魔女の弟子と双子たちの庭キャン
ぬるい空気に、ぼんやりした白い景色、細かい雨が降ってる。
ここは何処だろう…。
『今日はおうどんにしよっか。』
聞き覚えのある声に隣を見ると、傘をさした女性。
あ、ルミちゃんだ。
手を繋いでる?右手に温もりを感じて、ふと自分の手を見下ろす。
そこにはルミちゃんの手じゃなくて…
とてもとても小さな手があった。
『おうどんしよ!ねえパパもおうどんだよね?』
俺の手をぎゅっと握り、ぴょんぴょん跳ねる小さな女の子。
今俺の事をパパって言った?
え?じゃあこの子…
―――――ポッポーポッポー
大きな鳥の鳴き声が、俺の疑問を吹き飛ばしつつ夢から引き戻す。
朝だ。午前4時。いつも通りの起床時間だ。
けど、今日はTwinkleMagicは休み。
というか今日から1週間ぐらい休みだ。
なのにいつも通り起きたのは、1時間後にはアンが仕事から戻ってくるからだ。
おかえりを言って、アンもお腹が空いてたら一緒に朝ゴハンを食べて…
それから二度寝する算段だ。
TwinkleMagicがお休みの1週間、世間ではゴールデンウィークというものらしく…
とにかく学校やら会社やら、そういうものがお休みだったりするらしい。
黒江さんが『お店は稼ぎ時なんだけど、オーナーの意向で毎年休みなんだよね。』って言ってた。
去年はまだ、なんもかんもわかんなかったし…確か黒江さんとレイさんがつきっきりで色々教えてくれたり、世話してくれたりしたような…。
まだ1年、もう1年…懐かしく思い出しながら、ベッドの上でぼんやりしていると…
―――ガチャ
と、ドアの音。
あれ、まだ起きてから30分も経ってないのに…
「あっ、リト。起きてたんだね。そんな気はしてたけど。」
玄関から現れたのは、やっぱりアンで。
仕事用の小さな鞄をキッチン横に置くと「レイさんがね、リト連れて店に朝ゴハン食べに来たらって…」と声を掛けてくれる。
俺は勿論すぐ返事した。
「行く行く!すぐ着替える!」
顔を洗って着替えて、アンと一緒にTwinkleMagicへ行く。
徒歩1分、敷地内のカフェ。もうひとつの俺達の家。
裏口から入ると、トマトスープっぽい匂いがした。
「んっ、これはアレだな!ミネストローネ?」
言いながら厨房に顔を出す。
すると笑いながらレイさんが「おはようリト。惜しかったなーミネストローネじゃないんだよなー。」と返事してくれる。
絶対ミネストローネだと思ったのに…
じゃあなんだろう?
レイさんが皿にスープを盛るのを見に行く。
そう、"注ぐ"じゃなくて、"盛る"、だ。
いつもスープを作っている鍋だったから、スープだと思ってたけど…
どっちかというと、煮物?ポトフ的な?具がメインなのかも?
「えっなにこれ?肉団子?シチュー?スープなの?」
「これはなー、魔女スープだ。」
「魔女スープ?」
魔女。魔法使いの?
ほうきに乗って飛べる人?
の、スープ。
「実はな、俺に料理を教えたのは魔女なんだよ。」
「ええええー!そうだったのか!!」
「いや、リト…多分例えだよ。」
驚いた俺の肩にアンが手を置く。
例え…魔女に例えるって事は…
「あっ、魔法みたいな美味しい料理を作る人ってことか!」
「おぉ、良い解釈だなぁ。」
レイさんはニコニコしながら魔女スープを盛り付け、トレーを手にしたアンに渡していく。
「まぁ食べながら教えてやるよ。リトはパン持って来て。」
「はーい!」
今日はカウンターじゃなくて窓際の席で食べる事にした。
外がぼんやりと明るくなり始めている。
レイさんと俺とアン。3人でテーブルを囲んで「いただきます」をする。
魔女スープは、スープって言うよりポトフって言われた方がしっくりくる。
煮込まれてトロッとしたトマトスープが下の方に溜まってるけど、スープから大きくはみ出てる山盛りの具がある。
キャベツにニンジンにタマネギとジャガイモと…カボチャと、ナスと…でっかい肉団子と…ベーコンも入ってる。あっ、マッシュルームも、マカロニも入ってる?
