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:夏の番外編:れれななチャンネル【ホラー注意!】恐怖!夏の夜の肝試し!謎の廃墟に突撃!【本当に出ちゃった!?】


『今回の"れれななチャンネル"は!』

『夏の夜の肝試し!謎の廃墟に突撃!だよ!』


女子二人の元気な声が画面から響く。


双子の彼女達は、様々な動画を撮っては投稿し、その収益で生計を立てている。

ほんの2,3年前、異国からやってきて言葉さえままならなかった彼女達が…

短時間でここまで成長したのは、やはり子供の様な柔軟さ純粋さによるものだろうか。


『実は視聴者さんからリクエストがありましてぇー…投稿者芽蓮(がれん) (はな)さんから!"私の仕事先の近くに気になる廃墟があります。そこには幽霊が出ると前から噂されていて、私も夜に通ると不気味だなと思っていました。しかしその建物が近々取り壊されると聞いたんです。その前に是非レレさんとナナさんに探索してみて欲しいなって…夏ですし、肝試し企画いかかでしょうか?いつも可愛いレレさんとナナさんの勇気あるとこ見てみたいです!"とのことです!』

『わー可愛いってーありがとー!』

『はいっ、というわけでですね!花さんとやりとりさせていただきましてー…来ました!こちらがその廃墟です!』


カメラの照準は双子姉妹から暗い雰囲気の建物に移った。

3階建てののっぺりとした建物だ。

特に特徴もない白かったであろう外壁は、老朽化で薄汚れて灰色になっている。

窓はいくつかあるが殆どが板で塞がれ、中を窺い知る事は出来ない。


『えっとぉ、今回は、夜に廃墟探索っていうちょっと怖い企画なので…助っ人に来てもらってまーす!』

『どーぞどーぞー!ボディーガードの皆さんですうー。』

カメラは双子姉妹側に戻り、顔にモザイク処理のされた数人が画面外から登場する。

何れも男性。顔は見えないが細身で若いように感じる。

ボディーガードと言うには少々頼りなさも感じるが、双子姉妹だけというよりは随分心強いのだろう。


『では探索していこうと思いますがー…その前に!』

『今回の廃墟探索肝試しですが、ちゃんとこの建物の持ち主様に許可を頂いております!』

『うんうん!皆は勝手に知らない建物に入っちゃダメだよ!そこが廃墟であってもね!』


トラブルを防ぐ為の注意点をしっかりと告知し、一行はついに廃墟探索に乗り出した。







「じゃあこのカメラは黒ちゃんが持っててねぇ。」

双子姉妹の姉"レレ"ことレティシアは、ボディーガードの一人黒江(クロエ) (シイ)にカメラを渡した。

彼は黒髪に黒い服、その白磁の様な白い肌が無ければ闇に溶けて見えなくなりそうな風体だ。

加えて喋る時に息を吐く癖があり、普通に喋っているにも関わらずそれは囁き声のようで、彼が幽霊だと言われても視聴者は納得してしまうかもしれない。


故に、彼にカメラを持たせるのは正解だと言える。


黒江が渡されたのは全体を撮るカメラだ。

後はレレと妹のナナ(ナティシア)が一台ずつスマートフォンで撮影している。


一番前にレレとナナ、その後ろには赤毛の兄弟。こちらも双子で、レレとナナと同世代の青年だ。

彼らは青年というよりはまだ雰囲気が少年を感じさせ、どこか彼女達と似たあどけなさを残している。


「レイちゃんは車の中から出ないでね、何かあったら必ず連絡するから!」

「そうだよ!追いかけて来ちゃだめなんだからね!」

レレとナナが捲し立てるように話しかけているのは車内待機を命じられた青年だ。

彼はとても不満そうだが、「1時間だからな。1時間したら必ず一旦は戻って来いよ。」と言う事で折り合いをつけたようだ。


建物中で何かがあれば、外で待機している人員はとても重要になってくる。


それにこの双子姉妹の兄のような存在である"レイちゃん"はかなりの心配性。

動画撮影に当たっては、その心配性が裏目に出ることもあるだろう。


この配置は適材適所と言う訳だ。



「カメラよーし!ライトよーし!」

「いくぞみんなーっ!」

レレとナナの言葉に頷く一同。

姉妹の気合いの声に対しての余りの静寂。


「…って、喋ってもいいんだよ!?」

「そうだよ!?顔は隠すけど!声は出してもいいんだよ!?」


「えっそうなの?」

「ゴメン喋っちゃダメなのかと。」

姉妹のすぐ後ろに居た双子兄弟のアンとリトは、カメラを回してから始めて声を出した。

僅かな差異はあるものの、面識の無い者にはどちらが喋っているかわからないであろうよく似た声だ。


