初対面
「此度は我がエルシアン家の娘をクレイル王太子殿下の婚約者にと望んで戴き、このような場を設けて戴けるとは光栄至極に存じます」
品のよい調度品に囲まれた豪奢な部屋に案内され、改めて礼を取った。
公爵であるお父様が口上を述べると、この国の王である陛下は堅苦しい挨拶はいいから座りなさいと、レティーナ達をソファに促した。
「こんな可憐な方がお相手だというにクレイルもさぞ喜んでおるだろう」
そういうと陛下はちら…と王太子へ目を向けたが、クレイルはそれには何も答えず目を伏せた。その様子からは妹の容姿を気に入ってくれたのかはわからなかった。
エルシアン家の娘と指名し、この場に姉であるレティーナが居ないことに誰も触れなかった。
その家の娘を婚約者にと指名があれば、本来ならその相手として真っ先に長女へ白羽の矢が立つはずである。
だがそうならなかったのには理由がある。
単純に姉のレティーナの評判が悪かったのだ。
身分を笠に着て、陰で下位の者や使用人に高圧的に振る舞っている。
その高慢な態度のせいで親しくする同性の知り合いが一人もいない。
だか男性関係はだらしなく、享楽的な付き合いも甚だしいと専らな噂だった。
当然ながら王家に素行の悪い娘を迎え入れるという選択肢はないのだろう。
妹のリィシュがこの場に現れたことに誰も疑問に思わなかった。
だが、ここにいるリィシュは本物ではない。
リィシュの姿をしているが、中味はレティーナその人だった。
本物のリィシュは今、魔女の魔導具によって昏々と眠りについている。
魔導具を外さない限り、目覚めることはない。
あの時…妹に成り代わり王太子と婚約したいと言ったとき、魔女は平然と「殺すの?」とレティーナに聞いてきた。
そのトーンはまるで日常のなんてことない会話と同じ調子だった。
レティーナは咄嗟に何を言われているのか分からなかったが、一拍遅れて理解した。
魔女はリィシュを殺すのかと尋ねたのだった。
レティーナが震える唇で眠らせてくれればそれでいいと答えると、魔女は妖しく目を細めるとふふと笑って言う。
まぁ、人ひとりをいなかったことにする魔法は大掛かり過ぎて、もらった報酬じゃぁとてもじゃないけど足りないけれどね、と。
大掛かり過ぎるからやらない―――それはできないわけではないということ。
その時、レティーナは実感を持ってこの魔女のことを恐ろい、と感じたのだった。
だがどちらにしろ取引は成立した。
レティーナはもう引き返すことができない。
現実に意識を戻し、レティーナはこっそりクレイルを見やる。
彼は糸が張ったようにピンとした、けれど力むことのない姿勢で座っていた。座っているその姿も気品を感じさせる。
正面から見たのは数えるほどしかなかったが、彼は記憶にあるよりさらに迫力を増した美形だった。
向かいに座る陛下も王妃殿下も絶頂期からはお年を召したとはいえ美男美女でしっかり遺伝して引き継いでいる。
レティーナの目的は妹として婚約に漕ぎ着けることだが、大前提として彼に気に入られなければならない。
上手くいくかしらとレティーナは急に不安になる。
でもやるしかないわ、絶対婚約してみせる!
そうレティーナが意気込んだ瞬間、クレイルの瑠璃の瞳と視線が交わって思わずドキッとしてしまう。
真っ直ぐなクレイルの眼差しに、レティーナは心の内を見透かされているのではないかと怯む気持ちをどうにか抑えた。
そして少しでもいい印象を持ってもらおうと口元に僅かな微笑みをのせた。
微笑んだリィシュ――中味はレティーナだが――にクレイルは何を思ったのか、その表情からは窺い知れなかった。
たが、不躾にならない程度の視線を感じる。
婚約するかもしれない相手だ。興味くらいはあるんじゃないだろうか、とレティーナは読めない相手に想像を働かせるしかない。
そんな様子を見た王妃殿下が二人きりにさせてあげようと気をきかせてくださり、陛下やお父様に退席を促したのだった。




