最上秀明
「ささっ、夏とはいえ夜は冷えるからね、早く入りな。いや、もう朝なのか」
秀明さんは俺から荷物を取り助手席に置く。
「あの~秀明さん、どうしてここに?」
「それはもちろん秀一に釣りに行くって聞いたからさ!いや~自分で言うのもあれだけど俺釣り大好きでそこら辺の人よりは詳しくてね、今日これから行くところも俺の知り合いのところなんだ!」
「それもそうですけどそうじゃなくって、家からここまで結構な時間ありますよね?しかも仕事はどうしたんですか?」
秀明さんはバリバリに日本どころか世界を回って仕事をする人間である。そのため分刻みのスケジュールで動く人間だ。その秀明さんがなぜここに居るのか。実際中学時代も何度も秀一の家には遊びに行ったことはあるが、家で秀明さんに会ったことは滅多にない。
「分かる…分かるよ~誠翔君が言いたいことは…」
「じゃ…じゃあなぜここに」
「たまたまここの近くで仕事があってね、その時丁度秀一から連絡があったからさ。だからこのキャンピングカーもレンタカーさ」
「ここに来れた理由は分かったんですが…その、仕事は…」
秀明さんは白くて綺麗な歯を真夜中なはずなのに明るく光らせてサムズアップしながら笑う。
「全部部下に押し付けてきた!まぁ有休消化しなきゃいけないなって丁度思ってたところだし」
「あの人間向けじゃない仕事量をですか…」
「大丈夫だって~!人間一人いなくなったところで仕事が回らなくなるわけじゃないんだからさ!」
「回らなくなるって話をしてるんですが」
「まぁまぁ小さいことは気にしな~い気にしな~い。ささっ、入りな入りな」
秀明さんは俺の背中を片手で叩きながらキャンピングカーのドアを開ける。
「オッス誠翔おはよう!」
中はもう住めるのではないかというようなくらい凄い内装であり、その中の椅子に秀一が座っていた。テーブルの上には様々なお菓子が置かれており秀一はそのお菓子をつまんでいた。
「おはよう、凄いなこのキャンピングカー」
「だよな~。おれ初めてこんなすごい車乗ったよ」
俺は秀一に向き合うように椅子に座る。すると秀明さんは俺と秀一に声をかける。
「じゃあ出発するぞ~」
「お~分かった~、親父分かってると思うけど安全運転でな」
「分かってるよ、梨恵に怒られたらたまったもんじゃないからな」
「梨恵さんが怒ったところなんて見たことないですけどね」
梨恵さんとは秀一の母親であり、秀明さんの奥さんにあたる人である。中学時代秀一の家に行ったときには良くご飯を御馳走させてもらった。たまに思い出しまた食べたいなと思う第二のおふくろの味だ。
「秀明さん、俺朝ご飯買いたいのでどこかコンビ二に寄ってください」
「それならコンビニじゃなくどっか店で食べよう!お金なら安心しな、おじさんが奢るから」
「いやそれは悪いですよ、お金はちゃんと払います」
「子供が遠慮なんかしちゃだめだよ、しかもここで俺が金出さなきゃ俺が家で梨恵に怒られちゃうよ」
「そうですか…じゃあお言葉に甘えます」
そういうと秀明さんは笑顔でおう!と答える。ここは素直にお言葉に甘えさせて貰おう。
そうしてキャンピングカーが進み始める。秀一は俺にジュースを渡してきたのでありがたく受け取る。そして二人でお菓子をつまむ。俺は秀明さんに聞こえないような声量でひそひそと秀一に話しかける。
「なぁ秀一、聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
「秀明さん仕事休んで本当に良かったのかな。あの人とっても忙しいんじゃ」
「大丈夫でしょ?本当に忙しかったら断るだろうし、前々から今日こっちに来るから晩御飯でも一緒にどうだって言われてたから時間作れるくらいの仕事量だったとは思うぞ」
「あの人のキャパと普通の人のキャパって違うだろ」
「いいか誠翔、確かに親父は沢山の仕事を部下に任せてきたかもしれない。でもいきなりとはいえ有給を使ってるから正当な権利なんだ、そして実際親父も今日釣りを楽しむ気でいる」
「その有給取得が突然だからまずいんじゃないかって話なんだが」
秀一はため息をつきながらお菓子を食べ飲み物を煽る。
「良いか誠翔、この世に親父が頭が上がらない数少ない人が居る」
「ハァ…」
「その中の一人が俺の母さんだ」
「それで?」
「母さんは三葉一家を大変良く気に入っている」
「…で?」
「母さんの機嫌を損ねる事を親父はこの世の終わりというほど恐れている、それは俺もだ。誠翔、今日誠翔がいるって時点で父さんの優先事項はすべて一つズレ一番のタスクになったんだ。…まぁ母さんの機嫌関係なく父さんも三葉一家の事大好きだから関係ないんだけどな!」
何を言っているんだこの男は、確かに俺の母さんと秀一の両親は仲が良いがまさか仕事より優先することは無いだろう。
そう考えていると運転席の方から秀明さんが俺に話しかける。ひそひそ話てたのに聞こえていたのか。
「そうだぞ!俺はこの世の何よりも梨恵を怒らせることを恐れている。梨恵の怒りに比べたら商談の失敗なんて屁でもないね、失敗した事ないけど」
「梨恵さんそんな怖い印象無いですけどね」
「知らなくていいよ、トラウマをわざわざ自分から増やす必要はない。そして俺も久々に二人と遊びたかったからな!本当に気にしなくていいぞ!」
ここまで大丈夫と言っているという事は大丈夫なのだろう。もし大丈夫じゃなかった時のために一ミリも意味はないが秀明さんの部下の人を思い浮かべて手を合わせるとしよう。
「ふぁ~あ…」
車に揺られながら秀一と話していると欠伸が出てきた。流石に前日早めに寝てたとはいえ、まだ眠気がある。
「誠翔君、眠かったら寝ていいからね。秀一もまだまだ朝ご飯まで時間があるし寝てていいぞ。目的地近くまで来たら起こすから」
「俺はまだ眠くないから大丈夫」
「すみません、俺はちょっと眠いんで寝させてもらいます」
「そこら辺に毛布あるはずだからそれ掛けると良いよ」
「分かりました、じゃあすみません寝させてもらいます」
「うん、おやすみ」
いつもと違う環境であったが、良いキャンピングカーという事もあり椅子もふかふかであり、運転の振動が心地よくすぐに眠りに落ちた。
眠りに落ちたと言っても少しだけ意識はあるため車が動いている状態、止まっている、曲がるなどは分かるのでどちらかと言えば仮眠しているという感じだ。
寝ているため本当の時間は分からないがおよそ1時間半程経ったところで車がどこかに止まった。それと同時に秀一と秀明さんが何か話していることに気が付いた。そして秀一が外に出て行ったのを感じる。
「う~ん…おはようございます」
「おはよう誠翔君、今ちょうど朝食を食べる場所に着いたよ。秀一が先に中で席取ってるはず。俺は車止めてから行くからここで降りな」
「分かりました。では先に失礼します」
俺はキャンピングカーから降りて目の前の飲食店に入る。中に入ると何名か聞かれるが、先に秀一が入っていることを伝え席に連れていって貰う。
「おう、おはよう誠翔。よく眠れたか?」
「うん、おかげで眠気も十分取れたよ」
「じゃあ親父来るまで何注文するか考えて待ってようぜ」
俺と秀一は秀明さんが来るまで何を注文するかをメニューを見ながら待った。




