9 本題
9 本題
「さて、話が脱線しちゃったけど……本題に戻りましょうか。」
メリーは私をじっと見つめながら、さっきまでの軽妙な語り口とは違う、どこか真剣な声で言った。
「怪異の管理について話したけど、実は、今とても厄介な案件があるのよ。」
「厄介な案件、ですか?」
「ええ。ある駅のホームで、飛び込み自殺が続いているの。そこまで頻繁でもないし、そもそも自殺者が多い路線だから、そこまで問題視されていないのだけど……でも、何かがおかしいのよ。」
飛び込み自殺。それは私が以前ニュースで見た話と関係があるのかもしれない。
「……女性と話した後、安らかな表情で……ってやつですか?」
「そうね。私は、飛び込む直前の彼らの表情は、放心状態だったと聞いたけど。まあ、安らかに見えたりもするのかしら。」
その言葉に、私は冷たいものが背筋を這うのを感じた。
「放心状態、ですか?」
「そう。普通は恐怖に引きつったり、覚悟を決めたような険しい表情だったりするでしょう? でも、違うの。まるで、何かに感情を奪われたように、虚ろな目をして飛び込むらしいのよ。」
それは、あまりにも異様だった。
「さらにね、遺書もない。飛び込んだ人の大半は、特に自殺の兆候を見せていなかったって。家族や友人も、『そんな素振りは一切なかった』って証言してる。」
「それって……自殺ではないんじゃ……?」
「かもしれない。でも、明らかに自分から飛び込んでいるし、犠牲者は例外なく死んでいるから、真相はわからない。私はこの事件には、何か別の力が働いている気がしてならないの。それこそ、怪異のような。」
メリーの目が鋭くなる。
「私もあれこれ調べているけど……まだ決定的な証拠がない。だから、あなたに手伝ってほしいの。」
「私に……?」
「そう。あなたは『いい子』みたいだから。でも、これは強制ではないわ。あくまで、お願いってこと。」
メリーは、いつの間にか私の背中をよじ登り、肩に乗っていた。
「私はね、この駅に関する情報をもっと集めたい。でも、ローカルな話題はさすがに私も詳しくないの。」
「それなら……どうすればいいのでしょう?」
「あなた、東京電気大学にいたのよね。スマホに入った時、そこにいたでしょ? あそこの学校の最寄りの駅の、いくつか隣の駅が現場みたいだし……というか、そうだ。東京電気大学!」
突然、大学を強調され、私はきょとんとした。
「……それが、どうかしたんですか?」
「あの学校の建っている山、妖怪の山とも呼ばれているの。」
「えっ?」
私は、初めて聞く話に驚いた。
「あなたが目を向けてこなかっただけで、妖怪たちはあの学校にたくさんいるの。」
「キャンパス内に……怪異が?」
「ええ。だから、彼らに話を聞いてみなさい。中には、気難しい妖怪もいるでしょうけど、そっちの……あなた、名前は何だったかしら?」
「えっ……と……朸込京香、です。」
「そうだ、キョウカ。キョウカは、どうやら実績があるみたいだから、そこらへんの弱小妖怪なら、へこへこ頭下げて言うこと聞いてくれるんじゃない?」
「私が? いつの間にそんな……あ、もしかしてあれかな……?」
私は戸惑い、朸込に問いかける。
「何か心当たりがあるんですか?」
「まあ、うん……ほんの遊び心だったんだけど、たぶん、妖怪退治しちゃったことがあって……」
メリーは頷く。
「あなたもあの山だと有名なのよ。あの山は、妖怪たちの、連絡網っていうか……ネットワークがあるから、話が伝わるのも速いし。ま、とにかく、気が向いたら、捜索してみて、情報収集してみてよ。じゃあね!」
私は、明日からの新たな探索に、わずかな緊張と高揚を感じながら、夜の静寂の中で思考を巡らせた。
——それは本当に怪異なのか? それとも、ただの自殺の名所に過ぎないのだろうか?
メリーが去った後、朸込は「そろそろ寝るわ」と言ってベッドに入った。
私は、どうしようか迷う。私は眠る必要がない。この部屋にいる理由もない。
彼女の寝顔を見つめながら、私はため息をついた。
明日は妖怪たちに話を聞かないと。でも、どうすれば、彼らは話をしてくれるのだろう? そもそも、話ができるのだろうか?
ぼんやりと考えながら、私は朸込の眠るベッドの下の隙間に滑り込んだ。
彼女は起き上がり、ベッドの下をのぞき込む。
「えっ? そこで寝るわけ? ちょっと怖いんだけど。」