一口食べるごとに新しい食材が顔を出す。
不思議なスープだ。
「色々入ってて美味しいよレイさん。だけどなんで魔女なの?」
「…料理を作る人になるには、修行しないといけないんだよリト。そんでな?俺が修行したのが…」
レイさんがスープを食べながら修行時代の話をしてくれた。
料理の修行をしていたのは"はっちゃん食堂"という店で…そこの店主こそが"魔女のはっちゃん"だ。
70歳の元気な女性で、明るくて料理上手で、太陽のような人だったという。
そんな人が、なんで魔女なのかというと、はっちゃんが自分で言っていたらしい。
お店は日曜日がお休みで、毎週土曜日の夜になるとこの"魔女スープ"を作り…
『魔女集会に行ってくるから、今日の夜と明日の朝はコレを食べて待っててね。』
と、お店から姿を消すのだ。
住み込みで働いていたレイさんは、鍋いっぱいの魔女スープを楽しみにしていた。
「未だ魔女集会がなんだったのかは知らないんだよな。ホントに魔女だったりしてな。」
レイさんはいつも優しい顔だけど、魔女の事を語る時はもっとずっと柔らかい表情をしてる気がした。
「魔女って大鍋で薬を煮込むだろ?知ってるか?色んな材料を入れてグツグツ煮込むんだよ。そこも魔女スープって感じだろ?…まぁ、このスープ自体はさ、要は休業前に残り物を全部放り込んで煮たスープなんだよな。」
「残り物…そっか、お店が休みになるからってことなのか。」
「でも美味しいですね。これの為に集めた材料というわけじゃない筈なのに。」
「そう!残り物で美味しく作るのが、俺が魔女から習った魔法ってやつだよ。」
レイさんは嬉しそうに笑った。
その時に残ったもので作るので、魔女スープは毎回中身が違うらしい。
スープは大体トマトベースでコンソメが入ってるそうだ。
でも味噌とか牛乳とかが入ってる時もあるし、冬はショウガが、夏はそうめんが入ってた事もあるんだって…
でもいつだって美味しかったという。
凄い魔法だ…。
「料理は愛情、だよ。愛情。」
食後のコーヒーを飲みながら、レイさんは呟いた。
「愛情かぁ…ねえ、レイさん、愛ってなに?」
それに便乗して問いかけてみる。
「む…愛にもいろいろあるからな…どういう愛のことだ?」
難しい顔をして逆に訊かれる。
どういう愛…
逆に訊ねられて腕組みをしてしまう。
どういう、って…
すると…
「リトは好きな人が出来たんだよね。」
隣に座っていたアンが、しれっと言う。
好きな人…
一瞬店内が静まり返る。
そしてガタッと椅子の音。
「えっ恋愛のそれ?!」
レイさんが何故か慌てた様子で叫ぶ。
その様子に何故か俺も焦る。
「ぇ、あ、お、俺が聞いたら変ですか!」
「ふふっ、リト敬語…」アンが可笑しそうに笑う。
「いや、そうだよな、わかるよ、わかる。リトもアンもそういう年頃だもんな?」
「レイさんだってそんなに歳変わらないでしょ!す、好きな人居るの?」
「なんで俺の話になんだよ、俺の事はいいんだよっ」
俺とレイさんが何故か慌ただしい雰囲気で会話していると…
そこにもうひとつ、慌ただしい声が加わった。
「「レイちゃあああん!!お腹空いたぁあ!!」」
俺もレイさんも、アンも、びっくりして声の主たちを見る。
3人とも会話に夢中で気付かなかった。
いつの間にかレティシアとナティシアの双子が厨房の入り口横に居たのだ。
今日は裏口から一番離れたテーブルに居たのもあってか、全然気が付かなかった…
「あーっ、いいもの食べたでしょー。私達の分はー?」
「朝ご飯食べたいぃー!」
俺達の居たテーブルに駆け寄って来る、騒がしい双子。
…このふたりに、愛ってなに?なんて訊いたら…
ふたり揃って『大好きって事だよ!』とか言いそう。
そう、きっとそれも間違ってないんだけど。
その後、2階の休憩室に皆で移動して…残っていた魔女スープはレティとナティのお腹にすっかり収まった。
残った分は貰って行って、お昼に食べようと思ってたのになぁー…なんて、ちょっと残念に思いつつも…
このふたりの満足そうな笑顔の前には何も言えない。
きっと、俺達が小さい頃には、母親にこんな顔を向けてたんじゃないだろうか。
腹いっぱい食べれてたかっていうと、そうじゃないかもしんないけど…でも安心できる家だった。
母は時々厳しいけど、とても優しくて、強かった。
俺達は、母にずっと守られていたんだと思う。
明日はアングレルと何をして遊ぼうかなって思いながら、引き離されるなんて考えもしないで…毎日毎日同じ寝床で眠った。
でもきっと母は、俺達が産まれた時からずっと…不安だったのかもしれない。
俺達が双子だったから。神殿にとられるって、ずっとわかってたんだと思う。
今の俺達の母、レイさんは、レティとナティの事もきっと娘みたいに思ってんだろうな。
久し振りに帰って来た娘たちに振り回されて、「帰って来る前に知らせろって言っただろ!」とか小言を言いつつも、嬉しそうだ。
あぁ俺達を産んだ母親は、俺達が死んだことを知ってるんだろうか。
神殿に文句を言われてないだろうか。
小さい俺達が居なくなった後、また笑顔に戻る事は出来ただろうか…
「ねえ、リト。お母さんの事考えてるでしょ?」
ぼーっと騒がしい光景を見詰めていた俺に、アンが図星をついてくる。
と言ってもいつもの事だから、そんなに驚かない。
大体俺の考えてる事って、アンにはバレてしまう。
「んー、アンはお母さんの事覚えてる?」
「顔は朧げだけど。声は覚えてるよ。」
「俺逆だぁ。顔は覚えてるけど、声は覚えて無い。」
「あはは、そうなの?そっかぁ…」
「ふたりとも楽しそうだね!」
兄弟で懐かしい話をしていると、一通り騒ぎ終えた姉妹が寄って来た。
レイさんには電話が来たらしい、スマホを片手に1階に降りて行くのが見えた。
「ねー、なんの話してるの?」
それに答えたのはアンで…
「愛ってなに?って話。」
と、まさかの応答。
それには俺も驚いた。
ここでこの話に戻るなんて。
「愛?!愛だね!私知ってるよ!」声を弾ませてレティが手を挙げる。
「私も!私も知ってるよ!!」続いてナティが両手を挙げる。
「「大好き大好き大好きって事だよ!!」」
ふたりが声を揃えて言った。
大体予想通りで、俺は思わず吹き出した。
やっぱりな!
