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回転寿司のコーン軍艦


「明日、店休みだから。…って、日付的には今日だけど。」


食器を洗って居るところに唐突な店長の発言。


午前1時。


この時間帯は、いつもそれなりに客が来る。

残業帰りの人、呑んだ帰りの人、眠れない人。


テーブルが4つ、カウンターが5席。

小さなカフェではあるが半分以上は席が埋まっている事が多い。


とはいえ、この時間帯は静かだ。

ひとりで来る人が殆どだから。



普段からウィスパーボイスの店長の声もよく聞こえる。



「リト普通に出勤してきますよ。まあ、そしたら一緒に帰りますけど。」

蛇口を捻り水を止めてから応えた。


手を拭きながら店長に向き直る。


いつも眠そうに見えてしまう黒江(くろえ)店長。

気だるげなのが地顔なのだと言うけど、この時間はことさら眠そうに見える…

きっと本当に眠いのだろう。



「うん、それでね…11時に店に来てくれる?リトも一緒に。私服でいいからね。」


「はい。起きれるかなあ…」


「ふふっなんとか頼むよ。」


僕が家に帰るのは朝6時、弟のリトが出勤してくるのはいつもなら朝5時だ。

カフェTwinkle(トウィンクル)Magic(マジック)の営業中に、この顔がふたつ並ぶのは朝の1時間だけ。



店が休みの時は、度々店長や厨房のレイさん、それにアルバイトの五条(ごじょう)君に、勉強を教えて貰いにふたりでお邪魔している。


学ぶ事は沢山有って、いくら時間があっても足りないと感じる。

ひとつ知ると、それについて知りたい事が10個は出て来て、キリがない。


この世界はとても情報量が多くて、とてもとても自由だ。

自由で広くて、僕と弟が居た世界とは大違いだった。


いやもしかしたら、あの神殿から出られたなら。

こんな世界が広がっていたんだろうか…?



