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魔術師の好物は小さな和菓子


『右目を閉じたら、はい。左目を閉じたら、いいえ。』


『息を一回吸ったら上で、二回吸ったら下。』


小さい頃の俺達が見える。


あれ、じゃあこうやって見てる俺は誰なんだろう?


アングレルとリトラビア。

向かい合わせに座ったふたりは、暗号遊びに夢中になっている。


そう、ふたりでこうしてよく遊んだ。


お互いが今なにを伝えようとしたか、当て合うのだ。

最初は少なかった暗号も、毎日毎日やっていたらどんどん増えて…


声を出さず、目や息や些細な仕草だけで会話出来るようにまでなっていた。


この暗号遊びを覚えていたおかげで、俺と兄は、神殿内で再会した時も秘密で意思疎通が可能だった。



最初に暗号を送って来たのはアングレルだった。


"覚えてるか?"と。すぐ暗号遊びの事だとわかった。


"覚えてるよ"俺はすかさず返事した。


ふたりきりで会える事はほぼ無かった中で、俺達はふたりだけの会話を重ねて来た。



見えていた景色が神殿の中になる。

大人になった俺と兄。


暗号で話しているふたり。


"次の交代で"

"ここから出る"


あぁ、そうだ。ふたりで女神様を連れ出す計画をして…

でも俺達はここを出て…どこへ行こうと思っていたんだろう。


"女官長は任せて"


ダメだ。アングレル、女官長は短剣を持ってるよ。

そのせいでお前は…


ダメだ!


叫んでるけど、聞こえないみたいだ。


そうか、俺は景色を見ているだけで…

ここに居るわけじゃないのか…




『リトラビア?』


不意に女神様の声がする。

俺の背後から。


いや女神様の筈がない。だって女神様は俺の名前を知らない。

一度だって呼んでもらった事は無い。


振り向いた先には…


眩しい光、眩しくて、姿が見えない…




あまりの眩しさに目をぎゅっと閉じる。






光が落ち着き、恐る恐る目を開くと…


いつもの部屋の天井があった。

カーテンから薄っすら光が入り込んでいる。


2,3回瞬きを繰り返して、夢をみてたんだと理解する。



もしもあの時に戻れたら、俺は…

いや、戻れた所で…もうきっとどうしたらいいのかわからないかもしれない。


逃げれるか?

逃げれたとして…そしたら…外にこんな世界があったか?


