無心なビスケットと家族の甘口カレー
白い壁、高い天井、青い光。
ここはどこだろう。
知らない筈だけど知ってる気がする。
あれ、俺って誰だっけ?
『後はお前が好きにしろ』
自分から出る声が、自分じゃない気がする。
声?声でさえない気がする、だって口が動いてない。
でも聞こえる。自分の発する言葉が。
誰かの体に入り込んでしまったような変な感覚のまま、目の前に立った人を見る。
その人は不思議な金色の目をしていて…誰かに似ている。
誰だろう、誰だっけ…。
思い出せないまま話は進む。
自分の声と同じように、音じゃない声がその人から聞こえた。
『好きにしろと言われても、私は…』
この人は戸惑っている?ううん違うな。
俺は知ってる。
とっくにこの人は決めてる。
今後、この場所を好きにするって。好きに生きると決めてるって。
だからこう応えた。
『余計な話をしている時間は無いんだ』
余計な話。
茶番だって思ったから。
――――ポッポーポッポー
いつもの目覚まし時計の音。
ベッドの中で、思わず手を握って開いて、自分の身体だと確認してしまう。
夢…なんか不思議な夢だった。
自分が自分じゃない。
誰かになってる夢。
「あー、うん。よし。」
声もちゃんと出る。
音で発声できる。
夢の中では思う事さえ自分とは違う気がしてた。
なんていうか…本当に違う人になってて…
違う考え方で、違う性格で…
でもそれでも…
感じているのは自分自身っていうか。
「っていう夢を見たんだよ、店長。」
お昼までの仕事を終えた俺は、出勤してきた黒江店長に今朝見た夢の話をした。
いつも少し眠そうな店長だけど、今日は更に眠そうにしつつも話を聞いてくれた。
昨日は店長お休みだったと思うんだけどな…ちゃんと寝てないのかな…
「なるほどねぇ…違う人になる夢かぁ。リトは不思議な夢をよく見るし、それこそ前世の夢とかだったんじゃない?」
「前世?でも俺、生まれ変わってないんじゃ…」
「何回も生まれ変わるとしたら、リトの前の人生もある筈じゃない?」
「ハッ!そうか!」
俺はこの世界に、死ぬ前のそのままの体で来た。
だからよくわかんなくなってたけど、普通の順番を踏んで生まれ変わってきたなら、この俺になる前…リトラビアという人間になる前、誰か他の人だったかもしれないんだ。
「そっかぁ、じゃああれは俺じゃなかった時の事なのかもしんないのか…」
「ふふ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし…でも悪い夢じゃなかったなら良かったね?」
「うん、多分悪い夢では…なかったと思うけど。」
でも少し、なんか…
夢の中の俺は、機嫌が良いって訳じゃなかった気がする。
怒ってるような悲しいような、なんて言えばわからない…
と、俺がモヤモヤ考えている所に、店のベルがカランカランと鳴った。
ロッカー室の前で話をしていた俺は、店長と一緒に店の方を覗きに行った。
俺はランチの最後のお客さんを帰してから仕事を終えて着替えに来たから…
お店はいま来たお客さんだけかな。
「あっ、リトやん。まだ居たんや。」
お客さんだと思ったら、そこに立っていたのはオーナーだった。
この店はオーナーの店なんだけど、裏口からじゃなくていつも表から入ってくるんだよな。
「オーナーどうしたの?パフェ食べにきたの?」
いつも生クリーム大盛りのパフェを食べに来るオーナーだ。けど、連絡無しに来るのは珍しい。
「いやいや、これから大雨やで。流石にそれだけの為に来ないわ。食べるけど。」
「食べるんかい!」ツッコミを入れながらレイさんが厨房から出てくる。
これから大雨。そういえば朝アンとレイさんからそんな事を聞いた気がする。
今日は午後から大雨の予報だって。
そっか、ランチのお客さんたちはどこか急いでるように帰っていったな。
みんな大雨になる前に帰って行ったってことか。
オーナーはテーブル席に座ると、オーナー用スペシャルパフェをオーダーした。
「あー、レイ、今日はチョコソース多めで頼むで。」
「はいはい。その前にどうしたの、直接来るなんて。」
「それなぁ、実は友達に急に頼まれ事してな?TwinkleMagicで結婚式したいって。レイと椎と、直接相談した方が早いと思って。」
「えぇ?結婚式?いつ。」
訊ねる店長の声は若干めんどくさそうだ。
「6月中。ジューンブライドやんか。」
「今もう6月中旬に差し掛かりますけど。正気?」
「だから直接相談に来たやん!どうにかしてぇ。」
どうもオーナーの友達が結婚式ってやつをやりたいらしい。
そしてそれは手間がかかるような事で…準備が必要な事みたいだ。
店長もレイさんも、オーナーのお願いは大体快く承諾する。
けど、今回は二人ともちょっと困ったような表情をしているのだ。
訊きたい、でも訊いたら邪魔だろうか。
でも訊いてみたい。
俺がオーナーの横でうずうずしていると…
「リト?どうしたの?」って店長が声を掛けてくれるものだから…
俺はついに「あの!結婚式ってなに?」と訊いてしまった。
すると、3人は俺の顔を見て、「あぁー…」と頷いた。
オーナーは鞄から大きな画面のタブレットを取り出して、俺に見せてくれた。
結婚式ってやつを。
「こういう綺麗な服を着て、男女が愛を誓いあうのが結婚式やな。そんで、その後みんなでお祝いしたりすんの、美味しいゴハン食べたりしてな?うちでやるのは、結婚式っていうか、その後のお祝いの部分みたいなもんなんやけど…ウェディングドレスは着たいって言ってたなぁ。うーん。」
俺に説明してくれながら、友達からの頼み事のことも考えているようだ。
画面には、白い綺麗な服を着た女性が映っている。
これがウェディングドレス…?
