計画的関係
日本庭園が立派な、料亭の一室。
座卓を挟んで向かい合うは、月見里家とその見合い相手。
紗夜は相手の男性を一目見た瞬間僅かに瞠目し、相手の男性もまた、紗夜を一目見た瞬間小さく息を飲んだ。しかし、伊達に社交界を生き抜いてきていない紗夜は、よく出来た微笑を浮かべると優雅に挨拶をした。
相手の男性――帯刀千景も、一瞬の動揺などなかったかのような顔で礼を返す。
粛々と見合いは進み、あとはお若いお二人でと決まり切った流れの中に取り残される。
「…………まさか、あなたが相手だとは思わなかったわ」
「私もです」
家同士が見合っていたときの気取った表情を崩して溜息を吐く紗夜と、それを咎めることもなく淡々と同意する千景。二人は元々、景雪を通しての知人同士であった。とはいえ、千景は景雪を、紗夜は小羽を支えてしあわせにすることだけを考えていたため、相手のことは殆ど知らない。
「私は、結婚自体が嫌なわけではないのよ。月見里の娘として成すべきことくらい、わかっているつもりだもの」
「ええ」
紗夜は千景をチラリと見ると、見合いが始まってから一度も手をつけずにおいてすっかり冷めたお茶を一口啜った。
「ただ……小羽のためじゃない、自分本位の生き方がわからないだけなの」
「そうですね。私も、社長のお側について長いですから……跡継ぎを残すことも責務であるとは、わかってはいるのですが……」
紗夜の言葉に、千景も心底同意を示す。
月見里の婿として迎える家柄として帯刀の者は申し分ないが、先の親同士の会話でもでた通り、子供の扱いに難儀しそうではある。だが、言ってしまえば其処さえ片付けられれば何の問題もない相手と言うことでもあるのだ。
二人は暫く押し黙ったまま見つめ合い、小さく頷いた。
「利害は一致しそうね。小羽の傍には景雪さんがいるし……」
「社長のお側には小羽様がいてくださいます」
「うちは性別に拘りはないはずだから、男の子を其方に預ければ良いのかしら」
「こればかりは授かり物ですからね。祈ることしか出来ません」
優美な庭を背景に、着飾った男女が色気のない会話を淡々と繰り広げていく。まるで事務作業を片付けているかのような話しぶりだが、それをどうこう言う人間はこの場にいない。
最終的に朔晦財閥の側近として育成する必要がある帯刀の子として、男児を一人。月見里家には性別不問で、最低一人は世継ぎとして残す方針で話が固まった。
「式については此方が主導で進めることになると思うけれど、話し合いには参加してほしいわね。私一人でお父様を止めるのは難儀しそうだから」
「了解致しました。では、社長にも話を通しておきます」
「あら、それなら小羽も来てくれるかも知れないわ。お父様、小羽には弱いのよね」
企むような表情で微笑む紗夜を見、千景は此処に来て初めて表情を和らげた。
「漸く本来の調子を取り戻されたようですね」
「……憂鬱だったのよ。もし何処の誰とも知れない相手だったら、小羽との時間が削れてしまうのだもの」
照れ隠しにそう言うと、紗夜は立ち上がって縁側に出た。
そして千景を振り向き、振り袖の手を差し出して微笑みかける。
「景雪さんじゃなくて悪いけれど、エスコートして頂戴。たまには此方側も味わってみたいわ」
「畏まりました」
フッと微笑み返し、千景も立ち上がって紗夜の手を取る。
用意されていた履き物を履いて庭に降りると、絵になる二人は庭園をゆったりと散策した。