プラン崩壊
雲雀が目に入ってきたことにより一瞬頭が真っ白になったが、すぐに意識を取り戻しBクラスの席に移動し席に座る。こういう時はいかに冷静に対処できるかだ。冷静にじゃなきゃ熟練の達人でもミスする時がある。猿も木から落ちる、河童の川流れ、弘法にも筆の誤り、少し意味は違うが似たような意味のことわざが複数もあるんだ。心を落ち着かせろ。
「誠翔~やっぱりお前も学年委員会か!学年委員会選んでよかったぜ」
隣の長テーブルに座っている秀一は俺の気持ちなど知らず呑気に話しかけてくる。普段ならどうでもいいが今はすぐそこに雲雀がいる。頼むから静かにしてくれ。
「もともとやるつもりはなかったんだよ、でもくじ引きで負けて学年委員会に決まっちまったんだよ」
「なんだそうだったのか。まぁでも結果俺にとってはラッキーだったから何でもいいや」
俺にとっては全然ラッキーじゃない。ていうか雲雀がここにいる時点でアンラッキーにもほどがある。そう考えていると隣に座る縁が俺に声をかけてくる。
「ねぇねぇ、誠翔君ってあの最上君と仲いいよね。高校はいる前から知り合いなの?」
「中学校の時からの仲なんだ。だれとでも仲良くするいいやつだよ」
「じゃあ空先さんとも知り合いなの?」
何故そんなことを言われるのだろうか。高校に入学してから秀一とはずっと一緒に行動してたから仲が良いと思うことは自然だが、なぜ雲雀とも知り合いだと思うのだろう。少なくとも高校に入学してから一度も雲雀とは接触していないし、何ならこちらは避けていたほどである。
「いや初めて会うけど…どうして?」
「いや、気のせいかもしれないけど何だか空先さん誠翔君と最上君が話してた時ちらちら誠翔君の方を見てたと思ってたから」
「…たぶんそれは俺を見てたんじゃなくて秀一のこと見てたんだよ。実際縁も俺と秀一の事見てただろ」
「それもそっか!確かに知り合いでもないのに見ることはないもんね」
「良く他のクラスなのに空先さんのこと知ってるね」
「当たり前だよ!最上君にも負けないほど賢くて美人で人気だし、もう何人にも告白されたって噂だよ⁉」
「入学してすぐ告白されるとか秀一かよ…」
そんなに人気なのか。まぁでもあの容姿を見れば納得だ。実際は知り合いなんだけどな。しかしこっちをチラチラ見ていたのか。容姿は小学生の時と変わっているからバレていることはないだろうけど一応頭に入れておかなければ。
そうして秀一や縁と話しているうちに全てのクラスが集まった。そしていかにも仕事が出来そうな男性の先生が声を上げる。
「AクラスからEクラス全クラスがそろったな。ではこれより学年委員会の顔合わせ兼第一回学年代表会議を始める。」
先生が話し始め、全生徒が姿勢を正す。
「初めに、私の名前は頼中龍貴。普段はAクラスの担任をしている。そして学年委員会を担当させてもらう。これから一年よろしく頼む」
頼中先生の自己紹介が終わり拍手が起きる。
「ではこれから自己紹介をしてもらう。Aクラスから順に委員長、副委員長の順番で所属クラスと名前を言ってくれ」
そうして自己紹介が始まる。
「Aクラス委員長、最上秀一です。これから一年間よろしく!」
いかにも秀一らしい挨拶だ。ただの挨拶なのに既に女子が虜にされている。そして来た。俺が今日ある意味一番注目しているところ。
「Aクラス副委員長、空先雲雀です!みんなよろしくね!」
これまた雲雀らしい。小学生時代のときと変わらずまるでアイドルが話しているかのようなしゃべり方だ。みんなが親しみやすい雰囲気を醸し出している。実際誰に対しても優しい。そしてさっきと全く同じ状況になる。勇逸違うところは今虜にされているのが女子ではなく男子というところだけだろうか。
にしても流石だ。さっきまで初日、更に学年委員会という事もあり少し緊張していた雰囲気が漂っていたが二人のただの挨拶だけで一気に雰囲気が和やかになっている。
「Bクラス委員長の支倉縁です!一年間よろしくね~」
縁の自己紹介も無事に終わり、遂に俺の番が来た。さてどうしよう、いかに印象を持たれずに挨拶しよう。でもまぁここは正直考えていても仕方がない。無難に済ませるしかない。さっさと行ってさっさと座ろう。
「Bクラス副委員長、三葉誠翔です。皆さんを手助けできるよう頑張ります」
後なんかやることあるだろうか?そういえばみんな笑顔だったな。今からじゃ遅いかもしれないけど最後にちょっとニコニコしてして置くか。
そうして最後に少し笑い席に座る。無難に済ませることが出来た。そうしたところで隣に座る縁が俺に声をかける。
「ねぇ、誠翔君…最後の微笑みってわざと?」
