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ただならぬパフェ


女性の声が聞こえる。


『違います!双子じゃありません!この子は…』


暗い。

そうだ、隠れていなさいと言われたんだ。


大きな壺の中にすっぽり入って、争うような声を聞いていた。


アングレルは隠れなくていいの?

俺だけ隠れてていいの?


『もうひとりはどこだ』

『もういい、この子だけでも連れて行こう』


この子って誰?


『どこに行くの?なに?やだよ』

アングレルの声だ。


『どこに行くの?ねえ…』


どこに連れて行くんだよ。

俺の…


俺の大事な…





「アングレル!」


―――ポッポーポッポー


俺が叫ぶのと同時に、いつもの間抜けな音が鳴る。

大きな音をさせるくせに、どこか気の抜けた顔をした鳥の目覚まし時計だ。


その頭についたボタンを手の平で押す。

音が鳴り止んで、部屋が静かになったと思ったところで…


「怖い夢?」

と、向かいのベッドからの声。


アンが横になったままこっちを見ていた。


「流石に起こした?」


「大きな声だったからね。」


「すっごい、怖い夢だったよ、(あん)ちゃん。」


「…ふざける余裕があってなによりだよ。」

兄は安心したような笑顔を浮かべた。


心配させてばっかりだけど、俺だって心配させたくてさせてるわけじゃない。

兄にも女神様にも、いつも笑っていてほしい。



さっきの夢。俺とアングレルが神殿へ連れて行かれる時の事だ。

まだ小さかった俺達は、きっとこの世界で数えると5歳ぐらいで。


母は俺達を手放したく無かったみたいだ。

父の記憶は無い。それまで母と兄と俺で暮らしてた。


神殿に連れて行かれて『赤毛で目の青い双子は女神様のしもべなのだ』と、教えられた。

ずっと片時も離れずお仕えするのだと。


それには双子でなければならない。


女神様が眠られている時も傍に居なければならない。しもべは眠ってはならない。

女神様が目を開けばいつでも同じ顔が見えなければならない。



だから、アングレルは月が出ている間、俺は太陽が出ている間、女神様にお仕えしていた。



共に神殿に連れて行かれた俺達だったが、すぐに引き離された。

それぞれに違う教育をされていたのだと思う。

生活のリズムもそこで刻み込まれた。


教育が一通り終わって、いよいよ女神様にお仕えするという少し前に再会したけど、その時にはふたりとも大きくなっていた。

多分10年ぐらい経っていたんだと思う。


あの時、俺が壺から声を上げなかったら…

アングレルを呼ばなかったなら…




「アンがひとりだったら神殿に連れて行かれても、帰って来れたのかなぁ…」


「そんなわけないだろ。」


呆れた目をしたアンに、スッパリと言い捨てられた。

俺の「ぇー…」という不満の声は、ガヤガヤとした都会の喧騒に消えていく。


都会の真ん中、人の多いこの駅で、今日は待ち合わせをしていた。

レイさんが連絡をとってくれた"双子の女性"が話を聞かせてくれることになったのだ。


しかし時間になっても彼女らは現れない。

もう約束の時間から30分は過ぎてる。



もしかして見逃してるんじゃないか?とも思う。

あっちも俺達がわからないとか?


レイさんは『あいつらうるさいからすぐわかるよ』って言ってたけど。

うるさいって…こんなに騒がしいとこでわかるか?


