新しい日常
Aクラスである俺の契約内容は、ずいぶん優遇されたものだ。
ダンジョンでの最低活動時間は、週で8時間。
ドロップアイテムを得た場合、売買は事務所を通すことになっており、その際に手数料と税金が引かれ、売り上げの8割程が手元に入る。
ダンジョン内での記録はスマートゴーグルに残るので、探索後に事務所に一括送信を行えば、特に書類書きの必要はない。
ダンジョンに潜っていない時は、事務所のトレーニング施設で汗を流していようが、寝ていようが、全くの自由だ。
これで、基本給は20万円。
それだけ、ダンジョンからの収入は大きいのだ。
俺はまだ初級ポーションぐらいでしか貢献出来ていないが、もっと深部に潜っているメンツは、1つで数百万とか数千万とかするようなアイテムをばんばん手に入れているという。事務所としても、ウハウハだろう。
その日、俺は8時間余りの探索を終え、ダンジョンの出口に向かっていた。
戦利品は初級ポーションが1本と、ゴブリンからドロップしたゴブリン鉄製の小剣が2振りだ。
ゴブリンたちは生まれながらに武器を持っており、それがゴブリン鉄と呼ばれる、金属としての質は良くないが魔力をよく通す謎物質で出来ている。
「こんなのでも売れば、2000円ぐらいにはなるんだけど・・・」
俺はつぶやきながら、辺りを見回した。
場所は、ダンジョンの出口に近い砂漠エリア。
なぜかこの付近ではモンスターが湧かないらしく、あちこちに腰を下ろしている探索者がいる。ここを拠点にして低危険区域で討伐を行っている者が7割。2割がスキル上げで、残り1割は色々だ。
俺が用のあるのは、そのうちの2割のスキル上げ勢。
「あ、いたいた」
俺の目当ての人物は、キツネ面で顔の上半分を隠した女性探索者だ。名前は知らない。
唯一見える唇は、ぽってりとなかなかに肉感的である。
まだ新米臭くはあるが、初心者向けモデルのボディースーツに身を包み、腰に女子に人気のハヤマのハンドガンを吊っている分、俺よりはしっかり先輩っぽい。
そんな彼女は、時折ここで鍛冶魔術のスキル上げをしていた。
「こんにちは。また、頼める?」
「あら、いらっしゃい。スキル上げが出来るなら、いつでも大歓迎よ」
肉感的な唇が、笑いの形を作る。まだ若そうだが、ちょっと色っぽい。
ダンジョンに潜るようになってから、枯れかけていた何かが再燃し始めた様で要注意だ。
「今日もゴブリンの小剣が拾えたから、また一本手裏剣にしてもらえる?」
一本手裏剣とは、10センチ前後の長さの円柱もしくは角柱の片方の端を尖らせた投擲武器である。俺の補助用の武器であると同時に、彼女の良いスキル上げ素材なのだ。
俺が渡した二振りの小剣は、彼女の手の中で手品の様に6本の手裏剣へと姿を変えた。
明らかに質量やら体積やらが減っているが、スキルの低いうちはそんなものらしい。スキルが上がれば、もっと複雑で大きな物が、もっと効率的に作れるようになる訳だ。
でも、今の俺にとっては、彼女ぐらいのスキル帯が一番ありがたい。
「サンキュ。そのうち、メシでも奢るよ」
「え、ホントに?」
軽口を叩きながら手裏剣を受け取ると、俺は笑いながら手を振った。彼女も小さく手を振って、見送ってくれた。ほっこりした。
ダンジョンを出ると、様々な手続きや売買が行える探索者用施設に繋がっている。
まずは、施設内にある派遣事務所に直行してポーションの売買手続き。
それから、ロッカールームで着替えだ。 武器とスマートゴーグルは、専用のロッカーに入れてロックをかける。持ち出しは厳禁。
ついでに、シャワーで汗を流す。スポーツウェアはクリーニング行き。もし連日ダンジョンに潜る気なら、スポーツウェアがもう1組必要になる。次買うとすれば、キツネ面の彼女が着てた様なボディースーツが欲しい。いくらするんだろう?給料が入ったら、買えると良いな。
ここで時刻は19時近く。
とにかく腹が減った。昼は、ダンジョン内で簡単な行動食を摂っただけだ。
ダンジョンのある一角を離れれば、ものの数分で周囲は普通の街と変わらなくなる。俺はここ数日毎日通っている道をたどって、一軒の店の前に着いた。
一品料理屋『はるか』。
こんな最新鋭の地下都市にあるとは思えない、こぢんまりした和風の店だ。
「いらっしゃいませ」
艶っぽい女性の声に迎えられて、店に入る。
ᒪ字型のカウンターとテーブルが2卓だけの店内。俺と同年代の客が2人。カウンターの向こうに、30代とも40代とも見える、割烹着姿の女将が1人。声と同じに、見た目も艶っぽい。
俺は2人の客に会釈しながら、カウンターに着いた。
「今日は、シビレトビウオのいいのが入ってるわよ」
「えと、そ、それは、どんな・・・?」
俺が魚好きなのを憶えてくれて魚を勧めてくれるのは良いが、ダンジョン産の魚だけに、どうにもビビッてしまう。
「普通のトビウオに似た青魚よ。刺し身でも唐揚げでも、何にしても美味しいわよ」
「じゃ、じゃあ、刺し身と唐揚げで」
酒は、ダンジョンで栽培している米から作ったという『一本道』を頼んだ。あまり酒に強くない俺にも飲みやすい、フルーティーな日本酒だった。