「いやみんな笑顔だったから俺も笑った方がいいかなって…なんかまずかった?」
「いやまずくはないんだけど…計画せずにやってるなら誠翔君ってたらしっていうか小悪魔だね」
「ただ笑っただけなんだけど…あとそういうのは俺みたいな平凡な奴じゃなくて秀一みたいなイケメンに対して言う言葉なんだけどな」
「それ本気で言ってる?誠翔君怖いな~」
「なんでだよ」
このまま話し続けていたら注意されそうなので他のクラスの自己紹介に意識を向ける。そうして無事に挨拶が終わっていく。
「よし、全員自己紹介を終わったな。ではこれより学年委員会の活動について説明していく」
説明ではたまに各クラスへの連絡事項の伝達だったり、集会などの時クラスをまとめる、たまにまたこうして会議をする、また各行事の時に準備があるなどだった。
「では今日はここまで。今日はみんなよく集まってくれた。では解散」
そうして無事に会議が終了した。
「縁、もう外も暗いし途中まで送っていこうか?」
「私これから部活あるから大丈夫!ありがとね」
「そっか偉いな。じゃあ部活頑張って」
「ありがとね~じゃあね~」
そう言って縁は駆け足で部活に向かっていった。
さて無事に会議も終わったし危機も去った。俺もとっとと帰るか。今日はバイトでも探そうかな、いや昨日の続きのゲームをするのも良いな
「誠翔帰ろうぜ。今日は俺がマンションまで送ってくよ」
「分かった。じゃあとっとと帰るか」
「…私ももついて行っていいかな?」
前言撤回、俺の危機はまだ終わっていなかった。いやこれからが本番だった。
「もう外暗いからついて行ってもいい?」
「もちろん。誠翔も良いよな?」
「…もちろん。夜中に女性一人だけじゃ危険だ」
くそ、こんなことを言われたら断るわけにはいかない。俺の誇りの人助け精神がまさか自分自身を追い詰めることになるなんて。
「じゃあやっぱり先に寮に向かうか。秀一、それで良いよな」
「私がお願いしてる立場だから誠翔のマンションが先で良いよ!」
「…名前」
「さっきの自己紹介もちゃんと聞いてたし、秀一君呼び捨てにしてるから私も呼び捨てでもいいかなって…ダメだった?」
何だこいつ。小学生時代の何十、いや何百倍も可愛く成ってやがる。さっきたらしや小悪魔の話をしたがこいつに雲雀にこそふさわしい名称だ。こんな頼み方されたら嫌だなんて言えない。
「もちろんいいよ。じゃあ行こうか」
そうして俺達はマンションに向かった。
マンションに向かう途中俺は極力喋らずほとんど相槌だけで返した。出来るだけかかわりを持たないように。しかし今日のことを思い返すと頼み方や名前の下り、そして過去の事を俺に確かめてこないという事はやはり俺には気付いていないだろう。
そして俺はもう一つ見逃さなかった事がある。俺と秀一が帰ろうとしていたところに慌ててこちらに駆け寄ってきたことを。このことから察するにおそらく雲雀は秀一の事が気になっているのだろう。当たり前だ、ここまでカリスマ性もありイケメン。おまけに同じクラスならもっとカッコいいところを見ているだろう。そう考えると今日の食堂で秀一に相席を頼んだのも納得できる。話を聞くにもう二人は1年生の間の中でも有名になっている。お似合いだ。しかしやはり昔好きだったという事もあり少し複雑だ。だが今の俺には関係ない。秀一には悪いがこのまま静かにフェードアウトしていこう。
そして無事にマンションに着いた。
「じゃあ今日はありがとう。二人とも気を付けて帰ってくれ」
「あ、そうだ!誠翔、別れる前に連絡先交換しようよ!」
実際のところ交換するのはリスクだがこれは言ったらただの社交辞令でこれからメッセージを送ることもなければ送られることもないだろう。あったとしても学年委員会の連絡とかだろう。
「良いよ。はいこれQRコード」
「ありがと!」
そうして連絡先を交換し無事に二人を見送る。
無事二人を見送り、エントランスをくぐろうとした所で体に何かが突撃してきたかのような衝撃が走る。視線を移動させるとそこには雲雀がいた。何だろう、忘れものだろうか。そしたら雲雀はとんでもないことを口にした。
「誠翔、どうしてかは知らないけどあなた私を避けようとしてるね。でも残念だけど無駄だよ。何故かって言うと私、あなたの事気に入っちゃったから。これから覚悟しててね!」
そう言うと雲雀は駆け足で秀一の方に戻っていった。
今この瞬間俺の当初の雲雀と関わらないようにしようというプランは崩壊した。今日やろうとしていたバイト探しやゲームの続きはおそらくできないだろう。今日一日で新たなプランを練らなくてはいけない。恐らく今日一日どころかいくら時間があってもいい案は出てこないだろうが。