「ねえ、オーナー?式の事を説明したって、多分リトは結婚もよくわかってないと思うよ。」
「え?そうなん?リトの世界には結婚とかなかったん?」
「男女が愛を…うーん…子供を作るってこと?」
と、俺が発言すると…
オーナーは「ぶっふ」と吹き出し笑い。
レイさんは「おまっ」と何故か焦り。
黒江さんは「惜しいけど違うかなぁー」と優しく言ってくれた。
その後の黒江さんの説明によると…
結婚というのは死ぬまで一緒に人生を歩むと誓い合う儀式なんだという。
子供を作るっていうのは間違ってはないけど、そうじゃない人も居る。
結婚すると、"家族"になるって事らしい。確かに家族には色んな形があるって俺も学んだもんな。
俺の父と母も、結婚して家族になったのかもしれないけど…本当に父親の記憶が全くないから、元の世界の結婚的なものがどうなってたのかわからない。
神殿では俺は女神のものなので、それもまた結婚というのかもわからない。
女神様と家族になりたいって思ったけど…実際家族ではなかったように思う。
家族っていうのは、もっと、こう…
「俺TwinkleMagicのみんなは家族だと思ってるよ。」
そう、ここのみんなは家族って思ってる。
「カワイイこと言うやーん!でも好きな人が出来たら、リトはリトの家族を持っていいんやで。」
オーナーは嬉しそうにニコニコした。
俺の家族…
好きな人かぁ。
そういえば俺、ルミちゃんと、きっと俺の子供と、雨の中歩いてる夢を見たっけ。
…俺、ルミちゃんと結婚したいのかな?
家族になりたいっていうのは、愛なんだろうか。
だとしたら…俺、やっぱり女神様の事好きだったのかな。
好きな人だったのかな。
「まぁ結婚にも色んな形があるし…結婚しなくたって、一緒に居たい人と一緒に居たら、それでいいんじゃないかなって僕は思うけど。」
「それはそう。」「ほんまそれ。」
黒江さんの言葉に、オーナーもレイさんも頷く。
俺は、もう一度オーナーのタブレットを覗き込んで…
「でも、結婚式って楽しそうだ。好きな人が綺麗な服を着てるとこは見て見たいなあ!美味しいゴハンも一緒に食べたいし!」
と思った事を口にする。
「なんや、女神様か?」
「え?ううん、る…いや、えと…」
そういえばオーナーには話してなかった。
女神様が見付かったとかそういう話は黒江さんからしてもらってると思うけど。
アンや俺の気持ちがどうとか、詳しい事は言ってない。
ルミちゃんを女神様と思ってるとか、思ってないとか。
恋とか、なんとか。
そういうのは。
「ほぉーん?詳しく訊きたいとこやけどぉ、今日は結婚式の相談に来たからなぁー。また今度じっくり聴取したるわ。」
俺が焦ってる様子を見てか、オーナーは今回は勘弁してくれたみたいだ。
ニヤニヤしながら。
いつの間にか外は大雨になっていて、外からはザーーーと水が降る大きな音がしてた。
その後も激しい雨が続いて、TwinkleMagicはお昼までで閉店。
翌日も臨時休業となった。
とはいえ、昼過ぎにもなれば暑いぐらいの陽射しが戻って…
こないだキャンプをしたTwinkleMagicの"庭"の地面からも水溜りが消えた。
まだ土が湿ってはいたけど。
俺は丁度新城さんちに絵を習いに行く日だったから、少し早めに新城さんの家に行く事にした。
吉春と少し遊ぼうかな、なんて思って。
アンは今日は一日読書をするとか言ってたな。
―――リリリリリ
いつものように呼び鈴を鳴らす。
…けど、ちょっと待っても無反応。
早く来たからかな。
新城さんはいつもの時間なら玄関の近くの絵画教室兼アトリエに居るからすぐ出てくれる。
もしかしたら3階の部屋に居るのかも。
しばらくして、ガチャっと鍵が開く音。
不機嫌そうな「まだ1時間も早い。」という声と共に、新城さんが顔を出す。
「いやぁ、吉春と遊ぼうかなって思って…」
「今日は吉春は居ない。」
「…みーままのとこ?」
「さっさと入れ。閉めるぞ。」
また余計な事を言ってしまったらしい。新城さんはちょっと怒った声でドアを閉めようとする。
「うわ、待って待って!」
俺は駆け足で新城さんの家に入る。
「用意してくるからリビングにでも居ろ。……あ。」
と、先にリビングまで歩いて行った新城さんが立ち止まる。
その目線の先には…
「おや?また会いましたね。」
新城さんの後ろに居た俺に向かって、にっこりと笑う、背の高い男の人。
あれ、この人…
昨日夢で見た人に似てるな…
"また会った?"いつ会ったっけ?