レレとナナの声も余程のファンでない限りは聞き分けるのは難しいと思われる。

親しい仲になってしまえば、僅かな違いを感じ取る事も自然となるのだろうが。


「よしっ!気を取り直して!」

「いくぞーっ!」

「はーい。」

「いくぞー。」


「ねえ!もっと元気よく!」

「いつもの元気はどこ行ったのぉ!」


どうやら兄弟の返事に不満があるらしいレレとナナ。

黒江は4人の様子を笑みを浮かべて見守っている。

子供たちがじゃれ合っているのを眺める母親のようだ。


実際彼にとってこの4人は子供のようなものなのかもしれない。

例え数年であっても、常識も日本語もわからぬこの子達を、守って育てて来たのだから。


しかし彼も日本人と言う訳ではない。

この4人のように、自分の意思と関係無く、突然に異国から来た人間だ。

ここが何処なのかもわからず言葉もわからず、4人のように運良く理解のある人間に保護された。

10年程前の事だ。


それが本当に"運良く"だったのか、必然であったのかは神のみぞ知るという所であるが。




「えー、では玄関から入っていきますねー。」

どこか声を抑えたレレが、玄関の扉の鍵を開ける。

金属の重たい音を響かせて鍵が回り、そっと扉を押せばささやかな軋み音と共に扉が闇に沈んで行く。


かなり強いライトを使用しているが、建物の中を照らしても奥までは光が届かない。

光に照らされたのは長椅子がいくつか。

入ってすぐは広めの待合室になっているようだ。


一行は口々に「お邪魔します…」等と挨拶しながら中に踏み入った。

舞った細かい埃がライトに照らされキラキラと光る。


「えぇーっと…この建物なんですが、何に使用されていたかというとー…病院というか、療養所という事で。」

「療養所ってなに?」

レレの後ろに居た双子兄弟の弟、リトがすかさず問う。

「えっ?えーと、療養所っていうのはー…なんだろ、黒ちゃん、療養所ってなーに?」

今度はレレがカメラマン役の黒江に訊ねる。


彼は軽く溜め息を吐いて説明を挟んだ。

「病院の入院施設だね。治療に長い時間がかかる患者さんが入る場所だよ。」


「長い時間…大変だね。」

「うん、みんな治ってるといいねぇ。」

双子の兄のアンと妹のナナの会話に、全員が少ししんみりとした様子で頷いた。


現実は厳しい。"みんな治ってる"という事はまず無いが、祈る事は自由だ。

この施設に彷徨う無念があるならば、この無垢な祈りに少しは癒される事もあるかもしれない。



「これがここのマップだよ。幽霊が出るっていう噂があるのは2階の窓と…」

「あとは謎の地下室があるっていう噂だよ!入った事がある人は居ないみたいだけど…一応噂は検証したいね!」

レレとナナは白い紙に印刷されたマップをカメラの前に差し出してから、それを双子兄弟にも見せる。


「1階で地下室を探すグループと、2階を探索するグループで分かれたらどうかな?」

アンが効率の良い提案をする。この兄は4人の子らの中で一番賢いように思える。

双子故に歳の差は無いが、しっかり"兄"としての特性があるように見えた。


「いいね!じゃあここからは二手に分かれて探索します!」

「メインカメラの黒ちゃんはねー…1階がいいかな!うん!」


レレとリトは2階の探索へ。ナナとアン、黒江は1階で地下室を探す事となった。


「1時間後には玄関で集合だよ。もし何かあっても玄関に戻ってね!」

レレの言葉に全員が頷き、それぞれの探索へと踏み出した。




レレとリトの2人が階段室を目指して廊下の暗闇に消えて行くのを見送り、1階探索グループは動き出した。

「端っこから順番に見て行こっか。」

「そうだね、そんなに広くないし…左側から行こうか。」

3人は左側の廊下に歩き出す。ナナは頭にライトを装着、アンは手にコンパクトながらも強力な懐中電灯。一番後ろから黒江がカメラを持ってついている。

殆ど荒らされたような跡は無いものの、廊下には車椅子や医療用ワゴンがいくつか放置されている。

それが暗闇から突然ライトで照らされるだけで、廃墟の不気味さが際立つ。


「ここが端っこだね、えーと…処置室2、でいいのかな?」

ナナが扉に貼られたプレートを読み上げる。

「僕が先に入るよ。」

アンが処置室2と書かれた扉をゆっくり開ける。2人が続けて入って行くのを見守る黒江にも少し緊張の色が見える。

彼は病院に少々トラウマがあるようで、1階の探索が始まってからずっと呼吸が浅くなっているようだった。

それでも子供たちと一緒に居る時は弱みを見せたくない、その為に一番後ろからカメラを構えてついていくというのは彼にとっても都合が良かったかもしれない。



