闖入者 1
クレイルと二人きりになると、レティーナは無意識に肩を強ばらせていたようだ。
彼女の周りにピリッと神経が張りつめたような空気を感じたのだろう。クレイルが尋ねた。
「緊張していますか?」
「ひぇっ、そそそ、そんなことは…!」
噛んだうえにどもった!
レティーナは自分のきょどり具合に内心ダメージを受けて負傷する。
ひえってなんだ、王子は化け物か?あと“そ”多くない!?不審者か――っ!!!
心のなかで突っ込みつつ、己の失態を呪う。
同時に見事に言葉と態度が一致していないわよね…と自覚する。
「…いえ、嘘です。少し、その…緊張しています」
「ははっ、正直ですね」
気さくな様子でクレイルが笑う。
どうやら素直に認めたのは正解だったようだ。クレイルの雰囲気が心なしか和らいだ気がする。
その後しばらくはクレイルとの会話は当たり障りのない、お互いの趣味の話や休日に何をしているのかなどの無難な事柄が続いた。
クレイルは始終王太子然とした落ち着いた笑顔だったが、その笑顔は闖入者によって破られた。
「クれぃるにーしゃまぁ!!」
「ヨシュア!」
声の方向を見やると扉の隙間から男の子が顔を覗かせていた。
驚くクレイルとは対照的に、ヨシュアと呼ばれた男の子はクレイルを見つけるとぱぁっと顔を輝かせ、クレイルのもとに覚束ない足取りでやってくる。
その後ろではなにやら侍従がおろおろしながら、連れ出したほうがいいものなのか困っている様子だ。
そういえば、第五王子として生まれた子がいると聞いたことがある。
年の頃は3歳にもならないくらいだろうか。
クレイルしか目に入ってなかったのだろう。クレイルの足元にたどり着いてから、ヨシュアはようやくそこに見知らぬ女性がいることに気づいたようだ。
目に見えてはっ、とした顔をした後、人見知りを発揮して泣きそうな顔をすると、クレイルの足にすがるように後ろに隠れようとする。
「ほら、ヨシュア、ご挨拶は?」
クレイルが少し腰を屈めてレティーナに挨拶を促すが、ヨシュアはさらにクレイルの陰に隠れてしまう。
まだこんなに小さいんだものね…。
そんなヨシュアの様子を見たレティーナは少し考えた後、近くにいた侍従にコインを持ってきてもらうように頼んだ。
コインを2つ受け取ったレティーナはしゃがんでヨシュアと目線の高さを合わせるとおもむろに両手をヨシュア前に見せてやる。
「ほーら、ヨシュア様、見て見て」
にっこり笑ったレティーナは何もない手のひらにヨシュアがおずおずと目線をやったのを確認してから、その手をぐっと握った直後に、ぱっと開いた。
「あーっ、コインが出てきたぁ!!」
レティーナの両手にはコインがひとつずつ。
「なんでなんでぇ!?何もないところからコインが出てきたー!!」
頬を上気させてすっかり興奮が抑えきれない様子のヨシュアはさっきまでクレイルの陰に隠れるようにしていた子と同じ子だとは思えない。
「おねーさんは魔法使いなの?」
「お姉さんは魔法使いじゃないですが、この魔法だけ特別に使えるんですよ」
「すごいすごい!もっかいやって!!」
目を輝かせてヨシュアが言う。
「じゃぁ、よーく見ててくださいね」
「――ほらっ」
「わぁーっ」
ヨシュアにせがまれるまま何度も再現してみせ、こんなのもできますよとレティーナが技を披露する度、きゃっきゃっと楽しそうな笑い声が響くのだった。