本当の貴方に
クレイルはリィシュとの初対面の後、全速力で早馬を走らせた。
レティーナの居場所は王家の秘密の間で、魔導具を発動させて検討を付けた。
向かっているのは王都の郊外にある港町だった。
魔導具が指し示した今現在の居場所が港町ということから、まさに船でこの王国を離れるところだろう。
この王国から出てしまえば魔導具の効力は格段に弱まってしまう。
そうなると、最早レティーナを探し出すことは不可能に近い。
逸る気持ちのままにクレイルは馬を駆けさせた。
* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … *
レティーナは帆船に乗って離れていく故郷を静かに後にする…はずだった。
港が何やら騒然としているように見えた。
何だろうと目を凝らすと、ドンッという重い音とともに帆船が激しく揺れた。
今度は船の上が騒がしくなり、何があった!?と怒号が飛ぶ。
そうこうしているうちに第二波三波が響き渡る。
ドンドンッと船体に衝撃が伝わって、乗船している人々は皆、慌てて船底に身を伏せる。
衝撃が止んだ隙に、船の状況を確認した一人が叫んだ。
「港に船体が綱で繋がれてます!」
どうやら港から大砲型の索発射銃で、鉤付きの綱が飛んできたらしい。
鉤は船体を軽く貫いたあと、食い込んでいるようだ。
これでこの帆船はこれ以上港から離れることはできない。
…むちゃくちゃだ。
唖然とする面々を余所に、一体の船が近づいてきた。
そこに堂々とした風情で佇む人物にレティーナは目を見開いた。
金の髪に、瑠璃の瞳―――そこには王太子クレイルがいた。
* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … *
船上からレティーナの姿を確認したとき、クレイルはほっとすると同時に、やっと本当の彼女と会えた気がした。
クレイルはすべてを解ったうえでここに来た。
遠回りをしたが、ばらばらだった事象がやっと像を結んだ。
間に合って良かった、とクレイルは心の中で思った。
レティーナが乗っていた船に横付けすると、両者の船に橋を渡す。
ゆっくりとクレイルが橋を渡って、こちらの船に降り立った。
「いや~、これはこれは…もしや王家の方でしょうかね…?私どもはとある方の依頼を受けてこのお嬢様をお運びしてるだけで詳しいことは何も知らないんですよ」
突然の王太子クレイルの登場に船上の男が一人、顔をひきつらせてやって来た。
脛に傷を持つ者特有の窺うような顔つきだった。
「手荒な真似をしてすまなかったな。急いでいたものでこのような手段を取ってしまった。船の損傷部の請求は王家にあげてくれて構わない」
全然すまないと思っていなさそうな口調で言うと、クレイルは彼女と話がしたいのでこちらの船で待つように、有無を言わせぬ笑顔で宣う。
男達が移動したのを見届けると、クレイルはレティーナに視線を向けた。
真実を知ったクレイルの瞳は知らぬうちに強く鋭く輝き、目が合ったレティーナの身体がビクッと怯えるように微かに震えた。
…あぁ、彼女だ。やっと本当の彼女が目の前にいる。
身構えたレティーナとは相反してクレイルは感慨のようなものを噛み締めた。
「いや、私は貴方を責めに来たわけではないんだ」
なるべく穏やかに聞こえるように、レティーナに言った。
けれどレティーナはその強い瞳から逃れるように俯いて視線を反らしている。
そんな彼女に静かに語りかけるようにクレイルは言った。
「貴方が妹君に成り済ましていた意味も…やっとすべてが解ったから」