ダンジョン産の食材は、何が好みに合うか合わないかさっぱり分からないので、毎日ハラハラしている。地上の普通の食材もちゃんと流通しているので、そっちを食べてれば悩まずに済むのだろうが、せっかくダンジョンに来たのだから、変わった食材を食べてみたいのだ。さすがにゲテモノはイヤたけど。
一時間ほど飲み食いしたら、後はコンビニに寄ったぐらいで部屋に戻った。
危険に身を置く探索者のいる街だけあって夜もにぎやからしいのだが、そちらの開拓はまだである。そんな酒好きでもなければ、あっちの方も衰えてるアラカン親父としては、あまり楽しめなさそうなのだ。
ダンジョンに潜ってたら色々と元気になって来るという噂もあるので、もしそうなったら、お世話になる日が来るかも知れないが。
とりあえず、就寝だ。
翌日は、6時に目が覚めた。
歳を取ると、変に早起きになるのよね。
昨日の酒や疲れは残っていない。地下都市に来てから、確かに身体の調子が良い。Aクラス適性の面目躍如だ。
朝飯に、コンビニで買っておいたおにぎりを2個。
食後はコーヒーを飲みながら、ニュースを見てのんびり過ごす。地上のお話が、早くも遠く感じられる。地上に出る事が禁じられてる訳じゃないけど、手続きが面倒くさいので、下手したら死ぬまで地上に出ないかも知れない。
気づいたら昼だったので、やはりコンビニで買っておいたスパゲッティをいただく。ナポリタン。
そのまま部屋でグダグダしてても良かったのだが、気まぐれで外出する事にした。ダンジョン装備のラインナップや値段を確かめておこうと思ったのだ。
地下都市の商業エリアにある大型装備店『鉄鋼の牙』に足を踏み入れると、ひんやりとした空気と共に、オイルと魔法銀の混ざったような独特な匂いが鼻を突いた。
ずらりと並ぶボディースーツのコーナーには、最新モデルがひしめいている。衝撃吸収性に優れた合成繊維、魔力伝導率を高める金糸の刺繍――値札を見れば、どれも目が飛び出るような価格だ。「三十万、五十万……。はは、今の俺にはまだキツいな」
ため息をつきながら、今度は武器コーナーへ移動する。そこには、俺が昨日彼女に作ってもらった一本手裏剣の完成品も売られていた。一本三千円。彼女に素材を持ち込んで作ってもらうのが、いかに破格の条件だったかを痛感する。
「あら、熱心ね。そんなに私の手裏剣が気に入ったのかしら?」
背後からかけられた涼やかな声に、肩が跳ねた。
振り返ると、そこには二十歳前後だろうか、透き通るような肌と大きな瞳が印象的な美少女が立っていた。艶やかな黒髪をハーフアップにし、街着のワンピース姿。ダンジョンで見かける探索者とは結びつかないほど、清楚な雰囲気を纏っている。
「ええと、どちら様で……?」
「ひどいわね、昨日あんなに仲良くしたじゃない」
彼女はいたずらっぽく笑うと、指で自分の顔の前に「キツネ」の形を作ってみせた。
「……えっ、あのキツネ面の子!?」
「正解。私は月ノ宮真桃。外で会うのは初めてね」
マスクの下がこれほどの美人だとは想像もしていなかった。驚きで固まる俺をよそに、真桃ちゃんは「ちょうど良かった」と俺の腕を軽く突いた。
「昨日の約束、覚えてる?『そのうちメシでも奢る』ってやつ」
「あ、ああ、もちろん」
「ふふ、お腹、空いちゃった」
俺たちは連れ立って店を出た。向かったのは、昨日も訪れた一品料理屋『はるか』だ。真桃ちゃんもこの店が気になっていたらしい。
暖簾をくぐると、女将さんが「あら、お早いお着きね」と艶やかな笑みで迎えてくれた。カウンターに並んで座ると、真桃ちゃんは物珍しそうに店内を見回している。
「昨日はシビレトビウオだったけど、今日は何がお勧め?」
俺が尋ねると、女将さんは「今日は焔地鶏のタタキがいいわよ。少しピリッとするけど、お酒が進むわ」と教えてくれた。
俺たちは地鶏のタタキと、真桃ちゃんの希望でダンジョン野菜の天ぷらを注文した。もちろん、酒は昨日と同じ『一本道』だ。
「……美味しい。ダンジョンの外じゃ、こんなに濃い味の鶏肉、食べられないわ」
真桃ちゃんは本当に幸せそうに頬を緩める。キツネ面を被っていた時の少しミステリアスな雰囲気はどこへやら、今の彼女は年相応の、食事を楽しむ一人の女性だった。
「いつもあそこでスキル上げをしてるの?」
「ええ。せっかく鍛冶魔術が生えたから、少しでも上げておこうと思って。でも、あそこならオジサンみたいな『お得意様』にも会えるし、悪くないわ」
酒が進むにつれ、話題は探索の苦労話や、地下都市での生活の知恵へと広がっていく。アラカンの俺と、二十歳の彼女。親子ほども年が離れているが、不思議と会話が途切れることはなかった。
「今日はごちそうさま。次は私が、もっとすごい武器を打ってあげる。……出世払いでいいからね?」
帰り際、月明かりの下で微笑む彼女は、やはりどこか人を化かすキツネのような、不思議な魅力を湛えていた。
どうやら俺のダンジョン生活は、思っていたよりもずっと賑やかなものになりそうだ。




