変わらなかったのは一杯目のビールの美味さだった
僕らの世代は「氷河期世代」と言われている世代です。
そんな人達に僕達はまだまだこれからだって思ってもらえたら嬉しいです。
設定は相も変わらずざるなのでご容赦ください。
「はあ〜、今日も疲れたわ。とりあえず一杯飲むか」
時間は午後11時。今日もサービス残業を終わらせて帰宅。いつも勤務終了は午後10時でそこから電車に揺られてこの時間になってしまう。そして毎日朝7時出社。俺だけ1時間早く出社して皆の業務ができやすいように環境づくりをする。土日の休日なんてない。
ゴリゴリのブラック企業に勤めている俺にとって唯一の救いは仕事終わりのこの一杯のビール。手取り15万円の俺にとってはこの一杯だけしか飲めないのが辛いところではあるが、この瞬間だけは最高に気分がいい。この一杯のためだけに働いていると言っても過言ではない。
趣味で何かしたいと思ってもお金がかかってしまう。だから趣味というものもなければ楽しみにしているものもこの一杯のビール以外ない。なんせ節約しないといけないからテレビなんて贅沢品も置けない。
この一杯が終わればシャワーを浴びてすぐに就寝。朝になればまた会社からこき使われるだけ。もはや負け組の俺の将来なんてと考えるだけで絶望しかない。今年で53歳になる俺ももう7年すれば定年で……。いかんいかん、こうなるからなるべく何も考えずに生きてるんだ。
そういう意味では今の生活は都合がいいんだ。会社で15時間労働している間は仕事のことだけを考えてればいい。めちゃくちゃ罵声を浴びせられることも多々あるが、そっちの方がいい。現実逃避できるから。よし、今日はもう寝よう。
※
「え?私がクビ……ですか?」
朝、いつも通りに出社して朝一の掃除を終えて自分の席に座った時に課長に呼ばれ、こう言われた。
「鳴崎さん、本日をもってクビとなります」
まさかの一言だった。
「あの……、理由を伺ってもよろしいですか?」
「明日から鳴崎さんより優秀で若いSEの子が入るからとのことです」
SEって何だ?まあ俺より優秀で若い人は多いから仕方ないのは分かっていたが、引き継ぎもなしでいきなりクビとは驚きを隠せない。
「引き継ぎもなしで大丈夫なんですか?」
「まあ、鳴崎さんの仕事は誰でもできますからね。問題なしという判断みたいですよ」
やっぱりそうだよな、俺のやってる仕事なんて単なる社内の御用聞きだからな。俺の代わりなんていくらでもいるんだ。ついにこの時がやってきたってことか……。
「なので今日はこのまま荷物をまとめてください。荷物の整理が終わり次第、退社してもらって大丈夫です」
周りからは笑い声が聞こえる。俺はいつもこの会社では役立たずだのなんだの言われてきたからそんな俺がクビになるのが面白いんだろう。こっちは笑える状態じゃないってのに。
結局荷物の整理は1時間ほどで終わったのでそのまま退社。誰からもこれまでの労いの言葉はなかった。俺にとってはこの会社には結構思い入れがある。なんせ就職活動中に唯一俺を採用してくれた会社だったから。俺らの世代は俗にいう「氷河期世代」と言われる就職困難だった世代だ。
俺は自分でも分かってるが、Fランと呼ばれている最低ランクの大学を卒業している。それにもかかわらず就職なんて簡単、それでもって高給な仕事に就けると高を括っていた。だが現実は厳しくて不採用続きだった中で内定をもらった会社だったんだ。もう30年も勤続していたことになる。
せめて定年退職までは働かせてもらえると思っていたのに……。それに30年間どんなに罵詈雑言を浴びせられても耐えてきた人間に対して何もないっていうことにショックだ。明日からどうしようか。こんな歳で働ける、それでもって俺みたいな役立たずでもできるような仕事なんてあるんだろうか。
※
次の日からハローワークに通い仕事を探した。相談ついでに失業手当のことを聞き、会社に離職票の発行をお願いしたが「無理」の一言で終わってしまった。一応手続きはできるみたいなのでお願いはしたがそれを当てにしているだけでは生活できない。
