を生やし、頭に二本の角を持つ人型の石像のようなものが数十体飛んでいる。ガーゴイルだろう。それらが一つのブロックを作っていて、そのブロックは四つあった。概ね三千の兵からなるそのブロックは、前衛として三つが横に並び、その背後に後衛が一つ控えている。魔王軍の第一の幹部が指揮する魔王軍本隊一万二千の軍勢だ。


 対する人間側は、中央と両翼を併せてセルトリア王国軍の重装歩兵が三千人、背後に弓兵と魔法兵が併せて二千人。総勢五千の軍勢が対峙していた。両翼のさらに左右には回り込まれない様にするためなのか、野戦陣地さながらに、魔法で空堀を掘り、掘った土を土塁として積み上げている。その背後には、馬車の荷台に乗せたバリスタが何台かずつと数十人程度の兵が配置してあった。


 両軍共に小高い丘の上に本陣をすえ麓に向けて広がるように布陣している。両軍を巡る地形上の顕著な差と言えば、魔王軍の背後には彼らが根城とする砦がある森が広がっていることだろう。


 魔王軍としては、昼間は森の中に隠れていて、夜間に襲撃するつもりだった。しかし、個の力で勝る魔王軍に対し人間が野戦で正面からぶつかるのに、半数以下の戦力で挑んでくるとは誰が考えようか。予想以上の兵力差に気を良くし、わざわざ森から出て来たのだ。


 人間の中には金品に目がくらみ魔王軍に協力する者もいる。そういった輩は斥候として魔王軍に利用されていた。

 その者達からの情報によると、王都を出発し最前線の砦に入った人間側の兵力は、セルトリア王国軍主力七千、他に補給部隊として荷馬車百台、馬匹五百頭、人夫五百人になる。それ以外に、周辺諸国の援軍が一万だ。


 そして、セルトリア王国軍のうち五千は、補給部隊を連れて半日早く先発した。


 さらに、砦内に潜入している内応者から得た情報では、本隊到着前に陣地を構築する予定で、近衛騎兵二千は本隊と共に行動するとのことだ。


 補給部隊が少ないのは、砦から最前線の距離が行軍三日程度でしかなく、周辺諸国軍は自前の補給部隊を持っているからだろう。それに、どの国の兵も、対魔王軍応援軍であれば宿泊する町や村に金銭を支払えば、食料や飼葉を売って貰える。これは魔王を抱えるこの島の暗黙の了解事項だ。


 いまや砦とその周辺は、最前線の兵站基地として物資が山積されている。人口の少ない小国とは言え、領内に金山銀山を含めた鉱山をいくつか持っているセルトリアの経済力が物を言った。


 先発隊が本隊到着までに野戦陣地を築いておけば、ある程度有利に戦えるはずだ。そして、魔王軍に対峙するのは先発したセルトリア王国軍を主体とした先発軍のみだ。それが、魔王軍が内応者から得た情報だった。もっとも、その内応者が得た情報は、セルトリア国王直属の斥候集団である王宮特別警護官長の指揮する斥候達が流したものなのだが。




 両軍の間は丘と丘の間の低地になっている。この場合、先に仕掛けた側が自軍側の丘を駆け下った後、敵軍側の丘の斜面を登りながらの突撃になる。上から攻め下った方が有利なのは火を見るよりも明らかで、先に仕掛けた側が不利になる。


 魔王軍本陣は、人間側の布陣を砦を作るための時間を稼ぐための方便と見た。こちらが丘の下から攻め上がるのを躊躇しているうちに一万の本隊が到着すると数字上の優勢は覆ってしまう。ただし、本隊の到着は夜半になる見込みだ。魔物の本領を発揮する夜ならば同数でも勝てる。


 ならば、到着前に先発のセルトリア王国軍を攻めつぶせばよい。各個に撃破すれば良い。

 大軍に戦術は不要だ。そのまま正面から押し込んでいき、丘の反対側へ追い込んでしまえば高所からの追撃になる。この地は人間基準ではセルトリア王国だ。その本軍を倒してしまえば、後は利害の対立した烏合の衆以下になり、大人しく自分の領土へ帰るだろう。


「突っ込んできたようだな」

「御意」


 人間側の総大将であるセルトリア国王は、幕僚達と共に魔王軍が自陣の丘の上から駆け下りてくる様を眺めている。周囲には十数本の旗が掲げられており、本陣であることがあからさまに分かるようにしてある。


