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第八章  彼女の本当の姿

 桜が咲き、花びらが窓に張り付く。もう春だと俺にも実感できた。窓を開けていれば、花びらが部屋の中にまで舞い込んでくる。花びらは、「ひらり……ひらり……」と、のんびり屋の紋白蝶の如く宙を舞う。しかし、花びらはやがて、キャンバス状の川の水面に、絵を描くように、又は貼り絵のように、水面の色を変えていた。それでも桜の枝にはまだ花が多数残り、情緒を醸し出していた。誰もが桜に魅了されているに違いないと感じたが、桜は日本の象徴だから、日本人なら桜に敏感なのだろう。

 こんな時季になり、俺は仕事が終わってから、また彼女の職場を探した。どうしても彼女のことを知りたい気持ちに押し負けていた。俺と彼女の職場がある街は、そんなに大きくない。ブティックも限られているので不可能ではないと思っていた。確かにこの街に小さなブティックは多いが、全然わからないことはないだろうと、先日回った店を含めて探し直した。

 外灯がぽつんぽつんと付き始めた頃、一軒の小さなブティックを見つけた。そこに彼女の姿があった。やっと見つけた。彼女は俺が透明人間になって探していることは知らない。店員だと言っていたが、店には四人の女性がいた。確かにこぢんまりとした店だ。たまたまか、お客はいなかった。店長だろうか、俺よりは若い。年齢は四十代後半くらいに見える女性に、彼女は頭を下げていた。

 何か仕事での失敗か、彼女の顔には元気が無かった。どんな仕事でも失敗はある。今の俺は、彼女に声をかけてあげることはできない。こうして透明人間となり彼女の職場を探し、逢いたかったことは秘密だから。

 俺はこのまま去るべきか、本来なら去るべきだろう。しかし、彼女の表情が気になり店内に入った。これが後悔の始まりなのか。いや、彼女の本音を知ることになったのか。彼女以外の他の店員が集まって、彼女には聞こえないように陰口を言っていた。彼女は、ここでは除け者なのか? お客さんを怒らせるようなことをした?

 聞きたくない会話だ。だから俺は女が嫌いだ。どうしてか女性の関係を悪質に受け取ってしまう。彼女がもし何か失敗していたなら、手助けをするくらいの気持ちがあってもいいだろう。こそこそと一人だけを吊し上げるような態度は大嫌いだ。

 俺は、プライドをもって仕事をしているのかと言われたら、そうではないかもしれない。それでも、ひたすら汗を流して迷惑をかけることのないように努力はしているつもりだ。

 彼女が何故あのように言われるのか、詳しくはわからなかったが、一つ思ったことがある。透明人間になりたいと言った彼女の理由。あれは、きっと彼女の嘘だったのだろう。彼女も、俺と同じような思いを心に仕舞い込んでいる。そう感じた俺は、静かにその場から立ち去った。

 そして、何日か経った。彼女とは約束の日を交わしていなかった。休みの日は、あの公園に行けば逢えるだろうと思っていたからだ。

「携帯電話は持っていないのですか?」

彼女のこの言葉がいじらしく思えた。俺みたいな男を話し相手に選ぶ彼女の本当の姿を、俺はこの前やっと見た感じがした。

 通勤電車内の女性や、休みの日に街に出向いて買い物をしている女性も、たいがいは着飾ってお洒落をしている。自分に自信があるという雰囲気を漂わせている女性も少なくはない。俺にはそんな女性が特に苦手だ。自分の美貌を自慢するかのような表情から、俺の嫌いな視線をそんな女性から強く感じてしまう。女が男に魅力をアピールするようで、「下品な男や私に不釣り合いな男はごめんよ」と、言わんばかりの女性。俺の勝手な想像で成り立つ傲慢な女性像だが、「不細工な男が私を見ているわ」と、笑い返されるようで、実は俺が人と接するのが怖い理由が、ここにもあったのだ。

 俺が、彼女から話しかけられたとき、正直驚きもあった。しかし、あの時は透明人間になっていたからだと俺は思ったから、彼女が自然に話してくる姿に、彼女には外見を見て判断する人ではないと何気に思えたのも事実だ。

 先日、彼女の店での様子を見て、やっと一つに繋がった。俺が、彼女の店に行ったことは絶対に秘密だが俺ははっきりとわかった。仕事ができる女性に俺は惹かれない。失敗してしまう人間らしさがある彼女のような女性に魅力を感じる。完璧な人はいなくても、完璧に近い人は俺の苦手なタイプ。彼女が欠陥だらけの人間のように見え、俺と同じ目線の人だとわかり、これからは心底彼女を守りたいと思った。

 ついこの前まで気持ちが揺らいでいたが、彼女と一緒にいた時間はわずかでも今は違う。彼女が俺を必要としてくれなくてもいい、俺が彼女を見て、彼女を笑顔にしてあげられるのならそれでいい。そう思うと、彼女と早く逢いたくてしょうがなくなっていた。今度の休みに、あの公園に行ってみよう。彼女がいなくても、彼女との出逢いの場所。今はそこが俺と彼女が落ち着いていられる場所なのだから。

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