そして…その後アンが「じゃあ恋ってなに?」と訊いたもんだから、レティとナティは更に目をキラキラさせてしまった。
「「恋はね…!」」
と、言いかけて…ふたりでまた『大好きって事だよ』と言うのかと思いきや…
少し間を置いて、姉妹は顔を見合わせる。
そして頷いてからアンの方に向き直る。
「アンちゃん、恋の話はね…ここじゃないの、ここでするんじゃないんだよ…」
「そうだよ、恋の話はね…キャンプでするんだよ…」
「え?キャンプ?あの…山とかでするやつかな?」
「キャンプってなに?」
アンは知ってるみたいだったけど、俺はよく知らない。
ちょっと漫画で読んだかもしれないけど。
そう、レイさんが持ってる漫画をたまに読ませてもらうんだ。
キャンプの漫画があった気がする。
「ふっふっふー、知らないと思ってたよ!」
「そうだよやったことないと思ってたよ!」
レティとナティはいたずらっ子みたいに笑った。
これは楽しい事企んでるやつだ。
「「私達とキャンプしよ!!レイちゃんも一緒に!」」
「ええっ?そんな急にできるものなの?」
アンが驚く。俺も驚く。
なんか自然いっぱいなとこでやってた気がするんだけど。焚火とかすんじゃないのかな。
「今から山にでも行くのかっ?」
「お庭で出来るんだよ~!大丈夫、オーナーにはお願いしといたの~!」
「ここはお庭広いから大丈夫だよ~!」
TwinkleMagicと俺達が住んでいるアパートの間は庭みたいになってて、端っこに植木とかハーブとかが生えてるけど、それだけだ。
広場って程広くはないんだけど、それなりに場所はある。
「レイちゃんに相談に行こ~!」
「行こ行こ~!」
レティとナティは俺達を引っ張って1階へ。
なんで事前にオーナーには言ってるのに、レイさんには言わないんだろうこのふたりは。
びっくりさせたいんだろうか。
もしかして、小言を言われるのもちょっと楽しみにしてたりするのだろうか。
4人で1階に降りると、レイさんは店の方に居て、もうひとり誰かが居た。
近くまで行くと、すぐ誰だかわかった。
TwinkleMagicで使っているこだわり系な食材を届けに来る業者さんの白石さんだ。大体営業日の朝の時間帯に来るから、ちょいちょい顔を見てる。
あれ?でも今日から店は休みなのにな。
「まぁウチはちゃんと払ってもらってるんで、全然いいんスけどね。バーベキューとかどうです?ただ焼くだけでも美味しいですよ?野菜も肉も。」
「ははっ、美味しいってのは知ってますよ。」
傍で様子を伺っていると、どうも今日から休みだっていうのに、食材が届いてしまったという事らしい。最終的に食材の発注をしてるのは多分、黒江さんだ。
黒江さんがミスするなんて珍しい…昨日も早めに帰ったって言ってたな…どうしたんだろ、体調でも悪いのかな?
