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20 エピローグ

20 エピローグ


 S駅の死神の噂は、いつの間にか、完全に消え去っていた。

 誰も話題にしない。

 まるで、最初から存在しなかったかのように。


 私は、何かを口にしようとして、飲み込んだ。

 朸込に死神の話を聞いてもいいのだろうか?


 ——いや。


 察しはついていた。


 死神は、この世界から抹消されたのだ。

 S駅の噂も、もう存在しない。


 だけど、それを言葉にしたら。

 それを彼女に伝えたら。


 また、死神は戻ってきてしまうのではないか?


 私は、ただ静かに、

 それが「もうない」ことを受け入れた。


 ——それでいい。


 でも、それよりも。


 私は、朸込に、別のことを聞きたかった。


「……朸込さん。」


 私は彼女を呼ぶ。


 朸込は、机に向かいながら、ノートのページを捲っていた。

 昨日の出来事について、彼女は何も言わない。


 私は、一瞬だけ迷って、それでも言葉を紡ぐ。


「……昨日の話の続き、聞かせてくれませんか?」


 朸込が、ふと顔を上げた。


「昨日の話?」


「ええ。駅のホームで、話していたことです。」


 彼女は、少し考え込むように首を傾げた。


「……どこまで話したんだっけ?」


「『恐怖を求める理由はワクチンだ』、というところまでです。」


 朸込は、ふっと笑った。


「そうだったわね。」


 そして、彼女はゆっくりと、言葉を紡ぎ始めた。


「ヒトが恐怖を求める理由は、ワクチンのようなものよ。」


 私は、彼女の言葉を待つ。


「たとえば、ホラー映画や怪談を聞くことで、私たちは『恐怖を疑似体験』することができる。

 それは、現実で本当に恐怖を感じたときに、ある程度の耐性を作る効果があるの。」


「……免疫みたいなもの、ということですか?」


「ええ。でも、それだけじゃないわ。」


 彼女は、ゆっくりと微笑む。


「ヒトは、恐怖に向き合うことで、安心することができるの。」


「……恐怖で安心する?」


「そう。生きるのって、怖いことよ。いつ、どこで、何があるかわからないし、でも、それを意識しすぎていたら、生きるのが苦しくなるでしょう?」


「……はい。」


「だから、恐怖をコントロールする。ホラー映画を観る、怪談を聞く、肝試しをする……それは、恐怖を『管理可能なもの』だと認識して、自分の中に収めるための儀式みたいなものよ。」


 私は、その言葉を噛み締める。


「……つまり、ヒトは、恐怖に備えるために、それを求めている、ということですか?」


「ええ。恐怖を知っておけば、本当にそれが来たときに、対処できるかもしれないから。」


 彼女の言葉は、雨上がりの空気のように澄んでいた。


 私は、小さく頷いた。


 ヒトは、恐怖をコントロールするために、それを求める。

 でも、もし、コントロールできない恐怖があったら?


 たとえば、昨日の死神のような存在が。


 私は、もう一度、問いかけそうになった。

 でも、それは、やめた。


 死神の噂は、もうこの世にない。

 語られなければ、それは存在しない。


 だから、私はただ静かに、朸込の言葉を胸に刻んだ。

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