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特製ココアとランチとチョコレート


午前1時。

今日もカフェTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)の夜は、静かにゆっくりと流れている。


水に揺蕩うような不思議な音楽が流れ、抑え目でも暖かい照明が店内を照らしている。

ここでは23時を過ぎると、このような雰囲気に調節している。


これはオーナーの指示だが、店長は不満なようだ。


「なんしか眠くなる。もー働いてらんないよー。」

と、今日もブツブツ言いながら帰り支度をしている店長。


店長に限っては決まった退勤時間ではない。

"23時をまわってから、明日の仕込みが終わって、お客さんが5人以下になって、眠くなったら帰る"というのが店長の自分ルールらしい。

店長は大体遅くとも2時までには帰っている事が多い。


珍しい事に、今日はもう店内に客はひとりも居ない。


私服に着替えた店長に「お疲れ様です。」と声を掛ける。

と…「ん?」と傍に寄って来る店長。


じっと顔を見詰められて、なんだか気まずくなって目を逸らす。

すると「ふふっ」と笑い声。

「なんか話したい事があるんじゃない?いいよ遠慮しなくても。」


緊急の事ではないから、と、遠慮し続けていたのがバレたようだ。




僕らの前にここに住んでいたという双子の女性。

レティシアとナティシアに、先日話を聞いた。

僕らと同じように違う世界から来たという彼女たちの話は、参考になったが衝撃的だった。


一緒に来たのではないかと思っていた彼女たちの"お兄ちゃん"は、別人になってこの世界に存在していたという。


同じように、僕たちが探している女神様が、別人となっていたら…


『女神様…俺達のこと、忘れてたら…どうしよう…』

弟の言った言葉が何度も頭を過る。

リトの、不安そうな声。泣き出しそうな息。


僕はすぐに慰めてやれなかった。

僕にもわからない事だらけで。



当時"お兄ちゃん"の事で混乱した彼女たちに助言をしたのは、店長…黒江さんだ。



「あの…先日の…レティシアさんとナティシアさんの話なんですけど…」

一応は、話を聞いた翌日に、黒江さんには報告していた。

リトとふたりで。


報告はしたけど、深くは質問出来なかった。

女神様に逢えないかもしれないと思ってしまう事が怖かったし…


僕は、そう思う事によって、弟が壊れてしまうんじゃないかという事も怖かった。

この世界に来たばかりの頃…女神様が一緒に居ない事で、リトラビアは病んでしまっていた。

僕だって、わけのわからない事態に混乱していたけど…


彼の精神状況の方がずっと悪かった。


レティシアさんとナティシアさんは、死んでしまったタイミング…意識が途切れたタイミングが別々なのにも関わらず、この世界に来たのは同時だった。

僕とリトもそうだ。


実は僕は、自分が死んだ後の事は訊いていない。

この見知らぬ世界で、とにかく生きるのに一生懸命で…。

リトラビアと女神様が、僕が死んだ後、どうしていたのかは詳しくはわからない。


弟から聞いたのは「女神様と一緒に居た筈なんだ」とだけ。


もしかしたら、僕の知らない何かが彼らにあったのかもしれない。

それによってリトラビアは精神的に不安定になってしまったのかもしれない。

けど、訊ねたらまた、来たばかりの頃のリトラビアに戻ってしまうんじゃないかと…怖くて訊けないで居た。


僕は弟がまたあんな風に病んでしまうのが怖い。

3人で一緒に生きれたらどんなにいいだろうと思うけど、それ以前に僕はリトラビアを失うのも怖い。



「何を訊いたらいいのか、僕もまだ整理出来て無くって…でも、女神様が、女神様でなかったら、僕はリトになんて言ったらいいのか…」


「そっか…双子なのに、君はしっかりお兄さんなんだねぇ…」

黒江さんは微笑んで、僕の肩に手を置いた。


「僕にも弟が居たよ。自分が苦しい時でも、弟を守らなきゃって思ったら頑張れた。それが良い事かどうかはわかんないけどさ。」

懐かしそうに呟くと、着ていた上着をロッカーに戻し「お客さんも居ないし、ココアでも飲みながら話そうか。」と店内に戻って来てくれた。



それから黒江さんは温かいココアを淹れてくれた。

大き目のカップに純ココアの粉を大匙2杯入れて、甜菜糖を大匙1杯、ほんの少しのお湯でそれを溶く。

よく練ってチョコレートの液体のようになったら、そこにホットミルクを注いでカップを満たしていく。

最後にハチミツで甘さを調節しながらよく混ぜる。

ここまでがTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)のホットココアの作り方で、黒江さんのホットココアはここに更にマシュマロを3個乗せたら完成だ。


