金曜日の出来事
そして、金曜日。
月曜日の初オーク戦から苦しめられていた筋肉痛もマシになり、俺はダンジョンに来ていた。
まずはロッカールームで、クリーニング済みのボディースーツに着替え。
俺は全体的には細みなのだが下っ腹だけぽっこり出てるので、ボディースーツを着るとお腹が少し苦しい。イケオジになる為にも、お腹は引っこめたいところだ。
なお、髪の毛はまだ大丈夫だ。白髪が多め。
しまりのない表情のせいで、ボディースーツ姿が似合っているとは言い難い。
着替え終わると、早々にダンジョンに向かう。
パーティーだと集まってからもミーティングと称してグダグダやってたりするみたいだが、ソロだとフットワークだけは軽い。
そして、いつものルートでゴブリンのいる草原エリアを抜ける。
ルートは、スマートゴーグルに記憶されており、視界にきっちり道案内が表示される。なお、表示外の方向に進めば、また別のモンスターのいるエリアにたどり着くだけだ。必要があれば、他のエリアに向かう事もあるかも知れない。
でも、今はオークだ。
1対1でやれる中では、比較的やり易くて実入りが良い相手だ。
荒れ地エリアに着くと、心持ち身を低くして、オークを警戒する。オークに先手を取られる事だけは、避けたい。
あんなパワータイプに金棒で殴られたら、どう考えてもただでは済まない。
しばらく進むと、いたいた、巡回でもしてるっぽいオークが1体。
周囲に他のオークがいない事を確認するや、俺は【縮地】つきチャクラムを放った。
例によって、顔面を切り裂かれてオークが狼狽える。うまい具合いに、こいつは金棒まで手放してくれた。チャンスもチャンス。俺はオークに駆け寄ると、脳天にメイスを叩き落とした。
ガツンという手応えとともに、オークの身体から力が抜ける。
俺は数歩距離を置くと、周囲に意識を飛ばしながら、目の前のオークの身体が自壊して行くのを見守った。
ダンジョンのモンスターは生命を失うと、その肉体がボロボロになって形を失うのだ。
しばらくは正体不明の残骸が残るが、それもいつしか消えてしまう。
なお、肉体が残骸になっても綺麗に残っている物があれば、それがドロップアイテムだ。
今回は、青黒い魔石と精力剤の小瓶がドロップした。幸先が良い。
「これは、引っ越しもいけるな。不動産屋に予約入れようかな」
10万ぐらいの家賃でも余裕そうだ。前の会社にいた頃は、それぐらいの家賃のマンションに住んでいたので、元の生活水準に戻る事になる。
真桃ちゃんが入り浸ってくれるかなと、ついつい鼻の下が伸びてしまい、慌てて表情を引き締めた。
今はオーク狩りの真っ最中だ。にやけている場合ではない。
それからも次々とオークを狩り続けた。
割と広い範囲でソロのオークが回遊しているので、獲物には困らなかった。運が良い事に、競合する探索者もいなかったし。
夕方までかかって、その日は魔石が13個に、初級ポーションが2本、精力剤が3本も取れた。いくらになるんだ、これ?そしたら、スマートゴーグルが即座に計算してくれた。視界の隅に出る「984,000円」の文字。
ひえっ。これは、予想外だ。1日でここまでの成果が出るとは。
村松氏も喜んでくれるだろう。俺をダンジョンに誘ってくれた担当を思い出す。
しかし、こんなお金、何に使おう。
メイスも新しくするとして・・・あ、そうだ。ハンドガンが買えるな。もしもの為に、強力なのが欲しい。