3人が室内に入る。

処置室は奥にカーテンが掛かっており、通路で隣の診察室と繋がっているようだった。

小さなベッドが一台、それから机を挟んで椅子が置いてある。


その横には医療ワゴン。

それをアンのライトが照らすと、カメラ越しに見ていた黒江は息を呑んだ。

そこには何故か注射器が残されている。


解体される予定の建物に、医療器具など何故残っているのか。

その注射器にはしっかりと針がついたままだ。


「これ…」

アンの呟きに、ナナも注射器に注目した。

「わっ…危ないよぉ、針だ。」


「触っちゃダメだよ、ふたりとも。」

黒江の言葉に、アンとナナは少し医療ワゴンと距離を取った。


3人とも暫し言葉を無くし、室内は静まり返る。



緊張した心臓の音さえ聞こえそうな静寂に水を差したのは、ある筈の無い物音だった。


それは何か動物の足音にも聞こえるし、木の葉の音にも聞こえる。


"カサカサ"という乾いた音。



「なんの音?」

「あっちのほうかな?」

ナナが奥のカーテンに向かうのを制止し、アンが先にカーテンの向こうの通路を覗く。


細長いシンク、薬棚。通路は思いの外長く、3部屋程が繋がっているようだった。


通路には音を立てるようなものは見当たらない。

アンは処置室に戻ると、この裏の通路から各部屋を見て回る事を提案した。











一方、2階の探索ペアは、噂のある窓を探すべく2階廊下に居た。


「そもそも幽霊ってなんだろうねえ~。」

レレが廊下の左右を照らしながら、視聴者に向けてでもリトに向けてでもなく呟くように言う。

それはまるで空に向かって"いい天気だねえ"と呟くぐらいの気軽さだ。


暗く籠った空気の廃墟にはそぐわない、ぼんやりと平和な声。


現時点ではレレにも、そしてリトにも緊張している様子は無い。

「幽霊って…こう…目に見えない?死んだ人?」

呟きに応えるリトは、授業の内容を懸命に思い出す出来の悪い生徒のようだ。


「目に見えなかったら、見えないのにねぇ。」

「…確かに、見えないのになぁ…じゃあ見えちゃったらもう幽霊じゃないってこと?」

「ええっ?うーん!でも見えた人が居るから、幽霊だー!ってなったんだよね?」

「じゃあやっぱり見えるってこと?」

「えええ?ううーん!そうなのかな?」


答えの無い問答を続けながら、2人は窓を確認していく。

廊下に面した窓は中庭に向いている。そして全てが板で塞がれている。

中庭をぐるりと取り囲む廊下をのんびりと一周した2人は、今度は室内の窓を確認する事にした。


昇って来た階段側から103、102、101、と扉の横にプレートが貼られている。

階段室の向こう側にはエレベーター。その奥に宿直室と表示された部屋があった。


階段室の前まで戻って来ていた為、一番手前の部屋は103号室となる。


「じゃあっ103号室から入って行きます!」

自身の持つスマートフォンに向かって宣言すると、レレは扉を静かに開け室内に踏み込んだ。


2人がそれぞれに部屋を照らす。

個室にしては広いがベッドは1台のみ。

シンプルながらも上等そうな椅子にテーブルが置かれ、洗面台と書棚、小さなデスクも備え付けられていた。

ベッドの手前に白いカーテンが下がっていなければ、ここが療養施設だということを忘れそうな部屋だ。


「なんか…キレイだね、今も誰かが暮らしてそうだ。」

部屋を見回りながらレレに声を掛けるリト。その発言に頷きつつも、「怖いこと言わないでよお。」と少し緊張した面持ちになるレレ。

居る筈の無い誰かが居る、それは幽霊で無くても恐ろしい事だ。

いやむしろ幽霊ではないからこそ恐ろしいのかもしれない。


それは見える何か、触れる何かかもしれない。

触れる何かであれば、直接危害を加えてくる懸念もある。


「あっ…ねえ、これ…」

ベッド側を見ていたレレが、カメラを壁に向ける。

そこにはカーテンが掛かっていた。


分厚い白いカーテンだ。


「窓…かな?」

「きっと窓だな。」


2人は顔を見合わせて、頷く。

「私が開けるね、ちょっとカメラお願い。」

レレは手にしたスマートフォンをリトに渡し、カメラが自身と窓の方に向くのを確認すると、カーテンに手を掛けた。


「えいっ!」

気合いの声と共に、一気にカーテンを開ける。

ぼんやりと外の光が室内に入るのと同時に、ライトがガラスに反射した。


そこに板は無く、窓は塞がれてはいなかった。



「わ!…窓だっ」

一瞬反射した光に怯んだものの、元々幽霊に対しては恐怖感の無い2人。

