エピローグという名の序章
学院の渡り廊下に人影がひとつ。
通路の腰壁に軽く体重を預けている。
自ずとその身体は進行方向に横を向くかたちで立っている。
そこに漆黒の髪の女性が本を抱えて歩いてきた。
黒衣が白い肌を更に際立たせている。
女性が佇む男性の横を通りすぎるかどうかのタイミングで、声を発した。
「―――どこまでが君のシナリオ通りだったんです?」
問いかけた声の主はユーシスだった。
いつものように髪を後ろで束ねた出で立ちだった。
「何のことだかさっぱりわからないわね」
通りすぎた先で立ち止まった女性――魔女は流し目でユーシスをとらえて、その紅い唇に薄笑いをのせた。
ユーシスはその流し目を受け止めて、同じように薄く微笑んだ。
「――導きの制約」
ユーシスの言葉に魔女がピクリと反応する。
魔女は薄笑いを消すと、今度は忌々しそうな顔をしてユーシスを見た。
「――あなた、あの糞魔術師一族の末裔ね…?」
目を閉じて微笑みを浮かべているユーシスは彼女の方を見ていなかった。
「私は昔話の伝承に残る程の稀代の魔女なのよ? あんな何百年も前の制約に効果があると思って…?」
「クレイルがレティーナを選ばなければどうしていたんです?」
エルシアン家とクレイル王太子との婚姻を結ぶこと。
あの啓示には続きがあった。
――真実の相手と結ばれなければ、この王国は滅亡の道を辿る――
ユーシスはこの啓示に魔女が何らかのかたちで関わっていると踏んでいる。
そして、当初のままクレイルが噂を鵜呑みにしてレティーナへの嫌悪を払拭できていなかったなら、今回の結果は無かったのではないかとユーシスは考えている。
「どちらを選んでもどうでもいいし、理由は面白そうだったから…それだけよ」
長い髪を払ってひとつ笑いを漏らすと、それに…と繋いだ瞬間に魔女の雰囲気が変わる。
「こんな王国なんて勝手に破滅すればいいわ。忌々しい王家もあの糞魔術師一族も私にとっては塵屑以下の存在よ」
細長く伸びた爪を噛んで言う魔女の姿には、憎らしげな気持ちが如実に現れていた。
そんな魔女の様子が見えないかのように、ユーシスが呑気に言う。
「そういうわりには平和な世の中ですね」
「平和…ね」
ふん…と魔女が鼻を鳴らす。
「そう遠くない未来で恐怖と混沌の芽が咲き乱れるわよ」
魔女の瞳が底光りする。
「…楽しみね」
そう言うと、もうユーシスを見ずに魔女は背を向けて歩き出した。
「 ―――人は何度だって繰り返す―――… 」
魔女の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
《完》
ここまでありがとうございました、感謝です!