まさか夢の中でって訳じゃないよな?
そこに新城さんがイライラした様子で割って入る。
「お前、裏から帰れって言ったろうが。」
「酷いですねぇ、元々もう少し居る予定だったでしょ?」
ちょっと大袈裟に話すその人の仕草。
思い出した!この人…
「山田教授だ!!」
「思い出してくれましたか?元気そうで何よりです。」
そう、五条君が誘ってくれた大学の春祭りで会った、山田教授だ。
いや本当は山田教授じゃないのか…
春祭りから帰って、アンが山田教授に貰った名刺を黒江さんに見せた。読んでもらうとそこには"西園寺 怜"と書いてあって。
この人の名前は山田教授じゃないらしいと判った。
じゃあどう呼べばいいんだろ?
西園寺さん?
「その後どうですか?新城先生の所に通っているなら、私の古代語教室にも通いませんか?」
怒ってる様子の新城さんに構わず、俺にぐいぐいと近付いてくる山田教授。
今日は眼鏡を掛けてないし、服も髪型も、なんか違う。最初見た時とは雰囲気が違ったからわかんなかったけど…
こうして話してみるとやっぱり山田教授は山田教授だ。
「古代語教室…あっ、お菓子のレシピ貰い忘れてたよ教授。」
「あぁそうでしたね。では今度あなたの国の言葉で書いて差し上げましょうか?」
「えっ?」
「日本語で結構!ええ加減にせんとしばくぞ。」
無視して話を続ける山田教授に怒ったのか、新城さんが俺から教授を引き離す。
「新城先生ぇはいけずやなぁ。」
それを楽しそうに笑う教授。
実は仲がいいのかな…
でも新城さんは割と本気でイライラしてそうだ。
元々新城さんは圧が強い。俺はこんなに怒られたら怖いけど、教授はちっとも気にしてない様子だ。
「お菓子のレシピは新城先生と家にとりにいらしてください。歓迎しますので。」
「は!?」
キレそうな新城さんの声をやはり気にも留めず、山田教授は「それでは、また。」とニッコリして手をふりふり、玄関へ去って行った。
シンとした廊下に、イライラが頂点の新城さんと取り残される俺。
何を言えばいいんだろ。
「…あの」
「なんだ。」
「新城さん、俺…お、お腹空いた!」
出た言葉は、いつもアンにも言われる"余計な事"だったろうか。
盛大な溜め息を吐きつつも、新城さんは俺をリビングの椅子に座らせて、キッチンからオヤツをとってきてくれた。
目の前に置かれたのは、大きなコップに注がれたリンゴジュースと…いつかオーナーがくれた事がある、固いビスケットの大袋。
袋は開いてて、その口は大きなクリップで留められていた。
新城さんもこういうの食べるんだな…それとも吉春用かな?
「ありがとう新城さん。」
「ん、俺も食う。久し振りにあんなにイライラしたわ…」
新城さんもリビングのテーブルにつくと、一緒にビスケットを食べ始めた。
ガリボリ…と二人分の咀嚼音が部屋に響く。
この固さが俺は結構好きだ。
ほんのり甘さに塩味なのがいい。
ひとつまたひとつと、永遠に食べれる気がしてくる。
「これ食べてると、なんか無心になれて良いんだよな。」
新城さんがボソッと呟く。
めっちゃわかる。
口の中にビスケットが居たから、心の中で同意した。
水分の奪われた口を、リンゴジュースで潤して、俺はふと気になった事を訊いてみた。
「ねえ新城さんて、ホットケーキにかけるの、ハチミツ?メープル?」
「…ハチミツ。」
「だよね!」
「なに、お前ハチミツ好きなの?」
俺はまたビスケットを食べ始めてたので、うんうんと頷いて肯定した。
「ふーん、そっか。」
新城さんはフッと笑って…それから『吉春みたいだな』と言った。
言った?