深く息を付く。

それこそ考えても仕方ない。


だって今、俺はここに居て、兄もここに居るんだから。


隣のベッドを見ると、アンはまだ眠っているみたいだった。



ここ数日で、俺は何度も自分が死んだ時の事を思い出した。

新城さんが前持って対処を教えてくれてなかったら、気が狂っていたかも。


心が過去に戻りそうになったら、とにかく"今"に集中しろと教わった。

傍に誰かいるなら名前を呼んでもらう。但し今呼ばれている呼び方でだ。


俺なら"リト"で兄は"アン"だ。

この世界ではみんな愛称で俺達を呼ぶ。


『最悪頬でも叩いて貰え。』って、新城さんは言ってた。

今ここにある肉体に意識を戻すのが重要なんだって。


アンより俺の方が意識が離れやすいから、特に気を付けろよって言われて…



あー、でもその説教の後に食べたピザ美味しかったなー…。

俺はキノコと肉が乗ったやつが一番好きだった。


「腹減った…」


「ぼーっとしてるからどうしたのかと思ったら…お腹空いて動けなかったの?」

いつの間にかアンが起き上がってこっちを見ていた。


若干呆れた顔されてる。

けど、毎朝兄が"生きてる"と確認できるとホッとする。


良かった。

ひとりじゃなくて。


呼び戻してくれる兄が居て。







今日は昼を食べてから、新城さんの所へ諸々のお礼を言いに行く予定になっていた。

それと…女神様の事も訊きに。


黒江さんも、新城さんが"ある意味では本当に女神様の行方を知ってるかもしれない"と言っていた。


勿論、色々助けてもらったお礼が先だ。

皆に心配かけまくって、めちゃくちゃ助けてもらってる。


新城さんにもだけど、アンにも黒江さんにもレイさんにも、オーナーにも、仕事を代わってくれてるミヤビにも、皆に改めてありがとうって言わなきゃ。






―――リリリリリ


玄関に付いたボタンを押すと、呼び鈴が新城さんの家に響く。

度々絵を習いに来てるから、俺は慣れたものだ。

アンは少し緊張した面持ち。


新城さんがいつもの気だるい顔を見せると、

「今日は俺の部屋で話そう。吉春は夜まで預けてるから気にしないで良いぞ。」

と言って部屋に通してくれた。

新城さんの部屋は3階にあった。


絵を習っているのは2階。新城さんの部屋に入るのは初めてだった。


「おぉ…」思わず感嘆の声が漏れた。


壁一面が木製の棚になっていて、ビッシリファイルが入っている。

重そうな木の机と、頑丈そうな椅子。

奥には続き部屋があるんだろうか、扉がもう一枚見えた。


それから何故か、部屋の真ん中に折り畳み机と、座布団3つ。雰囲気が全く合ってない。


「そこに座れ。何も触るなよ?」

俺達をその雰囲気が全く合わない座布団に座らせ、新城さんは一度部屋を出て行った。


新城さんが戻るまでの間、部屋の中を見回す。


ファイルの背には日付だろうか、数字と…文字が書いてある。

日本語の物もあれば、読めない言語もあった。

読めないものの方が多かったけど…


ふと目に留まった文字があった。

「アン、あれ…ちょっと俺達の世界の字と似てない?」

「え…どれ?」


俺は立ち上がり、そのファイルの傍まで行く。

触るなって言われてるし、アンが隣に来てから指差した。


「これ…」

「本当だ…えと…、水…違うな、川の…」


アンが読んでみようとしたその時、ガチャッと扉を鳴らして新城さんが入って来た。


「何やってんだ。触んなって言ったろ。」


「触ってないよっ。見てただけ!」

アンと一緒に慌てて座布団の上に戻る。


新城さんは溜め息を付いてから、お茶とお菓子が乗ったトレーを折り畳み机に置いた。

あ、そっか。この机と座布団、俺達が来るからって出しておいてくれたんだ。


きっと普段はこの部屋にあるものじゃない。だから全然雰囲気が合わないんだ。


「手で触らなくても、そうやってじっと見るだけで触った事になんだよ。」


「そうなの?」


「意識で触るって事だ。まぁ、それについては知りたきゃ後で教えてやる。お前らには必要な知識かもしれないからな…。」


新城さんは座布団に座り「それで?」と俺とアンの顔を見た。


「あ、今日はお礼を言いに…」「ありがとう新城さん。沢山助けてくれて。」

アンが切り出して、俺が先に頭を下げた。

「ありがとうございます。」続けてアンもお礼を言うと、新城さんに向かって頭を下げる。


顔を上げると、新城さんは平常通り変わらぬダルそうな顔で呟いた。

「オーナーの絶対的味方だと言ったろ。愛海(あいみ)が助けろと言えば俺はお前らを助ける。あいつはお前らを弟みたいに思ってる。」


愛海、とはオーナーの名前だ。黒江さんに少し聞いたけど、新城さんはオーナーがTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)を立ち上げる時の支援者のひとりらしい。


