第十三章 短針のような恋
彼女の過去を知り彼女の心情を知り、一つだけ変わったことがある。二人で逢う時、もう透明人間になる必要はないということだ。
俺が彼女を好きだという気持ちが日増しに強くなったのは明らかだが、俺の口からは絶対に言えなかった。それでも、彼女と約束することや彼女との会話は、俺の楽しみに変わっていた。そして、昼休み時間に食べる俺の質素な弁当も、恥ずかしいものから自慢して良いものに変わっていた。
俺の心に潜む、人から惨めに見られていると感じていた姿をどん底に落とす気持ちが、俺が貧粗な弁当を食べていることをドラマに登場する主人公のサクセスストーリーの一部分にしているような気にもなっていたが、そのドラマ中にある計画的な策略ではないけれど、たまにそう思うのは、彼女がこんな俺の前に現れた女神だったからだ。
確かに汚れた作業着を着て、汚いタオルを首に掛けている男がいて、それでも俺が作り上げる部品が世の中に役立っているなら、彼女が言う通り自慢できることだと思えた。
恋愛経験がない俺は、初めての恋愛に積極的なほど前向きにはなれなかったが、この想いが壊れることのないように祈った。だから早足でいつも彼女に逢いたいと、沸騰しそうなくらい熱い気持ちにはならずゆっくりと歩む気持ちでいることが今の俺には合っているような気もしていた。
夜空を見ていてふと思ったことがある。
すぐに連絡が取れる携帯電話があれば電話をかけたりメールをして、「今から逢いたい!」とか、「何をしているの?」とか、我慢できずに相手との距離を縮めようとするかもしれない。昔の電話ならまだダイヤル回線でダイヤルはクルクル回り、元の位置に戻るまで時間がかかるから、そんなところにも変なときめきがあったのだろうが、今はプッシュで一つもときめく感じがしないのではないだろうか。それどころか、そんな電話器が時代錯誤だ。そして、便利な携帯電話を持っていない俺は、彼女を冷静に見つめ、ときめいて、今の若者には理解できない恋愛観でドキドキできることが自分だけに与えられた特権のように思えた。
世間には、自分がもてるだろうと思っている男がいるだろうが、そんな男には、俺のような考え方や気持ちはわからないと思う。いや、絶対に想像できない世界だ。それは彼らにすれば、俺のことが可哀想だと言いかねないし、それより俺は、そんな若者たちを不憫に思う。青春は青春で良いが、俺のような年齢の男女には若者にわからない付き合い方がある。このように大人の恋愛観があるのだから、突っ走りやすい若い男女とは違うはず。
とはいうものの同じ年代の男女であっても、きっと俺みたいなことはしないかもしれない。ということは、これは俺だけにしか味わえない気持ちと言っても良さそうだ。
時間といえば、俺の腕時計はある意味亡くなった父の形見のようなもの。昔、俺が高校卒業の時、腕時計も必要だろうと卒業記念にもらったものだ。
今は腕時計も色々な種類が豊富にある。デジタルや電波時計といったものもあるが、俺のはアナログで、短針に長針、そして秒針だけの単純な腕時計だ。もちろん高級な腕時計と造りは一緒のようだが、そんな高価な代物ではないことくらい俺にもわかる。そんな腕時計だが、たまに修理に出してなんとか今も動き続けている。ガラスの表面には傷が沢山付いて、長い年月、動き続けていることを証明している。
時間が頻繁に狂うことはないが、一箇月もすれば多少なりとも時間が狂う。高級な時計でない限り、そんなものだろう。俺は、腕時計の針を見ていると思うことがある。
秒針は一日に何周するのだろう。計算すればそれは一,四四O周とわかるが、こんなことを気にして何周回ったなんて計算しようとも思わない。急いで進む秒針を見ていると、忙しそうで自分には合わない仕事だと感じる。
では長針はどうか。長針なら計算しなくてもわかる。単純に二十四周だ。俺は長針の仕事も合わないと感じる。ゆっくりそうだが、それでも二十四周も回らないといけない。そうしたら短針はどうだ。そう、たった二周だ。
三つの針にはそれぞれの役割があり、同じスピードで回ることはできないから仕事の量にはかなりの違いがある。それなのに、どれも平等に扱われる。時計は人ではないが、こんなに差がある仕事をして、平等に給料が支払われるのなら不満が出るだろう。
だが、もし秒針が短針に文句を言ったら、短針は秒針にどんな不満があるのだ? 俺だって好きでゆっくりしているのではない。それぞれの役割があって回っているだけなのだと言うはずだ。
一人でいると、こんな変なことまで考えてしまうが俺は思った。彼女と知り合って、秒針のような付き合いはしたくない。
互いの距離を近づけたいとか、関係を深めたいとか、すぐ結論が出るように急ぎたい男女がいるが、俺には何か終わりがすぐに訪れるように思えてならない。
恋愛経験のない俺が言うのも何だが、夫婦では時間が深みを増してくれる場合もあるだろうし、付き合っている男女ならマンネリ化したり嫌な部分が見えてきたりしそうで、早足で進むことは二人の関係を築くのには良くないように思う。
考えたら短針は、何時間経っただろうかと思ってみても、わずかしか動いていない。俺はこういう恋愛の方がすごく楽しみもあって、また、ときめきもあって、それこそ逢いたいと思う気持ちが強くなってすごく気になる時間になると思う。
便利なものばかりの世界では、考えられないことや見失っていることに気付けない場合が多々あると思う。父がくれたアナログの腕時計。今一度、せっせと動く秒針を見ていたら、真面目に働いているように感じられるし、たまには休ませてあげたいと思った。