「なぁ俺喉渇いたんだけど…」

「リト、ねぇあの人達じゃない?」


俺が喉の渇きを訴えるのを遮って、アンが少し離れたとこを指差す。


その先には金髪の女性がふたり。

何か店先の商品を指差して手を叩き、ぴょんぴょん飛び跳ねている。


なるほど、声は聞こえないけど、動きがうるさい。



近付くと彼女たちが盛り上がっているのは、美味しそうなお菓子についてだとわかった。

店頭に並んだ焼き菓子を指差しては「これも美味しい!絶対!」「こっちも可愛い!美味しい!」と楽しそうに声を弾ませている。


なるほど、声もうるさい。


けど幸せそうで、楽しそうで、こっちまで心が明るくなってしまうような…



「あの、すいません。」

アンが女性の隣に寄りそっと声をかける。


ハッとした様子で振り向く双子。

レイさんから同じ歳ぐらいと聞いてたけど、随分幼く見える。

ふわふわの髪をそれぞれ左右対称に結んでいるようだ。


大きくてキラキラした目が、アンを視界に入れた途端…

「シン!!」と叫んだ双子のひとりがアンに抱き付く。


俺は呆気にとられてそれを見詰めるしかない。


あちらのもうひとりも「えっ?えっ」と少々取り乱しながら、アンと俺を交互に見ている。


「えっと…人違いです。」

アンも突然の事に固まっていたが、我に返ったのか女性をぐいっと引き離した。


「人違いだけど違わないです、Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)から来たんですけど…」

今度は俺が女性たちに声をかける。


「ええっ、そっくり…」

「ほんとに、そっくり…」


それは人違いするほど"シン"という人にそっくりという意味なのか、双子だから俺とアンがそっくりという意味なのか。

まぁ自分達もそっくり同士なんだから、後者は無いのかな。


「今日は話を聞かせて貰いたくって…」


「あっ!そうだった!いこいこ!」

「そう!お店にいこ!」

ふたりが、ふたりの手を引っ張る。


黒江さんに『目立たないでね』って言われてるのに。

なんだかまわりにとても注目されてしまってる気がする。


こんな派手な色彩の双子が2組、駅前でごちゃごちゃ騒いでたらそりゃ目立つよな!


ちょっと焦りながら俺と兄は引っ張られていく。

「どこ行くの?」


「「うふふっ、いいところよ!」」

楽しそうな二重音声を聞きながら、レイさんが頭を抱えてたのがほんの少しわかった気がした。






ふたりの言う"いいところ"はカフェのようだった。


「ここはね、ただのカフェじゃないのよ?」

「そうよ、ただならぬカフェなのよ?」


ただならぬ。

失礼ながらアホっぽく見えるふたりの女子だが、時々難しい言葉を使う。


このふたりも俺達のように、黒江さんとレイさんに言葉を教わっていたようだから、それはそうなるのかなと内心納得もする。


俺は主にレイさんに、アンは主に黒江さんに言葉を教わっていた。

こっちに来たばっかりは、アンは昼に起きていられなかったから。

段々慣れて、最近は一緒に出掛けられるようになったけど。



「それであの」


「お話は注文してからね!」

「どれにしよぉー!」


完璧に彼女たちのペースだ。


"ただならぬカフェ"は明るくてキラキラして、壁に植物なんかが飾ってあって、彼女たちみたいにぽんぽん弾むみたいな陽気な音楽がかかっていた。


彼女たちがメニュー表を独占しているのを見てか、店の人がもうひとつメニュー表を持ってきてくれた。「同じカフェ店員として見習うべき気遣いだねぇ」とアンが呟く。


そうだな、店長によく『お客さんの様子は気に掛けてね』って言われてる。



俺とアンで持ってきてもらったメニュー表を広げる。


そこには色とりどりのパフェ。

Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)でもパフェは扱ってるけど、品数が比べ物にならない。


これが彼女たちの言う"ただならぬ"って事か。



プリン、フルーツ、チョコレート、チーズケーキ、クッキー、クリーム、紅茶にコーヒー、抹茶に小豆に黒蜜に…


目が回りそうだ。パフェだけでこんなにある?


ケーキやワッフルも少しあって、スイーツドリンクなるものもある。

いや飲み物にこんなに乗せたらもう食べ物じゃないか?!