せめて再就職先が決まるまでの間にでもできるバイトはないかと探したいところだが、スマホもなるべくお金のかからないようにデータ容量の少ないプランに入っているからあまり使いたくない。
そこでフリーWi-Fiについて話が聞けたので、県でやっているフリーWi-Fiの使える施設にやってきて、今はそこでほぼ毎日を過ごしている。コンビニのバイトぐらいなら雇ってもらえるだろうと思って応募してみたが、今はこんなおっさんなんかよりも外国人を雇うみたいで雇ってもらえなかった。
仕事終わりの一杯のビールを飲めてた生活を懐かしいと思えるくらい、無職の日々が続いた。もう流石に生活保護か?というところまで考えるようになったある日、俺はいつものようにフリーWi-Fiの使える施設で声をかけられた。
「あの、もしかして恭介君?やっぱり恭介君だ!私のこと覚えてる?柊雅よ。」
見上げるとそこには大学生の時に付き合っていた元恋人の雅がいた。別れてから30年も会ってなかった彼女は年相応の女性になっていた。白髪がかなり多い。白髪が多い人というのはそれだけ苦労したからだと聞いたことがある。それなりに苦労したんだろうな。
「ねえ、久しぶりにあったというのに何も返事がないわけ?ひどくない?」
「今更30年前にフラれた元恋人に声なんてかけられねえよ。よく声かけてきたな」
「もう30年も前の話よ?笑い飛ばせる話になるくらいには時間が経ってると思うんだけど、恭介君はそうでもないってことかしら?」
「言ってろ。それにしてもなんでこんなところに雅がいるんだ?都内に住むとかって言ってたじゃないか。こんな田舎に来る用事なんてないだろ」
「息子がこの街で住むことを決めて起業したのよ。それに伴って私もこっちに来たってわけ。今は息子の会社の手伝いをしているの」
息子か……。普通だったら子供がいてもおかしくない年だもんな。そうか、こいつは結婚したんだ……ってそら当然か。俺みたいな役立たずはフって正解だったな。こいつは人を見る目は本当に肥えていたから。俺と結婚していたら悲惨な人生歩むことになってたって考えると、幸せに暮らしているならそれはいいことだ。
「それで恭介君はどうして仕事もしないでこんなところにいるの?」
「会社をクビになったんだよ。それで今ここのフリーWi-Fi使わせてもらいながら仕事探してるところ」
「あら、それは大変ね。今再就職なんて難しいでしょ。どう?もしよかったらうちで働いてみない?」
いい話かもしれないが、元恋人の息子のやっている会社に就職するのもなんだか気が引ける。それに入社したところでこんな役立たずの俺が働けるんだろうか?いや、揶揄ってるだけだな、これは。
「揶揄うのはよしてくれ。こっちは真剣に仕事探してるんだから。」
「冗談で言うわけないでしょ。ここで久しぶりに出会ったのも何かの縁。せっかくだから面接だけでも受けてみたらどう?また明日も来るから履歴書と職務経歴書用意しといて」
「……分かった。でもわざわざここに来てもらうのも悪いから書類は郵送で送るよ」
「いや、別にいいのよ。ここの施設の管理、うちが委託を受けてやっているの。だから現場視察として明日も来る予定だから」
おいおい、公共施設の管理を委托されるって相当な会社じゃないか。息子はかなりのやり手なんだな。確実に言えることは俺なんかが採用されるなんてことはないってことだ。
※
「では、来週の月曜からよろしくお願いします」
どうしてこうなった……。なんでかは知らないがあれよあれよと選考が進んでいき、ついには雅の息子である社長との直接面接となり、今しがた採用が決まったところだ。
「あの……、すみませんが、なぜ今回私のような者を採用することになったのでしょうか?」
「え?いや、どう考えたってここまで素晴らしい人材他にはいないですよ!お……、鳴崎さんをクビにした会社がなんで手放したんだって思ってます」
