希望の終了絶望の始まり
「諸君よくこの私立天稟学園に入学してくれた。この天稟学園に入ったからには是非とも学業、部活動や学校行事に力を入れて様々な事を学んでほしい。」
学園の恐らく役員であろう人が熱く語っている。
普通入学式と言えばこれからの青春や未来、希望に期待に胸を膨らませこれからの高校生活を楽しみにしている物だが、俺、三葉誠翔はあまりワクワクしない。理由は単純、高校入試の時、とある理由により本来の実力が出せず、進学クラスであるAクラスへの入学がかなわず普通クラスのBクラスに入学が決定しているからだ。
しかしBクラスになってしまったからと言ってそこから永遠に良い大学や企業に入ることが出来なくなるわけではない。これからしっかりと勉学に勤しんでいい点数を取ろう。そうと決まれば少しこれからの気持ちも楽になるし、心も軽くなる。しかも俺には良い点数を取らなくちゃいけない理由がある。希望も少しだが湧いてきた。
嫌な方向からいい方向にしっかりと頭の中で気持ちを切り替える。
偉い人たちの硬い言葉を延々と聞かされ、だんだんと気持ちも早く終わらないかな、帰って寝たいな、これからの高校での立ち振る舞い方や目標とする学力など様々なことを考え出す。
「それでは最後に新入生代表挨拶」
その言葉から意識を現実へと引き戻す。新入生挨拶はその年最もいい成績で天稟高校に入学した人が任せられる天稟高校が昔から行っている由緒正しい伝統的文化だ。心の中で俺はどうせこの新入生代表挨拶もあの完璧な天才がやるのだろうと半ば飽き飽きとした気分で聞いていた。
「新入生代表、最上秀一さん」
「はい!」
やっぱりな。予想通り過ぎて何の感情もわいてこない。どのくらい予想通りかというと、小学生のスポーツ大会にプロスポーツ選手が参加してて誰が優勝するか予想するかぐらい予想通りだ。
「あの人すっごくカッコいい!モデルさんとかかな?友達になりたいな!」
「信じられないくらいのイケメンだ...一目ぼれしたかも...」
「顔がものすごく綺麗で頭もいい、やっぱり完璧人間って存在するんだな」
先ほどまで鬱屈した気持ちでいっぱいだった会場が一瞬で解消され、話題が壇上に立つ一人の男性でもちきりになる。会場がざわざわとするのも納得の美貌だ。
「春の息吹が感じられる今日、私たちは高校に入学いたします―――」
やはり天才、一見いたって普通の挨拶だがこいつがやるとまるで特別なことを言っているかのように感じられる。何回この光景を見ても感嘆する。ちなみになぜ俺があいつの事を知っているかというと同じ中学校の同級生で友達だからだ。
あいつの代表挨拶を聞いている時、ふと近くにいた女性の会話が聞こえた。
「あの人、入学テスト全教科満点らしいよ」
「本当に⁉うちの高校の普通科のテストってものすごくレベル高くて、100点はおろか80点以上取れるのも学年に数人しかいないらしいって噂なのに⁉」
「噂だから情報の出どころはわかんないけど結構信憑性の高い噂だよ」
恐らくその噂は本当だろう。少なくとも俺はテストはおろか授業の問題、課題など含めてあいつが間違えたところは見たことがないし、Aクラスに入れなかった俺が言うのもなんだがあのレベルの入試問題なら1科目20分ですべて解き切るだろう。
「でもでも本当にすごいのがここからで、実は最上君以外にもう一人全教科満点で試験を突破した人がいるって噂だよ?」
「え~うそ?本当に?じゃあ何で一緒に新入生代表挨拶してないの?」
「それは分かんないけど...」
「じゃあ信憑性薄くない?」
それは俺も同感だ。あいつが入学テスト全教科満点という噂は俺が中学時代の化け物じみたあいつを知っているから信用できるのであって、2つ目の噂についてはさすがに俺も嘘と思わざるを得ない。何よりそんな化け物がこの世に二人も存在してたまるか。
「あ!でも名前は知ってるよ!名前は確か空先雲雀て言う名前だったはずだよ!確か...ほら!あそこに整列してる美人で可愛い人!」
―――ドキッ。
その名前を聞いた瞬間まるで一瞬心臓が止まったような感覚がした。
俺はコッソリその女性がいるであろう列の方に目を向けた。
そこには腰あたりまで伸ばしているまるで何かの宝石のようなくらい美しい茶髪の女性が立っていた。顔はどちらかと言えば幼い方だが、どこか大人びても見えるとても美しかった。
俺はここまで美しく可愛い知り合いはいない。またここまで美しく可愛いと思った人は一人を除いていない。いや、除いても除かなくても変わらない。俺はこの女性を知っている。
その女性の衝撃と共に俺は過去の事をまるで走馬灯かのように思い出した。
今思えば似合わないことをしている同級生の皆や好きな子と共に最高の日々を過ごし、自分がこの世の中心であると疑わなかった小学生時代。
父親の死と共に遠い場所に引っ越すことになり、彼女と約束した誓い。
自分が世界の中心であると思っていた少年が、本物の天才最上秀一に出会い自分は凡人であると気付かされ、自信やプライドがへし折られ、凡人らしく普通に友達と遊び、普通に学校に通い始めた中学生時代。
そして最上秀一の新入生代表挨拶が耳に入る。
この事実がはっきりとした瞬間俺は決意した。空先雲雀とは関わらないようにし、気付かれないようにしようと。幸い名前を見られても彼女は俺の変わった後の苗字も知らないし、顔を見られたとしても雰囲気が小学生時代と比べて変わっているためバレることはない。彼女は小学生の時俺が引っ越す前に約束していたことを守っていたのに俺は守れていなかった。彼女は俺と分かれた後も努力していたのに俺は努力することはやめた。約束を守れていないのに会う資格はないと思った。いや、もっと単純な理由だ。
こんな情けなくなった姿を彼女に見せたくなかった、それだけだった
「まだこんなでも自分を守ろうとする小さいプライドは残ってたんだな」
誰にも聞こえないくらい小さな声でポツリと呟く。
「新入生代表、最上秀一」
秀一の新入生代表挨拶終了と共に俺は先ほどまで湧いていた希望を捨てこれからの絶望的状況に立ち向かうことに決意する。