クルマは、地下都市じゃいらないしな。
などと余計な事を考えていたせいで、気付くのが遅れた。
「ぐらあぁっ!!」
先に野太い咆哮が聞こえた。
そして、視界に入る、振り上げられた金棒。
肝が冷える。避けられるタイミングではなかった。
重い風切り音とともに振り下ろされた金棒は、しかし空を切った。
俺はオークから5メートル程離れた場所から、それを見ていた。
【縮地】が起動したのだ。
俺は手順通りにチャクラムをオークの顔面に投げてから、【縮地】メイスを叩き込む。
呆気なくオークは倒れ、金棒をドロップした。
砂漠エリアまで戻ると、俺は自然と真桃ちゃんを探していた。
いつもの一角にいる真桃ちゃんを見つけ、ホッとする俺。
「あ、オジサン、ボディースーツ買ったのね。それに、それはオークの金棒?」
「ああ、うん」
「オジサン、オークまでいけるんだ・・・って、どうしたの?また、怪我でもしたんじゃ?」
「いや、何でもないよ」
しかし、真桃ちゃんは怒ったように、じっと俺の目を見つめて来る。
「なんか、おかしいよ?顔色も悪いし」
「ちょっと疲れただけだよ。それより、今日はこれでチャクラムを作ってよ」
「ホントに大丈夫?無理しちゃダメよ?」
真桃ちゃんは金棒を受け取ると、「重っ!」って文句を言いながらチャクラムを5枚作ってくれた。
「じゃ、行くわよ」
「え?」
「そんなカオしてるオジサン、一人にさせられないでしょ!」
荷物を畳んで立ち上がる真桃ちゃん。
こういう展開を期待と言うか予想はしてたけど、彼女にここまで心配されるとは思っていなかった。オークに殺されそうになった一幕が、そんなに俺の態度に出てるのだろうか。
ダンジョンを出て、一時的に真桃ちゃんと別行動になり、派遣の事務所でドロップアイテムの売買手続きを行う。
1日で100万からの収穫に驚く事務のお姉さん。
が、「三烏様、身体の方は大丈夫ですか?」と心配の声をかけられた事には、驚いた。いや、本当に俺の様子はおかしいらしい。
「ありがとうございます。ちょっと疲れただけですから」
なんだか心の中でお姉さんに頭を下げながら、俺は事務所を出た。
シャワーと着替えを終えると、真桃ちゃんがとっくに仕度を終えて待っててくれていた。
今日もフード付きのパーカーで顔は隠し気味だが、デニムのホットパンツから形の良い脚が思いっきり露出している。
「さ、行きましょ」
ためらいなく、俺の腕にしがみついて来る真桃ちゃん。二の腕にしっかりした圧力の塊が押し付けられ、心臓が不整脈を奏でそうになる。
端から見れば完全に援交の有り様だろうが、俺は気にせずにデート気分に浸る事にした。
その日は、新たに見つけた海鮮居酒屋に入り、ひたすら飲んだ。
真桃ちゃんがまた泥酔しない様にしてやるべきだったのだろうが、俺自身が酔いたい気分だったのだ。
基本的に、俺は酔うのが好きではない。外出先で眠くなったり注意力が散漫になるのがイヤなのだ。でも、今日はいつもと違う気分だった。とにかく酔って、心の隅に凝った恐怖心を払拭したかった。
そんな俺に、真桃ちゃんも何も聞かずに付き合ってくれた。
んで。
目覚めると、自分の部屋のベッドだった。
いつもの寝る時のスタイルで、Tシャツとボクサーブリーフだけのリラックスした姿だ。
ただし、同じベッドの中に、Tシャツと下着のパンツ姿の真桃ちゃんがいた。
いや、何もしてないよ?
ホントだよ?