毎日勉強を教えてもらっている時には、たまに作ってもらっていた。

最近はわからないことをその都度訊いて教わっていたから、毎日の勉強タイムというのは無くなっている。


だからこの"黒江さんのココア"は本当に久し振りだった。



マシュマロが乗っているせいもあるけど、黒江さんのココアはとても甘い。

多分仕上げのハチミツも沢山入れているんだと思う。


疲れている時にコレを飲むと、とても元気が出る。


甘い甘いココアを一口飲むと、どこか焦っていたような気持ちが落ち着いてきた。


「ねえ、アン。君、宗教の本好きだったよね。仏教の事は少しわかる?」


「ああ、はい、少しなら…。」


「輪廻転生についてもなんとなくならわかるかな?人は生まれて死んでを輪のように繰り返しているってお話だよ。僕がレティとナティに説明したのは、そんな感じの事なんだけど…」


「死んで別の世界に…形が変わって生まれて来る、っていう…」


「そう。でも、それが本当に正解かっていうのはね、僕にもわからないんだよ?」

穏やかな声で黒江さんは続けた。

「本当か、正解か、真実か…自分にとってどう感じるかが大切なんだよ。君たちの居た世界でも、例えば宗教…信じるものって、あったと思うんだけど。」

僕は頷いて話の先を聴く。


「目には見えない女神様が居て、その器が君たちが探している女性だったんでしょう?そしてその器が壊れる事で、女神様は次の器に移る…そうすれば女神様の恩恵は続く、大勢の人がそれを信じていたけれど、君たちはそうじゃなかった。だから逃げたんでしょ?」


「うーん、そうですね。そうなのかな。うん、でも納得は出来なかったです。女神様は、僕達にとって、…人間だったのかも。僕達と同じ人間だって思っちゃったんだと思う。」


「そしてその想いがリスクある行動を起こすほどに、覆らなかった。君たちにとっての真実が"女神様はひとりの女性"になってしまったんだよね。そうでなければ、大人しく受け入れたと思うよ?神殿のやり方というやつをね。」

そこまで話すと、黒江さんはココアを啜って、ほうっと息をついた。


「僕の言う事も、正しいと思わなくていいんだよ。というか思えなかったら、それは君たちにとって真実じゃないんだから。もしも女神様と…レティとナティのお兄ちゃんみたいな状態で再会したとしても…君たちにとっての真実を見付けるのが大切だと僕は思う。」


「僕たちにとっての真実、ですか。」


「そう。彼女が彼女であって欲しいのか、それとも彼女は違う人だと思って探し続けるのか、彼女を彼女だと思いたいからその証拠探しをするのか…色々、真実の求め方ってあると思うよ。レティとナティはね、旅をして、お兄ちゃん自身を探してるんじゃなくて…自分達にとっての真実を探してるんじゃないかな?」


最後に黒江さんは「生きるって多分、そういう事だと思うんだ。」と、どこか遠くを見るように言った。




話がひと段落し、ココアを飲み終わった頃。

店の入り口のベルがカラコロと音を立てた。


カウンターに座っていた僕と店長を見て、恐らく今日最後の客であろう人は気だるげに呟いた。

「今日はもう閉店?」


僕は慌てて立ち上がる。

「いえ、まだ」


すると店長が間髪入れず、お客さんに声を掛けた。

「なーに、今日は随分遅いご来店だね?」


「お前こそまだ居るなんて珍しいんじゃねーの?」


皮肉を言い合うような口調だけど険悪さは感じない。

ふたりの雰囲気からして、ただの知り合いと言うよりは仲が良さそうだ。


店長も背が高い方だけど、それよりもう少し背の高い男性だ。

歳は店長と同じか、少し上ぐらいだろうか…

だるそうにしているのに、迫力…威厳…何か普通とは違う空気を持っている人だ。


店長の隣に居た僕に視線を向けてくると、しばし観察するように眺められた。


「あー、お前があいつの兄弟?画材、余ったやつ。リトに渡しといて?」

お客さんが紙袋を僕に差し出す。

リトの知り合い?


