18 逃亡
18 逃亡
雨音が強くなる。
死神は、再び私たちの前に立った。その姿には傷一つない。
朸込の息は荒い。私は、まだ自分が震えていないことに驚くほどだった。
死神は微笑んでいる。
穏やかに、優しく、まるで子供をあやすように、朸込に向かって言った。
「大丈夫ですよ。あなたがこのまま恐怖に縛られることはありません。ほら、楽になりましょう。」
私は朸込と死神の間に割って入るようにして、一歩前に出る。
「……どうして邪魔をするのでしょうか?」
死神は、不思議そうに首を傾げる。
まるで「何がいけないのか。これは正しいことだ」とでも言いたげに、優しく、穏やかに。
だが、私は知っている。
彼女の優しさは、表面的なものだ。人を殺す装置が、心地よい音を奏でているだけだ。
「……ねえ、麻乃華。」
朸込の声が、小さく震えていた。
「あれは……私たちにどうにかできるものではないわ……」
その言葉が、私の胸に刺さる。
彼女が絶望する姿を、私は初めて見た。
——もう、どうしようもないのか。
私は、歯を食いしばる。
何かできることはないか。
何か、打開策は。
「……逃げるしか、ない。」
言葉が、思考よりも先に口をついていた。
朸込は、一瞬だけ驚いた顔をして、それから何かを振り切るように頷いた。
そして、私たちは走り出した。
雨に濡れたホームを蹴り、駅の改札へと向かう。
後ろから、死神の声が聞こえた。
「ああ……かわいそうな子……」
私は振り返らなかった。
ただ、朸込の手を引き、夜の雨に消えるように、駅の外へと駆け出した。