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野次馬 1

これ以降、場面によって視点が切り替わります。


 王立グラスハーベス学院。

 広大な敷地内には研究塔を中心に専門の学舎が菱形を描いて点在している。


 貴族学院の学徒であるクレイルは、通い始めてすでに3年目になる。

 3年もすればいくら広いとはいえ、ある程度の立地は頭に入っている。


 クレイルはいやが応もなく耳目を集めてしまう己の立場を自覚しているため、入学からほどなくして人目につかずに静かに過ごせる場所を確保していた。


 クレイルに婚約の話が持ち上がっていることは正式に公表されていないはずだが、どうやら一部の者から伝わってしまっているようだ。


 はっきりと直接尋ねてくる強者はいないが、皆話を聞きたくて様子を窺うような、どことなく浮わついた雰囲気を感じた。


 本日最終の授業が終わると、クレイルは誰かに声をかけられる前にさっと席を立つ。


 研究塔に隣接する王立図書館に立ち寄り、本を数冊手に取り貸出手続きをした。

 そうしていつもの気に入りの場所へ向かう道すがら、後ろから友人が軽い調子で声を掛けてきた。


「よっ、婚約するんだって?」

「知ってただろうに白々しい」


 声の主の名はユーシス・ハルべルト。

 クレイルよりやや高いくらいの身長に髪は栗色。前髪を中央から左右横に流し、肩に届きそうな長さのそれを後ろでひとつに縛っている。


 細身とはいえ多少の武道を嗜み鍛えているクレイルと比べると、ユーシスは若干優男の印象が勝るだろうか。


 クレイルとユーシスは幼少の頃からの旧知の仲だった。ユーシスの階級は候爵だが、気安い様子から二人が気の置けない間柄であることが見てとれる。


「顔合わせしたんだろ? で、どうだった?」

「…まぁ、今のところは問題はない」


 興味津々な様子のユーシスに、クレイルは現状の印象を淡々と伝えた。

 だが、普段のクレイルを知るユーシスは、その返答にさらに面白がって食いついてきた。


「問題ない? 君がダメ出しをしないなんてよっぽど気に入ったんだな! エルシアン家の妹君も姉とは少しタイプは違えど、楚々とした美しい令嬢だって話だし? なるほどなぁ~! ほら、正直に言っちゃえよ! 可憐な容姿に惚・れ・たって」

「不敬罪で(たた)()るぞ」

「おぉ、怖」


 ユーシスは大袈裟に仰け反ってみせた。


 関係のない者に聞かれるには些か憚られるような軽口だったが、辺りに人影はない。

 もともとここは実験実習のための特別教室が集まっている建屋の通路だった。実習がない限り人通りはほとんどない。


 それが分かっているから、どちらも特段声を潜めることなく会話をしていた。


「…今のところ問題なし、ね。でもこの間一度会っただけなんだろう?」


 それだけで人となりが分かるのかい、と桑色の瞳が問いかける。


「確かにただ単に顔を付き合わせて、上辺だけのお上品な会話をしただけなら分からなかっただろうがな」


 含みのある言い方をしたクレイルに打てば響くようにユーシスは反応した。

「ただの顔合わせだけじゃなかった?」


 察しのいいユーシスにクレイルはにやりとする。

 クレイルは勿体ぶることなくすぐに答えを返す。


「あぁ、ヨシュアが乱入してきた」

「おぉ、あの筋金入りの人見知り坊っちゃんか!」

「登場自体はアクシデントではあったがな。なんのことはない、あのヨシュアがあっという間になついたぞ」


 子供は時に残酷なほどに正直だ。

 そしてヨシュアはことのほか敏感な質だった。

 いくら相手が表面を取り繕っても、自分を歓迎していない気配があればすぐに察してしまう。

 悪意ある人間には得意の人見知りを発揮して警戒し近付こうともしない。


 予期せぬヨシュアの乱入は、転じて相手の人間性を図る好機になった。


「まぁ、小道具つきのデモンストレーションがあったからな…彼女は子供の扱いに慣れているのかもしれない。ただそうはいってもヨシュアは本当によく人を見ているからな。それですべてが分かるわけではないが、子供に好かれるのは悪いことではない」


 弱き者にも優しく蔑ろにしないとも取れる。

 いつになく饒舌なクレイルとは裏腹にユーシスは遠い目をして別の感想を抱いた。


 ―――その場面なら何もなくてなによりだったな、としか言いようがないがな…。


 ユーシスは警戒心が爆発した時のヨシュアの言動を思い出していた。

 難色を示す相手に無理にでも近くへ引き合わせようものなら、泣いて喚いて手がつけられなくなってご退場…までが一連の流れだった。

 大人の事情なんてヨシュアにとっては茅の外だ。


「リィシュ嬢は思いのほか好感触のようで良かったな」

 ユーシスは心中に浮かんだ言葉は口にせず、無難に返した。



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