2 隙間の怪
2 隙間の怪
私が孤独を感じるようになったのは、比較的最近のことだ。昔はこんなではなかった。私は自然現象の一つでしかなく、漠然と存在していた。「闇」と呼ばれるようになる前の、夜の暗がりのようだった。
私が孤独を感じるようになったのは、個として存在するようになってからなのだと思う。夜の暗がりのような、漠然とした何かから分かたれて、私は名前を付けられたのだ。
〈隙間の怪〉と。
そう名付けたのは、北窪が助けを呼んでいた、朸込京香というヒトだ。私は彼女が北窪に語っていた言葉を思い出す──
「闇を照らせるようになったのは、光の届かない暗い空間を〈闇〉と呼ぶようになったからに他ならないわ。ある問題について、みんなで共有するためには、まずみんなが納得する共通の名前を付けるところから始めるべきよ。それがうまくいかないと、返って厄介事が増えることになるわ。そうなってしまったら、もはや誰にも手を付けられなくなってしまう。そういう点では、ベイクドモチョチョは、奇跡のような存在といえるわ。」
「ベイクドモチョチョ? それってなんですか?」
「ベイクドモチョチョっていうのはね……」
──余計なことまで思い出してしまった。
とにかく、名前は大事なものだというのは、私も同感だった。今でこそ、私はヒトの形をとっているが、それは〈隙間の怪〉という名前あってこその姿だと思う。これが〈モンスター・オブ・ザ・ギャップス〉だったら、きっと私はヒトの姿をとれなかったと思うし、〈隙間に潜むモンスター、縮めてスキモン〉などと呼ばれた日には、マスコットキャラクターのような見た目になっていたかもしれない。〈研究室の花子〉だったら、ほかの〈花子〉像に引きずられておかっぱ頭で白いシャツを着ていただろう。
〈隙間の怪〉である私は、大人びた顔立ちの美人に設定された。一体〈隙間〉のどこにそのような要素があったのか、私にはわからない。ただ、なるべくして、なったのだ。
気が付くと、北窪に呼ばれた朸込が、研究室に入ってくるところだった。彼女は研究室の明かりをつけて、部屋を見渡し、私のほうを見た。
私のほうを見てから、彼女は、かけていた丸眼鏡を外して、もう一度私のほうを見た。そして眼鏡をかけなおして、私のほうを見た。さらにスマートフォンを取り出して、突然カメラのシャッターを切った。スマートフォンの画面を見た彼女は顔をしかめて、もう一度私のほうを見た。
「えっ……見えてる?」
私のつぶやきに、彼女はこう返した。
「うわっ……喋った……しかも意外と美声だ……」