「じゃ、コレとコレは持って帰りますわ。連休明けにまた!お疲れッス!」
「いやぁ無理言ってスイマセン。お疲れ様です!」
どうも話はついたらしい。
野菜と鶏肉の入った箱を1つ厨房に置いて、白石さんは帰って行った。
「さて…こうなってくるとレティとナティが帰って来たのは丁度イイって感じだな。何作ろうかな…」
こだわり食材が詰まった箱を前に、レイさんが考え始めると、姉妹の目が光る。
「レイちゃん!本当に丁度いい提案があるんだけど!」
「そうだよ!本当に丁度いい作戦だよ!」
ふたりのワクワクした声に、レイさんは訝し気な目を向ける。
「えぇ?なに、怖いんだけど…」
その反応に、このふたりに散々振り回されてきたんだろうなぁ…と少し哀れになる。
俺達だって沢山心配も迷惑もかけてると思うんだけど、この姉妹のそれはまた別だろうなと感じる。
そう、きっと…"予想のナナメ上"ってやつだろう。
でも今回の提案は俺もアンも賛成だ。そこまで無茶苦茶な事には思えないし…楽しそうって思ってた。
レティとナティが提案したのは当然"庭キャンプ"だ。
その提案を受けてレイさんはまた溜め息を吐きつつ付き合ってくれるのかと思いきや…
返事は「は?めっちゃイイじゃん!」だった。
どうもレイさんはキャンプが趣味のひとつらしい。
忙しくてなかなか行けないみたいだけど、一通りの道具は持っているんだそうだ。
全然知らなかったから驚いたけど、それよりも驚いたのが…
「じゃーん!これが私達の愛車でーす!」
「かわいいでしょかわいいでしょ!私達のお家なの!」
レティとナティが、旅に使っているのが大きな車だったってことだ。
庭の部分に停めてあったのは、大きいけどなんかカワイイ感じの車だった。
大きくて、車なのになんか丸っこくて、淡い青緑色と白の優しい色をしている。
中で横になって寝れるし、大体生活には困らないそうで…。
まさに移動する家だ。
「キャンピングカーってやつだね、凄いなぁ…」
アンが感心して車をじっくり眺めている。
俺はなんだか感心通り越して、ぼーっと突っ立ってしまった。
「キャンプ動画もやってるよお、チャンネル登録よろしくお願いしますう!」
「って、リトちゃんもアンちゃんもスマホとか持ってないよ!」
楽しそうな姉妹の声を聞きながら、俺もこのふたりみたいに自分だけで生活できんのかな?とか妙な不安というか、自信無さというか、そういうのを感じてしまった。
そう、俺達"スマホ"も持ってないんだよな。
自分の連絡先というものさえまだ無い。
「スマホなぁ…まぁそろそろ考えないとな。って、椎とも話してんだけど。」
と、レイさんがボソッと呟くのを姉妹は聞き逃さず、後押ししてくれる。
「買ってあげたらいいのに!リトちゃんもアンちゃんも賢そうなのに。」
「そうそう賢そうなのに。」
賢かったら使えるのかどうなのかよくわからない。
便利なものなんだろうなっていうのはわかるし、お店のものなら少しずつ触らせてもらってる。
きっと勉強したら使えるには使えるんだと思うんだけど…
「賢かったら逆に困る事もあんの。お前らみたいに能天気に生きて行けないの。」
「えー褒め言葉だよね?」
「ねえ?褒め言葉だよね?」
「情報を選び取る倫理観みたいなものが、僕達に備わってないってことなのかな?」
アンが考えるような仕草をして言う。
それに対してレイさんは「ん、そんな感じな事だよ。知識は正しく使わないと怖いもんだからな。」と頷いて、庭にシートを広げた。
「ほら、やるんだろキャンプ。設営すんぞー。」
「やるやるー!」
「リトちゃんはこっち手伝ってー!」
車から荷物を降ろし、レイさんとレティとナティに教わりながら、テントを立てて…
椅子を設置して…
店の倉庫からバーベキューコンロを持ってきた。
TwinkleMagicの2階は休憩室と倉庫になってるんだけど、ほんとに色んな物が放り込まれてる。
何度も倉庫にも入ってるけど、知らなかった。キャンプ道具がこんなに押し込まれてたなんて。
というか今まで"キャンプ"ってやつに興味があんまり無かったのかもしれない。
自分でやることがあるなんて思ってなかった。
だから目に入らなかったんだろうな…。
そういえばこれまで所謂"恋愛もの"にはあんまり興味無かったのに、最近はよく目に入ってしまう。
愛がどうとか、恋がどうとか…
好きとか嫌いとか…
「リト、調理中に考え事しない。」
「ハッ!ごめんなさい!」
レイさんに注意されて我に返る。
白石さんが持ってきた新鮮野菜を調理していたとこだ。
今は刃物は使ってなかったけど、ボーッとしちゃ思わぬ失敗をする。
物を落としたりしても危ないし。
今俺が手にしていたのは新玉ねぎというやつだ。
大きくて、皮が薄くって、白い。
外側の薄い皮を剥がしていたところだった。
レイさんは姉妹に付きまとわれつつ、じゃがいもに刃を入れてアルミホイルに包んでいる。
「レイちゃんレイちゃん、燻製チキンもして~。リゾットも食べたいなあ~。」
「マシュマロ焼こうよう、ないの~?スモア食べた~い!」
「あー、もー、うっさいなー、あるもんでやるんじゃなかったのかよ…買い物行って来い買い物。アン、そいつら連れて買い物行って来て。買い過ぎないように見張ってやってな。」
一旦手を止め、レイさんは自分の財布をアンに渡す。
レイさんはなんだかんだ言ってこの姉妹に甘い。とっても甘い。
「マシュマロは一袋まで!ビスケットもチョコも適量だ!ポテトチップスは二袋までだ!」
アンはレイさんの指令にうんうん頷いているが、姉妹は聞いてないフリ。
早く連れて行こうとアンの腕を引っ張っている。
ああ俺の兄が攫われて行く…。
大丈夫かな…。