「明日は、お腹空かせて来てね。」


「何か食べに行くんですか?」


「うん、そう。美味しいもの。」

ポーカーフェイスな店長が珍しくニッコリ笑った。








朝5時。

まだ寒い時期にも関わらず、近いからと言って薄着のリトが駆け込んで来る。


「さっむい!おはようございます!」


だから上着着ておいでって言ってるのにな。

と内心呟くまでが僕の仕事終わりのルーティーンだ。


何回言っても店の制服で来る。

「だってそしたらあとエプロンつけるだけだから!」と笑顔で返されたら、僕は「そう。」としか言えない。


例え風邪をひいても変わらない、というのはもうわかっている。

年末に弟は風邪をひいて寝込んでしまった。

あまりの寒さに。


僕たちは病気になっても基本は病院に行けない。

日本人ではないし、この世界の住人かも怪しい。

僕たち双子の身元の証明というのは難しい。


Twinkle(トウィンクル)Magic(マジック)の人達は僕たちの面倒をみてくれる。

僕たちの味方だ。


だけど、それだけだ。

ここから外に出たら、確固たる味方なんて居ない。


外で倒れたりしたら。

病気になっても怪我をしても、助けを求めたり出来ない。


故にそれから口うるさく言っていたら、もう2月。

流石に諦めた。




意気揚々とエプロンを付けようとしていた弟を引き留める。

「リト、今日お店休みだって。」


「えっ?」


しばしの沈黙。


自分とそっくりな目が瞬きを繰り返すのをただ黙って見る。



数秒後、状況を飲み込んだリトは手にしていたエプロンをロッカーに放り込んだ。

「よし帰ろう!アンも帰ろ?」


「あと30分、お客さんが来なかったらね。」


最後の客が帰ってから30分、入り口のベルが鳴る事は無かった。

徒歩1分、だけれども、帰りは僕のマフラーを弟に巻いてやった。









帰って寝支度をして、朝食も取らずに眠った。

4時までは寝ていたであろうリトも、結局一緒に眠ってしまった。


目覚まし時計はセットしていたのに、起きたのは10時40分をまわってからだった。


店が同じ敷地内でなければ確実に遅刻していただろう…



「起きたばっかりの顔してる。」

と、笑ったのはレイさんだ。


店の前には大きめの車と、店長…休みの日は名前で呼べと言われてるから、黒江さん。

それから、五条君も居た。


この車は五条君のものだ。

何回か乗せて貰ったことがあった。


「五条君の車でどこかに行くんですか?」


「おはようミヤビ!乗っていい?」

リトは嬉しそうに車に駆け寄って行った。


ミヤビは五条君の名前だ。

五条(ごじょう) (みやび)というのが彼のフルネームというやつらしい。


この世界には苗字と名前というのがあるというのは店長に教えて貰った。

店長でいうと、"黒江"は苗字なのだという。


『一緒に住んでいるひと…ううん、共に生きる人を家族っていうんだよ。家族は同じ苗字を名乗るんだ。』


店長はそういう人は居ないらしい。黒江さんは、黒江さんだけ。

五条君に訊くと、「家族は居るけど店長が言うような意味では居ないかも!」だって。


色んな"家族"があるらしい。


黒江さんの言うような「共に生きる人」だったら、僕には2人居る。


弟のリトラビアと…女神様。

女神様と会えたら、3人の苗字も考えよう。


僕たちは僕たちらしい家族になれたらいい。





五条君の車に乗り込み10分程走ると、目的地に到着した。

黒江さんの言っていた"昼に食べる美味しいもの"とはなんだろうと、兄弟でソワソワしながら車を降りた。


飲食店には違いない。

看板には"超回転(ちょうかいてん)白玉寿司(しらたまずし)"とある。

迫力のある字体と共に、ひょうきんな表情をした白くて丸い生き物が描かれている。


装飾からして和食の店なのだろうか…

看板をじっと見ている僕の隣に五条君がやってきた。


「もしかして回転寿司って初めて系?」


「んっ?回転…」


「回転寿司」


「かいてんずし…」


言葉の勉強の時のように繰り返す。

実際これは勉強だ。


僕は本を読むのが好きで、絵本から始めて、最近は小説も読めるようになった。

時々わからない言葉や漢字もまだあるけど…



「ほらふたりとも行くよー!」