俺は口の中のビスケットをゴクリとゆっくり飲み込んだ。
言ってない。新城さんは、喋ってない。
言ってないのに聞こえた。
昨日の夢の中みたいに。
「どうした?」
俺の様子がおかしいのに気付いたのか、新城さんがじっと見詰めてくる。
誤魔化すより、きっと話してしまった方がいい。
だって相手は新城さんだ。
いっそ、不思議な夢の事も訊いてしまってもいいかもしれない。
「ねえ新城さん、今俺の事、吉春みたいだなって言った?心で。」
「…言ったかもしれないが…」
「俺、それが声みたいに聞こえたんだ。それに昨日夢で…」
夢で同じような事が起きていた事と、ついでに山田教授みたいな人が出て来たって話もした。
その"ついで"の方で新城さんの顔色が変わった。
「アイツにそっくりな奴?」
また余計な事言ってしまったのかな。
訊きたかったのはそっちじゃないのに。
新城さんは少し黙って、考えているようだった。
俺に何を言うべきか、言わないべきか。
しばらく黙って、新城さんはビスケットを1枚、2枚、食べた。
そしてリンゴジュースを飲もうとして、コップが空っぽなのに気付いて…
キッチンから大きなリンゴジュースの瓶を取って来て、自分のと、俺のコップにもジュースを注いでくれた。
ふたりで何も喋らずに、リンゴジュースを飲む。
コップを机に置くと、新城さんは溜め息を吐いて俺の顔を見た。
そしてゆっくり話し出す。
「お前らが、女神を探したいって相談に来た時…生まれ変わるって事の説明をしたな?」
「うん。」
「その時の話をもう一度する。」
「うん?」
新城さんはリビングの棚からメモ帳とペンを持って来た。
そこに、女神様の説明の時と同じように、人型を描く。
人型は3つだ。
「ここに、■っていう人物が居る。」
ひとつの人型に、新城さんが四角の印を描き込んだ。
「そんで…これがお前。」
■の人型から、矢印を引っ張って…その先の人型を8つに割って、手の先の小さな小さなパーツに■と描く。
「えっと、■さんが死の世界に行ってバラバラんなって…そのあと色んなのがくっついて俺が生まれて…■さんもちょびっと入ってるよって事だよね?」
「そう。■の生まれ変わりって言うには少ないが、■はお前の前世でもあるわけだ。」
「そっか!じゃああの夢は■さんの夢ってこと?」
「そうなるな。」
心の声が聞こえたりするのは、■さんがそうだったからかもしれない。
あの夢は、俺が俺になる前の…
別の世界に居た時の夢だったのか。
「それで。」
俺が昨日の夢を思い出していると、新城さんが話を続けた。
そうだ、メモ帳にはもうひとつ、人型が残されている。
新城さんはその残された人型に向かって、■さんから矢印を引く。
その人型は6つに割られて、そのうちの4つに新城さんは■を描いた。
そしてその人型を指差し、「これが、俺。」と告げる。
「えっ。」
「■は俺の前世だ。」
「えっ?じゃ…つまり?」
「お前の過去は俺の過去でもあるという事だ。」
「ええっ?」
「そんで、アイツは■の知り合いの生まれ変わり。アイツは前世の記憶を持ってる。だから…アイツに余計な事言われる前に説明した。以上だ。」
アイツとは、山田教授の事かな。
それにしても難しい話だ。
いや、女神様の時に説明してもらったし、わかるにはわかる。
なんとなくわかる。
女神様の欠片を持った人が、ルミちゃんの他にも居て…
ただ新城さんがあの時ルミちゃんの居場所を教えてくれたのは、女神様の欠片をいっぱい持って生まれた人がルミちゃんだったからだ。
…それにしても…気になる。
「ねえねえ、余計な事ってなに?」
「…言うわけねえだろ。」
「いいじゃん!俺が自分で思い出しちゃうかもしれないんだよ!」
「お前にあんまり■の事を思い出して欲しくないんだよ。」
「ええーっなんで!」
「お前、女神に女神様やってた時の事思い出して欲しいかよ?まだ。」
そこまで言われてハッとする。
女神様の人生。幸せなんて文字があったかわかんない、人生。
もしルミちゃんが…
あんなに辛い最期を思い出してしまったら。
俺は…なんて言ったら…
「そっか…ごめんなさい。」
自然と謝ってしまった。
新城さんは以前、自分の前世の話をしてくれた。
思い残しについて話してくれた時だ。
あんまり詳しく訊いたわけじゃないけど、■さんにとって、思い出したくない事も話したくない事もあったのかもしれない。
その■さんの記憶を沢山持ってるんだ。新城さんは。
「俺はお前が幸せになって欲しいって思うよ。お前が女神の生まれ変わりにそう思ったように。だからあんまり■の事は追うな。出来ればお前自身、リトラビアじゃなくて、ただのリトになって欲しいって思ってる。」
ちょっと俯いて言った新城さん。
この人はきっと最初から気付いてたんだ。俺が自分と同じ前世があるんだって。
知ってたんだ。
「ううーー新城さぁあーん。」
「は?!お前何泣いてんだ。」
「俺幸せになるからぁああー。」
「わかったよ!なんで泣くんだお前!」
なんでだか自分でもわかんないけど、涙が出た。
でも悲しいからではない。それはわかる。
悲しいわけじゃない、ってことは、嬉しいのかな。
幸せになって欲しいんだって言われて。
嬉しかったのかな。
女神様は、ルミちゃんに会ったらなんて言うだろう。
幸せになって欲しいなって、やっぱり思うのかな。
俺は…