ついこの前連れてってもらった回転寿司のメニュー数も凄かったけど、甘いものだけでこんなにたくさんあるなんて。



「これにしようかなぁあーううっ」

「待って待って、こっちもいいよぉー」


物凄い勢いで悩む女子ふたり。

隣をふと見ると、アンは彼女らをじっと眺めていた。


「どうした?」


「うん?ああ、女神様もあんな顔したりするのかなぁって。」

アンは照れたように笑った。


俺はふたりに視線を戻す。

女神様がこんな風に楽しそうにしてくれたら…凄く嬉しいなぁ。


「よし!これにする!」

「私はこっち!ふたりは?」


急に投げかけられて、俺達は「えっ」とか「あっ」とか言いながら慌てて注文するメニューを選んだのだった。




無事に注文を終えて、「さて…」と俺達は向き合った。


「自己紹介してなかったよね、レイちゃんに聞いてるかもだけど。」


「私はレティシア、レティって呼んでね。」

「私はナティシア、ナティって呼んでね。」


髪を右で結っているのがナティシア、左で結っているのがレティシア。

それ以外は見分けがつかない。

服も同じだし。


俺達にも微妙な差があるけど、それを外から見てわかるようになるのには時間が要る。

彼女たちに対しても、そうなんだと思う。


初対面では難しすぎる。

髪型だけでも変えてくれたのは彼女たちなりの気遣いなんだろうか。


俺達は気遣い云々の前に、同じ服は着ないし、同じ髪型はしない。

神殿で散々"おそろい"させられたことに対しての反抗心かもしれない。


「僕はアングレルです。」

「俺は弟のリトラビア。」


「ピンと来た!」

「来たよ!」

「アンちゃん、黒ちゃんに育てられたでしょ!」

「リトちゃんはレイちゃんに育てられたね?!」


「「話し方が似てるの!」」


「懐かしい~」とふたりは柔らかい笑顔になった。


彼女たちはしばらくTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)には帰ってないらしい。俺達と顔を合わせたことがないってことは、1年以上だ。

