しあわせの形
――――翌日。
舞台の練習を終えた控え室にて。
「えっ、紗夜ちゃんのお見合い相手、帯刀さんだったの?」
「ええ。お互いの仲人は、私たちが知り合いだと思っていなかったみたいね」
小羽は紗夜から、見合いの一部始終を聞いた。庭を散策し、食事会をして、そのあとは半日ほど自由時間をもらったので一緒に歌舞伎を見に行ってから料亭で夕食を共にし、帰宅したという。
驚くほど健全で穏やかな見合いだったようで、小羽も安心した顔で紗夜を抱きしめた。
「私もそうだけれど、彼のあの性格だと、その辺の女性では難しかったと思うわ」
「そう? 紗夜ちゃんも帯刀さんも、お家が厳しいところは似てると思うけど……」
小羽は景雪と夫婦になってから、帯刀家の存在について聞いた。朔晦家に仕えるために存在し、主人と決めた朔晦の人間のためだけに生きる一族。月見里家自体は特殊な一族ではないが、華族の系譜で大きな会社をいくつも所有するグループの会長というだけで充分大変な家柄である。
とはいえ本人たちの性格についてどうこう思ったことがない小羽は、いまいちピンときていない様子で小さく首を傾げた。
「小羽はずっと私といたからわからないかも知れないわね」
クスリと笑うと、紗夜は小羽の白い指を一つ一つ摘まんでは、幼子に数の数え方を教えるように折り曲げながら話し聞かせる。
お互いに最も大切に思う人がいること。その人のために人生を捧げてきて、これからもそうするつもりでいること。その中でも、一族の人間として最低限の務めは果たすこと。世間一般の夫婦のあり方に自分たちを当てはめて考えないこと。
軽く思いつくだけでも我ながら面倒だと、紗夜は自覚している。
夫のあり方に一定の理想を抱いている女性ならば、帯刀とはやっていけないだろうし、妻という存在に奉仕の心や無償の愛を求める男性ならば、紗夜とはやっていけないだろう。
「――――そういうわけだから、私はこれからも小羽のために生きるつもりでいるし、千景さんも景雪さんのために尽くすでしょうね」
「そっか……それが紗夜ちゃんたちのしあわせの形なんだね」
紗夜も自分のしあわせを見つけてくれたらと勧めたことだったが、予想外の方向で意気投合して帰ってきたことに小羽は少なからず困惑したものの、それがお互いの幸福ならこれ以上なにか言う必要もないだろうと思い直す。
なにより未だ自覚はなさそうだが、彼の話をするときの表情が思いの外やわらかい。小羽の頭を撫でる手の温度が、いつもより少しだけ高い。声音が弾んで聞こえるし、機嫌の良さが心音と共に伝わってくる。
大好きな親友もまた、しあわせを見つけたのだ。
「ねえ、紗夜ちゃん」
紗夜の腕の中で、小羽がうれしそうに囁く。
「相手の人、いい人で良かったね」
紗夜はパチリと目を瞬かせ、それからふわりと微笑んだ。
「ええ、そうね」
恋をしなくても夫婦にはなれる。けれど、夫婦になってからでも恋は出来る。
紗夜は自分たちを面倒だと言っていたが、きっと気の合う良い夫婦になるだろう。