上手くいかない初日
無事というには言えない思いがけないハプニングがあったが、入学式が終了し整列していた生徒たちが各自列ごとに自分の配属された教室に入っていった。慣れた手つきで黒板から自分の名前を探し、自分の名前が配置された席に座った。周りに誰も知り合いがいない雰囲気は中学時代を思い出す。
教室にいる生徒が全員席に着き、少し経過したところで、教室のドアが開いた。そこから身長がやや低く、若々しいというよりは幼いという印象の女性が教室に入ってきた。女性は壇上に立ち話を始めた。
「は~い皆さんまずは入学おめでとう。まずは自己紹介をするね、私の名前は綿貫紬です。気楽に紬先生って呼んでね!これから一年間よろしくね~」
のほほんとした雰囲気で紬先生は自己紹介を始めた。優しい声と小さな容姿も相まってどこかのマスコットキャラクターのような雰囲気を感じる。周りからも可愛いというような声が聞こえるためみんな同感の感想だろう。
「じゃあこれからの予定だけど、これから配布物を渡して、その後は自由時間だからとりあえず皆の自己紹介ね!自己紹介も終わったら何かレクリエーションでもして遊びましょう。優勝者にはお菓子のプレゼントもあるわよ!」
そう言うと先生は教壇に置かれてあった配布物を配り始める。資料の配布もスムーズに終わり、自己紹介の時間に入る。
「じゃあ自己紹介は出席番号が前の人から順番にしていいてね。名前、出身中学校、趣味、目標の順番で発表してね!じゃあ1番の人から壇上の上にどうぞ」
そうして自己紹介の時間が始まる。この時間は俺にとって非常に大切だ。中学時代までの俺は凡人である自分の身の丈に合わないような挨拶をしていたが、今は違う。周りの自己紹介を参考にし、いたって普通の感じで自己紹介を完了する。もともとこの高校生活では特に目立たず、至って普通に生活するつもりだったが、この学校に雲雀が入学していると分かった今、バレる可能性は少しでも潰しておく。自己紹介を聞いてみるとやはり様々な出身地はバラバラであったり、一般入学で入学した人もいればスポーツ推薦で入学した人もいるようだ。自己紹介は着々と進み、ついに俺の番が来た。
「初めまして、三葉誠翔です。出身中学校は白詰中学校という場所です。趣味はゲームやネットを見る事です。高校での目標は早く友達を作って楽しい高校生活を送ることです。よろしくお願いします。」
自己紹介は無難にし、趣味と目標はみんなの言っていた物を足して割ったような感じにした。これなら少なくとも周りの人からはあまり印象を持たれないだろう。
そうこうしているうちに無事みんなの自己初回も終わり、次のレクリエーションの準備が始まった。自己紹介も終わったため、クラスには和やかな雰囲気が漂い、中には会話し始めたものもいた。ぼんやりとレクリエーションを待っていると隣の席のさわやかな雰囲気を纏った男子から声をかけられた。
「ねぇ君、誠翔君だっけ!隣の席だからこれから仲良くしてね、改めて自己紹介するよ、俺の名前は三橋真波、真波でいいよ。趣味はスポーツ全般、よろしく」
「真波ね、これからよろしく。俺の事も誠翔でいいよ。俺の趣味はゲーム。俺もスポーツは好きだよ。何のスポーツが好きなの?」
「特にバスケが好きかな。実際ここに入った理由も、バスケのスポーツ推薦で声がかかったから来たんだ」
「マジで!凄いな。ここって学力だけじゃなくスポーツも相当力入れてるから相当の実力者でしょ」
「あぁ、そこそこの実力がある自信がある。でも俺はまだまだだよ。だから精進あるのみ」
「すごい向上心だな、カッコいいよ。スポーツ推薦をもらうやつですらまだまだって思わせるやつがいるなんて世界は広いんだな」
などと雑談していると先生がレクリエーションの準備が出来たと声がかかった。
「それじゃあ皆さんレクリエーションを始めますよ!レクリエーションの内容は全クラス対抗のクイズ大会です。クラスの皆と話し合い、答えを考えましょう!みんなこの機会に仲良くなってね!」
そうしてクイズ大会が始まった。クイズ自体の内容はそこまで難しくはなかったがクラスとしては答えはなかなか出なかった。しかし、ここで俺が答えを言ってしまったら変に目立ってしまうそれだけは避けなければならない。そのため俺は目立たないように答えにつながるようなヒントを出しつつクイズを楽しんだ。
「結果発表~、1位は全問正解のA組です!おめでとうございます!2位はB組で惜しくも一問間違えでした。3位は―――」