多分・・・。
俺が動揺したのが伝わったのか、真桃ちゃんも目を覚ました。
「えーと、その、何もなかった・・・よね?」
俺がおそるおそる問うと、真桃ちゃんの顔が耳まで真っ赤になった。
「え、ちょ、その反応は・・・?」
「い、いえ、な、何もなかったです・・・よ?」
そう返事しながら、目が泳いでいる真桃ちゃん。そして、なぜか両手のひらで胸の高まりを覆っている。
なんとなく、昨夜俺がしでかした事に予想がついて、げんなりする。
が、彼女には悪いが、ここは何もなかった事にしておいた方が良さそうだ。
「そ、そう?だったら、良かった」
俺はベッドを出ると、とりあえずコーヒーを淹れた。途中でボクサーブリーフ姿のままだと気付いたが、あえてそのままで通した。
真桃ちゃんにコーヒーを渡すと、「ありがとう」と素直に受け取った。
さすがに下半身は掛け布団で隠しているが、上半身もTシャツ1枚きりなので、非常にエロい。自分がアラカンである事を忘れそうになるぐらいに、エロい。
俺は必死にコーヒーの方に視線を向けると、今日の予定を口にした。
「実は、今日は午後から不動産屋に行く気なんだ」
「え、引っ越すの?」
「ああ、収入的には余裕そうだから、もう少し良い部屋に移ろうかと」
「一人でオークを狩れるんですもんね。それは、そうした方が良いかも。
あ。私も不動産に付き合って良いの!?」
「うん。どうする?若い女の子の意見も聞いてみたいっちゃ、みたいかな?」
「行く行く!ちゃんと私好みの部屋にしてもらわないと!」
――そして、午後。
俺と真桃ちゃんは、地下都市の一角にある不動産屋に足を運んでいた。ガラス張りの店内はやけに明るく、場違いなほど清潔感がある。探索者向けの店らしく、壁には「防音・耐衝撃構造」「魔力干渉対策済み」なんて物騒な文言が並んでいた。
「いらっしゃいませ。ご予約の三烏様ですね」
出て来たのは、妙に笑顔の眩しい男性スタッフだった。三十代半ばくらいだろうか。いかにも“デキる営業”という雰囲気をまとっている。
「今日はご予算10万円前後でお探しとのことで」
「ああ、はい。そのくらいで――」
「えー?オジサン、それだと狭くない?」 横から真桃ちゃんが口を挟む。
「ほら、オーク狩りできるんでしょ?もっといいとこ行けるじゃん」
「いや、でもだな……」
「ですよね!」
営業が食い気味に乗ってきた。
「最近はソロで成果を上げる方も増えてまして、皆さんワンランク上の物件を選ばれる傾向にあるんですよ。安全性も高いですし」
「ほら!安全大事!」
なんだこの連携。軽く背筋が寒くなる。
それから案内されたのは、最初の条件から明らかに逸脱した物件だった。
広いリビングに、独立した寝室。キッチンは三口コンロで、風呂は追い焚き機能付き。おまけに防音性能が高く、夜中にトレーニングしても問題ないらしい。
「こちら、月額21万8千円となっております」
「いやいやいや、高い高い!」
「でもオジサン、昨日100万近く稼いだんでしょ?」
「それはそうだけど、毎日そんなに上手くいくとは限らないし――」
「平均で見れば問題ありませんよ」
営業がすかさずデータ端末を見せてくる。
「三烏様の昨日の成果から推定しますと、月収は――」
「ちょ、ちょっと待て!」
だが、真桃ちゃんはすでに窓際に立ち、外の景色を眺めていた。
「ここ、いいなあ。明るいし。オジサンの部屋、今ちょっと暗いもんね」
「……まあ、そうだな」
「でしょ?あと、ここなら私も来やすいし」
「……っ」
その一言が、決定打だった。
「……じゃあ、ここで」
「ありがとうございます!」
気付けば契約書にサインをしていた。
店を出たあと、俺はしばらく無言で歩いた。頭の中で、冷静な自分が「やらかしたな」と何度も呟いている。
「オジサン、元気ない?」
「いや……ちょっとな」
「大丈夫大丈夫!稼げばいいんだから!」
軽く背中を叩かれる。
「それにさ、新しい部屋、楽しみじゃない?」
そう言って笑う真桃ちゃん。
……まあ、確かに。あの部屋に彼女が遊びに来る光景を想像すると、悪くないどころか、かなりいい。
「……頑張って稼ぐか」
「うん!オークいっぱい倒そ!」
こうして俺は、家賃20万超えの部屋を背負うことになった。
オークの金棒より、よほど重い一撃だった気がする。