「アン、その人五条君の絵の先生。聞いてない?リトにも絵を教えてくれて…」


「あっ、時々お子さんとランチに来るっていう…あとあの絵を描いたのもそうですよね…」


「そうそう、その人ね。新城(しんじょう)さん。」


「お前にそう呼ばれると気持ち悪いな。」

「うるさいなぁ自分で名乗らないからでしょ。」


リトはここ1か月ぐらい、この新城さんに絵を習っている。

元は五条君の絵の先生で、Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)の近所に住んでいる常連さんでもあるようだ。

店にも新城さんの絵が飾ってあって、なんというか不思議で力強い絵だ。

何が描いてあるのかは、よくわからない…それは絵のようで文字のようで、引き込まれそうな引力を感じる。


「じゃあそれよろしく。」

新城さんは僕に紙袋を押し付けるとそのまま帰っていこうとした。

それを黒江さんが「ねえ、ちょっと」と、引き留める。


「なんだよ?」


「ココア飲んで行かない?僕の奢り。」


「はぁ?ココア?なんで?」


「いや今日さぁ、バレンタインだなと思って。」

黒江さんがニヤリと笑う。

あまり見ない、悪戯っぽい笑みだ。


「それこそなんでだよ?…飲むけど。」

新城さんは溜め息を付くと戻って来てカウンター席に座ったのだった。




厨房でココアを淹れながら「バレンタインってなんですか店長?」と訊ねると、黒江さんは「うーん…」と数秒悩み…


「大切な人とチョコレートを食べるお祭り、かな。」

と楽しそうに教えてくれた。


それは楽しそうなお祭りだなぁ。

僕も今日は家でリトとチョコレートを食べてみようかな?


黒江さんに話を聞いてもらって、甘いココアを飲んで…帰ってからの楽しみもできた。

不安と焦りでモヤモヤしていた心は大分軽くなっていた。








眩しい光が僕の顔を照らす。

帰ってきて眠って…もう夕方に差し掛かるようだ。


いつもはリトが帰って来る音で目が覚める。

昼の13時頃だ。


リトも帰ってくれば僕を起こして、ふたりで昼食を取ったりするんだけど…

今日は何故か起こされなかった。


どうしてだろう?