黒江さんに呼ばれて小走りで合流する。

入り口は階段の上らしい。



店内に入り、席に着いてもまだ僕たち兄弟はソワソワしていた。


皿が、動いている。

何故…何のために動いているのだろう…。


リトも同じことを思っているのかもしれない。

次々と視界を横切る皿、そして皿の上に乗った料理を目で追う。


そこに黒江さんが手をパンパンと鳴らした。

「はい、皆注目ー。今日はね、アンとリトがうちに来て1年経ったという事で…そのお祝いをしといでって。オーナーの計らいで来ました。」


そして手にした封筒をポンポンと叩くと、

「軍資金もいっぱいくれたから、好きなものを好きなだけ食べていいからね。」

と、これまた珍しくニッコリと笑った。



寿司自体は食べた事があった。

少しだけど。

僕は嫌いではないけど、まだ慣れないといった感じ。


生の魚っていう先入観が無ければ、美味しいものもある。


一方リトは大体の寿司を食べるし、美味しいと言う。

前々から思っていたけど、少し警戒心が足りないんじゃないだろうか。


その方が楽しめる事も沢山あるから、羨ましくもあるけど。



「メニューはこれね…流れてるやつでもいいんだけど、最近は注文したほうが早いんだよね」


黒江さんに食べ方を教わりながらも、訊いてみたい事はたくさんあったけど…それこそキリがないのでひとまず食事を楽しむ事にした。



メニューが豊富過ぎて迷うどころか混乱しそうになる店だった。

寿司だけでも種類が多すぎるくらい多いのに、揚げ物や麺類や汁物もあるし、デザートまで数種類ある。


「頼んでみて気に入らなかったら食べてあげるよ。なんか興味あるの頼んでみたら?」

と、レイさんが声をかけてくれて、ようやく頼んだのが…



「コーン軍艦…だと思った。」

「うん、思った。」

「それにすると思った。」



全員に頷かれた"コーン軍艦"だった。



好きなんだからしょうがないし、寿司になってるのを初めて見たんだから頼んでしまう。

味の想像が全くできなかったけど、食べてみると、寿司になってもコーンは美味しかった。


甘くて瑞々しくて、触感が楽しくて。



他のものも食べようと思いつつ、結局コーン軍艦を3回も注文してしまった。


3皿目のコーン軍艦を口に運んでいると、正面に座っていたリトが急に「アンちゃん!」と言うものだから、僕はコーン軍艦を落としそうになった。


「え、なに?」


「んっ、ちがう、アンを呼んだんじゃないぞ。でも俺にとってはアンの事か!」


「リトが何を言ってるのかわからない。」


「あぁ、ゴメンね、アン。いま漢字の読み方の話しててさー…」

リトの隣のレイさんが困り笑いをして言う。


「漢字って色々な読み方があるよなって話してて…(あに)って言う字教えたろ?兄に"ちゃん"って付けると、"にいちゃん"とも読めるし"あんちゃん"と読むこともあるんだよ。って話をだな…」



「あぁ、ここいっぱい漢字ありますもんね。」

メニューにもだけど、内装にも食器にも漢字が書き込まれている。


それを見てそんな話になったのだろう。


(あん)ちゃんは結構特殊な例じゃないっすか?実際使ってる人見たことない。」

と五条君が笑う。


五条君がそう言うならそうなのかもしれない。

このメンバーで唯一の生まれも育ちも日本人だ。


「えぇ?そう?」


「そうですよ、なんかこう、昔っぽいっていうか?ちょいちょいレイさんて言葉古いなあ。」


「そこもオカンっぽくていいんすけどね!」と、付け加えてから五条君はポテトフライを頬張った。

オカン…?とは何だろう…??



「ミヤビ、それ一口頂戴?」

「えー、自分で頼みなよ。どうせ一口じゃ済まないんだから。」


五条君とリトは仲が良い。

店に居る時間がかぶるから話す事が多いんだろう。


僕が働くのは五条君が帰った後の時間帯だから、実は殆ど顔を合わさない。


こんなに仲良くしているのを見ると、ちょっと妬ける。

顔に出てしまったのだろうか、黒江さんが気遣うように「次もコーン軍艦にする?天ぷらもオススメだよ?」と声をかけてくれた。


勧められるままに、揚げたての天ぷらを火傷しそうになりながら食べて、炙られた魚の寿司を数種類食べた後、リトの注文したポテトフライを半分もらって、もう1回コーン軍艦をおかわりして…