ちょっと心配だけど、俺はレイさんの手伝いをしたいし。
しっかり者の兄を信じる事しかできない。
アンと姉妹が駅前のスーパーへ出発し、レイさんと俺は昼ゴハンの用意に戻った。
俺の剝いていた新玉ねぎは、レイさんの用意してたじゃがいも同様にアルミホイルに包まれる。
閉じる前にオリーブオイルを少しかけていたみたいだ。
炭がじわじわ赤く光るコンロにかけられる銀色の球体たち。
これでしばらく蒸し焼きにするらしい。
「後はサラダ作って…燻製もしてやるかぁ…」
結局姉妹のリクエストを聞いてしまうレイさん。やっぱり甘い。
でも俺だって、アンにお願いとかされたらなんでも聞いちゃいそうだ。
いつもお願いしたり我が侭言うのは俺の方だけど…
「ところでさ、リト。敢えて訊くけど…」
サラダを作るべく、新鮮レタスを千切りながらレイさんが話しかけてくる。
ミニトマトのヘタをむしっていた俺はドキッとして手を止める。
な、なんだろ。敢えてって…
「…リトは、火、平気なん?いやこないだ、リトのトラウマってーか…その話聞いてさ。椎から。一応気を付けてやってくれって言われたから。」
「あっ、ああなんだ、そういう…大丈夫だよ!」
「え、なに?どういう話だと思った?大丈夫ならいいけどさ!」
正直アレかと思った。今朝の恋愛がどうのかと思った。
そうかぁ、黒江さんがちゃんとレイさんに言っておいてくれたんだな…。
俺が肉体的フラッシュバックしちゃった事。
あの時はホントにビックリしたな。
みんなに心配かけまくってしまった。
「火傷した事は怖かったし痛かったんだと思う…でも今は平気!料理もできるし、したいし。」
「そっか!良かったよ。」
レイさんはホッとしたように優しく笑ってくれた。
そういえばレイさんはこの世界の人なのかな。元から。
TwinkleMagicに関係している人は、俺達みたいに別の世界から来たり…何か不思議な事情がある人が多いって聞いてはいるけど…
オーナーは別の世界でも自分だったけど、その世界の自分は死んでしまったんだって言ってた。
原理は難しくてよく理解出来てない。だけど1度死んじゃったっていうのはわかる。
新城さんも言ってた"思い残し"ってやつがいっぱいあるから、今の自分は精一杯やりたいことやって生きるんだって。
だから俺達によく『やりたいことやりなぁ!』って言ってくれて背中押してくれる。
レイさんはこの世界に来たばかりの頃、弱ってた俺にとても優しくしてくれて、面倒みてくれて、暗い気持ちを何度も前向きにしてくれた。
どうしてそんなことができるのかって訊いた事がある。
そしたら『俺もリトみたいになった事があって…その時してもらった事をしてるだけだ。』って。
俺みたいに…
「レイさんって…俺達みたいに他の世界から来たの?」
なんだかオシャレな木の器にサラダを盛り付けながら訊ねる。
「ぉっと…今訊く?」
レイさんはボウルにドレッシングを作ってて、俺が急に訊ねるもんだから酢を入れ過ぎたっぽい。
どぼどぼって入った。今。
でも流石魔女の弟子…
「…うん、まぁいいか。」と頷いて、なんか色んな調味料を手早く足して、小さな泡だて器で混ぜる。
きっといつも通りに魔法みたいに美味しく仕上がるんだろうなぁ。
ドレッシングをカシャカシャかき混ぜながら、レイさんは俺の問いに答えてくれた。
「俺はねえ、記憶がこう、ボンヤリしててね…。」
「覚えてないの?」
「この世界の別の国で暮らしてたってのはわかるんだよ。でも、ある日突然、そこに流れてる黒那川のさ、もうちょっと上流の方かな。そこに居たんだよな。」
「別の国?」
「うん、そう。見た目でまぁ大体わかるだろ。日本人ではないなって。…あ、いや今は日本人なんだけど。帰化したから。」
「帰化?ってなに?」
「あー、えっとな。他の国で産まれたけど、この国の人として生きていきますって申請できるんだよ。そうすると、この国の人になれんの。まぁリトもその内考えたらいいよ。」
この国の人になれる…。
そうか、"どこかから来た俺"じゃなくなるんだ。そういう事も出来るんだな…。
俺やアンからしたら、レイさんは女神様に近い特徴を持ってると言える。
髪も眉毛も睫も、白に近い金色だし、肌も白くて…瞳は朝の空みたいな薄い青だ。
真っ白な女神様を捜してたから、こういう白っぽい人が居たらすぐ目に留まる。
たまに、大きな街には居るけど。
今まで目にした人数でも、5人も居ない。
世界の北の方とか、とっても寒くて陽があんまり当たらない場所に住んでいる人達はこんな風なんだって教わった。
「お前らと違ったのはな、目が覚めた時にはもう、日本語は理解出来たってトコかな。まあ喋るのは別だったけど。ちょっと練習した。…でも日本で生きてたって記憶は無くってな?…それまで別の場所で、家族が居て、生きてた筈なんだけど。じゃあ生まれ変わったのかっていうとさ、死んだ記憶も無いんだよな。」
レイさんは言いながらクーラーボックスにサラダとドレッシングを仕舞う。
そして紙袋から3つ袋を取り出すと、俺に差し出して「この木のチップから煙を出して香りをつけるのが燻製っていうんだよ。」と教えてくれる。
それぞれ、サクラ、ブレンド、ウイスキーオーク、と書いてある。
匂いを嗅がせてもらったら、それぞれに違う木の匂い。
「この世界はさ、広いんだよな。場所によって生える木も違う、生きる人も違う。だろ?」
「うん、そうだね…全然違うや。」
「俺はな、今のこの場所に来れて良かったと思ってるよ。リト。お前にもそう思ってもらえるといいなぁ…」
「えっ、もう思ってるよ!」
「ははは!そっか!」
それからどのチップで燻製するかふたりで選んだ。
アンはどれが好きかな?レティとナティはどれがいいかな?
