黄色いミモザのランチ
『どうした?』
レイさんが心配そうに話しかけて来る。
俺は何故か泣いている。
そうだ、ゴハン食べながら涙が出て来て…
止まらなくなっちゃったんだ。
『わかんない。』
とても不安になって、涙が出てしまう事があった。
俺にはその不安がなんだかわからない。ただとても、深い穴を前に、誰かに背中を押されそうな。
今美味しいゴハンを食べてるのに、次の瞬間、ストンと深い穴に落っこちてしまうんじゃないかって。
美味しいものを食べてる時は大体気が紛れてた。
女神様がいるとかいないとかも、そんなに考えなかった。
だけど、たまにこういうことがあった。
何も考えて無いのに、勝手に涙が出て来て、わけのわからない不安感に襲われた。
『なあリト、ゴハン美味しい?』
『うん…おいし…』
レイさんは俺の顔をタオルでそっと拭いてくれる。
この時はアンも居なかった。俺だけお昼に起きてて、お腹が空いて…レイさんにゴハン作ってもらったんだよな。
コーンスープとポテトサラダと…スモークサーモンをいっぱいパンに乗せてくれたっけ。
まだ涙がこぼれてたけど、美味しいものは美味しいから、そのまま食べ続けた。
そんな俺を眺めながらレイさんは優しく語り掛けてくれた。
『美味しいものいっぱい探して、女神様に教えてあげたらどう?』
『え?』
『リトは食べるの好きだろ?アンも。いつか会える時の為に、いっぱい美味しいもの探しておきなよ。』
『うん…じゃあ…レイさんの作ったスープも教えてあげる。いつも作ってくれるいろんなゴハンと。…あとクッキーも。』
『ははっ、そっかぁ。クッキーもまた焼いてやんよ。』
レイさんは嬉しそうに笑った。
"美味しいものをいっぱい探して、女神様に教えてあげたらどう?"
その提案をしてもらってから、俺は少しずつ元気になれた気がする。
そうだ会えた時の為に、と思ったら…
女神様とアンと、3人でゴハン食べるんだ。って目標が出来たら…
会えない事よりも、会えた時の事を想えるようになった。
―――ポッポーポッポー
目覚まし時計の鳥の鳴き声。もはや少し懐かしささえ覚える音で、俺は目を覚ました。
過去の夢はよく見るけど、こっちの世界に来てからの事を夢に見るのは珍しい。
あれは、こっちの世界に来て…夏頃の事だろうか?
毎日毎日言葉の勉強してたから、皆と大分喋れるようになってた。
けど、なんだか心がついてこないっていうか…
頑張って頑張って頑張って、でも不意に…不安になる事があって。
今思うと、なんの為に頑張ってんのかわかんなかったからかもしれない。
勿論この世界で生きていく為だけど…。
俺はアンと女神様と3人で生きたいと思って命を掛けて…
そして死んでしまった。
だから今更女神様抜きで、こんな何もわからない所で、頑張って生きて…
どうするのか、どうしたいのか、どうなるのか。
足元が常にグラグラしてた。
なんの為に俺は生きているのか、この世界にどうして来たのか。
よくわからなかった。
「今は…俺は、どうしたいのかな…」
ひとりでベッドの上で呟いた。
まだ外は暗い。
出勤は明日からだけど、休ませてもらっている間はすっかり遅起きだったから、今日から出勤に合わせて起きておこうと思ったのだ。
向かいのベッドを見ると、兄はまだ眠っている。
アングレルは一度寝るとなかなか起きない。
休みの日は朝から起きてくれる時もあるけど、俺も一緒に寝坊して昼近くに動き出す事がほとんどだ。
いつかは、この世界に合わせて生活するようになるのかな。ふたり一緒に。
朝起きて、夕方まで働いて、夜は眠る。
TwinkleMagicから離れて、俺達は俺達の生活をするのかな。
その時、女神様は隣に居ないのかな。
「あぁ…寂し…」
口から呟きが零れて、目から涙が零れた。
被っていた掛布団を抱き締めて顔を埋めた。
やっぱり、寂しいなぁ。