今日俺達と話した後も、そのまま旅に戻ってしまうそうだ。


「みんなに会って行かないんですか?」


「ちょっと会ったらずっと居たくなっちゃうもん。」

「そーだよ、まだまだ行きたいところがいっぱいあるし。」

「「ね~」」と顔を見合わせるふたり。


俺とアンも仲が良いけど、この人達はそれ以上に仲が良いっていうか。

ふたりでひとつって感じがとても強い。


それにしても、ふたりの言い方は"お兄ちゃん探しの旅"って風には聞こえない。


「お兄ちゃんを探してるって聞いたけど…」


「うん、そうだよ。」


「見付かったんですか?」

アンの問いに、またも顔を見合わせるレティとナティ。

今度は楽しそうな顔ではないけど。


どこか困ったような、彼女たちらしくない、少ししょげたような顔でこちらに向き直る。


「それはねー…えーとね…」

「ふたりもこの世界に一緒に来たかもしれない人を探してるんだよね?」


俺達兄弟はうんうんと頷いた。


「実はもう、見付けたの。だけど…」

「あっ、レイちゃんには内緒にしといて!黒ちゃんは知ってるけど…」

「旅をする言い訳なの、お兄ちゃんを探すっていうのは。」


「言い訳?なんでそんな?」

俺だったら女神様が見付かったら、真っ先にレイさんに伝えると思う。


ふたりがさっき「育てられた」なんて言ってたけど、正にそうだと思ってる。

この世界で生きていけるように世話してくれた恩人に、伝えない理由がわからない。



「私ね、死んだの。」

ナティシアが別人のような静かな声で呟いた。

レティシアは黙って聞いている。


「私達の居た世界で、死ぬっていう事は珍しかったんだよ。ううん、それは置いといて…とにかく私、こっちの世界に来るとき、確かに死んじゃった筈なの。」


そういえばレイさんがレティとナティの世話が大変だったのは"世界が違い過ぎたんだ"って言ってた。

だからこの世界に馴染むのが大変だったんだ。

死ぬっていうのが珍しいなんて、もう根底から何かが違ったのかもしれない。


それでも彼女は、彼女の世界では珍しいという"死"を迎えた。


次に目を覚ましたら、隣には片割れのレティシアが倒れていて。

知らない場所に居たという。

その場所がTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)の庭だった。


ナティシアは確かに、死を迎える直前"お兄ちゃん"と居た筈だったという。


「お兄ちゃんとレティとね、手を繋いでたの。」

「ナティの意識はそこでなくなっちゃったけど、私はその後もしばらく元の世界で生きていたんだよ。お兄ちゃんも一緒に。」


レティシアが言うには、その元の世界で大変革が起きたのだそうだ。

「説明がむずかしいよぉ」と渋い顔で悩んだあと、「つまりね、遠くに隠れて住むか、今の場所で死んじゃうかって事なんだけど…遠くに隠れて住む方を選ぶと、ナティシアにはもう二度と会えないの。連れて行けないの。」と続けた。



「私、ナティシアと一緒が良かった。お兄ちゃんもそう言ったの。いつも3人で一緒だったんだよ?置いて行けなかったんだよ。」


その言葉を聞いて、胸がぎゅっと痛くなった。歯を食いしばってそれを堪える。

俺も、アングレルを置いて行けなかった。あの時。

逃げたらもしかしたら逃げ切れたかもしれない。それでもアングレルが居ないのに、また走り出す事なんて出来なかった。


「リト…大丈夫?」

「リトちゃん、泣いてるの?」


堪え切れなくて、涙が出てしまった。


「ごめんねえ…きっとリトちゃんも辛かったんだね…」

正面に座っていたナティシアが身を乗り出して、俺の涙を拭った。

頬を撫でた柔らかいハンドタオルからは、花の匂いみたいな、落ち着く香りがした。


「えへへ、このタオル気持ちいいでしょ?私がよく泣くからねえ。いつも3枚持ってるんだよ!それあげるから使ってね?」


優しい顔をしたナティシアが女神様に見えた。

別に似てない筈なのに。


「ありがと…」話をしていたレティが泣いてないのに、俺が泣くのはなんだか、恥ずかしいやら情けないやらで、小さな声しか出なかった。


それでもナティはその言葉を拾ってくれて「うん!大丈夫だよ!」と笑顔で応えてくれた。



アホとか思ってゴメン。と心の中で謝りながら、涙を拭いていると


「お待たせしましたー。」と店員の声。


そうだったここ、ただならぬカフェだった。


「スペシャル密蜜(みつみつ)くまさんチョコレート森盛(もりもり)パフェでございます。」

「はーい!私のー!」


「こちらデラックス好包(はおぱお)うさぎさんフルーツ燦々(さんさん)パフェは」

「はーい!こっちです!」


なんかもう店員さんが何言ってんのかわからない。

ただ、なんかすごいの来たっていうのはわかる。


Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)にあるパフェの、2倍はある大きさ。

レティの前にはチョコレートのケーキやクッキーやアイス、生クリームと、フルーツが乗ったパフェ。

ナティの前にはフルーツがこれでもかと乗せられていて、合間にクリームとアイスが見えて、なんか刺さってるのはクッキーだろうかパイ生地だろうか?


