6 背中合わせ
6 背中合わせ
「背中合わせになりましょう。」
私は朸込の言葉に頷き、言われるままに彼女の背中へぴたりと自分をつけた。深夜の静まり返った部屋の中で、二人が背中を合わせて動くその様子は、何とも奇妙に映るだろう。
「あの……これはどういった意図でこうしているんですか?」
「……さっき、電話の相手が『メリー』って名乗ってたから、あの〈メリーさん〉かなって思ったのよ。だとしたら、背中を曝さなければ何とかなる……気がする。」
気がする──彼女にしては珍しい言い回しだ。スマートフォンから、場の緊張感に不釣り合いな明るい女性の声が返ってきた。
「背中を守るのは正しい選択ね。私のことを知っているなんて嬉しいわ。ま、自分でも有名な妖怪の部類だとは思ってるけど。」
〈メリーさん〉は楽しそうに続ける。
「背後を取られたらどうなるか、あなたも知ってるでしょ? 一巻の終わりよ。ふふ……命拾いしたわね。」
その言葉に、私は身震いする。背後を取られたら『終わり』──それが一般的に知られる〈メリーさんの電話〉の怪談都市伝説。
「でもね、残念ながら。」
〈メリーさん〉の声が部屋のどこかで響いた。
「背後だけじゃないの。私は死角から死角へと移動できる。背中を守っても、見えていない場所さえあれば、何かがそこにいるかもしれないと思ったならば、私はそこにいるの。」
その瞬間、朸込と私の間に見えない緊張が走った。部屋の隅、棚の影、机の下──無理だ。全てに監視の目を行き渡らせるなど不可能に等しい。
「……なるべく、死角が生まれないように動きましょう。なるべくね。」
朸込が静かに言い、私たちは背中を合わせたままゆっくりと動き始めた。
「でも、こんなことしたって、いつかやられちゃいますよ……」
私が恐る恐る声をかけた瞬間だった。
「あっ……!」
朸込の足元に何かが現れた。小さな人形。それがメリーさんそのものだと気づくのに、少し時間がかかった。
「足元に……」
私は小声で知らせる。だが、彼女はうまく足元を見ることができない。
「どこ?」と探して少し動いたその瞬間──
「うぐ……っ!」
人形が情けない声を上げた。どうやら朸込の足が人形の胴を踏みつけてしまったらしい。
「あっ、ごめんなさい。」
朸込は即座に謝罪し、言い訳を始めた。
「その……足元が、よく見えなくて。」
「灯台下暗しってやつ?」
人形は冗談めかして言うと、よろよろと立ち上がり、小さなため息をつくようにうなだれる。
「まあ、いいわ。もうどうでもよくなっちゃった。もともとあなたに用はないもの。」
そして、今度は私に向き直るように声を投げかけてきた。
「さて……用があるのは、あなたの方よ。」
突然、人形の青い瞳が私を映し出し、私は一歩後ずさりした。