女神様のために、神殿のせいで、兄のおかげで、…って、俺は嬉しい事も悲しい事も、きっと全部人のせいにしてきた。
人の事で自分を埋めてて、それが無くなったら、穴がぼこぼこ空いて。
きっとそれが寂しいんだ。
ひとしきり泣いた。
寂しいし怖いし、どうしたらいいかわからないから。
「リト…」
近くで兄の声がして、ぎゅっと布団ごと抱き締められた。
「なんで起きてんのっ…」
子供みたいに泣いてたのが恥ずかしくなって、文句を言うみたいな口調になってしまう。
起こしてしまう程大きな声で泣いてないし、音も立ててないのに。
「うーん?わかんない、なんとなくリトが泣いてる気がしたから。」
アンは俺の頭をよしよしと撫でて微笑んだ。
「ねえリト、顔洗っておいで?ホッとケーキ焼いてあげる。」
「皆して、すぐそうやって食べ物で機嫌取ろうとして…」
なんだかまだいじけた言い方になってしまう。けど…本当は嬉しいし、お腹も空いてる。
「いらないの?」
「いるよ!」
俺の大きな返事に、アンは「ふふっ」と笑ってから支度を始めた。
その後、アンが焼いてくれたホットケーキにハチミツをこれでもかとかけて食べた。
いつだったか黒江さんが言ってたな。
『甘いものを食べると幸せ気分になる物質が脳から出るんだよ?だからニコニコになっちゃうんだ。』
あの時は一緒にドーナツ食べてたっけ。
黒江さん、『食べすぎはいけないけどね!』って言いながら、ドーナツおかわりしてたなー…。
甘いホットケーキを頬張りながら、思い出し笑いしてしまう。
黒江さんって、時々言ってる事とやってる事が嚙み合ってないんだよなあ。
さっきの俺もそうか!
そう思い当たったら、なんだか更に可笑しくなってしまった。
「リト、はちみつ好きなんだねぇ…そんなに嬉しそうに…」
笑ってたのは別の理由なんだけど…
「違うよ、アンの焼いたホットケーキが美味しいんだ。」と言っておいた。
アンの焼いたホットケーキが好きなのは本当の事だし。
「そう?良かった。…僕もたまにはハチミツかけてみようかな。」
ホットケーキにはいつもメープルシロップをかけてるアンが、今日はハチミツに手を伸ばした。
そういえば、前にホットケーキ食べた時には…
女神様はハチミツとメープルと、どっちをかけて食べるのかなって話をしたな。
どっちだかわからないまま、なのかな。
あの人はどっちなんだろ。女神様の生まれ変わりだというあの人。
アンと黒江さんには、『女神様いいひとだったよ!』なんて、笑ってみせたけど…
正直まだわかんない。
あの人が女神様なのか。俺自身が女神様への気持ちをどこにやるのか。
新城さんに"女神様が女神様のままではこの世界に存在しない"って教えてもらってから、俺の心は混乱したまま。受け入れられたわけじゃない。
あぁでも、あの人が"いいひと"なのは本当だ。
アンの事を心配してくれたし。
料理も美味しかったし。
笑顔も可愛かった。
また会いたいって思う気持ちも、ある。
そうだな、女神様でも女神様じゃなくても、あの人にまた会いたいなあ。
「んっ、たまにはハチミツもいいなぁ。リトもメープル食べてみたら?」
アンがメープルシロップの瓶をこっちに寄せる。
「そうだなぁたまには食べてやるかぁ。」
「ふふっなんでそんな偉そうなんだよ。」
俺と兄は仲良くハチミツとメープルシロップを食べ比べて、あったかいカフェオレを飲んで…
お腹が膨れたら眠くなり、歯を磨いてもう一度ふたりで寝てしまったのだった。
今度は目覚まし時計は鳴らない。
夢を見ずに眠ったのは久し振りだった。
朝ホッとした気持ちで目を閉じ、次に目を開けたら昼だった。
静かにベッドの上に転がっている目覚まし時計は12時を指していた。
起き上がって伸びをして、アンのベッドを見る。
居ない。
もう起きてるのか。
ベッドでぼーっとしていると、アンが顔を拭きながら洗面所から戻って来た。
「リト、おはよ。」
「おはよ。アンもさっき起きたとこ?」
「そうだよ、しっかり寝ちゃったなぁ。」