「弟…そっか、へへへ。」ちょっと照れる。

オーナーがそんな風に思ってくれてるなんて嬉しい。



「まぁ…今日は他にも話があるんだろ?まずは聞いてやるよ。」

そう言うと、新城さんは俺達が持参したお菓子を口に運んだ。


黒江さんに聞いた、新城さんの好物だというお菓子。

薄い餅みたいな生地に白あんが包まれている、和菓子だ。


これが都会の百貨店という大きなお店で、週に1回しか買えないらしく…。

黒江さんが一緒に買いに行ってくれなかったら、まず手に入らなかっただろう。


新城さんは俺達にもお茶と一緒にその和菓子を出してくれた。

食べてみたい。けど、まず話をするべきか。


俺が黙って迷ってる内に、アンが話し始めた。


「新城さん、僕たちの事情を色々知ってるって言ってましたよね。」


「あぁ。椎とレイが知ってる限りの事はな。」


「じゃあ僕たちが女性を捜している事も知っていますよね…」


そこまで聞くと、新城さんはお茶を一口飲んで溜め息を付いた。

「その女の居所に心当たりはないのか、と。それが訊きたかったんだろ?」


訊かれるのはわかっていたという様子の新城さんに、俺とアンは頷く。


「知っている、と言えば知ってる。だがそれを教える前に、俺はお前らに訊ねなきゃならない事が沢山ある。」


「女神様の事を教えてくれるならなんでも答えるよ。」


「言ったな?なんでも答えろよ?隠し事は無しだ。まぁお前らが何かを隠そうとしても俺にはすぐ分かるけどな。」


新城さんは立ち上がると、重そうな大きな机から紙を何枚かと、ペンを1本持って帰って来た。


「さて、まずは…お前ら、その女の事を本当に捜したい…会いたいのか?」


「「えっっ?」」

予想外な問いかけに、俺とアンは同時に声を上げる。

女神様を見付けたいから相談しているのに。


「何故こんな事を訊くかわからないか。まぁそうだよな。…じゃあ一先ずこの質問は置いておこう。」


一呼吸置いて、新城さんは次の質問を口にした。


「お前ら一度死んだな?その"女神様"はどうなんだ。どうやって死んだか覚えているか?」

言われた途端、胸がぎゅっと痛くなって…少し気が遠のいた。


「リト、お前彼女の傍に居たな?」新城さんが俺の手を握り、ハッと意識が戻る。


「あ…女神様は…」


「詳しく口に出さないでいい。ただ、お前の目から見て…彼女の苦しみはどんなものだった?」


「どんなってどういう事ですか?」とアンが訊き返す。


「それこそ二度と思い出したくないようなものだったか、という事だ。余りにも苦しんだのなら、それに繋がる人生の全てを忘れたくもなるだろう。」


それに繋がる人生の全て…。


「それって、俺とアンの事も、全部忘れてるんじゃないかって事?」


「そうだな。」


「そんな…新城さんは女神様に会った事があるんですか?」

アンは信じたくないという様子だ。


俺は…俺は"余りにも苦しんだ"その姿を見た。

だから…


「むしろ忘れてなきゃ…女神様は可哀想かもしれない…」

俺みたいに時々思い出したりしたら。

また死んじゃうんじゃないかって思う。


それ程に彼女の最期は辛いものだった。




しばしの沈黙の後、新城さんが口を開いた。


「俺は彼女に会った事は無い。少なくともこの世界では。けど、どこに居るのか知っている。」


俺とアンはすぐに"教えて欲しい"と言う気になれず、黙って新城さんの話を聞く。


「お前らの事は覚えて無いだろう。それでもその姿のまま出会って、彼女が前の人生を思い出さないという保証は無い。お前らが彼女を苦しめる原因になるかもしれない。それでも会いたいか?」


今度は問いかけられて、答えないわけにはいかない。


アンの方を見る。アンも俺を見ていた。


逢いたい。でも…

きっとアンも同じことを考えてる。


俺は新城さんの方に向き直る。


「そんな事聞いたら逢えないや。でも、今の女神様がどうしてるのかは知りたい。」


「お前にしちゃ良い答えだな。」

ヨシヨシ、と新城さんが俺の頭を撫でる。



俺は、…多分アンも、女神様に逢えたらどうにかなるって思ってた。

元の世界で神殿から逃げる時も。逃げた先にどうするとか、今思えばあんまり考えずに。


3人で逢えて、手を繋いで、外の世界へ出れたら。


どうなりたかったとか、どう生きたかったとか、考え始めたのはこの世界に来てからかもしれない。

とにかく死にたく無くて、まだ終わりたく無くて、それ故に死に急いでしまったかもしれない。

女神様の無垢な願いをただ叶えたいって思って。


怖かったんだきっと。

俺もアンも。


女神様は逃げたいって言ったわけじゃないのに。

わけもわからないまま引っ張られて、わけもわからないままあんな最期を…。


そりゃ思い出したくなんかない。


女神様は楽しい事なんかあったろうか?