すぐに窓に寄って行く。

「塞がれてない…これが幽霊が出る窓?」


それは洋風の格子窓だった。


「開くのかな…あっ、"怪我をしないように気を付けて"という条件で、物を動かす許可は頂いてます!」

レレはカメラに向かってすかさず説明をする。探索に当たって事前に慎重に許可を得ている事を。

この様な真面目な所も、彼女達の人気の理由のひとつなのだろう。


「見た感じ何も不思議なとこはないけど…これ取っ手かな?開けてみるね!」

隅々まで窓を眺めた後、レレは窓を開閉する為にあるであろう溝に手を入れた。

下半分を上下に開閉させる窓だ。手を差し入れ上に向かって持ち上げようと力を掛ける。


窓は"ガタッ"と音をさせたが、開く事は無い。施錠されているようだ。


「むっ、開かないやー…開きませんでしたっ!結構力入れたんだけどなぁ。」

何度か持ち上げようとした後、レレは窓から手を離し、カメラに向かって両手を振った。


「えっ!それ!どうした!?」

ゴトッと音をさせて、スマートフォンは床に落ちた。

リトがカメラを放棄し、慌ててレレに駆け寄ったのだ。


「え?あっ?ええ!?」

リトに手を取られて、レレはやっとその理由に気付く。

自らの手が赤く染まっていたのだ。


これにはレレも驚き、手を握ったり開いたりを繰り返す。

手に付いた液体は大量ではないものの、ベタベタとした感触を彼女に伝えた。


「わわわわわっなにこれ!」

「怪我してない?!」

「してないよお!私の血じゃないよお!」


二人の慌てた様子の会話を、カメラは音だけ拾い続けている。

暗い画面の向こうで二人は「取り敢えず拭こう?ちょっと待ってタオル…」「お水そっちに入ってるから」と、血のような何かの液体を拭きとろうとしているようだ。


もし怪我をしていないとしても、衛生的にすぐに拭き取った方が良いだろう。

物を動かす許可を得ていたのは良いが、廃墟の物に触れる時に素手で挑むとは迂闊である。


"目に見えない何か"というのは何も幽霊や念だけではない。

化学物質、微生物、肉眼では観測出来ないそういうものを、時に幽霊や呪いと言ったりするのだから。



「よかった、ホントに怪我はしてないみたいだな。」

リトの安心した溜め息を拾った後、カメラの画面は回復した。

再びカメラはレレを映す。


「ちょっとビックリしちゃったけど大丈夫!なんか赤いのが手についたけど…窓に付いてたみたい!」

レレはカメラの前で手をヒラヒラと振って見せた。

小さく女性らしい手が画面の中を踊る。

赤い色はすっかり拭き取られていた。


「なんだったんだろ…窓のペンキとかがおちたのかな?」


二人は再び窓に注目した。

と…"コツン"と小さな音。何か小さなものがガラスに当たったような。


「「えっ??」」

レレとリトは双子のように声を合わせ、同時に窓の上部を見上げた。

音のした方を。


窓の向こう側に、手があった。

細い腕、細い指、白い指先が窓に乗っている。


音は、その手の爪が窓を叩いた音だったのだ。


「手。」先に呟いたのはカメラを持っていたリトだった。

「手、だぁ。」続いてレレも呆けたように呟く。


ここは2階。

3階から身を乗り出したとしても、この2階の窓に手が届く事は無い。


「えっオバケ」

レレが今気付いたような発言に被せるように、二人のすぐ側のベッドから不気味な声が語り掛けた。


『ねェひまなのアソボうよ』


今度は声を出す暇も無く、二人はベッドの方を向く。

誰も居ない。


暫し間を置いて、リトはベッドに向かって話し掛ける。

「今、遊ぼうって言った?」


当然ながらベッドは返事をしない。

カメラは物言わぬベッドを数秒映すと、今度は手が居た窓に戻る。


そこにもう白い手は無かった。














「何も無かったねぇ…何の音だったんだろね?」

ナナは不思議そうにカメラに問い掛けた。


1階を探索していた3人は、処置室2から続く部屋を見回り、廊下に戻っていた。


廊下に出て、今くぐったばかりの扉を見るとそこには"診察室1"とプレートが付いている。

裏の廊下を通り、玄関のある待合室手前まで戻ってきたようだ。


黒江の持つカメラが、待合室の方を向き、それから廊下の奥へ向けられる。

すると、廊下の途中で光が入っている事に気付く。

先程通った時は真っ暗で、3人の持つライトで照らして歩いて行った筈だ。


「明るい…」

カメラの向く方へ視線を合わせていたアンが呟く。


「あれ?ホントだ。なんだろー?」

好奇心の強いナナは、小走りに明るい方へ行こうとする。