俺がもしも、自分の生まれ変わりに会ったなら。
うん。
幸せになって欲しいなって、思う。
笑顔が多い人生だといいな。
大切な人と一緒に居れたらいいな。
好きな人と沢山手を繋げたらいいな。
いっぱい一緒に、美味しいゴハン食べれたらいいな。
「新城さあああああん!お腹空いたぁああー!」
「はあ?お前いまビスケット沢山食べたろうが?」
「なんか泣くとお腹空くじゃん!真面目な事考えてもお腹空くじゃん!」
「…いや…わかるけど…じゃあ、ホットケーキでも食うか?」
新城さんは呆れた顔をしたけど。
その後美味しいホットケーキを焼いてくれた。
バターも乗せて、ハチミツもたくさんかけてくれた。
そんで俺もなんだか食べながらまた泣いた。
■さんもハチミツ好きだったのかな。なんて思ったりして。
そんな事やってたら、いつの間にか絵画教室の予定時間はとっくに過ぎてた。
「全く…来週は絵描きに来いよ。」
「はーい。」返事しながら、靴を履く。
よし、と立ち上がると…
―――リリリリリ
と新城さんちの呼び鈴が鳴った。
「あれ、吉春かな?」
「いや吉春なら鳴らさないだろ。」
新城さんが俺の横を通って玄関ドアに手をかけ、開けようとしたら、ドアはガチャリと外側から開けられた。
「父!ただいま!」
なんだやっぱり吉春か。そう思ったけど、吉春の後ろから見覚えのない姿が二人。
新城さんはその二人を見て、あからさまに動揺してた。
いや、あからさまって思ったのは多分俺だけ。表情はいつもの顔から崩れて無かった。
■さんの話をしていたせいか、俺には新城さんの心の声が聞こえてしまったのだ。
『なんで?』『どうして?』『どうする?』って、一度に3つぐらいの言葉を新城さんの心が喋ったんだ。
「ラルパパとみーままが父と話したいって。連れて来てやったぞ!あっ、リト!もう帰るのか!」
吉春が早口で新城さんに喋ってから、俺の方に来た。
「今日はどんな絵描いた?見せてから帰ってもいいんだぞ!」
吉春が俺の服を引っ張る。
見せてやりたいけど…今日はなんも描いてない。
それよりいま、吉春は"みーまま"って言った?
この人が、吉春のママ?母親?
新城さんは、玄関先でふたりを見て動かないし。
なんかちょっとこのまますり抜けて帰るには気まずい。
その状況を破ったのは吉春に"ラルパパ"と呼ばれた男の人だった。
「来客だったんだね、遥。急に来てすまないね。」
ニコリと笑ったその人は穏やかな声で続けた。
「言うと会ってくれないと思ってね。」
そして吉春の方を見ると、「お客さんを困らせちゃいけないよ。吉春。」と声をかける。
まるで父親のように。
父親?まさかこの人が吉春の父親?
でも新城さんは?
俺は混乱した。
「おい。リト。」
混乱してる俺の肩を、ガシリと新城さんが掴む。
「えっ。」
「夕飯食べて行くよな?」
「ええっ?えっと…」
急な話に慌てる俺に、新城さんは今度は明確に心で語り掛けて来た。
『まだ居るって言え。』
その声の大きさたるや。
心の声にも音量ってあるんだと知ったし、話しかける事を意識するとこんなにもハッキリ聞こえるのかとびっくりした。
一瞬新城さんが口で言ったのかと思った程だ。
けど新城さんの口元はピクリとも動いて無かったし、俺の他には聞こえてないみたいだった。
「居る!食べてく!吉春とも遊びたいし!」
ほとんど脅されたようなものだけど、吉春と話したいのも本当だし…新城さんの作るゴハンは美味しいので食べたいっていうのも本音だ。
「ほんとか!リト居るのか!やった!手を洗いに行くぞリト!」
吉春は大喜びし、俺を引っ張って洗面所に連れて行こうとしたが…
新城さんの「だからお前らは帰れ。」の言葉に足を止める。
新城さんは俺を居させることで、ラルパパとみーままを帰らせたかったみたいだ。
けど、それは吉春が許さなかった。
「ダメだぞ!ラルパパもみーままも、一緒にゴハンするんだぞ!」
吉春は玄関前で居るふたりに駆け寄り、今度はふたりの手を引っ張って、家に入れてしまった。
これには新城さんも取り繕う事もなく深い溜め息を吐いた。
結局、何か大事な話をするらしい新城家に、他人の俺が居るっていうよくわからない状況になってしまった。
まだ夕飯には早い時間だったから、俺はリビングのソファで吉春と絵を描いて遊ぶ事にした。
同じリビングのダイニングテーブルからは、新城さんの緊張したような雰囲気が流れてくる。
あんなに動揺した新城さんは初めて見たし、複雑な事情がありそうだ。
俺は吉春に言われて、猫を描いていたけど…
まったく気が気じゃなくて、猫の足が6本に増加してしまった。
「それで話って?」
「うん。話っていうのは…」
「待って!私が言う!」
ラルパパの言葉を遮って、初めてみーままが喋った。
「私とラルフ結婚する事にしたの。」
結婚。
昨日店で話していた、あの。
ラルパパとみーままは、家族になるのか。
「それでね?吉春と…」
「お前がそうしたいならそうしろ。吉春はお前の子なんだから。」
みーままが言い終える前に、新城さんは突き放すような口調で言った。
怒ってる?それとも違う。
凄く冷たい声だった。
「違うよ!そうじゃなくって!」
みーままは泣きそうな声で返した。そりゃ…あんな声で言われたら当然だ。
俺には事情がよくわからないけど…
新城さんはふたりが結婚する事には反対なのかな?