それこそ産まれた頃から神殿の中で。

ずっとずっと神の道具だった。


俺達と居た時間は、少しは幸せであったと信じたいけど…

でもそれは女神様の苦しみと天秤にかけてどうだったろう。



もしも、今の女神様が何かに困って居たりしたら助けてあげたい。

だけど、幸せに暮らしていたなら。


辛い記憶なんか絶対思い出させたくない。




「さて…じゃあ次の話をする前に。それ食べな?」

新城さんは俺達の前にある和菓子を勧めてくれた。


そうだった、食べるか迷ってる内に話が始まってしまったんだった。


「じゃあ、いただきます。」

「いただきます。」

アンと揃って"いただきます"して、小さな一口サイズの和菓子を口に入れる。


何度か和菓子を食べた事があって、結構甘いイメージだったけど…


なんていうか、想像よりはずっとあっさりしてて。

中に入った白あんも、すぐに口の中でスゥッと溶けてしまった。


「美味しい…」

「うん、めっちゃ美味い…」


「そうだろ?まぁ俺が気に入ってるぐらいだからな。」

何故か自慢げな新城さん。

こういう時、ちょっと吉春に似てる。

違うか、吉春が新城さんに似てんのか。


俺達って、母親と父親と、どっちに似てたんだろ。

どっちもかな。父親の事は全然知らない。



お茶を飲んで、ほっと息を付いたら。

張り詰めていた気持ちがラクになった気がした。


「さぁ息が抜けたら、お勉強するか?」


「お勉強?」


「そうだ、お前ら黒江に少しは聞いてんだろ?生まれ変わりの話。」


新城さんは白い紙の上にペンで人型を2つ書いた。


「コレがお前らな。こっちはお前らが捜してる女だ。」


俺達の方の人型に"〇"と描き、女神様の方に"△"と描き込まれる。


「そして…神殿の世界から、今ここの世界へお前らはそのまま来た。まぁ一度死んでいるから、生まれ変わったと言えなくもないんだが、それは今は考えないで良い。」


〇の人型から矢印を引っ張って、その先には同じ〇印の人型。

続いて新城さんは、△の人型から矢印を引っ張る。


その先には、人型が描かれず。

というか多分人型なんだけど、パーツがバラバラにして描かれている。


そのひとつひとつに、新城さんは別々の印を描く。

△、□、☆、◎、…


「多くの場合は、命が死んだら行くのはコッチだ。見ての通り、捜している女の△もあるが、他のもあるだろう?」


「うーん…コレが死の国?ってこと?」


「そうだな、お前らの教義で言うところの死の国だ。ここでは個人としての意識が無いに近しい。色んな者が混ざっている。そしてこの死の国を通って、別の世界に生まれるわけだが…」


死の国からまた矢印が引っ張られ…

その先には人型が描かれる。


その人型に新城さんは線を引き、頭と腕と胴と足を分けた。


それぞれには別々の印が描かれる。

頭には☆、右腕に△、左腕に□、胴に◎、そして両足には△。


「分かりやすく描くとこういう事だ。別の世界に生まれる時には、"他の世界で生きていた自分たち"のパーツが混ざって生まれて来る。」


「今この世界に居る女神様は、こういう状態って事?」


「そうだ。俺がこの人物をお前らが捜している女だと定義するのは、その女のパーツがこの人物を占める割合が多いからだ。勿論これは例えだから、本当に腕や足がそのままくっついてるわけじゃあないぞ?」


「流石にそれは分かってるよ!」

俺がちょっとムッとした顔をすると、新城さんは楽しそうに笑った。

「ははっお前らは良くも悪くも純粋だからな。」



「俺が居場所を教えてやれるのは、その女の"生まれ変わり"の居る場所だ。分かったか?」


「うん。」「はい。」

俺とアンは頷く。


「彼女を目にして、接触するかどうかはお前らの自由だ。俺は止めない、好きにしな?」


「えっ、なんで止めないの?さっきは"それでも会いたいか"なんて言ったくせに…」


「お前らが"とにかく教えろ"なんて言ったら、教えない気だった。考え無しに飛び込むなんて前世と一緒だろうが?」


「前世?」


「死ぬ前の事だ。それを前世とも言う。…まぁ、今回は悔いの無いようにするがいい。」


俺は新城さんの話を聞きながら、直感とも言うのか、ある確信が芽生えていた。

「新城さん、黒江さんやレイさん以上に、俺達の事知ってるでしょ。」


「…へえ、やっぱりお前は才能があるね。」

感心したと言うよりは、悪者が勝ち誇るような笑みだ。



「それについて俺は説明する気は今の所、無い。お前らが知りたいのは捜している女の居場所だろ?教えてやるからおいで。」

新城さんは立ち上がると奥の扉へ向かう。


どうして場所を移動する必要があるんだろう。

不思議に思いながらも後をついていく。


アンが俺の後ろからついてきて、俺の手を握る。


アンは、なんだか不安そうだ。

こないだの、医者事件があったからかな…


俺は新城さんに慣れてるけど、アンはもしかして怖がってるのかもしれない。

元々ちょっと雰囲気怖いもんなこの人。常に"もしかして怒ってる?"って思うような感じがある。


扉の前まで来ると、俺はアンの方に向いて暗号を送った。


"大丈夫だよ"


アンはそれを見て、頷いて微笑んだ。




扉の向こう側は、不思議な小部屋になっていた。


白い壁。白い床。石だか金属だかわからない。

全部が同じ色。


「俺の近くに座れ。」

新城さんが部屋の真ん中に座る。


その傍にふたりで座る。

床に直接座った。さっきまで座布団に座っていたせいもあって、床は冷たく固く感じる。


「リトは俺の左手、アンは右手を。両手で握れ。…床が体温と同じに感じたら始める。」


床が体温と同じに?