アンは俺のベッドに腰掛けると、じっと俺の顔を見て「よかった今度は泣いてない。」と笑った。
「なんだよ、朝のは、違うからな!泣いてないから。」
「ええっ?」
「あれはあれだその…心の汗だ!」
とか、レイさんが前に言ってた言葉を引用する。
『涙は心の汗だ!』って…あれ、結局涙なんじゃ、泣いてる事になってんじゃん。
「そっか、汗なんだ、そっかぁ。それはそれで心配なんだけどなぁ。まだ暑くないのに。」
アンは笑っている。
そんなに笑ってくれるなら、強がった甲斐もあるってものだ。
「元気出たなら良かったけどさ。昼、あの店に食べに行かない?」
「あの店?」
「ほら、イタリアの…」
「あぁ!アベトロ…なんだっけ?」
「ビストロアベトロマエストロ?」
「よく覚えてんなぁ…」
朝、俺が元気無かったから、昼はやたらと元気なあの店に一緒に行こうと提案する気だったみたいだ。
確かにあの店に行ったら、それまで落ち込んでてもうっかり笑っちゃいそうだ。
俺はお気に入りのパーカーを着て、アンはシャツと薄手の上着にストールを巻いて、商店街へ歩いて行った。
陽が当たるとこは少し暑いぐらいだ。
ついこの前まで、アンはもこもこの上着を着こんでたし、俺だって長袖の上に長袖着てた。
今日は半袖の上に長袖。
そしてやってきた2回目の陽気な店。
"ビストロ♪アベトロ♪マエストロ♪"の店は今日も輝いていた。
入り口の横にはこの前なかった看板が立てかけられている。
『本日は Festa della donna♪女性のお客様にはデザートをサービス♪』
と、書いてある。
読めない所はイタリア語かなんかだろうか…
残念ながら俺達は男性なので、関係は無いだろうけど。
―――ヒューッ♪お大臣♪
相変わらずの陽気な入店音と共に店に入る。
「らっしゃーせー!」
元気な声が厨房から聞こえ、俺達の顔を見た店主は「おぉ!再びのご来店だな少年たち!」と明るい笑顔を見せてくれた。
店内はテーブル席が埋まっていたので、俺とアンはカウンター席に並んで座った。
「今日は何いっちゃう?限定メニューもあるよ!」
元気に差し出されたメニュー帳に続き、手書きの"本日限定!"と大きく書かれた紙を渡される。
本日限定!Festa della donna!
♪ミモザサラダ♪
♪ミモザパスタ♪
♪ミモザケーキ♪
お世辞にも上手い字とは言えないけど、一生懸命可愛く書こうとしたんだなと思えるメニューだ…
それを見たアンが、店主に「あの、これは何て書いてあるんですか?」と質問する。
日本語以外はほんの少ししかわからない。
「ああ、Festa della donnaね!女性の日って意味だよ。今日はミモザという花を贈って、女性に感謝を伝える日なんだ!」
「なるほど、だから女性にデザートをサービスしてるのかぁ。」
テーブル席を埋めてるのはいずれも女性だった。
女性の日、なんかひな祭りみたいだな…
「あ。」
俺はふと気付いた。
財布の中から、おひさまひなまつりマーケットでもらったカードを出す。
あの人のお店の、ショップカード。
店名は"ミモザ"だった。
じゃあこのカードに描いてある花がミモザなのか。
白い花と赤いリボン。
俺の手元を見たアンも気付いたようで「ぁ…」と小さく声を漏らす。
「花の名前だったんだな。」
「そうかぁ…」
ふたりでしみじみ頷いていると、店主が「お悩みボーイたち!ご注文は?」と顔を覗き込んできたもんで「あっ、じゃあせっかくだからこのミモザのやつ2人分ください!」と、珍しく俺が注文した。
「了解!」店主はウインクして厨房に引っ込んで行った。
忙しそうに調理が開始される様子を見てから、俺は「あっ、勝手に注文してゴメン。」とアンに謝った。さっきはなんだか慌てて答えてしまった。
「大丈夫、僕もミモザセット食べたかったから。」
アンはにっこり笑ってくれた。
この花みたいな料理が出て来るのかな?