「社内の御用聞きなんて誰でもできますし、代わりはいくらでもいるって言われたんですよ?そんな素晴らしいだなんてことないと思うのですが……」
「それは鳴崎さんのいた会社ではそういう評価かもしれませんが、一般的に見ても鳴崎さんのやってきたことは社内SEの範疇を超えていますよ!」
またSEって言葉が出てきた。一体何なんだ?そのSEっていうのは。あとで調べてみるか。それよりもだ。
「それと労働条件ですが、土日祝日休みで月給50万円っておかしくないですか?私のやってきたことはただの御用聞きですよ?もらっても土日休みなしで月給20万円よりも少ないぐらいが妥当だと思うのですが……」
「いやいや、お……、鳴崎さんのいた会社が相当ブラックなだけですよ。普通に鳴崎さんのレベルならこれでも少ない方です。うちの会社がもっと売上を上げられればもっとお出ししますから。この会社のためにどうぞよろしくお願いします」
びっくりするくらいの高待遇なんだよな。月給50万円なら手取りで40万円近い金額だ。仕事終わりのビールが一杯だけじゃ済まなくなってしまうじゃないか。でもそんなことをするつもりはない。あの一杯が美味いんだ。まあ、テレビくらいは買ってもいいかもしれないな。
『採用おめでとう!これから恭司のために頑張ってね!』
夜、祝杯の一杯を飲んでたところに雅からメッセージが届いた。恭司っていうのは社長のことだ。柊恭司。今ノリに乗ってる経営者として雑誌にも取り上げられている革命児だ。
『ああ、思ってた以上に高待遇だからな。もちろんしっかり働いて応えるよ』
※
週が明け、初出勤の日となった。俺は気合を入れて早速勤務開始1時間前に会社に到着し、掃除を始めた。前の会社ほどの広さはないからそこまで時間はかからなかったが、思ってたよりも汚れがひどかった。オフィスは清潔でこそ仕事が捗ると前の会社では何度もいい聞かされてたからな。
「おはようござ……、ってめっちゃきれいになってるじゃないですか!」
見知らぬ30代くらいの男性が出勤してきた。
「おはようございます。今日からお世話になる鳴崎恭介と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「どうも、初めまして。営業の林田風太と言います。これ、鳴崎さんがやったんですか?」
「はい、これが私の仕事ですから。御用聞きとして扱き使ってください」
「御用聞き?そんなポジションで採用されたんですか?」
「はい、社内SEと社長は仰っていました。自分なりに調べましたがやはり御用聞きには変わらないみたいなので、私としては御用聞きとして扱っていただければ結構です」
「社内SE!?ということは社内のシステム周りを担当されるんですよね?なんでそんな方が掃除とか御用聞きになるんですか?」
林田さんと話していると次々と社員がやってきてオフィスを見ては驚いていた。
「いや、なんでこんなピカピカなんですか!?え?今日から入った鳴崎さんが?」
「鳴崎さん、そんなことしなくていいですからね!うちはちゃんと清掃会社にお願いしてますから!」
とか口々にしているが、清掃会社にお願いしてこのクオリティじゃダメだろ……。
「では社長に明日からは私がやるんで清掃会社の方は契約解除していただくように伝えていただけますか。正直なところ、こんな汚い環境じゃ皆さんにとって良くないですからね」
そう伝えたら社員の皆は絶句していた。なんでだ?今日はもう無理だが明日からはもっときれいにしないといい仕事ができないぞ。
なんて思ってたところで社員全員が出社したようで人数にして俺を含めて11名。そこに役員の社長と専務である雅がやってきた。もちろんだが二人もオフィスを見て驚いていた。
朝礼が始まって俺の紹介があり、自己紹介と簡単な挨拶をした。どうやら社内SEは俺だけのようで、まあ12名の会社じゃ俺一人で十分だわな。
