レティーナとの出会い
クレイルがレティーナを初めて見かけたのは、3年前のことだった。
それまでこういった舞踏会で彼女の姿を見かけたことがなかったから、社交界デビューをして間もないのかもしれない。
ここぞとばかりに着飾った人々が行き交っている。
会場は花が咲いたように華やかな空気で満ちていた。
クレイルがそういったところに姿を現すといつも入れ替わり立ち替わり人が訪れる。
訪れる人達の相手をしながら、何故か目を惹く存在があった。
それは今まで見かけたことのない令嬢だった。
彼女は白金の髪を花を飾った装具で結い上げ、薄青に白のフリルをあしらったドレスを着ていた。
きらびやかな社交界ではむしろ地味な装いだった。
なのにクレイルの目に留まった。
きっと彼女の様子が他とは違っていたからだろう。
妙齢の女性ならば少しでもいい条件で結婚できるように、お相手探しに躍起になっている。
各言うクレイルもそんな女性達の秋波を感じることが往々にしてある。むしろそれが日常である。
ただし王太子であるクレイルに寄ってくる者は男女問わなかったが。
社交界は打算と下心が渦巻く世界でもある。
そんな社交界の中でその令嬢、レティーナの雰囲気は他の令嬢とはどうも様子が違う。
初めての社交界に出方を窺って困惑している…ようにもみえない。
周囲から見ると彼女は壁の花。
ただ凛と立つ姿が印象的だった。
クレイルが意識せず視線を送っていたからだろう。
一度だけ彼女と目が合った。
透明感のある眼差しにクレイルは一瞬見入られたようになる。
時間にするとそれはほんの瞬きの間で、すぐに視線は外れていった。
彼女は自分に興味を持たない令嬢として、クレイルの印象に残ったのだった。
…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
そんな彼女との再会はそれからいくらもしないうちだった。
クレイルは王太子でありながら、度々供もつけずにお忍びで王城を抜け出していた。
いや、クレイルにとっては王太子であるからこそ、普段は得られない情報を得るために必要と考えしていたことだ。
畏まった世界では見えないことがある。
いざとなったらどうにかするだけの処世術も護身術もそれなりに身に付けていた。
ただ、クレイルが抜け出す度に従者は血眼になって毎回探し回っているようだが。
その日も髪色を変え、使用人の姿に変装をして出歩いていた。
気が向けば街にも出かけるクレイルだが、今回はローデイル伯爵邸で夜会が開かれると小耳に挟み、裏方から参加してみようと思い付いた。
普通に参加すると周りが放って置かないため、たまには裏舞台から眺めるのも面白いかもしれない。
ついでに面白い情報があれば儲けものだとそんな軽い気持ちだった。
いざというときの為に、偽の紹介状まで持って辺りを散策していると、建物の陰で話し声が聞こえてきた。
ここからは遠くて会話の内容までは分からないが、声の調子から察するに何やら穏やかじゃなさそうだ。
「 ――っ!! おやめくださいっ!」
若い女性の声だった。
もう一人は20歳半ばに届かないくらいの男性で、確かあれはローデイル伯爵子息だ。
女性の抵抗する声に男は血が昇ったのか、その気配が剣呑なものになった。
女性の腕を掴んだ様子を遠目から確認し、クレイルは咄嗟に助けに入ろうと身を乗り出した。
「おい――」
何してる、とクレイルが声を上げかけた。
「 ――!」
すると人影が目に入ったのだろう。
彼女は一瞬驚いた顔をしてこちらを見た後、クレイルに向かって高圧的に言い放った。
「使用人風情が口出ししないで! 立ち去りなさい……!!」
クレイルは一瞬、何を言われたのかすぐに理解できなかった。
そして一拍遅れてそういえば使用人に扮していたことを思い出した。
「何してるの、早く行きなさい……!」
女はもう一度クレイルに強い調子で命じてくる。
その時やっと言い争っていた女が先日見かけた令嬢、レティーナだと気づいた。
それと同時に強い不快感を覚える。
助けに入ろうとした人間に対して、その偉そうな態度はなんだ…!?
そこに騒動を聞き付けた家人の声がした。
「そこで何を騒いでいるんだ!?」
未だ不快感が燻っていたが、この姿で事の仔細を問い詰められるわけにいかないクレイルは、踵を返してその場を離れたのだった。
…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…
そして数日後にはレティーナが手当たり次第に男性と浮き名を流しているという噂を耳にした。
確かにあの時もローデイル伯爵子息と揉めていたな。痴情のもつれか?
そうして噂を裏付けるように、レティーナが何度か男性と一緒にいる姿を目にした。
夜会での不快感も冷めやらぬまま、クレイルの中でレティーナに対する評価は地に落ちた。