まさかこの花が食べれる種類なのかな…?
俺とアンはワクワクしながら料理を待った。
「はい、お待たせ!まずミモザサラダね!」
最初にテーブルに置かれたのはレタスとベビーリーフかな…?緑色の葉野菜の上に、なにか黄色いふわふわつぶつぶしたものがかかっている。
「この黄色いのなに?」
店主が引っ込むのを引き留めて訊いてみる。
「ゆで卵の黄身をミモザに見立ててるんだ、ミモザ感出てるだろゥ?」
俺とアンはきょとんとしてしまった。
「ミモザ…ってこんななの?」
「んんっ?そこに飾ってあるのがミモザだぞ少年。」
店主が指差した先には、花瓶に黄色くてほわほわした花が沢山入っていた。
本当だ、サラダのミモザにそっくりだ。
いやサラダのミモザが花のミモザにそっくりなのか。
でもあの人のくれたカードに描いてあるのは、白い花だった。
店名と花の絵は関係無いのかな…
白い花なのかと思ったのにな。
「ミモザって白い花だと思ってました。」
俺が思った事をアンが口にする。
「へえ渋いねぇ少年。黄色が一般的だけど、白もあるよ。もっとオレンジっぽいのとかも。まぁまずは食べたまえ!パスタももうすぐ出来上がっちゃうぞ~?」
「あっ、はい、いただきます!」
「いただきまーす!」
白もあるって事は、やっぱあの花の絵はミモザなのかな。
この花が好きなのかな?
そんな事を考えながら、目の前のサラダのミモザを食べる事にする。
前に食べたセットサラダとは違って、なんかのハーブとか、コショウの香りが強い。
ふわふわ細かくされた玉子ともよく合う味だ。
「ミモザ美味しい。花もこんな味がすんのかな?」
「えぇー?そんなまさか。」
「ボーイたち、次のミモザが到着よッ!こっちも美味しいよ!」
半分ぐらいサラダを食べた所で、次の皿が出される。
サーモンと菜の花のクリームパスタ…の、上に、ミモザ。
今度はなにでできたミモザなんだろ?
ふわふわした黄色くて細かい…
「あっ、チーズだ!」
パスタの上の黄色いミモザだけ掬って食べたらすぐ分かった。
「ご名答!」カウンターの向こう側から店主が陽気な声で応えてくれた。
俺はチーズが好きなので嬉しい。
アンもチーズが好きだ。
ついでにアンはクリームパスタも好きなので、きっと嬉しいだろうなぁ。
隣を見ると、やっぱりアンは"パスタ早く食べたい!"って感じで、スピードアップしてせっせとサラダを食べていた。
アンはサラダが出てくると、ほとんどの場合サラダを食べきってから次に行く。
真面目だなあと思う。
その方が健康にいいってみんなに言われてるから、俺もわかってはいるんだけど…
やっぱり食べたいのから食べてしまう。
だからサラダは途中だけど、美味しそうなパスタにフォークを刺した。
くるくる巻いて、ついでにサーモンを刺して、口に入れる。
めっちゃ熱い。
熱すぎて涙目になったけど、落ち着いてくると味を感じられるようになって…
美味しい!