「鳴崎さん、社内SEってどんなことやってくれるんですか?うちじゃ初めてなんで何をしてもらえるのかよく分からないです」
早速業務開始になって事務の馬込さんが聞いてきた。そうか、初めてじゃどんなことをしてくれるか分からないよな。
「皆さんの御用聞きが仕事なので、何でも言ってくださって大丈夫ですよ。何かお困りごとはありますか?」
「本当に何でもお願いしてもいいんですか?」
「はい、いいですよ」
馬込さんは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分くらいの表情をしながら俺にこう言った。
「実は営業の方から頼まれている資料を作っているんですが、ミスが多くて何度もやり直しをしているんです。その資料を見て直していただくことは可能ですか?」
そんなのは朝飯前の仕事だ。資料を預かると確かに数字が間違ってるし、誤字脱字も多い。それに見映えもよくない。
「なるほど、こういう資料は今後も作る必要がありますよね?であればもっと見映えよくして自動で何パターンか作れるようにします。それと誤字脱字チェックもできるようにもしておきますね」
「え?そんなことできるんですか!?」
「はい、とりあえずはこの資料の修正はやっておきますので、そのあと自動化できるように営業の方と相談しますね。そうすれば馬込さんの仕事も別のことできますからね」
馬込さんから預かった資料の手直しを始めて1時間。前の会社なら「遅い!」なんて言われてるところだが、誰も何も言ってこない。それが逆に怖い。ビクビクしながら作業をしていると後ろに数人の人が立っていた。
「鳴崎さん、馬込さんから聞きましたけど、それ今やってもらってる資料、自動化できるって本当ですか?」
どうやら営業の方々だったようで、俺の仕事ぶりを後ろから見ていたようだ。
「はい、できますよ。ただこの資料は先に必要だと思いますのでこちらで手直しでやりますけど、今度からは自動でこんな感じの資料を作れるようになりますよ」
「やばい。すげえ人が入ってきたよ。資料もめっちゃ見映えよくなってるし」
「こんな質の高い資料がガンガン作れたら営業ガンガンいけますね!」
よかった……。てっきり遅いから怒られるのかと思ったら賞賛されるなんて。賞賛されるなんて今までなかったな……。これはかなり嬉しいな。
そんなこんなで資料は無事完成して馬込さんからめちゃくちゃ感謝された。そしたら色々皆から仕事を頼まれることになり、時間は12時になっていた。前の会社だと昼飯を食べながら作業をやっていたからそのつもりでいたのに、なぜか一緒に飯に行こうと誘われた。
「皆さんの仕事に支障が出たらいけないので私は昼飯食べながら作業しますんで大丈夫ですよ」
「いやいや、鳴崎さん。昼休みはちゃんとした休憩時間なんですから仕事しなくていいんですよ。ですから一緒に飯行きましょう!前の会社の話とか聞かせてください!」
胸にジーンとくるものがあった。社会人になってから初めてだ。ちゃんと昼休みをもらって飯に誘ってくれるなんて。しかも初日なのにこんなにコミュニケーションをとってくれるなんて……。
皆気さくな人達でこんなおっさんにもかかわらず優しくしてくれる。ちょっと気が乗って前の会社のことをベラベラと喋ってしまった。いかん、これだと嫌われるよな……。
「鳴崎さんのいた会社ってかなり有名なところですよね?あの会社そんなブラックだったんですか……」
「終わってるな。そんな人を人として扱わない会社なんて潰れてしまえ!」
なんだろう、今日は胸にくるものが多い日だな。皆の優しさに涙腺が緩みそうに何度なったことか……。よし!この会社で皆が働きやすい環境づくりに全力を尽くそうと心に誓った。
※
入社日から3ヵ月が経った。入社日に俺が勤務開始1時間前に掃除していたことや22時まで残業しようとして止められたことにおかしいと思っていた俺もようやく自分が間違っていたことに気がついた。