その理由はすぐに分かった。

寝すぎて固まった体に鞭打って身を起こす。

と…向かいのベッドの上、リトが座って何かをしてるのが見えた。


板に敷いた紙に、絵を描いている。

僕が起きた事にも気付かずに…


一心不乱というのだろうか。

何かに憑りつかれたように、紙の上を見詰めて手を動かしている。

リトの顔は無表情で…


僕は少し恐怖を感じて、大き目の声で呼びかけた。

「リトラビア!」


弟はビクッと体を震わせると、僕の方を見た。


「あっ…アン、起きたの?」

その顔はいつものリトだった。


「ハッ!もうこんな時間!?めっちゃお腹空いた…!」

余程集中していたのだろう、今時刻に気付いたようだ。

そしてこの様子だと昼食も食べてないんだろう。


「なんで食べてないの。昼に僕を起こせよ。」

「だって、なんか…すぐ描きたくなっちゃって。絵。」


リトのベッドの上には新城さんに貰った画材が散らばっている。

そして紙も数枚散らばって居た。帰ってから何枚も描いていたんだろう。


そこに描かれていたのは…


「女神様…」


僕は呆然とした声で呟いた。

紙の上に居たのは、とても綺麗な女神様。

僕たちが逢いたくてたまらない女神様。



元々リトは絵が上手かった。

それはこの世界に来る前から、小さい頃からで…

けど絵を描く"紙"は僕らの世界には無かったし、こんな豊かな色を表現する道具も無かった。


この世界でそれを手に入れたリトは、すぐに絵が上達して。

時々"今日食べた美味しいもの"を描いてみせてくれていた。


新城さんにもらったばかりの画材はとても立派な箱に入った、色鉛筆だった。

"100色"とある。100色もの色が入っている。箱も中身も真新しく。

どうも"余った画材"じゃなさそうだった。


きっとリトは表現する手段を手に入れて、描かずには居られなかったんだろう。

逢いたくてたまらないから、何枚もその姿を描いてしまったんだろう。


なんだか涙が出そうになって、それを堪えながら絵を称賛した。

「すっごい…上手だね、リト。」


「うん。へへへ…上手く描けてるだろ?」

嬉しそうに笑うリトは、いつものリトだ。

僕は安心して溜め息をつく。


と同時に、お腹が鳴る。


ぐぅーと間抜けな音に、兄弟で笑った。




もう料理を作る間も惜しいぐらいにお腹が減っていた。

Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)に昼食兼夕食を食べに行こうということで意見が一致し、僕らは着替えて家を出た。


