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野次馬 2



「たがまぁ順調そうでなによりというところだが、彼女の姉君はどうなんだ?

定石通りなら婚約は長女のレティーナ嬢とが筋だろう。

噂はまぁ色々あるようだが、会ってから判断しても遅くはないんじゃないのか?」

「――いや、彼女はない」


 ユーシスの言葉尻に被せるようにクレイルが硬質な声で断言する。

 レティーナの話が出た途端に、心なしかクレイルの態度が硬化したのをユーシスは感じ取った。


「もし彼女との話を推す声があったとしても、私から断っていただろう」


 どこか吐き捨てるように発したクレイルの言葉に、レティーナに対する微かな嫌悪が滲んでいた。


 クレイルとレティーナが一緒にいる姿をユーシスはついぞ見たことがなかった。

 ただ、悪い噂のあるレティーナに良い印象を持っていなくてもおかしくはないが…。


「会ったことがあるのか?」


 その問いに何を思ったのか、クレイルの返答に一拍だけ間が空いた。


「…あぁ、ある」


 先ほどは微かに滲んでいた感情を今度は完璧に消し去ってクレイルは続けた。


「噂通りだった…とだけ言っておこう。だから彼女との話はもとより、ない」


 “何が”とも、“どう”ともクレイルは詳細を告げなかった。

 そしてユーシスもそれに関しては深くは追及しなかった。


 代わりにクレイルにとっては全く繋がりの見えない言葉が返ってきた。


「まぁ、君はどこまでも王太子様、だからね」

「何が言いたい、バカにしてるのか?」


「バカになんてしてない、そのままの意味だよ。王太子として子供の頃から国のために何が有益かを判断し、国益のためには己さえも律して行動しようと努めてる」


「そんなこと当たり前だろう」


「当たり前、か。大抵の場合はそれが国にとって良き王太子の姿でもあるんだろうけれど…」


 ユーシスはその先を続けなかった。

 クレイルはユーシスが一体何を言いたいのか皆目分からなかったが、彼との会話ではままあることだった。


 結果、クレイルはその言葉を適当に流した。




…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…




 リィシュの姿でクレイルを追って来たレティーナの耳に、二人の会話が飛び込んできた。


「レティーナ嬢はどうなんだ?」


 自分の名前が話題に挙がっていると分かった瞬間、ドクンとレティーナの鼓動が跳ねた。いけないと思いつつ、そのまま身を隠し聞き耳を立ててしまう。


 だが、聞こえてきたのはどこか冷々としたクレイルの声だった。


「いや、彼女はない」


 そして、レティーナとの婚約話があっても断っただろうとも。


 クレイルは特にレティーナの悪口を言ったわけではない。けれどその態度が、発した言葉の端々から、レティーナへの嫌悪を感じさせた。


 ――――嫌われている……。


 クレイルの口からはっきりと自分との婚約はないと言葉にするを聞いたとき、レティーナは思った以上に衝撃を受けた。

 だがすぐに、いや、自分は知ったいた、と思い直す。


 二人は同じ貴族学院に通う身だ。

 クレイルとは滅多に言葉も視線も交わすことはないが、それでも偶然の弾みに目線が合うことがあった。


 だがその美しい瑠璃の瞳に湛えられていたは侮蔑の色だった。


 直接クレイルに何かをした覚えはない。だがレティーナにはいい噂がひとつもないのだから、それは仕方のないことかもしれない。


 そうした瞳を向けられることにちくりとした痛みを覚えた気がしたが、見ない振りをした。

 そしてレティーナは焼き付いた美しい眼差しごと、その記憶に蓋をした。


 自分が嫌われていようと、彼との初めての出会いは鮮烈で…彼への印象はその頃から変わることがなかった。


 ただその出会いは言葉を交わすことすらない、レティーナの一方的なものだった。きっと彼は覚えてさえいないだろう。



 レティーナ(わたし)ではもともと駄目だった。

 リィシュとして婚約さえできれば…それでいい。



 まるで自分に言い聞かせているようだった。

 レティーナはクレイルに会うことなく、その場で一度目を閉じた後、身を翻して元来た道を戻った。



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