話し合いの結果、サクラに決定した。
「他のも今度やってやるよ。外じゃなくても出来る鍋持ってるからな!」
「家の中でも出来るの?」
「できるできる。何かと便利な世の中なんよ。」
レイさんはニヤッと笑って、鶏肉の下ごしらえを始めた。
丁寧で綺麗な包丁捌きを見ながら、俺もいつかこんな風に料理が出来たらいいなと思った。
料理…レイさんみたいに、料理を作って喜ばれるような仕事もいいな。
レイさんは昔してもらったことを俺にしてくれてるって言ってたけど、俺もいつか誰かに、レイさんにしてもらったことをしてあげたい。
たくさん元気をもらった。美味しいゴハン。
作ってあげられたら…
しばらくして、アンとレティとナティが帰って来た。
割とパンパンな袋を3つ持って。
「おい、何買って来たんだよ。」
「えー、必要なものだよ!」
「そうだよレイちゃん!必要不可欠だよ!」
「ごめんなさいレイさん、これでも抑えたんだけど…」
アンはとっても疲れている様子だ。
わかる、このテンションの姉妹にひとりで立ち向かうなんて俺も無理だ。
「おかえりアン。お疲れ様…。」
俺は疲れ果てた兄の肩に手を置く。
「ふふ、リト5人ぐらいを相手にしてるみたいだったよ…。」
「えー、なんだよそれー。」と言ってはみたけど…確かに俺も手のかかる弟だ。
よく困らせてる自覚はある。うん。
ただどうして困らせてしまうのか、イマイチこう…わからんっていうか。
困らせたなーと思うのは、やっちゃった後なんだよな…。
「さてじゃあ、肉焼くか…サラダからお食べ。サラダから。」
レイさんは買い物袋の検問を諦めて、既に燻製された肉をフライパンに乗せた。
「網で焼かないんだねぇレイちゃん。」
「網で焼くのかと思ったよレイちゃん。」
バーベキューコンロの網に直接乗せるのかと思いきや、フライパンが登場したので姉妹は興味津々にレイさんの手元を覗き込む。
「だってお前らリゾット食べたいって言ったろ。燻製風味が付いた油が出るから、それリゾットに使うんだよ。」
「えーっ美味しそう!」
「ホントに!美味しそう!」
「美味そう!」
姉妹と一緒に俺も叫んでしまった。
「サラダと取り皿出したよ。飲み物何にするの?」
そこにアンが穏やかに声を掛けてくれる。
ホントに俺の兄はしっかりしてる。
姉妹はオレンジジュース、俺とアンはリンゴジュース。
そしてレイさんはビールをクーラーボックスから取り出した。
「あっレイちゃんズルイ!」
「私も飲む!お酒飲むー!」
「お前ら酔うと更にめんどいだろが!ヤダよ!」
姉妹はワアワア騒いだ結果、二杯目は酒を飲む事で合意したらしい。
というか、さっきの買い物袋に実は酒が入っているらしい。
ちゃっかり買って来てるんじゃん…。
「いやあのふたり、最初から飲む気だからね…」と、アンが耳打ちで教えてくれたのだった。
やっぱり騒ぎたいだけなんだな。
レイさんに構って欲しいだけっていうか。
そういうとこ、ちょっと可愛く思えなくもないかもしれない。
ちょっとだけど。
皆で乾杯して、レイさんに言われた通りにサラダから食べ始めた。
ドレッシングにハプニングがあったにも関わらず、やっぱり美味しく仕上がっていた。
野菜自体もやっぱり美味しい。いつも白石さんが持ってくる"こだわり野菜"だ。
白石さんに『いつも野菜美味しい』って言った事があって、そしたら上機嫌で教えてくれた事がある。