今回は"お客さん"なので表の入り口から店に入る。


「いらっしゃいませー。あれ?どうしたの?」

店長が僕らを見て目を丸くした。


この時間に来る事は近頃では珍しいし、来るとしてもいつも裏口から入っている。


何回か"お客さん"してみたことはあるけど、もう16時で、おやつにも夕食にも微妙な時間だからだろう。


「実はお昼食べそこねちゃって…」

「そうなんだよ店長、俺絵を描いててさー、見て見てー」

リトは女神様を見せたくて仕方なかったようで、自分で描いた絵を持ってきていた。


それより先にゴハンが食べたい…。


僕は構わずカウンター席に座ると、厨房のレイさんに声をかけた。

「レイさん、ランチってもうないですか?」


売り切るまでは17時までランチが食べれる。

17時まで残っていることはそんなにはないけど、たまにならある。


「おっ、アン。ランチなら丁度二人分あるかな?オーナーの気まぐれランチなら。他は売り切れ。」


オーナーの気まぐれランチ。内容はその時オーナーが食べたい料理になる。

彼女が来店した時だけに作られるという、幻のランチメニュー。


あまり顔を見せないオーナーだけど、店の皆に愛されている優しくてしっかり者の女性だ。


「今日来たんですね、オーナー。」

「なんならまだ居るよ、2階に。会いに行ったら?久し振りだろー?」


「えっ、オーナー居るの?絵見せてくる!」

店長と話していたリトが、僕とレイさんの話を聞いて奥に駆けて行った。


「ちょっと!リト!ゴハンが先だろー!」

折角"お客さん"しに来たのに、これじゃ裏から入って来た方が良かったなぁ…と溜め息が出た。


「ふふふ、騒がしいお客様だなぁ。」

「ごめんなさい店長…」


「いいんだよ、リト元気そうで良かった。アンも2階で食べたら?持っていくから。」

夜中の事もあってか、店長は優しく労ってくれた。

「兄っていうのは気苦労が多いもんだよねぇ。」





店長のお言葉に甘えて2階へ上がると、リトとオーナーが楽し気に話していた。


「上手やなぁー。こっちも捨てがたいわぁ。」

「そうかなぁ、じゃあこっちにしようかな?」

どうやらふたりでリトの描いた絵を吟味しているようだ。


「何してるの?」

僕が声をかけると、コタツに座ったふたりが振り向いた。


「久し振りやなぁ赤毛のアン、元気そうでよかったわ。」

時々オーナーは僕のことを"赤毛のアン"と呼ぶ。確かに赤毛だけど…その元ネタのお話みたいに僕は可愛い女の子ではない。


「アン、オーナーがさ、店に絵を飾ってくれるって言うんだよ。もしかして絵を見た人が、女神様の情報をくれるかもしれないだろ?」

キラキラと目を輝かせている弟。この前の話の事は、もう気にしていないんだろうか…


「あぁ…うん。そうだねえ。…ありがとうございます、オーナー。」

僕はリトに曖昧な返事をして、オーナーにはお礼を言った。



「はい、おまちどおさま~。」

そこにトレーを持った店長が上がって来た。

トレーの上には二人分の"オーナーの気まぐれランチ"が乗っている。


「うわー!美味しそう!…でもなんですかこれ。」

受け取ったリトは歓声を上げるも、まじまじと料理を見詰めた。

食べた事がない料理だ。


ニンジンとキュウリの千切り、タマネギの薄切り…

それと薄焼きのパンに…

いい香りのする、何かのペースト。


「これはな?フムスや。」

オーナーが自慢げに説明してくれる。


「「ふむす」」

僕たち兄弟は声をそろえてその料理の名前を繰り返す。


「そう、フムス。中東辺りで食べられてる…って言ってもわからないか~…でもアレやね、リトとアンはエジプトっぽい世界から来たなら、口に合うかもしれんね?」


「さあまず食べ食べ~」とオーナーが勧めてくれたところで僕とリトは「いただきます!」と料理を食べ始めた。


「野菜とフムスをパンに挟んで食べると美味しいよ。」と店長が教えてくれたけど、僕はまずフムスだけを少し掬って食べてみる。


なんだか食べた事あるような味がする。


「こぇたべたことあるかも…!」

僕が言う前にリトが口をもごもごさせたまま言う。

「リト。飲み込んでから言いなさい。」

店長に怒られて急いで口の中のものを飲み込むと「ごめんなさい。」と謝る弟。


そんな様子を見てオーナーはクスクスと笑っている。


「フムスはな、ひよこ豆のペーストで…ゴマペーストも入ってるんやったかな?気に入ったなら後でレイに教えてもらったらええよ。」


豆とゴマ、それ以外にもきっと何かのスパイスが入っているんだろうと思う。


なんだか懐かしい味と香りのする料理、空腹も手伝ってあっと言う間に食べてしまった。



「もう、ないっ…」

リトが空の皿を見詰めて悔しそうに呟く。

僕もおかわりしたいぐらいだったけど『丁度二人分なら』とレイさんが言っていたし、これでおしまいなんだろう。


「ふたりともアイスクリーム落っことした子みたいな顔やな…」

僕たちの様子を見て呟いたオーナーに、「絶妙な表現だな~」と2階に上がってきたレイさんが応えた。

「ほらほら、ふたりともしょんぼりすんな。いいもの持ってきたから。」

レイさんが3つ目の皿をコタツ机の上に置いた。


その皿にはチキンナゲットとポテトフライ。

Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)でも人気のメニューだ。