「待って!」

カメラの画面が揺れるのと同時に、アンが追いかけ、ナナの手を掴んだ。


黒江の深い溜め息が録音されるが、前の二人には聞こえていないだろう。



ナナを引き留め、3人で慎重にその明かりの正体を確かめに進むと…それは両開きのガラス扉だった。

明るさの正体は、外の月明かりだったのだ。


アンがそっと扉を押すと、それは難なく開いた。


その先は中庭になっており、ガラス扉の横には大きな板が立て掛けてあった。

3人が最初に廊下を通った時は、その板が扉を塞いでいたのだろう。


「…これ、誰がどけたんだろ?」

「誰か居るのかな?」

「そうじゃなきゃ説明付かないよ。幽霊が板を動かしたとでもいうの?」


カメラが庭を見渡す。

そこには人影はない。


中央に今は動いていない小振りの噴水。噴水に向かう小道にレンガが敷かれており、噴水の向こう側のガラス扉前まで続いている。

ただし、向こう側の扉は板で塞がれているようだ。それも廊下側から。


「誰か居るんだとしたら危ないよ、戻ろう?」

慎重派のアンは、今にも庭中見て回りそうなナナの手を引いた。


「でもっ!幽霊がコッチダヨーって板を動かしてくれたのかもしれないじゃない!」

「ええぇ?」


二人のやり取りを撮影し、もう一度映像は庭をぐるりと見渡す。

やはり誰も映らない。

低い木は植えられているものの、隠れられそうな大きさは無い。


「ちょっとだけ見たい!ねぇいいでしょ?」

ナナが今度はカメラに寄って来る。

カメラに言うというより、黒江にお伺いを立てているようだ。


それは丁度、子供が"もうちょっと遊びたい"と母親にせがむように。


「一人で行かないで、二人でね。気を付けてね。」

黒江が静かに言うと、ナナは笑顔になり、カメラに向かって何度も頷いた。



ナナとアンは、並んで歩き、黒江が少し後ろから付いていく。

建物の壁に囲まれた、広くは無い中庭だ。

すぐに1周し、3人は中央噴水前で立ち止まる。


中庭から3階まで見上げると、その全ての窓は板で塞がれているようで、中は見えない。

吹き抜けの空から月明かりが入っていた。満月が近い事もあり、夜とはいえ明るい。

廃墟内の暗闇に比べれば随分と違う。


上から下までじっと観察していたナナが声を上げる。

「あっ!ねえこれ足跡じゃない?」


カメラに手招きして、レンガ道の側の土の上を指差す。


薄っすらではあるが、確かに靴の跡のようなものが画面に映し出される。


空気は湿っているが、雨は降っていない。

乾いた土の上では靴跡がハッキリは残らない。


だというのに、ナナはこの微かな足跡を見付けた。

相当視力が良いのか、勘というものが鋭いのか。



ナナはアンと二人で足跡を辿り、壁際まで進む。

壁まで突き当り左右を見渡すと、低い木の陰、壁から少し突き出た白い箱が見えた。

そこには"噴水制御盤"とのプレートがある。


「黒ちゃん、これなに?」

ナナがカメラに向かって問い掛けると、黒江から「真ん中の噴水を操作するものだよ。」と答えが返ってくる。

続けて、「足跡は業者さんか何かのじゃないかな?取り壊すって話だし…」と予想を語る。

予想ではなく"そうであって欲しい"という願いかもしれない。


もし、そうではないなら。

誰かがどこかに潜んでいたなら。


保護者というものは常に最悪のケースも想像してしまうものである。

それが人間の本能というものだ。


この子らを守らなければ、その心が不安を駆り立てる。


今一番恐怖を感じているのは、前を歩くナナでもアンでもなく、カメラを構え後ろを付いていく黒江かもしれない。



「そっかぁ、噴水かあー。」

ナナは何気なく、噴水制御盤の蓋の取っ手に手を掛けた。

鍵穴もハッキリ見えており、当然開かないと思っていたそれは、ガチャリと音を立てて開いた。


「わわっ!」

それが開いてしまった事に驚き、ナナはパッと手を離す。


それがただの噴水制御盤だったなら、"もう、ダメでしょ"と黒江は叱ったかもしれない。

だがその声は出なかった。


蓋の向こう側にあったのは、制御盤では無かった。

空洞だ。

正しく言えば、通路だ。


制御盤の箱、蓋自体は大きくは無い。だが、立ったままでは入れないが、潜るなら別だ。

かなり屈む事にはなるが、巨体で無い限り大人でも十分通れる。


「ねえこれ…もしかして地下室…」

ナナがスマートフォンを通路の暗闇に向け、それから黒江の持つカメラに向き直る。


「地下室かも?確かめようよ!」

カメラを構えたまま硬直していた黒江は、ハッとしたように首を振った。

