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偶然か否か

 それから、有言実行とばかりに一日の仕事を過去最速で終え、景雪は小羽の待つ自宅に戻った。都心での暮らしに不慣れな小羽のために購入した屋敷は、居間の内装を彼女の実家に似せたものにしてある。豪奢な作りの大屋敷や都会の高層マンションでは気が休まらないだろうからと、結婚を機に建てたこの一軒家は、景雪の職場と小羽の実家でもある劇場の丁度中間位置に存在する。


「小羽さん、ただいま戻りました」

「お帰りなさい、景雪さん」


 玄関口で声をかければ、奥から純白の少女が駆けてくる。緋色の瞳を輝かせ、真っ直ぐに景雪を見上げてくる仕草はとても愛らしい。


「お疲れさまです。お風呂とお夕食、どちらにしますか?」

「食事が出来ているなら、先に頂きましょうか。今日はそれを楽しみにしていたので」

「ふふ、わかりました」


 鞄を小羽に預け、コートを背の高いコートハンガーに掛けると、小さい後ろ姿に続いて居間へと入る。するとその先にある食堂から、ブラウンシチューの香りが漂ってきた。


「今日のシチューは、お父さんに教わったレシピで作ってみたんです」

「それは楽しみですね。すぐに鞄を置いて戻ります」


 小羽に告げると、景雪は二階の自室に鞄を置き、ジャケットをハンガーに預けて階下へ戻った。食堂では小羽が食卓を整えており、景雪が席に着くとカトラリーの傍にワイングラスが置かれた。

 会食も行えそうな長テーブルの誕生席に景雪が座り、小羽はその九十度左隣に座る。客人がいて同席が許されているときは一番下座に着くが、二人きりのときは気兼ねない距離でと景雪が望んだためだ。


「実は今日、ブラウンシチューにしたのは、紗夜ちゃんからいいワインをもらったからなんです。取引先の方から頂いたものらしいんですけど、紗夜ちゃんはあまりお酒を飲まないので」

「そうだったんですか。折角ですから、ありがたく頂きましょう」


 かくいう小羽も、アルコールは殆ど飲まない。シックで上品なラベルが貼られたワインを手に、まずは小羽が景雪のグラスに注いでいく。次いで景雪が、少量を小羽のグラスに注いだ。

 白い皿に盛り付けられたブラウンシチューと、天鵞絨のような艶の赤ワインが食卓に並ぶ。手を合わせて「頂きます」と声を揃えると、景雪はワインを口に含んだ。


「これは良い香りですね。甘すぎないので、シチューにもよく合いそうです」


 銀のスプーンでシチューを掬い、形の良い唇へと運ぶ。その瀟洒な仕草に小羽が思わず見入っていると、景雪は目元を和らげて照れくさそうに笑った。


「小羽さん、見つめてばかりでは折角のシチューが冷めてしまいますよ」

「あっ……ご、ごめんなさい」


 頬に紅を散らして俯き、スプーンを手にする。よく煮込んだシチューは小羽好みの味で、ホッと息を吐くと照れと恥じらいで火照っていた頬が落ち着くのを感じた。


「そういえば、今度の金曜は、紗夜ちゃんがお見合いをするんです」

「おや、そうでしたか。実は千景にも見合いの話が入っていて、随分と渋っていたので私が予定を入れるからと行かせたんですよ」

「そうだったんですね。紗夜ちゃんもあまり乗り気じゃなかったみたいで……でも、紗夜ちゃんはずっとわたしのために生きて来たから、どんな形でも自分のしあわせも見つけてほしくて」

「私も概ね、小羽さんと同意見です。彼の生き方を否定するつもりはありませんが、帯刀一族なら結婚も責務の内ですからね」


 其処まで話して、ふと二人は顔を見合わせた。


「あの……もしかして、紗夜ちゃんのお見合い相手の方って……」 

「偶然、だとは思うのですが。もしそうだとしたら面白いですね」


 にこりと微笑む景雪の顔は、小羽を揶揄うときのそれと同じもので。つまりは本気でそうなれば面白いのにと思っている顔だった。

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