社長が社内SEの範疇を超えているという言っていたことが分かった。俺の前いた会社は本当にクソみたいな会社でよくあんなところで30年も働いていたんだろうと思うくらいにこの会社はいい会社だった。
あの時は自分の人生に絶望していた。だから現実逃避のために自分を追い込んでいた。でもここではちゃんと俺の仕事を評価してくれる。俺がこの会社に入ったことで一気に売上が上がった。
「鳴崎さんほどのしごでき人間見たことないです」
「鳴崎さんみたいにオールマイティに仕事できるようになりたいです!」
なんて言われて皆も俺のことを慕ってくれているし、社長も約束を守ってくれて給料もちゃんと上げてくれた。
「恭介君が来てくれて本当に良かったわ。私の目は節穴だったってわけね」
昼休み、俺は雅と飯を食べていた時にそう言われた。
「どういうことだ?お前は人を見る目がある。俺を振って結婚して社長が生まれたんだ。だから今の自分がいるんだろ」
「ねえ、それに関して後日ちゃんと話をさせてもらってもいい?」
「ん?別にいいが過ぎた話を今さら……」
急に俺の携帯が鳴った。げ、前の会社の課長じゃねえか。
「すまん、ちょっと電話出てくるわ」
雅に断りを入れて電話に出る。
「もしもし、鳴崎さんですか?お願いです!我が社に戻ってきてくれませんか?」
「え?なんでですか?」
「鳴崎さんがいなくなってから会社が回らなくなってしまったんです。新しく入った社員ももう代わる代わる3人も辞めてしまって……」
「そうだったんですね。申し訳ないのですがもうすでに別の会社で働いているんで無理ですよ」
今さらすぎるだろ。俺のいたポジションをこなすことができる人間なんてそうそういないってもうこっちは気づいているからな。俺を貶すだけ貶して価値のない人間だと思いこませていたんだ。
「ではその会社でいただいているお給料の倍は出しますよ!どうです?悪い話ではないでしょう?」
「今私は月80万円いただいているんですよ?私みたいな者に160万円なんて出せないでしょう?それにそんな人事権、あなたにあるわけないでしょう」
「な!くそ!いい気になりやがって!」
「ようやく本性が出たみたいですね。そういうことでそちらはそちらで頑張ってください」
いい気味だ。このまま潰れるなら潰れればいい。いなくなったところにうちの会社が入り込めるように準備もしようと思えばできるんだ。30年もいたんだ。そっちの業界に関してはよく知ってるんだからな。
「悪い。前の会社から電話だったわ。今さら俺のありがたさが分かったみたいだったな。多分だけどその内潰れるぞ」
「そう……。本当にあなたという人物をちゃんと見ていればって思うわ。私もその会社も」
※
その後、前の会社から何度も電話がかかってくるようになり、しつこすぎて番号を変えることになった。そしてそれから半年が経って倒産した。俺一人がいなくなっただけで潰れるなんて情けないにもほどがあるだろ。
今俺の生活は少しだけ贅沢になった。仕事終わりの一杯が二杯になったことだ。それ以外には何も変わっていない。テレビの購入も検討したが会社の人達に聞けば、今のテレビはコンプラコンプラと色々制限されているから面白くなくなっているらしい。
だから静かに二杯のビールを味わう。ああ、もう一つ贅沢になったことがあった。スマホのデータ容量を無制限にしたことだ。おかげで飲みながらたまに動画を見たりしている。
そして会社はさらに大きくなった。社員数も増えたが御用聞きの業務はまだ俺一人でも十分に捌けるので問題はない。何よりも頼られる、感謝されるというのがたまらなく嬉しい。だからやりがいをすごい感じている。
そんな感じで過ごしている中で、ついに雅からちゃんとした話をしたいという日がやってきた。呼び出された場所は高級ホテルの上階にあるすごい豪華なレストラン。こんなくたびれたスーツ姿の男が来るところではないが、あいにく見合ったドレスコードを持ち合わせていないので仕方ない。
「じゃあまずは乾杯といきましょ。乾杯」