「ダメだよ。そうだとしたら、それこそ誰か居るかもしれないんだよ?幽霊ではなくて、人間が。」


「でも、居るとしても誰が居るのかな…建物自体鍵が掛かってて入れないようになってたのに。」

アンの呟きを聞いて、ナナも「確かに。入れない筈だよね。」と大袈裟に頷いた。


「ここを管理してる人…?」

「今日は来ないって言ってたよ?」

「元職員なら鍵を持ってたりするのかな…」

「一旦ここの持ち主に電話してみたらどう?」


ぽかりと口を開けた暗闇を前に、3人は話し合う。

誰か居るのか、とすれば誰なのか。


「むーぅ…誰か人が居るなら!」


痺れを切らしたようにナナは暗い通路に大声で呼びかけた。

「こんばんはぁああ!!誰か居ますかあああああ!!!」


黒江とアンは突然の叫びを止める事も出来ず、呆然とナナを見詰めた。



ナナの声は暗闇に吸い込まれていったが、3人が耳を澄ませてもその返事は無い。



「よし…誰も居ないね?」

振り返ったナナのあまりに警戒心の無い顔に、黒江もアンも呆れを隠せない。

「怪しい人が応える訳ないでしょ…」

「こっちの居場所を伝えてどうするの…」


「えっ?ダメだった?」


「ダメだよ、取り敢えず玄関に戻ろう。」

「えーっ」

黒江の指示にあからさまに不満げな顔をするナナ。


「じゃあ地下室かどうかだけ確かめたい!少し覗くだけ!奥まで行かないから!」

好奇心の塊であるナナが食い下がる。

"隠されていた通路"を前に撤退するのは、好奇心旺盛なナナにとっても、動画の視聴者にとっても、拷問のようなものだろう。



「わかったよ、じゃあ二人はここで待ってて。僕に何かあったら追いかけて来ないで外に居るレイに知らせて。」

黒江だけ中に入り、地下に通じているかどうか映像に収めてくる、という事で落ち着いたようだ。


「いってらっしゃい!」「無理しないでくださいね。」

ナナとアンは暗闇に消えて行く黒江に声を掛けた。


低い入り口を潜ると、立って歩けるような空間になっているようだ。

カメラのライトがチラチラと向こう側で動くのを、ナナとアンも確認できた。


「ドアがある、少し向こうを見てくるね。」

少し抑えた声で黒江が二人に呼び掛けると、ライトも黒江の姿もフッと闇に消えた。


それ以降、黒江から言葉が返ってくることは無かった。





黒江が暗闇に消えてから、15分は経ったろうか。


何度か入り口から呼びかけてみても、彼は戻って来ない。


「おかしい気がする…」

そう呟いたのは慎重派のアンではなく、いつも大胆なナナの方だった。


恐らくアンはおかしいと思っていても、口に出来なかったのだろう。

もし言葉にしたら、本当にそうなってしまう気がしていたのかもしれない。



アンと同じく、黒江は慎重な男だ。

彼の幼少期は凄惨なものであったし、その人生も決して平穏では無かった。

常に何かの脅威に晒されて生きた彼は、この場所で心の平安を得るまでにかなりの時間を要した。


平和なこの世界に馴染んだ今であっても、その警戒心は人並み以上だ。


ナナもアンも、黒江がどんな過去を持ち、どんな想いで自分達を見ているのか、そんな事は知らない。


けれど彼は、二人の育て親のような存在だ。

慎重で冷静で色々な事を知っている、兄のような父のような母のような。

頼れる存在。


そんな人が、この状況でこんなに長い間戻って来ないだろうか?

長くても5分程度で引き返してくるのではないか。



一度不安に思ってしまったら、それはどんどん膨らんでしまうものだ。

ついにナナは黙って居られなくなって、撮影も忘れてアンに縋りついた。

「ねえ、どうしよう!ドアあるって言ってたけど、ドアのとこにオバケ居たのかな!どうしよう!」

「一回玄関に戻ろう?レイさんとこに行かないと。」

自分までパニックになってはナナを守れない。

その一心でアンは冷静を装っているのだろう。声は至って冷静だが、表情からはかなりの緊張が見て取れる。


二人は手を繋ぎ、走って中庭を出て行った。











黒江のカメラはドアの先で、階段を捉えていた。


地下へ続くであろう階段だ。


だが、それを確認出来る程度に近付いたその時。

"誰か"が彼に囁いた。


『動くな。』


通路は狭く、階段への距離も3mも無い。

誰かが潜んでいる筈は無いと思っていたのだろう。


ただ、その通路にドアがひとつだけとは限らない。


隠されているような通路に、あからさまな扉が付いている。

何故もうひとつ隠された扉もあると予測出来なかったのだろうか?


