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第三章  女性占い師

 季節は冬真っ直中になる頃。この日は木枯らしが吹き、外灯が揺れ、凍るような空気が俺の肌に突き刺さりそうだった。

 家路を急ぐ俺は、ふと右手の方向を見ると、そこには路地の隙間を奪うように若い女性占い師が小さな蝋燭に明かりを灯し、店を出していた。いつも通る路地だが、初めて見る。人気のない場所で通行人はほとんどいない。誰が占って欲しいと思うのか、おまけにこんな天候では商売にならないだろう。

 俺のような人間も、優越感に浸るように彼女を小馬鹿にする気持ちが湧き足を止めた。しかし、それとは裏腹で、実は小さな台上に置かれた一本の蝋燭の灯が、俺の心を癒してくれたのだ。

 彼女の顔が蝋燭でかすかに照らされている。冷たい風が吹いていても、その蝋燭の灯だけは消えることなく、すうっと天に向かうように立っている。その灯に惹かれ、台の前に置かれた小さな椅子に俺は腰かけ、彼女に問いかけた。

「占っていただけますか」

 彼女は、俺に優しく微笑みかけるように、言葉を返してきた。

「ええ、占いますよ」

 俺は、こんな場所に店を出しても誰も来ないのではないか、今日初めて見かけたことを彼女に告げた。

少なくはないがそれなりに、ここには店を出しているし、きっとあなたが私を必要としていなかったから、私の存在に気付かなかったのだと彼女が答えた。

 俺は彼女に気付かなかった? それなりに店を出していた? 必要としたから彼女の姿が見えた? 彼女は何を言っているのだろう。

 あなたが私を必要としたから私の姿が見えた。この蠟燭の灯が見えたから、あなたには私の姿が見えた。あなたがいつ、この灯に気付くのか、私は待っていた。あなたの心に宿っている感情が、私には見えていたと、続けて彼女が言った。

 彼女は俺の心の中を見ていた? 彼女は一体何者だ。

「私は、手相や姓名判断はしません。表情を見て占うのです。あなたの心には、自分を目立たないようにしておきたい気持ちがありますね」

 俺の心情を読み取られている気がした。痛いところをつかれた。まさしく、その通りだ。俺は、上下関係を作り出す人間といることも嫌だ。できれば、最低でも平等な世界で生きたい。彼女に俺の心の中が見えたのか、それとも俺の姿から感じとったのか。いずれにせよ、俺はそうありたいと思っていた。

 彼女は薬を取り出し、俺に言ってきた。

「これを飲めば透明人間になれます。そして、こちらの薬を飲めば元通り、姿が見えるようになります。あなたがこの薬を飲むことで、この世界で楽に生活できるのなら、お飲みなさい」と。

 透明人間になる薬がこの世にあるなら、罪を犯す人間だって出てくる。俺だってこの薬が本物なら、悪事を働くかもしれない。

 俺は、しばらく考え込んだ。

「この薬が本物なら、危険なことをする人間や犯罪者が生まれると想像しているでしょう」と彼女が言う。

 また、心の中を読まれたのか、いや、誰でも思いつくことだ。そう思うから言えることだろう。俺が占い師なら、同じように言い返す。

 しかし、彼女は続けて語った。

 この薬を使うのは自由で、犯罪のために使おうと思えば使える。ただ、薬の存在を誰かに知られたら、天罰として返ってくる。この薬は使い方次第。ただ、それだけだと。

「でも、一つだけ。透明人間になって、あなた自身が気付くことがある。そのことは、あなた自身で見つけてください」

 話を聞いて、俺は薬の魔力を感じた。だが、姿を消せるなら、人目を気にする必要はない。俺は、薬を飲んで悪用しようという気持ちは微塵もなかったが、透明人間になれるなら楽でいられるだろうという気持ちが優先していた。少し間をとり冷静になれば、そう言ってもこの世に透明人間になれる薬があるはずがない。

 彼女が俺のために嘘をついてくれたのなら、彼女の演技に合わせても俺は良いというくらいになった。だから彼女の嘘は、占って安堵させてくれるためのものだという気持ちになっていた。

 こうして、俺は彼女の嘘につき合い、ちょっとした優越感にも浸ったが、一つだけ自分で見つけろとはどんなことなのか、不安な気持ちにはならなかったものの、心の片隅には残った。そして、俺は此処から冷たい風のように、街を駆け抜けるように去った。 

 人がいない冬のアパートの角部屋は、部屋の中まで冷たい。窓の隙間からは、かすかな風が吹き込む。電灯から垂れ下がっている紐を引いて灯りをつけると、部屋の中は霞んで見え、閉めたカーテンもぼんやりと見える。カーテンを開き、カタカタ震えている窓を開け、風を部屋に取り入れ換気する。元々寒い部屋だから、風が冷たくてもさほど気にもならない。

 彼女からもらった薬は小瓶に入っていたが、見るからに結構な回数、透明人間になれるだけの量があった。この日は、何故かいつもより疲れを感じた。俺は、そのまま何かをすることもなく、知らぬ間に眠っていた。 



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