それとも吉春のことで何かあるのかな?
吉春は、俺があっちの様子を気にしているのを見て「リト、父とみーままは大丈夫だぞ。」とお気に入りの色鉛筆を差し出してくれた。
聞けば「会ったらいつもあんな感じ」だそうだ。
俺は小声で「なんか吉春は大人だな?落ち着いてて。」と吉春とヒソヒソ話。
「オレはふたりが仲良しなの知ってるからな。」
吉春は小さな声ながら、自慢げに言った。
「それにラルパパと父も仲良しなんだ。」
「えっ、そうなの?」
「そうだ、オレも3人と仲良しだ。だから大丈夫なんだ。…あっ、リトとも仲良しだぞ?」
俺の事を忘れずに仲良しに入れてくれて、吉春は本当に優しくていい奴だ。
吉春の話を聞きながら、2匹目の猫が描きあがる頃。
あっちの話も進んだらしく…
みーままは「もういいもん、ゴハン作る!」と席を立ち…
「おい、勝手に触んな。俺が作る。」と続けて新城さんも立ち上がった。
ふたりがキッチンに入って行くと、残されたラルパパは俺と吉春に手招きをした。
「やぁ、すまないね。巻き込んでしまって。」
温和な微笑みで声をかけてくれるラルパパ。
「あぁ自己紹介もしてなかったね。僕はラルフと言います。彼女は美羽、吉春の母親です。」
ラルフさんっていうのか。ラルパパ…ってやっぱりパパ?父親の事なのかな…。
彼は俺とアンみたいな赤い色の髪をしてて、優しそうな目は明るい茶色をしてた。もしかしてこの国の人じゃないのかもしれない。
「俺はリトです。新城さんに絵を習ったり…なんか色々お世話になってて。」
「ふふっ、吉春からよく話を聞いてます。吉春のお友達なんだって。」
吉春、友達だって言ってくれてるのか。
嬉しいなあ。
「今日は一緒に絵を描いたんだぞ!」
と、ラルフさんに胸を張る吉春。
それを受けてラルフさんは「絵を描いたのかい、見せて?」と絵を持ってこさせる。
吉春の持って来た大きな画用紙には猫とライオンが描かれている。
「これは上手だ。練習したの?」「そうだぞ!父が教えてくれるんだ!」
確かにラルフさんが言うように、吉春の絵は上手だ。
なんていうか、個性的な感じだけど。新城さんが描く絵に似てるかもしれない。
本物みたいな絵っていうより、絵が"猫だぞ!ライオンだぞ!"って主張してるように思えるっていうか。
その絵をしみじみと見ていたラルフさんは、ぽつりと呟いた。
「遥は優しいのに、どうしてあんなに頑固なんだろうねぇ…」
ほんの少し、寂しげな声。
ここまで来たら、なんかちょっとは…事情が知りたい。
「あの…ちょっと聞こえちゃったんですけど。結婚するんですよね。」
「あぁ、うん。そうなんだ。」
「新城さんは反対なんですか?」
「…うーん…どうなんだろうね。僕の事が気に入らないのかもしれないし…吉春をとられてしまうって思っているのかも。」
ラルフさんが説明してくれた事によると…
今回ふたりが新城家を訪れたのは、結婚の報告ともうひとつ。
吉春と新城さんと一緒に暮らしたいという提案をする為だったという。
4人で仲良く暮らすのが美羽さんの希望のようだ。
だけど、新城さんはその提案をする以前に、あの態度。
そしてそれをラルフさんが改めて提案しても、新城さんは頑なに拒否。
さっきの美羽さんの"もういいもん"に繋がったわけだ。
吉春は「オレは3人とも好きだぞ。父だってホントは…」とラルフさんに主張する。
それを聞いたラルフさんは「ふふ、知っているよ。」と微笑む。
みんながみんな、"仲良し"なのに。
なんで一緒に暮らさないんだろ?