黒江(クロエ) (シイ)の、そういう隙のある所が、私は好きなのだが。











玄関では、中庭から走り戻った二人と、2階の探索を終えて戻った二人が丁度顔を合わせていた。

ナナとアンのただならぬ様子に、レレとリトも緊張した面持ちになる。


「えっ、黒ちゃんが戻ってこないの?」

「そうなの、レイちゃんに言わなきゃ!」


再会した4人はすぐに外の車へ知らせようとした。

玄関を開けようと扉を押す。


が、動かない。


入った時に鍵を開けたレレが、「何かの拍子に鍵が閉まったのかな」と、鍵であろう銀色のつまみを回そうと試みる。


が、それも動かない。


「あれっ?なんで?」

焦るレレの後ろで、ナナも声を上げる。

「わわわわ、スマホもおかしいよお!」


カメラモードにしていた画面はノイズが走り、通話で助けを求めようにも何故か電波のアイコンは真っ黒である。




この療養施設の出入口はオートロック出来るようになっている。

何故なら稀にではあるが脱走する患者が居たからだ。


それはここに電気が通っていなくては出来ないし。

施設関係者でなければ操作出来ない。

システムにアクセスする権限を持っていなければ。



つまり、ここは廃墟ではない。

"私"が管理している、レレとナナの為に用意した"お化け屋敷"と言う訳だ。



この為に仕事の合間を縫って準備したのだから、楽しい夜にしなければね。




「大きな声で叫べば聞こえるんじゃない?!」


「たーすーけーてー!レイちゃああーーーんっ!!」


レレとナナはその高い声を張り上げて、外の車に助けを求める。

だが残念ながらその声は届かない。


ここは周りに住宅もある為、騒がしい患者の声が漏れて近所迷惑にならぬよう、全館防音仕様である。



とはいえ、そろそろ1時間が経過する。

なんの連絡も無いというのは"心配性のレイちゃん"が見過ごす筈も無いだろう。



「ねえ、裏口は?ここ、ドアのマークあるよ。」

念の為と全員に渡された紙のマップ。アンはそれを確認していたようだ。

レレとナナがパニックに近い中、冷静に出口を探す。

賢いとは思っていたが、よく頭も回る。

良い子だ。


「ホントだ!こっちからなら出れるかも!?」

「早く行こ!」


4人は裏口へ向かい始めた。

先述した通り、オートロックの為開く事は無いのだが。


裏口には右側の廊下からの方が近い。先程2階を探索したレレとリトが階段を使った方の廊下である。

4人は走りこそしないものの、かなりの早足で廊下を歩いていく。


階段の隣にはエレベーターがある。


外装は古いが、中身は最新式だ。

そして彼女らが捜していた"地下"へ通じるもうひとつの道だ。


専用の鍵を持っていなければ地下へは行けないが。



そもそも今回怪談のネタにした地下は、何も特別なものは無い。

倉庫、霊安室、私の研究室。

確かに遺体を安置するという部屋は、この日本という国、死を忌む文化にとっては怖いものかもしれない。だが、考え方だ。

ある程度大きな病院には必ずある部屋であるし、必要なものだ。


…ただ、ここは"大きな病院"では無いのだが。




レレとナナには、"ここは廃墟で水も電気も通っていない"と伝えてある。

つまり勝手に何かが動く筈は無い。


と、彼女達は思っている。

「えっ?」「なに?」


ポーンという電子音に4人が振り返ると、暗い廊下に光の筋が降りる。

裏口へのエントランスも間近というところで、先程通り過ぎたエレベーターの扉が開いたのだ。


アンとリトの兄弟は、言葉もなく身構える。


エレベーターからは誰も降りては来ない。

そのまま扉は閉まり、再び廊下は闇に包まれた。



4人の大きな心臓の音が聞こえる心地だ。

私は嬉しくて口元が緩んでしまう。



レレもナナも、そしてアンとリトも、恐らく"幽霊"は怖がらないだろうと思っていた。

4人とも度胸がある、それにどこか俗世離れしている。

そういう概念では恐怖を感じてもらえないだろうと思っていた。


だから大切な人から引き離される恐怖を利用した。


それは4人に共通してある恐怖であるし、そこでやっと"なにかよくわからないもの"が敵であるかもしれないと思わせる事ができる。


純粋で無垢な4人は、最初から対象を敵とすることをしない。


対象を敵と感じて初めて、"怖い"と思うのだ。




裏口に辿り着きはしたが、そこもまた開かない。

玄関と同じように、鍵は力づくでは開かない。


4人とも悲鳴こそ上げないが、今確実に恐怖を感じて居る事だろう。

遠隔で心拍を測る機器までは導入出来なかったが、そこは私の想像力で楽しむとする。


『ど、しよ。』

『玄関に戻る?』

『でも…』


モニターから4人の相談する声が聞こえている。

それを楽しく眺めて居ると、モニターの横に置いたスマートフォンの画面が光った。


画面には"心配性のレイちゃん"と表示される。


1時間経っても連絡が無い為、姉妹に連絡を試みたが通じない。

そして"建物の持ち主"である私に連絡してきたのだろう。


「はい。ええ。…鍵が閉まっている?おかしいですね。…私遠方に住んでまして、1時間程お待ちいただければスペアキーをお持ちしますが。」


彼は一度玄関を開けようと試みたようだ。

だが開かない。何かあったら助けに行けないから、くれぐれも開けたままにして置いてくれと言っておいた筈なのに、と。


落ち着かない様子を隠し切れない彼の声。

冷静な対応をする私に、苛立ちさえ覚えているかもしれない。



私は"心配性のレイちゃん"とも面識がある。

故に私の声も知っている。だが正体を明かす訳にはいかないので、変声アプリを通させてもらっている。

私の声は今、彼には少し年配の女性の声に聞こえている筈だ。


便利な時代になったものだ。

ほんの少しの工夫で別人になれるのだから。



結局、"取り敢えず向かって貰って到着前に動きがあればまた連絡する"と言って彼は通話を終えた。



さて、とモニターに視線を戻す。

双子達4人は玄関には戻らず、裏口エントランスから通じる処置室1を通り抜け、左側の廊下に出ていた。

処置室1は緊急処置室も兼ねている。裏口から運ばれて来た病人を診る為の部屋でもあった。