 わざわざ、少数で魔王軍に挑むには理由があった。魔王の棲み処は深い森に囲まれている。森の中では軍としての集団行動は困難であり、なんとかして魔王軍を森から引きずり出さなければならない。いわば苦渋の選択であった。


 しかし、まったく勝算が無いわけではない。ゴブリンはともかく、オーク、オーガやトロルといった魔物は、個の力では一般的な人間の兵士では敵すべくもない。一方、魔物達は地形や陣形を利用する戦術には乏しい。魔王や幹部達はさておき、兵である魔物達にとって集団戦闘とは目の前の獲物を群れで襲うことであって、整然とした軍隊行動ではないのだ。そこにつけ込もうとした。そのためには、緒戦はできれば昼間戦闘としたかった。


 念のため、周辺諸国軍には、防御に徹し遅滞戦闘を繰り返すことによって時間を稼ぎ援軍の到着を待つ、と言っておいた。見捨てられることはあるまい。




 魔王軍の先頭が雄たけびを上げながら自軍の側の丘を駆け下りて丘と丘との間にある低地に差し掛かった頃、王が右手を上げた。王のそばに白い旗が掲げられると、王の頭上を越えて人の頭の半分ほどの大きさの石が魔王軍に向かって飛んでいった。狙いたがわず先頭集団の数匹が吹っ飛ばされる。飛ばす石は丸いので敵を飛び越さない限り直撃しなくても跳弾となって被害を与えることが出来た。


 王が頭上に上げた手を前に振り下ろすと、白い旗が左右に何度も振られ、それを合図に次から次へと石が飛んで行った。風の魔法を利用した投石機だ。補給部隊が運んできた。


 馬車で囲んで一時的な陣地を作っている。根元を地面に埋めた青銅製の筒の中で魔法を使い空気を圧縮し、石を転がし入れた後で、凝縮された空気を一気に開放し投石する。

 攻城用の大型のカタパルトとは違い城壁を破壊するほどの巨石を飛ばすことは出来ないが、十分な殺傷能力のある大きさの石を軍勢に向けて遠距離を飛ばすことが出来る。何と言っても、持ち運びが容易だ。

 野戦用にセルトリア王国で極秘に開発されたのだった。


 馬車で囲っているのは応援軍の斥候の目から隠すためだ。もっとも、見られたところで魔法を使って飛ばすには年単位の習熟が必要で、そう簡単に導入できるものではない。もっとも、他国も既に開発済みの可能性もあるのだが。




 魔王軍から見ると敵本陣の向こう側の斜面から新兵器で飛ばしているので、不意打ちにあったようなものだ。前衛が動揺し足が止まったが、後続が坂を駆け下りてきている。急に止まれるわけもなく、衝突して混乱した。逃げ惑う小柄なゴブリン達が巨大なトロルに踏みつぶされている。


 慌てたように上空のガーゴイルが飛んでくるが、冷静さを欠いていたのか高度が不十分だった。魔物に致命的なダメージを与える銀の鏃を備えた弓兵と魔法兵の魔法の射程に入ってしまい、投石機に辿りつく前に、ただの石となって砕けちった身体が地に降り注ぐだけだった。


 飛んでくる石をトロルが楯を掲げてなんとか逸らせながら進んでくる。弾かれた石があらん方向に飛んでいき不運にも当たったゴブリンやオークが体の一部を潰されているが、気にした様子はなかった。そのまま前に進んでくると低地を抜けて丘の斜面を登り始めた。まだ矢が届く距離ではない。




 王がもう一度右手を上げると、今度は赤い旗が掲げられ、着弾点が魔王軍の前に修正された。本陣からそう遠くない反対斜面に陣取っている発射機が、油を詰めた壺を飛ばし始めたのだ。


 一本の木をくり抜いて中に銅板を張っただけの発射機は、投石機と同じく風の魔法を使っている。これは極端に高度をとった放物線を描いて油を詰めた壺を飛ばしていた。これも新兵器だ。重量があまりないだけに前線近くに馬車に乗せて運んでくることが出来き、穴を掘ってそこに設置してある。発射速度が遅く、壺は藁でくるまれていて飛ばす前に火を付けるので火の玉が飛んでいるように見える。