なるのかな?


不思議に思いながらも、新城さんの手を握る。


何をするんだろ…

やっぱり新城さんは魔法、違う、魔術を使えるのかな?

魔術師って例えではなくて、本当にそうなのかな?


この人はどこまで何を知ってるんだろう?



考えを巡らせていると、接していた床が温かく思えるようになってきた。


「あったかくなったよ、新城さん。」

「僕も、冷たくなくなった。」


「よし、じゃあ目を閉じて。捜している女、お前らの女神様の記憶を思い浮かべろ。姿も声も感触も匂いも、なるべく細部までだ。俺がいいと言うまで声を出さずに目も開けるなよ。」




女神様の白い肌、夢を見たままみたいな目、ずっと少女のような声、甘いお菓子みたいな匂い、…


『リトラビア?』


今朝の夢で聞いた声だ。

女神様の声が俺の名前を呼ぶ。


『リトラビアっていうの?じゃあリトでいい?』


え?

夢の続き?




「リト、おい。聞こえるか?」

女神様の声をもっとよく聞こうと耳を澄まそうとしたら、新城さんの声が聞こえた。


「目を開けろ。終わったぞ。」


新城さんの声は聞こえるのに、目が開けられない。

体が動かない。


と…次の瞬間頬に痛み。


「ぃって!」

言葉と共に目が開いた。

俺は新城さんに頬をつねられていた。


結構強めに…


「新城さん!痛いじゃんか!」


「お前が起きないからだろう…何回も声はかけたぞ。」


「リト、大丈夫?」

横を見るとアンが心配そうに俺を見ている。


アンはちゃんと新城さんの合図が聞こえたようだ。

俺には聞こえて無かった。女神様の声しか…



新城さんは溜め息をついて呟いた。

「ほんっと無駄に才能があるよお前は…」





それから3人で元の部屋に戻って、座布団の上に座り直した。

やっぱり固い床よりコッチがいい。


「3月3日。この場所に行けば会える。ここの…入り口から3番目の店だ。」

新城さんは、紙に日付と場所を書いてくれた。

場所は"おひさまひなまつりマーケット"とある。



「ひな祭りのイベントとはな。ロマンチックと言えば良いのか、皮肉と言えば良いのか。まぁお前ら次第だけどな…」


「ひな祭り、って何です?」

紙を眺めてアンが訊ねる。


新城さんは溜め息をついて、「帰ってレイにでも訊きな?丁寧に教えてくれるさ。なんなら一緒に行ってもらったらどうだ。あいつそういうイベント好きだぞ?」と、レイさんに丸投げした。


オーナーはお店休みにしてくれるかな…。

一緒に行ってもらうのは…またみんなで相談しよう。


俺もアンも、女神様が絡むと暴走しがちだから…止めてもらうのも手かもしれない。



「さて、吉春を迎えに行く前に少し休むわ。疲れた。お前ら後で報告はしに来いよ?」

新城さんは俺達に帰るように促すと、自分も立ち上がった。


「ありがとうございました新城さん。」

「必ず報告に来る!」

俺とアンも上着を着て新城さんを追う。



玄関まで降りて来て、靴を履いて…

新城さんを見上げて…どうしても不思議に思ったから訊いてしまった。


「ねえ新城さんはどうやって女神様を見付けたの?魔術師なの?」



すると魔術師は悪者みたいな笑みを浮かべて、俺の耳元まで口を寄せて囁いた。


「俺には過去と未来が視える。お前の事も生まれる前から知っているよ。」



「えっ?」


耳元から離れた新城さんは、いつものダルそうな顔をして「さ、俺は寝るから早く帰れ。」と俺達を家から追い出した。



訊いてはみたけど、新城さんについては結局謎が深まっただけだった。

ただ、"魔術師"よりももっともっと…

得体の知れない人に思えた。





帰り道、俺もアンも喋らなかった。


頭の中をぐるぐると、女神様の事がまわっている。

きっと会える、けど、"今の彼女"を見たら…


俺達はどう思うんだろう?


彼女の視界に入ることは許される事だろうか?


それとも遠くから眺める事しか出来ないんだろうか?






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