「乾杯。それでこんな場所で改まった話なんてあるのか?」
「もちろん。まずはごめんなさい。私の目は節穴だった」
「それはこの前も言ってたが、そんなことはないだろう。現に今幸せになっているじゃないか。いい息子がいて、多分旦那さんもいい人なんだろうなって思うよ」
「生活には困ってはないわ。でもまず勘違いしているようだから言うけど、私は未婚の母なのよ」
「は?じゃあ誰とも結婚せずに今まできたのか?社長の父親は誰かも分からないのか?」
「あの子の父親はあなたよ」
「はあ!?どういうことだ?意味が分かんねえよ!」
「あなたと別れた後に妊娠が発覚したの。体の関係はあなたとしかないからあの子はあなたの子なの」
……、マジか。確かに俺と雅は22歳の時に別れて社長はちょうど30歳だ。辻褄はあっている。
「私はあの時就職が全く決まらなかったあなたに失望した。私の見る目がなかったと。だから妊娠が発覚しても、あなたには頼らず私一人で育てようってなった。そしてあの子が産まれて成長していくにつれて才能が開花していくのを見て、これはどう考えてもあなたの遺伝子だなって思った」
「いや、それはないだろ。俺は才能がないからFランの大学だったし就職もできなかったんだぞ?」
「たまに見せる仕草や行動パターンはあなたそっくり。どう考えてもあなた似なのよ、あの子は。それであなたのことをよく話していたわ。そうしてあの子はあなたに会いたくてこの地にやってきたの。私もあなたに会いたくてついてきた。まさか本当に再会できるとは思ってなかったけど。そして今は分かる。あなたがものすごい優秀な人だったって」
「優秀というよりかは前の会社で無理矢理鍛えられたって感じだ」
「でもあなたがいなくなって潰れたんだから、あなたがいないと成り立たなかったってこと。それはもう才能でしかないわよ。現にうちの社内業務に関してはあなたより優れた社員はいないもの。それでね、今日ここに来てもらったのはあなたとやり直したいと伝えたかったからなの」
「そのやり直したいというのは俺が優秀だったと気づいたからなのか?」
「ううん、違うわ。さっきまでの話だと優秀かどうかみたいな話になってたけど、純粋にあなたのことを愛していたんだなってあの子を育てながら思ったの。あなたのような行動をとる恭司があなたと重なる時、別れるんじゃなかったって心から思った。今でもずっと後悔してる」
「雅の気持ちは分かった。でもなんでこのタイミングなんだ?もっと早い段階で伝えていても良かったんじゃないか?俺には会社での貢献度を見た上で言ってきているようにしか思えない」
「そう思われても仕方ないと思ってる。だけどあの再会した日のあなた、全てに絶望している顔をしていた。そんな状態で復縁を申し込んでも受け入れなかったでしょ?今のあなたは自信に満ち溢れていてものすごい輝いている。今のあなたなら受け入れてもらえるような気がしているの。だからこのタイミング」
なんてこった……。ここにきてこんな急展開、頭を抱えるしかない。明日から社長とどうやって顔合わせればいいんだよ。ただひとつ分かったことがある。
「俺の一日の一番の楽しみって知ってるか?仕事終わりの一杯目のビールなんだよ。さっき乾杯した一杯、とても美味かった。雅と一緒になってこの一杯が飲めるんだったら最高だ。それだけは分かった。ただもう少し時間をくれ。自分なりに整理したい」
これは俺が最底辺から這い上がり、成り上がっていく物語。その第二歩目が始まろうとしているのであった。
この令和の時代はすごいいい時代だと思っています。
自分の才能が発揮される機会が増えたからです。現に僕は今の若い世代の才能はすごいなって感じています。
なので僕らの世代の中には埋もれた天才がたくさんいると思っています。もう遅いって思っているかもしれませんが、まだ始まったばかりだと思って僕も頑張るつもりです。
お読みいただきありがとうございました。感想をいただけると幸いです。