 着弾すると割れた壺から油が飛び散り燃え広がり、魔王軍の前に幾つもの火の壁が出来た。直撃を受けた者は断末魔の悲鳴を上げる間もなく炎に包まれる。

 一時的に混乱状態に陥った魔王軍はそれでも立ち直り、その壁をすり抜けるように坂を登って来た。

 ぼろきれともいえる服に火がついてしまった小柄なゴブリンは、悲鳴を上げて火をもみ消そうと地に転がっている。しかし、簡単に火が消えるわけもなく、やがて息絶えて動かなくなった。


 さらに前進した魔物に襲い掛かったのは弓兵による矢の弾幕であった。流石に高価な銀の鏃は使われていないが、それでも千人を超える射手の矢が立て続けに二十射以上も降り注ぐのである。楯をかざして防いではいるが防ぎきれるものではない。ゴブリンは一矢で、オークなどでも三、四矢で、身体の大きいトロルに至っては狙いが集中し三桁を数える矢を浴びて、地に倒れ伏した。




 白兵戦に移るまでの間、魔王軍前衛は三割近い損害を出していた。だが、まだ二倍の白兵戦兵力を確保している。このまま混戦に持ち込めば、弓や魔法は使えなくなる。事実、距離が詰まると白兵戦に弱い弓兵と魔法兵は重装歩兵の後ろに後退していった。そのまま左右に散って行く。いまだ本陣前で総攻撃の指示を待っている後衛軍三千が加われば一気に押し切れるはずだ。




 王国軍の魔法兵団に指示がとび、重装歩兵に支援魔法をかけた。防御力、攻撃力、敏捷性といった身体能力を一時的に強化し、個の強さの違いを少しでも埋めるためだ。既に軍の前面には幾重にも魔法防御が展開されていて、遠距離からの敵の魔法攻撃は無効化できるはずだ。


 混戦になれば敵に向けて魔法を使うことも出来なくなる。強力な魔法を使ったところで味方を巻き添えにしてしまうだけだ。


 もちろん、強力な魔法を使う魔物がいれば話は別だ。しかし、そういった強力な魔物は数が少ないうえに軍として戦うのを嫌い、単独で気まぐれに行動する。軍単位がぶつかり合うような野戦で見ることは過去の記録にも無い。

 それぞれの棲み処でゴブリンやオークを率い自由気ままに人間を襲っていたのだが、この度の戦いに至るまでに、既にその勢力の大半が各地で討伐されていた。




 兵と兵が遂に衝突した。

 岩と岩をぶつけ合うような鈍い音が響く。整然と陣を組み、大楯を構え、手槍で攻撃する人間側に対し、上り坂とはいえ、駆けて来た突進力を活かして魔王軍が次々に突撃する。


 両翼を回り込もうとしたものは、空堀や土塁を越える前にいつの間にか集合した弓兵や魔法兵、馬車に積んだバリスタといった遠隔攻撃の餌食になって倒れていった。


 体が大きいがために目立つトロルは、弓矢の集中攻撃を受けてしまい残っていない。

 一撃の差異が小さくなったことから、数の勝負になった。


 人間側にとって有利な点は、後衛が丘の頂点付近に布陣していることだ。重力を活かした攻撃が出来る。ただ、如何せん敵の数が多い。兵力差は前線で白兵戦を戦っている者だけなら二倍はある。ズルズルと後退が始まった。両翼は中央が後退するものだから両肩上がりの形になりつつあり、陣形そのものが中央を底辺とした弧を描いている。どこか一か所でも突破されたら最後、そこから分断、包囲されて殲滅されてしまうだろう。




 そして、その時がきた。

 角笛が吹かれると、旗印を掲げた本陣と思しき集団が、馬首を巡らせ頂上から反対側の斜面の向こうへ逃げ出した。


 さらには、正面の重装歩兵が一斉に手に持った槍を投擲した後、退却を始めた。

 楯を背に回し、亀のようになって逃げている。左右両翼も同様に中央から遠ざかるように斜め後方に向かって後退している。魔王軍に中央突破の機会が訪れた。


 既に戦線は丘の頂点付近にまで下がっている。僅かな距離であるが一旦登り、頂上を越えた後は、皆一斉に転ばぬように丘を駆け下りていった。転んだら最後生け捕りになんかされるわけがない。切り刻まれて殺されるだけだ。


 槍の一斉投擲を受けて一旦は前線の一部を崩され怯んだものの、勝利を確信した魔王軍が追いかけ始めた。セルトリア王国軍の総大将を討ち取った者の褒美は思いのままだ。戦利品も食料も魔王の次に良い物を選べるだろう。