レイさん手作りのチキンナゲットはフワフワの触感で何個でも食べれそう。

ポテトフライは予め茹でたジャガイモを小麦粉をはたいて揚げた丁寧作り。

大き目のカットなのに中までちゃんと火が通って、外はカリカリ、中はしっとりしている。


オーナーもこれは大好物で…

「うわーーーズルイわーーー!!私も食べる!!」

と叫ぶぐらいだ。


「ははっ、3人で仲良く食べて。」

オーナーの叫びと、僕ら兄弟のきらきら輝いた顔を見て、レイさんは嬉しそうに笑った。


「やったぁー!」とオーナーと僕らは盛り上がり、若干奪い合うようにも仲良く追加の料理を平らげたのだった。





お腹一杯になってから、オーナーと店の倉庫に行き、リトの絵を飾る額を選んだ。

女神様が鈍い金色の額に収まる。


カウンター横の壁に飾られたその絵を、黒江店長がじっと眺め、ぽつりとつぶやいた。

「女神様ってアルビノだったのかな?」


「あるびの?ってなんです?」


「この絵の女神様みたいに、髪も肌も真っ白な人の特徴のこと…って言えばいいのかなぁ。白く見えたんじゃなくて、実際こうだったんでしょう?リト。」

黒江さんに訊ねられたリトはうんうんと頷いた。


「そうだよねぇ、リトは抽象的に描くより、本物みたいに描くのが好きだもんね。…あのね、ふたりとも、こういう風に真っ白な人はお日様にとっても弱いんだ。」


「えっ?お日様…太陽?光に弱いんですか?」

そもそも女神様は神殿の中から出られなかったから、陽の下を歩いた事は無い。


「そう、こういう室内の…電気の光は大丈夫だと思うんだけれど…。あまり晴れた日に連れまわさない方がいいかもしれないねぇ。火傷してしまうかもしれない。」


「火傷!?ダメだそんなの!絶対ダメ!」リトが大きな声で叫んだかと思うと、ぶんぶん首を振る。


『絶対ダメだ、だめ、ダメだ!!』

元の世界の言葉でリトが続けて叫ぶ。

怒っているような怖がっているような、心がここに無いような叫び。


この世界に来たばかりのような…


「落ち着いて、リト、大丈夫だよ…」

黒江さんがリトラビアを抱きかかえてよしよしと背中をさする。


僕はというと、固まって動けなかった。


頭の半分はパニックしていて、もう半分はどこか冷静に事態を分析していた。



知らなかった、あの白くて美しい姿が、太陽の光には焼かれてしまうなんて。

知らないまま外へ連れ出していたらどうなっていたんだろう…


いや、その前にリト…やっぱり僕が死んでしまった後、リトラビアと女神様には何かがあったんだろうか。例えば、そう、火傷を負ったとか。


あんなに過剰反応するなんて…



「ご、ごめんなさい、もう大丈夫…」

黒江さんに促されて深呼吸をして、どうやら心が戻ってきた様子のリト。

それを見て僕も落ち着いてくる。


「よかった、大丈夫だからね…。もし、女神様が見付かったら、気遣ってあげたらいいよ。その時にまた色々教えてあげるから、アンとふたりでまた相談においで?」

黒江さんは僕にも優しく声をかけてくれて、「ふたりともお水を飲みな?落ち着くからね」と、厨房に水を汲みに行ってくれた。


そこでやっと僕は、弟に声をかける。


「大丈夫か?ごめんなリト…僕は何も…」


「いや、俺こそ…心配かけちゃったな。」

弟はほにゃっと笑ってみせた。


「昼に出掛けられないんだったら、あれだな、美味しいもの持って帰ってきてあげような!それと夜に外に食べに行ったらいいな?こないだ食べたみたいなパフェって、夜でも食べれるのかな?」

少々早口で、ニコニコ顔で話すリト。


昔からこうだった。

僕がしっかりしている時は、どっちかというと横柄で、我が侭で、子供っぽい素振りを見せるのに。


僕が弱気になったりしてるとこうやって気を遣う。

一生懸命笑わせようとしてきたりするんだ。



「うん、そうだな。夜でもパフェ食べれるとこ探そう?」


「そうそう、パフェは持って帰れないもんなあ。」


そこに黒江さんが水を持って戻ってきて会話に加わる。

「そうでもないよ?今時は持って帰れるパフェもあるんだよ?」


「えっ、あんなでっかいのを?」

「あんなバランスのやつを?」


「うん?ふたりが想像してるようなのは無理かもしれないけど…どんなパフェ見たの?」

黒江さんが首を傾げて訊いてきたので、僕とリトはこの前レティナティが食べていたパフェの事を話してあげた。


「あははっ!それは確かに無理だぁ。」と黒江さんは笑った。



もし、女神様が女神様のままの姿だったなら…

真っ白で美しい、彼女の姿だったら…


太陽の下を歩けないのは残念だけど、夜にパフェを食べに行こう。

持って帰ってこれないような大きくて豪華なパフェを。3人で。



僕は今日も22時から仕事だけど、まだ時間があったから一度家に帰る事にした。

そしてふと思い出す。

「あっ、今日バレンタインデーなんだってさ。」


「え?なにそれ?」


「大切な人とチョコレートを食べる日。」


「なんだって!じゃあ一緒に食べないと!家にあったっけ?」


「まだ時間あるし…買いに行こう!」


僕らは取り敢えず、今傍に居る大切な人とチョコレートを食べる事にした。

僕は弟が大切だ。

弟もきっと、僕を大切だと思ってくれている。


ふたりで食べたチョコレートはとても美味しかった。




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