デザートにコーヒーゼリーを注文した所で、黒江さんが呟くようにレイさんに話しかけた。


(あん)ちゃん、ねぇ…あの子たちが探してたのは、お兄ちゃんだったね。」


探してた、という言葉に、思わずレイさんを見る。


「その話は、しない方がいいんじゃないの?」

僕の視線を感じたのか、レイさんが気まずそうな顔をする。


聞いてはいけない話なんだろうか…


「今だからしてるんだよ。アンもリトも、大分ここに慣れてきて…いい節目じゃない?」


黒江さんの言葉に、二皿目のデザートに夢中だったリトも「なになに?」と会話に入って来る。



「君らの前にTwinkle(トウィンクル)Magic(マジック)にやってきた双子の女の子の話だよ。多分、君らみたいに、別の世界からね。」


「えっ、俺達の前にも双子来たの?女だったのかぁ」


「あいつらの方が100倍大変だったわ…」

レイさんが頭を抱える。

余程世話するのに苦労したらしい。




それは僕たちがこの世界に来る4年程前の事。

なんとTwinkle(トゥインクル)Magic(マジック)の庭に裸の女性がふたり倒れていたのだという。


彼女たちも僕たち同様、どこから来たのかわからなかったし、言葉も理解できなかった。


レイさん曰く、僕らよりずっと"常識が無かった"らしい。

元に居た世界が、この世界と違い過ぎたのだそうだ。


どうにかこうにか教育し、独り立ちしたと思ったら、今は日本中を旅しているのだそうで…



「お兄ちゃん探しの旅に出る、ってさ。」

レイさんはやれやれと溜め息をついた。


「寂しいんでしょ?レイ。」

黒江さんはレイさんを見てニヤニヤしている。


「別に寂しくなんかねーわ!」



「そんで、そのお兄ちゃんっていうのは?」

僕も気になる事をリトが先に訊ねた。


「うん、お兄ちゃんっていうのはね、彼女たちの兄らしいんだけど…一緒に居た筈だって言ってて。一緒に来てないのか、お兄ちゃんはどこって…女神様を探す君たちみたいに。」


「「見付かったんですか?!」」


僕とリトは同時に叫んだ。

同じ声が重なったのを久し振りに聞いた気がする。


「そうだねぇ、それは…本人たちに聞いた方がいいんじゃないかなぁ?レイは連絡とれるんでしょ?」


「うーん、まぁ、女神様探しのヒントがあるかもしんないしな!帰ってこれないか聞いてみるわ。」

レイさんは渋々という顔だけど、僕と弟の必死な雰囲気に押されたようだ。


…その双子の女性の事が苦手なんだろうか?



―――チャンチャカチャーン♪チャンタマちゃんが料理の到着をお知らせするおっ!


陽気な声が僕らのテーブル席に響く。

僕が頼んだコーヒーゼリーと、リトが頼んだチーズケーキが、動く皿に乗って到着した。


「取り敢えずは、1周年おめでと。この世界の楽しいこといっぱい見付けてね。」

黒江さんが改めて僕らに向けて祝いの言葉を言ってくれた。

何故かその微笑みが寂しげに見えたのは僕だけだったんだろうか…


黒江さんはどこから来たんだろう?


僕たちのようにここでないどこかから来たんだろうか。

そこは、どんな世界だったんだろうか…


僕たちや、その双子の女性のように、誰かを探したりもしたんだろうか…




デザートのコーヒーゼリーは苦くて甘くて、ゼリーの上に乗っていたアイスクリームは冷たくて、美味しかったけど半分食べたところでレイさんに食べてもらった。


ちょっとまだ、僕には刺激が強すぎたかもしれない。







店の前まで五条君に送ってもらって解散した時にはもう14時過ぎだった。


「お茶でも飲んでく?」と、黒江さんが言ってくれたけど、お茶が入る隙間もないぐらいに満腹だったので丁重にお断りした。


黒江さんとレイさんはそのまま店に入って行き、五条君は「折角車出したし遠出してきます!」と車に乗って去って行った。


僕とリトはそれを見送った後、ゆっくりした足取りでアパートの階段を昇り、2階にある部屋へ帰った。

お腹一杯で、ゆっくりしか動けなかったのだった。




部屋に戻ると、兄弟同時にベッドに寝転ぶ。


「「あー食べたー」」


本日2回目のシンクロ台詞に、ふたりで「ふふっ」と笑う。




「なぁ、女神様はポテトフライ好きだよな。」


「コーン軍艦でしょ。」


「なんでだよポテトフライだろ。」


「ラーメンだったらどうする?」


「うどんとかな。」


「いやもしかして、甘いものばかり頼んだりして。」


「あっは!そうかも!」


寝転がったまま、ふたりで笑った。


女神様が見付かったお祝いに、またあの店に行きたいなあ。

不思議な動く皿に、女神様はどう思うんだろう。


僕たちみたいにきょろきょろしてソワソワするのかな。

沢山の選択肢に目を輝かせたあと、眉根を寄せて悩むのかな。


もう自分で選んで良いんですよ。

もう、ただの、ひとりの女性なんですよ。

神官たちにあれこれ指図されない、神殿という檻に閉じ込められない、この自由な世界で…


いっぱい悩んで、いっぱいのメニューの中から、貴女は何を選ぶのかなぁ。



貴女が選んだものを、僕とリトも、一緒に食べてみたいなぁ。




うん、でも僕は…女神様も"コーン軍艦"だと思うんだけどな?




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