13 収穫
13 収穫
「自殺?」
沼の怪は、髪を指で弄びながら考え込んだ。
「知らないなあ。だって、私は基本ここから動かないし。出歩くの、そんなに好きじゃないのよね……お肌カサカサになるし。」
私たちは顔を見合わせる。調査一件目にして怪異に出会えたのは幸運だったが、あまり収穫はなさそうだ。
「でも、」
沼の怪がゆっくりと続ける。
「トモダチなら……何か知ってるかもしれないわ。」
「トモダチ?」
「そう……火消の風っていうの。第一部室棟にいるのよ。」
その名を聞いた途端、朸込が「はあ?」と大げさにため息をついた。
「火消の風って……私が前に追い払ったやつじゃない?」
「へえ……あんたなんだ。〈光を放つ除霊師〉って。」
沼の怪は、興味深そうに朸込を見た。
「なにそれ? 私、そんな風に呼ばれてるの?」
私はそのやり取りを聞きながら、少し戸惑っていた。
「朸込さん……火消の風って何ですか?」
「簡単に言うと、生ぬるい風が吹いて、光を消す怪異よ。」
「光を消す?」
「そう。懐中電灯でも、スマホのライトでも、火でも消してしまうの。一時期、学生の間でも噂になってたのよ。」
「そんな怪異が、自殺の話を知っているかもしれないんですか?」
沼の怪は、また少し笑う。
「火消の風って、昼間は部室棟の学生たちの話を聞いているのよ。だから、キャンパスの噂話はだいたい知ってるの。このキャンパスの情報屋ね……自殺が続いてる駅の話も聞いてるかもしれないわ。」
「なるほど。」
私は納得しつつ、しかしどうしても気になったことがあった。
「ところで、朸込さん。どうやってその〈火消の風〉を撃退したんですか?」
「え?」
朸込は眉をひそめた。
「いや、だって、火も光も消されるんですよね? どうやったらそんな怪異に勝てるんですか?」
「……ああ、それね。」
彼女は適当に手を振る。
「ケミカルライトを使ったのよ。」
「ケミカルライト?」
「そう、あのポキっと折って光るやつ。あれ使ったら、逃げていったわ。」
「え、それだけ?」
「それだけよ。」
私は何とも言えない気分になった。そんな……そんな簡単な方法で?
「あなた、顔に出すぎよ。」
朸込が苦笑する。
「いや、あの……もっとこう、呪術とか、対策を練って戦ったとか……」
「ケミカルライトを折っただけよ。」
雑すぎる。
「まあ、とにかく、火消の風なら役に立つかもしれないから、一回会いに行ってみたら?」
沼の怪はそう言いながら、スマートフォンをスワイプする。
「そうね……第一部室棟、久々に行くことになるわね。」
朸込は私に視線を向ける。
「麻乃華ちゃんも来るでしょ?」
「……興味はあります。」
私は、自殺についての情報収集以上に、火消の風という存在自体が気になった。
だが、その時。
「……ん?」
朸込が何かを見つけたように、岸辺を見下ろした。
「……何かあるわね。」
私も視線を向ける。
「これ……は……?」
岸辺の泥の中に、何かが半ば埋もれていた。
日光に晒された白いもの。
骨だった。
「……ヒトの?」
私がそう問いかけると、沼の怪は「あー」と呑気な声を上げた。
朸込が、沼の怪を見つめる。
「この骨……まさか、あなたが?」
沼の怪は何も言わない。ただ、ニコニコとこちらを見つめている。
「行きましょう。」
朸込がそう言うと、私の手を引いた。
「でも……」
「もういいのよ。」
私は振り返る。
沼の怪は、ただじっと、沈黙したまま立っていた。