二口目はちゃんと息を吹きかけて冷ます。
そうだった、よくレイさんに怒られるんだよな…『ふーふーしなさいっ!』って…
菜の花ってそのまま食べると少し苦いけど、クリームソースに包まれてるから苦味は感じない。
鮮やかな緑と淡いオレンジとフワフワの黄色。
綺麗な料理だなぁ。
「美味しい…!」
隣からアンの感動の声が聞こえる。
やっとパスタを食べ始めたみたいだ。
「アン、熱くなかった?」
「僕はリトと違って冷まして食べるからね?」
フフンと得意げに言うアン。
こういうとこ黒江さんに似てきたなぁって思う。
で、そんな事言ったらきっとこう返される。
『リトはレイさんに似てきたよ?』って。
パスタもサラダも夢中で食べて、お皿が空になると、陽気な店主が再び顔を出した。
「はいっ、デザートのミモザケーキです。ドリンクはランチサービスだ。オレンジジュースでいいかな?」
デザートの皿とオレンジジュースの入ったグラスが目の前に置かれる。
前にオレンジジュース頼んだの、覚えててくれたんだな。
レイさんや黒江さんだったら、コーヒーか紅茶なんだろうけど。
「ありがとう、えーっと…店長さん。」
「おう!俺は米男シェフだぜ!米さんって呼んでくれ!」
「よね…べい…さん?」
"よねおさん"なのか"べいさん"なのか…
俺は心で首を傾げつつも、気を取り直して目の前のケーキに注目した。
今度のミモザは…スポンジケーキだ。
丸いドーム型のケーキ。小さく四角いスポンジケーキが表面にたくさんくっついてて、ミモザの花みたいに見える。
フォークを入れると、中は生クリームとスポンジケーキが重なってて、真ん中にはイチゴのジャムが入ってた。
「ケーキも美味しい…でもなんでイチゴジャムなんだろ?」
「実は花の中に種が入ってて、それが赤い、とか?」
「イチゴジャムね!それは俺の好物だからだ!他に意味なんて無ぇ!」
俺達の呟きを拾った米さんが胸を張って答えてくれた。
「そうなんだ、好きだから入れちゃったんだ。」
俺は笑った。
好きだから、単純な理由。
それを胸張って言う米さんが、今の俺にはカッコよく見えた。
俺の好きなものってなんだろ。好きな食べ物、いっぱいあるけど。
そうだ、この世界に来て以来、"好きなもの"がたくさんできた。
神殿で暮らしてた時には、何が好きだった?
もう、あんまり思い出せない。
でもそれでいいのかもしれない。
今の女神様のこと、あの人のこと、好きとかなんとか、よくわからないけど…
取り敢えず俺は、また会いたいな。
会いたいから会いに行く。
そんなんで、いいのかもしれない。
ふわふわなミモザケーキを食べ終わって、オレンジジュースで一息ついて…
俺とアンは陽気な米さんの店を後にした。
「また来いよ!双子ボーイ!」
ニカッと笑って見送ってくれた米さん。
少年、って言われるけど。
米さんも若く見えるんだけどな。
でも黒江さんと同じぐらいの歳なのかな…?
いつか黒江さんも一緒に来れたらいいなぁ。
「あー、めっちゃ元気出た。明日からがんばろ!」
「うん、元気出た。僕も頑張る!」
「アンも元気無かったの?」
「リトが元気無いのに、元気な筈ないでしょ?」
「そっか!」
帰り道ふたりで楽しく話しながら歩き、家への曲がり角で、ふと足を止める。
そしてアンに提案した。
「川、散歩して帰ろうよ、アングレル。」
「…うん、いいよ。」
俺達は並んで川辺まで歩いた。
橋の手前で遊歩道に降りる。
暖かい陽射しが気持ちいい。
俺達が最初に倒れていた場所まで来ると、俺は立ち止まった。
アンに向かい合う。兄は神妙な面持ちをしていた。
「なあ、俺…ミモザに行ってみたい。あの人の店。」
そう告げると、アンは驚いたような顔をして、それから溜め息をついた。
「なんだよ…なに言われるのかと思った。」
「えっ?」
「いいよ、行こう?僕も行きたい。」
「うん!じゃあ今度の土曜日な!」
「早…いいけどさ。」
「あっ…そういえば新城さんに報告に行ってないや。」
「あー…そうだった、そっちが先じゃないの?」
じゃあ来週にするか…とか、相談をしながら俺達はまた歩き始めた。
白いミモザ、今頃あの人はお店に飾ってるのかな?
なんで黄色じゃなくて白なんだろ?
白が好きなのかな?
訊いてみたい事、たくさんあるけど…。
今は取り敢えず、もう一度会いたい。
会いたいから、会いに行くよ。