たまにオーナーが来ると、オーナー専用スペシャルパフェを店長が作らされてるけど…それより凄い気がする。迫力が。


俺の前には練乳ミルクプリンパフェ、アンの前にはブルーベリーワッフルを置いて、店員は去って行った。


「アンちゃんなんで…なんでパフェじゃないの…」

レティが信じられないといった顔でアンを見る。

このカフェの名物はきっとパフェなんだろう。なのに何故わざわざ種類の少ないワッフルにしたのかということだろう。


「あー、えっと、冷たいのが苦手で…ほらパフェはほとんどアイスクリームが乗ってるから。」

困り顔で返答すると、レティの隣でナティが「あっ!!」と声を上げた。


そしてレティも「あっ!!」と続けて何かに気付いたかと思うと店員を呼び戻す。


「ホットミルクティーふたつ!」と追加注文をする。

そしてふと、俺の顔を見ると「やっぱり3つ、じゃなくて4つ!」と言い直す。


「はーい、ホットミルクティー4つですね。」

店員がその様子にクスッと笑いつつ、奥に引っ込んで行った後、


「冷たいの食べる時には温かいの飲まないと。またお兄ちゃんに怒られちゃう。」

と、ナティシアが笑って言った。


また怒られちゃう、って事は。会えるもしくは会えたってことだろうか。

と俺が思ったのと同時に、アンはナティに向かって、


「じゃあお兄ちゃんと今は会えるんだね?」

と問いかけた。



その問いに、ナティシアはまた少し困った顔をする。

「うーん…会えると言えば会えるんだけどね。」


「私が説明するよ。アイス溶けちゃうから食べながらね!」

レティシアが長いスプーンを手にして言った。




「さっきの続きなんだけど…私とお兄ちゃんはね、ナティシアと一緒に残る事にしたの。ナティシアは死んじゃったけど、うーんと…お墓?ナティシアのお墓と一緒に。」


多分、死の概念が違うから、墓っていう概念もなかったんだろう。

この世界の言葉でなんとか表現しようと頑張っているようだ。


「そうすると、私も死んじゃった。その…元居た場所が…うーん、爆発?した?えーなんて言えばいいんだろうー。」

レティシアが首を傾げて悩んでいると、アンが「場所ごと消滅したってこと?」と助け船を出す。


「そう!なくなったの、その場所がね。だからお兄ちゃんもそこで一緒に死んじゃった。だけど、私も手を繋いで居た筈なの。お兄ちゃんと…」


そしてそこで意識は途切れ、目を覚ましたらTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)のあの庭。という話だった。



「私が目を覚ました時、目の前に居たのは黒ちゃんだった。ナティと私に声をかけて、すぐお店に戻って行って、レイちゃんを連れて戻って来たの。私とナティをお店の中に運んでくれようとしたのね。」

チョコレートの山を崩しながら、レティシアは話を続けた。


「その時ね、今日のナティがアンちゃんにしたみたいに、私はレイちゃんに抱き付いちゃったの。お兄ちゃん!って。」

うふふ、とレティシアは笑った。


「えへへ…だってシンにそっくりだったんだもん…」

と、ナティシアは口の端にクリームをつけたまま照れ笑いをしている。


「そうなの、私もレイちゃんがね、お兄ちゃんにそっくりだったから、思わず抱き付いちゃったんだあ。…あ、シンっていうのは元の世界で、ナティの恋人だった人なの」

ナティシアは「へへへ~ごめんなさい~」とアングレルに向かって謝りながらも何故だか嬉しそうだ。


恋人…好きな人とそっくりな人が居たら…

そうなるのかな。


女神様は俺達にとって…

うーん。なんだ?

枠に嵌めるのはまだ難しいけど、大切な人で、とても逢いたいには違いない。


逢ったら抱き締めてしまうかもしれない。


「みんなに助けてもらって、色々なことを教えてもらって…レイちゃんもお兄ちゃんじゃないんだってわかって。じゃあお兄ちゃんを探しに行かなくちゃって思ったの。」


「それで旅に?」


「ううん、それはもう、お兄ちゃんが見付かった後。旅に出たかったのはね、半分はこの世界の色んなとこに行ってみたかったから。もう半分は、寂しくなっちゃいそうだからなの。」


