7 メリーさん
7 メリーさん
「さっき、スマホに憑りついたでしょ?」
メリーさんが鋭い声で問いかける。
「え……それは……」
「電話に憑くのは私の専売特許なんだけど。」
メリーさんはじっと私を見つめた。人形の顔の表情の変化は読み取れないが、瞳の奥に、何か冷たいものを感じる。
「私のテリトリーで好き勝手するのは、あんまり褒められたことじゃないわね。ちゃんと許可を取ってからやるべきでしょ? 知らないからといって、他人の領地に踏み込んでいい理由にはならないわ。」
「ご、ごめんなさい! その……あの時は、本当に緊急事態で……」
私は慌てて弁解する。
「なんてね。別に、電話回線は私だけのものじゃないし、好きにすればいいのよ。良識の範囲でね。」
人形は肩をすくめて大げさにため息をついた。
「最近、ピリついてるのよ。ヒトが怪異に接触しようとすることが増えてきてるし、怪異たちも面白がって悪さするし……そういう連中が目立つと、こっちが大変になるの。」
「……大変になるっていうのは、どういうこと?」
朸込さんが口を挟む。
「聞いてくれる? 本当に忙しくて、誰かに話したいと思っていたところなのよ……」
メリーさんは腰に手を当て、少しうんざりしたように話し始める。
「昔に比べると、ヒトも怪異を信じなくなってきたんだけど。それでもヒトが、ネットの噂とか、肝試しの動画とかをどんどん生産するでしょ? そうすると、もう、うじゃうじゃと生まれるのよ。怪異が。」
「怪異が生まれる?」
私は疑問を投げかけた。
「ええ。怪異は、ヒトの想像によって『生まれる』の。もちろん、ヒト一人が想像したぐらいじゃ生まれないのだけど、数百人、数千人が同じものを想像すれば生まれるから。昔は、学校の怪談とか、有名な心霊スポットの話とか、そういうものから怪異が生まれて、場所も限られているから、管理も簡単だったのだけど。今じゃ、何の曰くもない廃屋とか、アパートの一室とか、なんでもアリよ。」
「それで、あなたがそれを……?」
朸込が続きを促すと、メリーさんは胸を張った。
「殺して回ってるの。」
物騒な表現に、私も朸込も目を見開いた。
「……殺す?」
私が尋ねると、メリーさんは肩をすくめた。
「そうよ。やりすぎる怪異ってのは、災害と同じように社会を混乱させるの。それを防ぐために、私みたいな妖怪が仕方なく片付けてるってわけ。」
朸込が首を傾げた。
「怪異が、秩序を守ろうとするなんて、ちょっと意外だわ。」
「何言ってるの? 昔からそうだったのよ。」
メリーさんがあきれたように肩をすくめる。
「ヒトが人間社会にはみ出してきた怪異を祓うのと同じように、怪異もヒトをとがめてきたの。ヒトが自然を荒らしすぎたり、悪さをしたらね。」
朸込が興味深そうに聞き入っていると、メリーさんは続けた。
「でもさ、最近のヒトって、怪異を祓うことをしなくなったでしょ? 昔なら祓い屋がいたけど、今はほとんどいない。そうなると、その仕事も私たちのような妖怪がやるしかなくなるのよ。それに、最近の怪異ってのはヒトを驚かすだけじゃなくて、ケガまでさせたりして、大ごとにしがちなの。だから、大ごとにした怪異がいたら、ヒトが集まる前に潰して『やっぱりただの噂だった。彼は何かを見間違えたんだ。』ってなるようにしておくの。」
「怪異が怪異を退治してるってわけね。」
朸込が皮肉っぽく言うと、メリーさんは大げさにため息をついた。
「そういうこと。馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、こういうことしてる妖怪って、私以外にもいるのよ?」
私は少し戸惑いながら尋ねた。
「……それって、あなたに何か利益があってやっていることなんでしょうか……?」
「うーん、特に利益はないけど。でも、最近、流行っているでしょ? 持続可能な社会ってやつ。あれみたいなものでさ。せっかく、今のところうまくいっているんだから、なるべく続けていきたいじゃない。適度に驚かしたり驚かされたりする関係を。だから、やるのよ。」
相変わらず変わらない人形の顔には、少しだけ疲れが滲んでいるように見えた。