『俺が持ってくる食材は、美味しくて健康に良いっていうバランスを常に一生懸命考えてる人達が作ってるんだよ。美味しけりゃいいってもんでもないし、健康に良けりゃいいってもんでもないんだ。』
何をどうして美味しい食材になるのかは、俺にはまだわからないけど。
一生懸命に考えて、作ってる人達が居るんだなってのはわかった。
このサラダひとつだって、野菜を育てる人が居て、運んできてくれる白石さんが居て、料理するレイさんが居て、…そんで俺が食べてるんだよな。
『美味しくなれよ!』って想う人が沢山関わってるんだなぁと思うと、なんだか更に美味しく感じる。
その後、食べた鶏の燻製もやっぱり美味しくて、すぐになくなった。
ふたりで選んだサクラチップの木の香り。皮はパリッとしてて、肉はギュッとした食感。
燻製の味付けはレイさんの"こだわりの塩"だ。
塩コレクションもレイさんの趣味のひとつらしく…TwinkleMagicの厨房にも、自宅にも、沢山のレイさんコレクション塩があるらしい…。
「よし、じゃあリゾット作るか。」
と、レイさんが立ち上がると…
「じゃあ私、アンとスモア作る!」
「えっ?」
ナティはアンを引っ張って立ち上がり…
「じゃあ私も!リトちゃんはこっちね!」
って、俺はレティに手を引かれた。
リゾットとスモアはわかる、だって作る予定だったし。
俺はぐいぐいとキャンピングカーの方に連れて行かれて…
「レティ?何作んの?」
「ふっふっふ~。リトちゃんとアンちゃんはチーズが好きって聞いたから!」
まぁ確かにチーズは好きだ。
買い物しててアンが言ったのかな?
キャンピングカーの中の小さなキッチンまで俺を連れて来ると、レティはドヤ顔で言った。
「今日はなんと!マッケンチーズを作ります!」
「まっけん…チーズ?」
「マッケンチーズ!」
「何それ?」
「作っていけばわかるよ~!美味しいよ!はい、お鍋!」
小さなコンロに小さめな鍋を乗せる。
小さめって言っても家で味噌汁作るぐらいの鍋だ。
家にある鍋より随分カワイイ感じだけど。
外側は赤くて、中は白くて。このキャンピングカーみたいに、ちょっと丸っこく感じる形。
「こちらのお鍋に~、お水を入れますぅ~。」
言いながら、俺に大きいペットボトルを渡すレティ。
「どのぐらい?」
「注いでって!ストップって言うから!」
なんて適当なんだ…と思いながらも、ゆっくりペットボトルの水を鍋に注いでいく。
「もう少し、もーちょっと!はいストップ!」
ピッタリ止めなきゃと思っていたせいか、ペットボトルを縦にしたときに力を入れ過ぎた。
"メキッ"て音を立てて少しボトルがヘコむ。
「あっは!リトちゃん力持ちだねえ!」
レティが楽しそうに笑う。
ちょっと前まで俺は、女性の笑う顔を見て…『女神様ならこんな顔をするかな、してくれるかな?』なんて考えてばっかりだったけど。
今はなんか違うな。
単純に、レティ楽しそうだなぁとか。
こんなことで笑うか?とか。
でも怒られなくって良かったー。とか。
目の前の景色をちゃんと見てる気がする。
「では火をつけまーす!」
「うん。お湯沸かすんだな?」
「そうだよ!あっ、待ってそれで…塩を入れます!こんぐらい!」
"こんぐらい"とは。
どのぐらいだかよく見えないぐらい素早くレティが塩を鍋に放り込む。
ティースプーン1杯ぐらいだろうか?