クイズは1位は予想通りのA組で、B組も1問間違えとよく善戦しただろう。実際にこのレクリエーションのおかげでクラスの中も一気に近付いたのを感じる。ただ3位以下のクラスを見ると結構の数を間違えている。それだけAクラスと他とのクラスはレベル差が高いのだろう。俺が問題を解けてヒントを出せたのもたまたま運が良かったのだろう。
「じゃあ今日の学校はこれまで、明日からは授業が始まるからみんな筆記用具等は忘れないでね!それと明日から部活動の見学とかもできるからね~」
そうして先生は帰りの挨拶を済ませ、帰りのホームルームを終わらせた。
レクリエーションのおかげで周りの皆は改めて自己紹介を始めたり、これからの放課後遊ばないかなど予定を立てている物もいればすぐに支度を済ませ帰っていくものもいた。真波の方に視線を移動させると、何か運動道具のようなものを支度していた。
「それは何?」
「あぁ、これは部活の道具だよ。スポーツ推薦組は一足先にもう練習に参加していて入学式でもこの後から練習があるんだよ」
「そっか、大変だな、じゃあ練習頑張って」
「おう、ありがとじゃあまた明日!」
そう言うと真波は教室を後にし駆け足でバスケの練習場に向かっていった。さすがはスポーツ推薦、俺たち一般生徒とは違いストイックだ。是非とも頑張ってレギュラー枠を手に入れて欲しい。陰ながら応援しよう。
「さて、俺もそろそろ帰るか」
そう決め、ゆっくりと帰りの支度を始める。準備を済ませ教室を出ようとしたところで廊下がざわついていることを感じ取る。耳を澄ませてみるとざわざわとした声の中には、女性の黄色い声も一緒に聞こえてくる。俺はその瞬間に感づいた。この黄色い声の正体、そして俺の目指す生活の一番の懸念点。急いで廊下を出て逃げようと考えたときにはもう遅かった。
B組の教室の扉が勢いよく開き、まるでスポットライトに照らされたような存在感を放つ男、最上秀一が子犬のように元気に俺のそばにやってくる。
「誠翔、一緒に帰ろうぜ!」
今こいつと俺が知り合いだとバレた時点で俺の目標が何十歩、いや何百歩も遠ざかったことが分かる。
「あぁ、じゃあ帰ろっか」
バレてしまったものは仕方ない。いや、この学校に一緒に通うと分かった時点で避けては通れない道だったのだ。初日からつまずき、人生はうまくいかない、そう思いながら俺は秀一と共に帰りの帰路についた。
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「ここ数年は豊作でしたが、今年は特に豊作ですね」
教員会議で全教師が口をそろえて発言した。今日Bクラスを担任した私も同感である。今日行ったレクリエーションはただのレクリエーションではない。確かにクラスの雰囲気を良くするための一環に行うものだが、一番の目的は毎年の入学生の学力やIQなどを測るために行われる秘密裏に行われる天稟学園の伝統的文化であった。
「しかし、クイズ全問正解は昔からあるこの学園史上初ではないですか?」
教師たち感嘆している理由はここにある。昔からAクラスは全国からえりすぐりの頭脳を持つものが集結する。しかし、それでも満点など天稟学園の歴史史上存在せず、一問不正解ですら歴史上1,2回しかなかった。
「やはり入試満点の最上秀一と空先雲雀、彼と彼女のおかげでしょう。あの二人は問題を見て数秒で答えを導き出していました」
「さすがですね、ではやはりAクラスは彼ら二人を軸にし他の生徒の教育のを手助けしていく形にしましょう」
「そうですね、大人である我々がとやかく言うよりもそちらの方が生徒もやる気が出るでしょう」
教員会議は無事に終了した。しかし私にはほかに思うことがある。全問正解に隠れているが、もう一つのイレギュラーが存在している、それはAクラスでも何でもないBクラスが一問しか間違えていないことだ。他の教師は今は全問正解でそれどころではないのか流しているが、おそらく明日になればこの異常に気付くだろう。この原因はその場にいた私には分かる。その答えは一人の男子生徒にある。一見分からない風を装っていたが、すべての問題でだいたい同じタイミングで小学生でも答えに導けるようなヒントを出していたのだ。おそらく彼は全ての問題の答えを導き出していた。それもAクラスの二人と同じで一人で数秒でだ。彼自身は隠しているつもりだろうが、隠しきれていないほどの能力がある。おまけにルックスもとてもいいと来た。何故AクラスではなくBクラスにいるのか分からない。
少なくとも面白い存在ががBクラスに来たため、今年1年間は楽しめそうだと綿貫紬は期待に胸を膨らませた。