「なんか。難しいなあ。家族って。」
俺は悩んでしまって、思わず呟いた。
それを聞いたラルフさんは「本当にね、人間って難しいよね?でも僕はそういう人間の複雑な所、嫌いじゃないなぁ。」と、穏やかに笑った。
その笑みを見て俺は、あぁこの人ならなんか上手くいかせることが出来そうだなって。
そう思った。
「お待たせー、できたよ!」
キッチンに入って行った時とは打って変わって、美羽さんは上機嫌でリビングに戻って来た。
美羽さんはテーブルに大きなガラスボウルを置いた。
それと新城さんがカレーを持ってくる。
でも、レイさんが教えてくれたような大きな具のカレーじゃなくって。
オーナーが好きなタイプの、挽き肉と細かい野菜が入ったキーマカレーだ。
TwinkleMagicではオーナーの好みでメニューが決まったりするから、店で出されているカレーはいつもこういうキーマカレー。
ガラスボウルの中に入っていたのは…
「あっ!マカロニサラダだ!みーまま!オレのいっぱい入れて!」
吉春が大興奮するマカロニサラダ。
美羽さんはニコニコで「よぉーしいっぱい入れちゃうぞお!」と、吉春の取り皿にマカロニサラダを盛る。
そのままみんなの分も次々に皿に盛っていく。
「いっぱいあるからおかわりしてね!」
俺に皿いっぱいのマカロニサラダを渡しながら、笑いかける美羽さん。
楽しそうな笑顔はルミちゃんにちょっと似てる気がした。
みんな揃って、いただきますをしようとした時…
美羽さんの隣に座っていた吉春が「待った!」と、椅子を動かして新城さんの隣に移動してくる。
「どうした吉春。」
「昼はみーままとラルパパと食べたからな。夜は父の隣がいいんだ!」
新城さんは一瞬驚いた顔をして、それからちょっと笑って吉春の頭を撫でた。
あぁそっか。
ラルフさんも上手くやれそうって思ったけど。
吉春も居るんだもんな。何よりこの"優しくていい奴"の吉春が居たら、この家族は仲良くやっていけそうな気がする。
吉春のカレーとサラダとリンゴジュースを移動してやって、今度こそみんなでいただきますをした。
まずは吉春が大好物らしいマカロニサラダを食べる。
取り皿自体は小さいけど、そこにもりもりに盛られたマカロニサラダは溢れんばかりだ。
溢さないように口に運ぶ。
TwinkleMagicでもたまにランチについてたり、外食する時に皿の端っこに乗ってたりするマカロニサラダだけど…
こんなにいっぱい盛られてるのは初めてだ。
そして、今まで食べたどのマカロニサラダよりも…
「美味しい!」
俺は思わず口に出していた。
「でしょお?」
美羽さんは吉春みたいな得意げ顔をした。
それに俺はうんうん頷く。
薄く切ったキュウリと、千切りのキャベツ、それにツナ、マヨネーズ。
今まで食べたマカロニサラダって野菜って感じよりマカロニって感じだったけど、これは半分は野菜って感じ。
いっぱい盛ってくれたマカロニサラダだけど、確かにおかわりしちゃいそうな美味しさだ。
「冬はね、リンゴも入れるんだよ。」
「リンゴ?サラダにリンゴ入れるの?」
「そうだよ、甘くなって美味しいの。」
さっきの気まずい雰囲気は何処へやら、美羽さんは笑顔で俺に話しかけてくれる。
きっと普段はこういう人なんだな。
人懐っこい可愛い人だ。
「リトにはよく喋るな、美羽。」
そこに新城さんのなんかぶっきらぼうな一言。
あれ?
なんか怒ってる?
「ヤキモチかい、遥。」
すかさずラルフさんの一言。
ヤキモチ。
嫉妬?
「…別に。」
多分図星だったんだろうな。
気まずいのか恥ずかしいのかわかんないけど、新城さんは普段よりずっと早いペースでカレーを食べ始める。
普段クールな新城さんが、なんだか今日は可愛く見える。
もしかしていつも顔に出さないだけで、心は沢山動く人なのかもしれない。
"新城さんって可愛いね!"とか余計な事を言う前に…
俺もマカロニサラダをひと段落して、カレーを食べる事にする。
お店のキーマカレーは食べた事あるけど。
きっと違う味なんだろうな。
「あっま…!?」
一口食べてビックリした。
カレーじゃないみたいに甘い。
香りは確かにカレーだ。
でも、少しも辛くない。辛くないというか、甘い。
「ふふふ、確かに随分甘口だよね。」
ラルフさんは笑いながら同意してくれる。
「これはお兄ちゃんが甘口好きだから…」
と、美羽さん。
…お兄ちゃん?
「お兄ちゃんて?美羽さんお兄さんが居るの?」
俺も兄が居るよ、って続けようとしたけど。そこで黙った。
「もう早く帰れお前ら。」って、新城さんが席を立ったから。
なんかまた怒ってそう。
そのお兄ちゃんにもヤキモチ妬いたのかな?
ん?