「寂しくなっちゃうって…お兄ちゃんは見付かったのに?」

ますますどういう事だかわからない。

逢いたい人に逢えたのに…


今度はフルーツパフェを半分以上食べ終わっているナティシアが口を開いた。

「うん、あのね…お兄ちゃんは…居たけど、居なかったの…」


それはこの世界に来て2年程経った日の事だったという。



Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)のみんなで"年越しパーティー"をしたのだそうだ。

その日は店で集まり、日付が変わるまで皆で話をして美味しいものを食べて楽しく過ごした。

レティシアとナティシアも大分この世界に慣れて来て、大いにはしゃいだ。


はしゃぎすぎて、夜が明けるまでは体力が持たず。

2階の休憩室で少し眠る事にした。


休憩室に入ると、オーナーが持ち込んだ大きなコタツで、レイさんが先に眠っていた。


レティシアとナティシアはレイさんがお兄ちゃんじゃないとわかってからも、やっぱり似ているし、とても優しいレイさんが大好きだった。

そこでレイさんを挟むように横になると、ふたりで幸せな気持ちでウトウトと微睡み始めた。


と…寝入りそうな所に、ふたりの手をレイさんが握った。


『ティア…どこにも行かないで』


寝言にしてはハッキリと、レイさんの口から声がした。


レティシアとナティシアは跳び起きた。

紛れもなくお兄ちゃんの声だったからだった。


お兄ちゃんはレティシアとナティシアを"ティア"と呼んでいた。

その事をレイさんに伝えた事は無かった。



それなのに彼は手を握って『ティア』と言った。



「その時ね、わかっちゃったの…やっぱり、レイちゃんはお兄ちゃんだったんだよ。お兄ちゃんじゃないけどお兄ちゃんだったんだよ…。」

ナティシアは寂しげに言った。


俺達はまだ話が呑み込めず、その言葉の続きを待つ。


「その後ね、レイちゃんを起こしたけど、レイちゃんはいつものレイちゃんで…なにも覚えて無かったの。だから黒ちゃんに相談しに行ったんだ。」


その時のレティシアとナティシアもどういう事なのかわからずに、黒江さんに助けを求めた。

お兄ちゃんしか知らない事を、お兄ちゃんと見た目が同じ人が言う、なのに、彼はお兄ちゃんじゃない。


混乱するふたりに、黒江さんは、この世界ともまた違う世界の事を教えてくれたという。


世界は沢山あって、人は死ぬと、その世界と世界を旅するんだと。

世界を飛び越える時に、命と魂は形を変えて、新たな世界に生まれて来る決まり。

けれど、レティとナティは、どういうわけか形を変えないで新たな世界に来てしまった。


『お兄ちゃんはね、世界を飛び越える時に、形を変えたんだよ。』


『でもそっくりだよ!お兄ちゃんじゃないの?』


『レティとナティが一番分かってるでしょう?そっくりだけど、レイはレイとしてこの世界で生まれたんだよ。ふたりが来るずうっと前に…』


『じゃあもう私達が分からないの?』


『ううん、だって、名前を呼んでくれたんでしょ?きっと形が変わるだけで、無くなるわけじゃないんだよ…レイの中にお兄ちゃんは居るけど、この世界ではお兄ちゃんじゃないんだ。』


ふたりは大泣きした。

最初は何故泣いているのかも分からなかった。


後から分かった。お兄ちゃんが形を変えてこの世界に来てしまったということは、もう、お兄ちゃんのままのお兄ちゃんには逢えないと思ったからだ。


もう名前を呼んでもらえるかもわからない。


手を繋いでくれるかも、手を繋ぎたいと思ってくれるかもわからない。


だってお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないから。



「私達だけ、どうして形が変わらなかったんだろうって…どうしてそのまんまの姿で、そのまんまの心で、ここに来ちゃったのって…いっぱい泣いたよ。」


「それから、レイちゃんの傍に居ると寂しくなっちゃうの。一緒に居るけど、一緒に居ないような、そんな気がしちゃって。」


俯くふたりの前には空っぽのガラスの器。

俺はまた、泣きそうになる。


そんなことが、あるなんて…



「お待たせしました、ホットミルクティーです。」

そこに追加注文していた温かいミルクティーが届く。


「ふふっ、レイちゃんと約束したの。冷たいの食べたら、あったかいの飲むって。」

顔を上げたレティシアは笑っていた。


ミルクティーを一口飲んだナティシアも笑っていた。

「そうなの。お腹が冷えるからって。心配性だよね!」



「私達ね、納得はしたけど、諦めては居ないよ。それに、お兄ちゃんのことも、レイちゃんのことも、Twinkle(トゥインクル)Magic(マジック)のみんなのことも大好きだよ!」

