5 着信
5 着信
深夜の住宅街は静まり返っていた。朸込は、スマートフォンのライトで手元を照らしながら、玄関の鍵をそっと開ける。家の中はしんと静まり返っていた。靴を脱ぎ、足音を忍ばせて自室へ向かう。
彼女は自室のドアを閉め、ようやく息をついた。
「やれやれ、今日も長い一日だったわね。」
机にスマートフォンを置き、バッグを椅子の背にかける。
「あの……もう出ても大丈夫そうですか?」
私はスマートフォンのスピーカーを震わせる。
「ん? そうね。コンセントもあるし、大丈夫だと思うわ。ただ……もう夜遅いから、静かにね。」
彼女の言葉を聞くと、陽炎のような靄となって、空間に染み出し、徐々に輪郭を成していく。
「ふぅ……やっと出られました。」
なんとなく、背伸びをするかのように体を伸ばし、軽く肩を回す仕草を見せた。朸込は机から、針が触れるタイプの電圧計のようなものを取り出す。針は、ぴくぴくと触れて、中央よりやや右に触れていた。
「何ですか、それ?」
「これは巨視的異常現象計。この計器のプローブの近くに、一般的な法則を無視するような電流だのなんだのが存在すると、その大きさに応じて振れるの。大きく振れるほど、やりたい放題に世界を捻じ曲げてるってことね。ちなみに運がめちゃくちゃいい人とかは、100から200前後の値が出ることもあるわ。そういう、影響力の強さを定量化してくれるのよ。」
「私の強さ、ちょっと気になるかも……」
「そうよね? ええと……麻乃華ちゃんは、600ぐらいね。すごい強いと思う。運がいいとか、そういうレベルを通り越してるわ。さすがに、火のないところに煙を立てるほどではないけどね。有名な心霊スポットで、このくらいの値になることもあるから、さながら、動く心霊スポットって感じ?」
なんとなく褒められている気がしてうれしい。
「そうなんですね……ところで、私、これからどうすればいいんでしょう?」
「そうね……」
朸込は椅子に腰を下ろし、少し考え込むような表情を浮かべた。
「あなたをここに閉じ込めて観察し続けることもできるけど。私の部屋が心霊スポットになっちゃうわね。ふふ。」
「え、それはさすがに……!」
私が慌てて肩をすぼめると、朸込は笑った。
「冗談よ。でも真面目な話、あなた自身が何を求めているかが分からないと、私も手助けのしようがないわ。」
やりたいことなんて、そう思いつくものでもない。どうしたものかと考え込んでいると、机の上のスマートフォンが震えた。振動音が静かな部屋にやけに響く。画面には〈非通知設定〉とだけ表示されている。
「こんな時間に……?」
朸込が眉をひそめ、電話を手に取る。
「何でしょう……こんな時間に電話をかけてくるヒトなんているんですか?」
私も画面を覗き込む。
「いや、普通、こんな時間にかけてこないわよ……まあ、たぶん詐欺電話か何かでしょう。無視するのが正解ね。」
彼女は冷静に言い、スマートフォンを机の上に戻した。
しかし、スマートフォンの振動は止まらない。彼女は溜息をつき、「しつこいわね……」と通話拒否の操作をして、スマートフォンを再び机に置いた。
だが、その瞬間、スマートフォンのスピーカーから女性の声が響いた。
「もしもし? 私、メリー。今……あなたの家の前にいるの。」
通話を切ったはずなのに、声が鳴り響く。部屋の空気が一瞬で変わった。朸込はスマホを手に取り、思わず顔をしかめる。
「……何これ、通話拒否したはずなんだけど?」
私は彼女の肩に手を置いて、背後から覗き込む。スマートフォンは通話中の画面になっている。
「あの、多分……これ、ただの電話じゃないです……根拠は特にないんですけど、これは、何か……」
朸込が再び通話を切ろうとすると、再び声が響く。
「今、あなたの部屋のドアの前にいるの。」
スピーカーから流れる声は抑揚がなく、冷たい響きが耳に張り付くような不快感を伴っていた。部屋の中に見えない視線が漂っているような錯覚に、私は思わず震えた。
「これは……ただのいたずらじゃないわね。」
彼女は立ち上がり、部屋を見回す。巨視的異常現象計を見ると、針が右に振り切れてカタカタと音を立てている。
「1000越えってこと……!? ヤバい奴に目を付けられちゃったみたい。」
彼女はいつになく興奮しているように見える。
「え、え、どうしますか……?」
私は怯えた声で聞くと、朸込はスマートフォンを手に取り、笑みを浮かべて口を開いた。