俺は内心首を傾げる。
何がどうなって、どうして新城さんは怒ってばっかりなんだろ。
せっかく美羽さんは機嫌直したみたいなのに。
「なんで怒るのぉ!マカロニサラダ残してる!折角作ったのに!」
「お前こそなんで…」
また喧嘩を始めそうなふたり。
そこに"優しくていい奴"が一言。
「ご飯中にケンカするのはカッコ悪いぞ!」
言い合いそうになっていたふたりは、吉春を見て黙った。
ちょっと反省した顔して。
「僕も吉春も好きだよ、この甘すぎるカレー。ねえ?吉春。」
ラルフさんが発した穏やかな言葉に、吉春も「そうだぞ!美味しいぞ!」と大きく頷く。
俺も一口目はビックリしたけど、このカレー美味しいと思う。
甘いって言っても、別にお菓子みたいな味って事じゃない。
ちゃんとしょっぱいしご飯に合うし。
砂糖が入ってて甘いって事じゃないんだと思う。いっぱい入ってる野菜が甘いのかな。
あ、でもハチミツは入ってるかも。
よーく味わうと、ハチミツの味もする。
カレーにチョコレート入れるの教わった時もビックリしたけど、あれもちゃんと美味しかったもんな。
それから新城さんもちゃんと座り直して、残ってたマカロニサラダもキレイに食べて。
平和なまま"ごちそうさま"できた。
俺は食器洗いに立候補して、新城さんとふたりでキッチンに入った。
美羽さんとラルフさんは、吉春と一緒にテレビを見ている。
お気に入りのアニメを見せたいんだそうで…。
食器を洗いながら、また"余計な事"とは思いつつも気になったから訊いてみる。
「ねえ新城さん、どうして怒ってたの?」
ボウルに残ったマカロニサラダをタッパーに詰めながら、新城さんは溜め息を吐く。
「…美羽の兄は、俺だ。」
「んんっ?」
「だから、美羽が言ってたお兄ちゃんってのは俺で。吉春は俺と美羽の子供で。ラルフは美羽の恋人で…今度結婚するって言ってんの。」
「んんん?じゃあ甘口カレーが好きなのは新城さんってこと?」
「…気にするとこそこかよ。」
「えっ、違った?」
数秒の沈黙。
俺はきっと変な事を言ってしまったんだろう。
新城さんはらしくなく吹き出して笑った。
「お前っ…ははは!」
「えっ?甘口カレーが好きってバラされて怒ったんじゃなくて?」
「そんなわけないだろうが!」
新城さんはひとしきり笑ってから、「お前ホント面白いよな。」って言うと、もうひとつタッパーを出してキーマカレーも詰め始めた。
大きな鍋は新品みたくピッカピカだ。きっとあんまり使ってないんだな。
そりゃ吉春とふたりで暮らしてたら、こんなに大きな鍋は使わないか…
「ねえ、4人で暮らすのは新城さんはイヤなの?」
続けて訊いてみると、新城さんは少し考えるように宙を見て…
「イヤじゃないけど、悔しいんだ。」と言った。
悔しいってどういう事だろう?
俺はよくわからなかったけど、それ以上訊かなかった。
イヤじゃないなら、いいのかなとも思った。
だってきっと、美羽さんだけじゃなくって、吉春もラルフさんも、本当は新城さんも…みんなで一緒に居たいんじゃないかなと思ったんだ。
『まぁ結婚にも色んな形があるし…結婚しなくたって、一緒に居たい人と一緒に居たら、それでいいんじゃないかなって僕は思うけど。』
黒江さんの言葉が頭を過る。
家族の形として、もしかして珍しい形なのかもしんないけど。
一緒に居たい人と一緒に居られるなら…俺はそれが一番いいんじゃないかと思う。
俺はどんな家族を作るんだろ。
雨の中で手を繋いだ夢を思い出す。
俺と、ルミちゃんと、小さな女の子。
でもアンとも離れたくないし、なんならTwinkleMagicからも離れがたい。
…レティとナティみたいに時々帰ってきたらいいかな。
あれこれ思い浮かべつつも片付けを終えて、一息ついたらもう吉春が寝る時間になってしまった。
俺は一足先に帰る事にした。リビングでラルフさんと美羽さんと吉春に挨拶して…
玄関まで新城さんが見送りに来てくれた。
「これアンの分。まぁお前が殆ど食うんだろうけど。」
新城さんにタッパーに入ったカレーとマカロニサラダを渡される。
「えっ、いいの?ありがとう新城さん!」
「他の奴に余計な事言うなよ?椎とかレイとか。」
「…余計な事って、どれが。」
「……うん…まぁ、いいわ。」
新城さんは諦めた顔。
そんな顔されたら、俺はどうしたら。
「アンには話していいの?」
「いいよ。アンには今日あった事とか、残さず言いたいだろ?」
「へへっ、うん!そうだね!」
アンに話せるなら、俺は満足だ。
それに、アンに話したら何が"余計な事"なのか解るかも…
「じゃあまた来週な。」
「うん!…あっ、新城さん。」
「なに。」
「俺も、新城さんに幸せになって欲しいって思うよ。凄く、そう思ってるからね。」
新城さんはそう言われても、俺みたいに泣きはしなかった。
けど、何か我慢するように歯を食いしばったのはわかった。
泣かなかったけど、もしかして泣きたかったのかな。
わかんないけど。
きっと、■さんがここに居たら…
俺にも新城さんにも、同じように言うと思うんだ。
幸せになって欲しいって。