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10 沼

10 沼


 大学のある山のふもと、第七実験棟の近くに、小さな沼がある。

 第七実験棟は本館から遠く、街灯も少なく、道も整備されていない。老朽化が進んでいて、使われることもほとんどない。そのため、そこに何があるかを知る学生は少ない。いや、むしろ、ほとんどの学生が第七実験棟の存在すら意識していないのかもしれない。

 しかし、朸込は違った。

「第七実験棟を使ったことがあるんですか?」

「ええ、まあ……研究の都合でね。」

 朸込はスマートフォンを操作しながら答える。

「第七実験棟には、電磁気の影響を受けないシールドルームがあって、どうしてもノイズがない環境で実験をする必要があったから、私は何度か行ったことがあるの。」

「そんなところに沼があるなんて、初めて聞きました。」

「でしょうね。ほとんどの学生は知らないもの。うちの研究室でも、ここ数年で使ったのは私だけだと思うわ。」

 彼女はそう言うと、スマートフォンの画面を私に向けた。そこには地図アプリのストリートビューが映し出されていた。

 そこには、確かに「沼」としか言いようのない景色があった。薄暗い森の中にぽっかりと広がる黒々とした水面。その周囲には、柵もなければ、立ち入り禁止の看板すらない。ただ、森の影に沈み込むように、ひっそりと佇んでいた。

「へえ……確かに、知られていなさそうですね。」

 私は画面をスワイプしながら、周囲の様子を確認する。時々、実験棟が写ったものもあるが、まるで人の気配がない。

 ──しかし。

「うーん……?」

 私は違和感に気づいた。

「やけに写真が多くないですか?」

 地図アプリには、沼の周辺で撮影された写真がいくつも投稿されていた。知られていないはずの沼なのに、なぜか写真の枚数はやたらと多い。

 しかも、その中に奇妙なものが混じっていた。

「……これ、どうやって撮ったんでしょう?」

 私は画面を指で拡大した。その写真は、まるで沼の中央に立って撮影したかのような視点だった。

 水面の上から、周囲の森を見渡す構図。普通なら、ボートでもない限り撮れるはずのないアングルだ。しかし、そこまでして写真を撮る人がいるのだろうか。

 さらに奇妙なのは、それらの写真がすべて同じアカウントから投稿されているということだった。

「このアカウント、他にも何か投稿してませんか?」

「今、調べてるわ。」

 朸込は素早く画面を操作する。数秒後、彼女の指が止まった。

「……おかしいわね。」

「何か分かりました?」

「このアカウント、他には何も投稿していないのよ。」

「え?」

 私は思わず聞き返した。

「普通、これだけたくさん写真を投稿するなら、他の場所の写真もあるはずでしょ? 観光地とか、街の風景とかね。でも、このアカウントの投稿は、この沼の写真だけ。しかも、ここ数年の間、定期的にアップされている。」

 私は背筋が冷たくなるのを感じた。

 知られていないはずの沼。

 そこで定期的に撮られる写真。

 ありえない視点からの撮影。


 誰が?

 何のために?


「……行ってみるしかなさそうですね。」

 私がそう言うと、朸込は静かに頷いた。

「ええ。調べる価値はあるわ。怪異の匂いがプンプンするもの。」

 こうして、私たちはその沼へ向かうことになった。

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