急患が無ければ通常通り使われていた為、診察室がある左側の廊下にも通じているのだ。


どうやら中庭に4人で戻る算段らしい。


脱出に時間がかかる以上、黒江の無事を確認するのが先だと判断したのだろう。






「ここが謎の入り口だよ!」

ナナは開け放したままの、小さな入り口の前に立った。


「僕が入る。」

「いや俺が入るよ!」

「ダメだよ、リトに何かあったら…」

「そんなのアンも同じだろ?!」


どちらが入るのか、兄弟が言い合いを始める。

経験上、仲の良い双子が多数ではあるが、特にこの二人はお互いを失う事を恐れているように思える。


そんな兄弟愛のやり取りを黙って見ていられる程、姉妹は気が長くは無かった。

「もうみんなで入るよ!」

「そうだよ4人で行こ!」


「えっ?」「そんなこと」


「ヤダなら先に入っちゃうからね!」

"謎の入り口"の一番近くに居たナナが、素早く屈んで中へ入って行く。


「ちょっと待って!」

続いてアンが慌てて後を追う。



全員が立ち上がれる所まで中に入ると、通路はかなり狭く感じた。

人が三人横に並べる程度の幅。ライトで照らせば目視できる程度で壁に突き当たる。

灰色のコンクリートの壁。何も塗装の無いように見える壁。


突き当たった壁には黒江が言っていた"ドア"がある。


元は飾り気の無い白い扉だったものを、演出の為に赤く塗っておいた。

我ながら稚拙な演出だとは思うが、案外この4人には単純な方が効くかもしれない。


その予想は当たったようで、その警戒色は4人に扉を開けるのを少々は躊躇わせる事ができた。


まず扉の前で、「黒江さん!居ますか?」とアンが呼び掛ける。


返事は無い。




黒江はどうしていたかというと…

彼には事情を話して協力して貰っていた。


好意的に、とは言えないかもしれないが。

それが4人の為になるならば、彼は協力してくれるだろうと思っていた。



これまでのあらすじは大体計画通りだ。

この後、庭と通じる入り口を施錠、少し間を置いてから赤い扉を開けて、黒江と再会させる。


庭に通じる扉は施錠されている為、一行は地下を回って出口を目指す…という筋書きだ。


一回エレベーターが動くのを見せているから、賢い子ならばそこから出られると気付くだろう。

勿論、そこに乗り込んだ際にも脅かさせてもらうが。



私は手筈通り、遠隔操作で庭に通じる出口を閉じた。

安いホラー映画のように、わざと音を立てて。


……と、思っていたのだが。


噴水制御盤を装ったその扉は、そっと音も無く閉じた。

ロックは掛かったので、多少の予定外は許容する事にする。


4人はまだ退路が断たれた事には気付いていない。

しかし、黒江と合流し、庭に出ようとした所で自ずと気付くだろう。


もう進む先が地下しかないと。




私は満を持して、赤い扉のロックを解除した。


今度はガチャリと鍵が回る音が鳴る。


黒江には、"その音を合図に起きて欲しい"と伝えてある。

宛も今まで気を失っていたかのように。




それまで何度か赤い扉を開けようとしていたリトが、そのまま勢い良く扉を開ける。

『開いた?!』

『黒江さん!大丈夫?!』

起き上がったばかりの黒江に、4人は我先にと駆け寄る。


『うわぁあん!黒ちゃん!!』

『あぁあん!生きてるよお!良かったあああ!』


モニターからは姉妹の泣き声が聞こえた。

天真爛漫な彼女達の、恐怖、不安、泣き声。

れれななチャンネルの視聴者としては貴重な映像に投げ銭をしたいぐらいである。


これは放送される事の無い、お化け屋敷提供者の私だけが見れる映像だが。




黒江には、4人と再会したら終わりと言ってある。

この後地下を巡らなければならない展開は明かしてはいない。


庭に出ようとして、その扉がロックされていたら、黒江は怒るだろうか?



私は楽しみにしながら、6人の様子を見守った。



先頭をアンが行き、いつの間にか閉じられていたその小さな扉を押した。





庭の月明かりが暗く狭い通路に入る。





いや、そんな筈は無い。

私はセキュリティシステムの画面を見直した。








全てのロックが解除されている。







私は扉を閉めようと操作キーを叩いた。

が、エラー音を発してセキュリティ画面は閉じられてしまう。


何故…




私は暗い通路のモニターに目をやった。


庭への通路の前、最期のひとりが立っている。



その子は低い通路へ入ろうともせず、こちらを振り向いた。


監視カメラの方を真っ直ぐ見て、確かに笑った。






『センセェ、泣かせちゃダメだよ』





マイクが拾った声は、姉妹のものでも兄弟のものでも、黒江の声でも無かった。


私が知っている声ではあったが。




















後日、編集され投稿された動画は"【ホラー注意!】恐怖!夏の夜の肝試し!謎の廃墟に突撃!【本当に出ちゃった!?】"と名付けられ、れれななチャンネルでも歴代1位の再生数を記録した。


勿論、レレとナナ以外の顔はモザイク処理されており、私が事前に黒江の持っていたカメラから削除させてもらった部分もある。


それでも十分に視聴者の興味と恐怖を煽るものであった。





私はコメント欄に感想を書き込んだ。









投稿者 芽 蓮(がれん)(はな)

リクエストに応えてくれてありがとうございました。レレさんとナナさんの勇姿を見られて嬉しいです!廃墟の謎は解けなかったけれど、ふたりが無事に帰って来てくれただけで良かったです。

これからも動画楽しみにしています!
























「吉崎先生、回診の時間ですよ。」


「今行くよ。」


「もう、また動画ですか?意外と若い趣味をお持ちですよね。」


「ちょっと応援したい子が居てね。」


「あらあら、すっかりおじさんっぽくなっちゃって。」


「ははは、何言ってるんだい、私はずっとおじさんだろう。」



「そうですねぇ、もう×××歳ですか?」

「1歳多いよ。」

「あら、私ったらボケてきたかしら…」

「ははは」









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