15 非通知
15 非通知
調査を終えた私と朸込は、彼女の部屋へと戻った。
朸込はベッドに腰掛ける。
「はあ……今日も疲れたわ。」
「そうですね。」
私はそう答えながら、彼女の机の上に腰を下ろす。
火消の風から得た情報は大きかった。
「午後4時44分にS駅のホームにいると、死神に殺される。」
それは単なる都市伝説ではなく、すでに犠牲者を出している。
私たちは、明日、S駅へ実際に向かい、調査を進める予定だった。
朸込はスマートフォンを取り出し、何気なく画面をチェックする。
私は彼女の背後から覗き込むようにして、その画面を見ていた。
そのとき──
ブー……ブー……ブー……
スマートフォンが振動した。
画面には、非通知の着信。
「また?」
朸込は眉をひそめながら、画面を見つめる。
私はその場で息を呑んだ。
非通知の着信。それは、まるで前回と同じような流れだった。
朸込は一瞬考えた後、通話拒否のボタンを押した。
「もしもし? 切ってもムダよ。」
スピーカーから、乾いた女性の声が響いた。
私も、朸込も、瞬時に理解する。
メリーさんだ。
朸込は大げさにため息をついた。
「……無茶苦茶ね、あなた。」
通話拒否してホーム画面に戻ったスマートフォンからは、メリーさんの声がまるで当然のように部屋に響いている。彼女はくすくすと笑った。
「あなたが相手にしているのは怪異なのよ? 怪異なら、無茶苦茶なのが当り前よ。」
それを聞いた朸込は、肩をすくめる。
「はあ……何の用?」
メリーさんは間髪入れずに問いかける。
「調査は進んだ?」
朸込は私をベッドの方に手招く。
「ええ……とても興味深い情報が手に入りました。」
私はこれまでの経緯を説明した。
火消の風の存在、「午後4時44分のS駅の死神」の噂、実際に犠牲者が出ていること、そして明日、S駅に向かい、死神の正体を探る予定であること……
話を聞いている間、メリーさんはほとんど言葉を挟まなかった。
ただ、時折「ふうん」や「なるほどね」といった相槌を打つのみ。
そして、一通り話を終えると、私は彼女に向かって言った。
「メリーさん、あなたの協力をお願いできませんか?」
少しの間、沈黙があった。
メリーさんは、少し考え込むように、ゆっくりと返事をした。
「ごめん、それはまだ無理ね。」
「……なぜですか?」
メリーさんは淡々と言った。
「まだ、私の出る幕ではないの。」
その言葉を聞いた途端、朸込が何かに気づいたように、スマートフォンを見つめる。
「そういえば、この間は出てきてくれたのに、今日は出てこないのね。もしかして、あなたが登場するためには『事態の進展が見込めないか、解決困難である』っていう条件が必要なのかしら?」
メリーさんは、しばらく黙ってから、声を発した。
「勘がいいわね、キョウカ。」
私は、思わず朸込の顔を見た。
「どういうことですか?」
朸込は答えず、そのままスマートフォンに話しかける。
「もう一つ聞かせてもらっていい?」
「なに?」
「メリー……あなたは、本当に、あの都市伝説のメリーなの? 最初はなんとなくそう決めつけていたけど、なんというか……違和感があるわ。」
メリーさんの声が止まる。
朸込は、ゆっくりと言葉を続ける。
「あなたは、『メリーさんの電話』とは違う気がするのよね。これまでの情報を整理すると、あなたは『解決困難な局面に登場する』。それから、電話という『機械を通じて現れる』……それって──」
「待って。」
メリーさんの声が、まるで警告するかのように、静かに響く。
朸込が、もう一歩踏み込もうとしたところで、メリーさんは制止した。
「『バールのようなもの』は、『バールのようなもの』であるときに万能であり、それが釘抜きやマイナスドライバー、あるいは単なる鉄の棒であるとわかってしまえば、それ以上のものではなくなる……キョウカ、私たち怪異はとても脆いの。私の持つ力に頼りたいなら、扱いには気を付けて。私があなたの背後に出てこれなくなったら困るでしょ?」
私たちは、沈黙した。
「あなたたちが、『無茶苦茶だ』と思った時には、助けてあげるわ。」
通話が切れた。
まるで最初から何もなかったかのように、静寂が訪れる。
私は、朸込の顔を見た。
「……何か、わかったんですか?」
彼女は少し考え込んだ後、苦笑した。
「そうね……彼女はただの『メリーさん』であることが大事ってことよ。」
ベッドの枕元に置かれたスマートフォンのロック画面が、今が午前1時であることと、明日の天気が午後にかけて大雨になることを知らせていた。