真相への一手 2
クレイルとリィシュが初対面したあの時。
レティーナ・エルシアンを見失ったという報を臣下から受けると、先程まで辛うじて令嬢の仮面を被っていたリィシュの顔つきが変わった。
「あ”~っ!!やっぱりですわ!お姉様の大馬鹿者…!」
言った後、クレイルの目の前でリィシュは頭を両手で抱えて、文字通り地団駄を踏んだ。
その変わりようにクレイルは笑顔のまま固まる。
王太子を前にここまで崩れた態度を見せる令嬢はそうそういない。
楚々とした令嬢…とは……?
クレイルは自分の中でその定義を振り返る。
「クレイル王太子殿下、不敬を承知で申し上げます」
真剣な顔をしたリィシュはまたもクレイルを絶句させる爆弾発言を落とした。
「はっきり申し上げますが、私は貴方様との婚約を結ぶつもりは毛頭ございません」
「……」
「だって王太子妃なんて面倒な役目、私に務まるわけございませんもの」
クレイルはもう声もでない。
笑顔を保てたことを誰か誉めてほしい。
まるで自分が告白もしない間に振られたようになっているこの状況はなんだ。
「…私は元孤児院出身なんです。そんな大層なご身分になってもボロが出るに決まってます。そうお姉様には伝えたのに…。いや、伝えたからこそ、きっとこうなったんですわ」
悔しそうにリィシュは言う。
「とにかく、ハミルト伯爵は危険です。
最悪、国外へ連れていかれて身売りや奴隷のように扱われるかもしれない。
そんなことお姉様だって分かってるはずなんです。
分かってて行ったんです。
…エルシアン家やお父様そして私のために」
リィシュは訴えるように話していたが、自分の気持ちを振り返るように口にする。
「…私はお姉様と違っていざとなったらこの家も父様も捨てて平民としてだってやっていけるんですよ」
「なるほど…なかなか逞しい性格をしているな」
「それ、仮にも貴族の令嬢に対していう言葉じゃないですよね」
「いや、誉めている。いい性格をしている」
リィシュはレティーナが孤児院を母の形見のように思っていたこと、父親の様子がおかしくなっていることを自分のせいだと感じているようだったこともクレイルに話して聞かせた。
クレイルはここまでのリィシュの話をもって、今までの自分の認識ががらがらと崩壊していく音を聞いていた。
今までの思い違いによる己の行動の数々を思い起こし、クレイルの胸に後悔の念が沸き起こる。
クレイルとレティーナが舞踏会で出会った頃には、エルシアン家の財政は全盛期より大きく傾いていた。
エルシアン家が行っていた孤児院への援助金も年々捻出するのが難しくなっていたようだ。
先程目を通した商人の証言では、レティーナはなんとか香の販路を探そうと奔走していたらしい。
それがどう巡り巡ったのか、その頃からレティーナに悪評が立ちはじめた。
だが、まぁ分からないでもない。
相手をした男の立場からすると、レティーナが自分に気があるのかと思いきや実際は商売の話を持ちかけられるのだ。
男性側はただ利用されたとのかとプライドが傷つけられ、憤慨してもおかしくはない。
それにしても、レティーナが手当たり次第男性と浮き名を流している…そう誤解された背景がそんな理由だったとは。
クレイルは噂を鵜呑みにした自分に歯噛みした。
リィシュはそんなクレイルの内心など露知らず、話しているうちに段々気持ちを昂ぶらせていく。
「お姉様は馬鹿なのよ。
エルシアン家も父様も孤児院も私のことも全部捨てられない。何も見捨てられなくて捻れしまった不合理な部分を全部一人で被ろうとするのよ」
堰を切って溢れるリィシュの言葉は姉への想いをそのまま現すようだった。
「…本当に大馬鹿者よ。
そうやって自分ばっかり犠牲になって…!
私だって…
私だってお姉様に幸せになってもらいたいんだから…!」
叫ぶようにリィシュは訴えた。
「…そうだな」
クレイルは同意を込めてそれだけ答えた。
見えてきた真相に手を掛けたとき、クレイルは自分の感情の正体に気づき始めていた。