 先に下りに差し掛かった人間側がやや距離を稼いだが、いずれは追いつかれるはずだ。支援魔法を受けているとはいえ重い鎧に身を包んだ人間と、軽装の身体能力に優れた魔物とでは根本が違う。第一人間は手に持った槍を捨てている。


 人間側の潰走と魔王軍の追撃が始まった。


 本陣にいたと思しき騎乗の大将は、旗印と共に丘の麓に集まっている。支え直すつもりだろうが、丘を掛け下った勢いで押しつぶしてしまえば良い。

 勝利の雄たけびを上げる魔王軍は、軍勢から獲物を狩る群れになった。

 足をもつれさせて転んでしまった人間の兵士は、何匹もの魔物に一斉に飛び掛かってこられ、悲鳴を上げる間もなく切り刻まれた。




「天空に在りし我らを見守る至栄の母よ

 我ここに専心の祈りを捧げ奉る

 天妃の産みたる大地を清めたまへ

 定めたる理を守りたまえ

 悪しき者に立ち向かう勇気を与え給へ

 邪悪な者の力を抑え給へ」


 丘の中腹まで追撃したところで、突然戦場に詠唱が響き渡った。

 魔王軍の左右斜め後方から騎馬兵が突撃したのだ。下り坂を利用した勢いに乗った突撃が魔物の群れを蹂躙する。

 欺瞞情報を隠れ蓑とした王国軍騎馬隊二千だった。


 騎馬隊のみで別動隊として行動し、魔王軍からは見えない丘の反対斜面に左右に分かれて伏兵となっていたのだ。実はセルトリア王国軍の全騎馬隊であり、いわば虎の子であった。


 同時に、丘の麓の投石機が設置してある辺りで潰走していたはずの重装歩兵が旋回し、楯を構え直して鋼の壁となった。

 いつの間にか左右の両翼は、中央を底辺としたU字型になっており、魔王軍は完全に包囲されてしまっていた。


 ロープを括りつけた油壷に火を付けて、投擲よろしく振り回すと包囲された魔王軍に投げつける。

 いつの間にか高い位置に陣取った弓兵が、金に糸目はつけぬとばかりに銀の鏃の矢を放つ。 

 守りを固め防戦に徹した重装歩兵は魔物といえども簡単に突破は出来ない。しかも、捨てた槍の代わりに抜いた剣は白銀もしくは銀の剣だった。一撃で魔物の身体に致命傷を与えることが出来る。


 魔王軍は動揺した。三方を囲まれ、後方からは騎馬隊の突撃を受け、さらに密集したところに火をかけられたのだ。戦場は一転屠殺場と化した。




 投石機が一斉に石を飛ばし始めた。魔王軍の後衛三千が総攻撃の指示を受けて動き始めたのだろう。投石機が稼働したという事は、丘と丘との間の低地に達したという事だ。敵が頂上に上がってくるまでに前衛を殲滅出来れば良いのだが、如何せん数が多すぎてそうもいかない。


 騎馬隊が左右に分かれると、既に半数以上を失った魔王軍前衛は味方の方向への逃げ道が出来た。さらに左右両翼が道を開ける様に広がると、算を乱して逃げ始めた。

 魔物は崩れると脆かった。そのまま、丘の頂上へ転びながら逃げて行くのを、後方から重装歩兵が追い上げるように喚声をあげて追いかける。


 包囲を脱した魔王軍は背後から追い立てられるように丘の頂上へ達すると、恐慌状態となったまま味方の後衛が駆け上って来るところへ逆流するようになだれ込んで行った。混乱が加速し崩れたったところへ、騎馬隊が坂の上から突撃して一気に突き崩す。


「どうやら、持ちこたえたな」


 丘の頂上に馬を立てたセルトリア国王が、一つ大きくため息をついた。



 この戦闘の後、セルトリアを中心とした人間の軍勢は、この日の戦闘でセルトリア国王が馬を立てた丘の上に砦を作り上げて魔王軍への監視と抑えとした。

 補給路の建設工事を含め、完成までの間に何度か魔王軍の襲撃があったが、各国からの応援軍を含む人間の軍勢は陣形を固めて守りに徹し、そして時に突撃した。

 魔王軍を漸減すると同時に戦線を固定、要所に前哨陣地を築き上げ、魔王軍を森の中へ封じ込めることに成功したのである。

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