レティシアが笑顔で言ってから、ふたりは声を合わせて、

「「ね~っ」」と楽しそうに言った。



俺もアンも、それ以上何も訊けなかった。


納得はしたけど、諦めては居ない。

何を納得して、何を諦めて居ないのか。







「今日はありがとう!パフェ美味しかったねえ。」

「また会おうね!女神様見付かるといいね。」

レティシアとナティシアは来た時と同じくらいに騒がしい声で別れを告げると、仲良くふたりで腕を組んで帰って行った。


雑踏の向こうにふたりの姿が消えるまで見送って、俺とアンも帰路につく。


電車に乗って、最寄り駅まで戻る間。なんだか頭がぼーっとして、動かなかった。

駅の改札を出て、少し歩いて…

俺は立ち止まる。


なんだかこのまま帰りたくない。


「リト?どうした?帰ろうよ。」


「川…」


「川?」


「遠回りして、散歩してから帰ろうよ、アン。川の傍の道。」


俺の意図が解ったんだろう。

アンが頷くと、俺達は一緒に歩きだした。



俺達が最初に倒れてた場所。

それがこの黒那川(くろながわ)の川辺だった。


「この辺だったよな。」


「そうだね…」


俺が立ち止まると、アンも立ち止まった。

暫しの沈黙の後、俺は絞り出すように言った。



「女神様…俺達のこと、忘れてたら…どうしよう…」



帰りたくなかったのは、家に着いたら、なんだか今日の事を受け入れてしまう気がしたから。

まだわからない、だけど…彼女たちのお兄ちゃんみたいに、女神様がもう、女神様で無かったら…


俺達が俺達のままだったから、当然、女神様だって女神様のままだと思ってた。


彼女たちみたいに俺達には死の概念が無かったわけじゃない。むしろ、それがあるからこそ、それから逃れる為に3人で逃げたんだ。


きっと黒江さんの言う事に当て嵌めたら、俺達は世界を飛び越えたんだ。


彼女たちみたいに"そのまま"で。

同じ姿で、同じ心で。



けど、女神様は?



「なぁどうしよう!女神様の姿が、心が、違う人になってたら…!」

不安でたまらなくて、泣いてるみたいな声になってしまう。


悪い夢を見た後みたいに、いつもみたいに、アンに『大丈夫だよ』って言って欲しかった。


でも、アンは少し震えた声で言った。

「わからないよ…僕だって…」


それこそ、泣きそうな声だった。



たまらず、アンの手を握る。


「大丈夫だよ、きっと!絶対!」

俺の言葉に驚いたように、俯いていたアンが顔を上げた。


「今日食べたパフェのことも、ワッフルのことも、教えてあげよう?女神様に。きっとどっちも食べたいって言うぞ。もしかしたらレティとナティみたいに大きなパフェ頼むかも!」

手を繋いだまま、その手をぶんぶんと振る。


アンは呆気に取られた顔になって、それから笑顔になった。


「そうだなあ、きっと、大きなパフェを頼むよ。」


「クマの方かな、ウサギの方かな?」


「ネコのもあったよね、イヌのも。」


「俺いつかイヌのやつ食べたいな。なんかフワフワなんたらかんたら…なんだっけ?」


「なんだっけ?ふふふ」


笑いながら俺達も歩き出した。

今の家に帰ろう。


これからどうなるかはわからないけど。


女神様がどうなっているかわからないけど。


どんな女神様であっても、結局俺達は、女神様に逢いたい。

3人で、美味しいねって言い合いたいよ。



女神様、きっと逢いに行くからね。


少しだけ振り向いて、心の中で呟いた。





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