「はいっ!ではお湯が沸くまで、恋話をします!」
「はい!?」
突然の恋話発言に塩の分量の事なんて頭から吹っ飛んだ。
「そんで~、リトちゃんは恋した事あるの?」
「えっ?いや…恋…かもしれないって思ってはいるんだけど…」
なんだか気まずくて、まだ静かな鍋の水面の方に視線を移す。
「かもしれない!今?今恋してるの?!」
「だから恋かはわかんないって!」
「うぅわぁあリトちゃんしゅごいっかわいぃ~!その恋かもしれない子ってどんな子なの~!」
レティは俺の肩をガッシリ掴んで大興奮している。
しっかり捕獲されて逃げれない。
「どんなって…笑顔が可愛くて声が可愛くて、料理が上手で…優しくて…」
呟いてる間ずっと思い出す。
彼女がどんな人か。
髪は黒くて、後ろでお団子にしてたかな。肌は少し日に焼けてたかも。
瞳は明るめの茶色で…ひな祭りマーケットで会った時は少し目が赤かったなぁ寝不足だったのかな。
ふわふわしてるけど素朴な服と、エプロンが良く似合う。
しっかりしてるように見えるけど、ちょっと心配性なのかも…とも思うし…
「うーん、それは恋だね!」
「はっ?えっ?」
「途中からずっと頭の中でその子の事考えてたでしょ~!」
レティは「うふふっ」となんだか嬉しそうに笑った。
「声に出さなくてもわかるよ~、きっといっぱいその子の事思い出してたんだなって。その子の事考えてる時のリト、すごく恋してる顔してた!」
「恋してる顔?」
「恋してる顔!だよ!」
どんな顔だったんだろう。
わかんないけど、黙ってる間ずっと見られてたんだなーと思うとちょっと恥ずかしい。
「あっ、お湯が沸きましたー!」
そしていつの間にかお湯がグラグラと沸いている。
「それではここに、コレをこうして入れます~!」
と、レティが取り出したのはマカロニだ。
サラダマカロニと袋に書いてある。
「サラダ?マカロニ?」
俺が問い掛けてる間に、彼女は袋の中身を全てザラザラーッと鍋へ放り込んだ。
「そうです!グラタン用じゃないやつ!ちょっと小さくて筋が入ってるでしょ?すぐ茹だるんだよぉ。」
「へぇー…」
「それではぐるぐるかき混ぜながら茹でまーす!」
レティに渡された菜箸で、言われるままに鍋の中をぐるぐる混ぜる。
「じゃあリトちゃんはそのままグルグルしててね!」
俺に指令を出すと、レティはこれまたカワイイマグカップを持って車を飛び出していった。
ぐるぐる…
お湯の渦の中で、マカロニが踊っている。
ひとりでそれを見詰めていると、さっきの会話が甦って来る。
『恋してる顔してた!』
って、言われた。
それってどんな顔なんだろ。好きな人の事考えてるとそういう顔になんのかな。
でもそういう時に鏡見たりしないし。
あっ、アンが恋したら?
双子だから、同じような顔になる?
…アンは…恋するのかな。してんのかな。
「お待たせぇーっ!」
程なくして、レティがマグカップを持って戻って来た。
そして鍋の中を覗く。
「うんうんっ、大分お湯が減ったね!」
いつの間にか鍋の中のお湯は殆どなくなっている。
対してマカロニは水を吸って大きく膨らんでいた。
もうすぐ鍋から溢れそう。
「ではでは、ここに牛乳を入れま~す!豆乳でもいいですよお~!」
と言いつつ、マグカップの中身を鍋へ注ぐ。
「リトちゃんはまぜまぜしててね!」
今度は何やら小さな袋を開けて、それも全部鍋へ放り込む。
「本日はチェダーチーズ入りのミックスチーズで作りますう~!」
オレンジ色と白っぽい色のチーズが大量に鍋へ…
「ちょ、溢れるよ!」
「頑張って溢れさせないで~!優しくまぜまぜして!」
ただでさえマカロニで溢れそうになっていた鍋に、チーズがもさもさと…
ここで俺はふと気付いた。
「あっ、マッケンチーズのマッケンて、マカロニのこと?」
「そう!大正解だよ!アメリカのおふくろの味だよっ!」
「アメリカ…?の?おふくろ?」
「アメリカっていうおっきな国があるの~そこのお母さんがよく作るの~!」
あぁなるほど。
つまりこれはアメリカ料理というやつで…
家庭料理ってやつだ!
納得しながら鍋からマカロニを溢さないようにゆっくりかき混ぜて…
チーズが全部溶けたら「鍋のまま持っていくよ!」と更に無茶振りされるのだった…。
慎重に慎重に鍋を運ぶ。
テーブルに着いたら「わあ美味しそう!」とナティが歓声を上げた。
「チーズ?と、マカロニだ。美味しそうだなぁ。」とアンもニッコリした。
俺も好物を目の前にした時、こんな顔してる?
さっきの考え事が頭を過り、アンの顔をまじまじと見る。
俺の視線にすぐに気付いたアンは、不思議そうに見つめ返してくる。
「そうやってたらやっぱりソックリだな、お前らも。」
レイさんの声にハッとしてにらめっこをやめると、テーブルの真ん中にリゾットの鍋が置かれた。
燻製のいい香りがする。
明るいオレンジ色に近い、クリーム色?何味なのかとレイさんに訊くと、「トマトクリーム味」と返事が返って来た。
トマトクリーム味。パスタで食べた事あるかも!
「まぁ、もうどっちがどっちか間違えないとは思うけどなー。」
「え~レイちゃんたら、リトちゃんとアンちゃんの事も間違えてたの~?」
「私達よりは違うと思うよ!」
「そうだよそうだよ、違うよ~!」
レティとナティがレイさんにまたワアワア言ってるけど…
俺はこの姉妹が単に似すぎてるんだと思う…
ほんの少しだけ、仕草が違うような気もするけど…
「ほら、冷めちゃうよ。食べよ?」
アンの一声で、皆がハッとして椅子に座った。
そしてキャンプゴハン2度目の、皆で「いただきます」をしたのだった。