6骨目 悪党たちの舞踏会
事件はその後の表彰式で起こった。
式の流れとしては、領主のありがたい労いのお言葉、賞金と副賞の受け渡し、それを抱えたまま表彰台で観客に愛想を振りまいて、あとはこの武闘祭の運営担当官の締めの挨拶で終わりって感じらしい。
中身のない無駄に長く装飾過剰な事務官辺りが考えたのであろう台本を、領主サマはまれにアドリブ交えながらダラダラ読み上げていた。
誰も得しないのに、どこの世界も同じなのかね、偉いさんの挨拶ってぇのは。
一言、よくやったおめでとう、とかでいいじゃないの。
かったるいなぁ。
そんな苦行がようやく終わり、まず優勝者である青年が名を呼ばれ、彼は賞金等々を背後に積み上げた領主補佐の元へと意気揚々向かった。
のっぺりとした中年の領主補佐が人の良さそうな笑みを浮かべ、彼に何事か話しかけている。
すると、唐突に夢の世界にでも誘われたかのごとく、青年の首がガックリと落ちた。
直後、悪い方向に雰囲気の変わる領主補佐のオッサン。
あー、これ、このパターン見たことあるやつや。王道のやつや。
だからって、フラグも立てずにいきなりそんな展開が来るのはどうかと思う、ゲーマー的に。
領主補佐は「くっくっく」と、いかにもな笑い声を上げて腕を振り、俯く青年へ興奮気味に命令を下した。
「やれ! まずは領主ダッドの首を獲れぇい!」
えーっと、クーデターかな?
言われるがまま、表情の抜け落ちた青年が両手に剣を構えて走り出す。
まさかの凶行に、騒然となる会場内。
怒りの形相で腰の剣を抜き立ち上がる領主と、そんな領主の元に慌てて集う兵たち。
領主様、こんな会を開催するだけあって武闘派の人なのかぁ。
しかし、素直に守られてくれない護衛対象とかクソでは?
ホラぁ、お控えくださいって怒られてるじゃん。
そんな風に騒乱を半目で眺めながら、私は小さな声で隣に立つデスに意向を語った。
「えーと、今回は人目もあるし、2位取っちゃったし、一応救助の方向でヨロシクです」
「心得た」
個人的には、会場内の人間が皆殺しになろうと、町ごと血の海に沈もうと、心の底からどうでも良かったんだけども。
自分たちだけ生き残って、後々戦犯扱いにでもなったら面倒なので、申し訳ないながらもデスに働いてもらうことにした。
そして、今まさに操られているっぽいイケメン青年が領主の前方に集う兵の1人を無情にも切り捨てようとしていた場面で、閃光のように黒骨が割り込み、彼の凶刃を受け流す。
テレポートかと思うぐらい一瞬で移動したけど、多分聞いたら軽く走っただけとか言われそうだなぁ。
ってか、これ、あまりのデス様の格好良さに助けられた兵士惚れたりしないかな、大丈夫かな。
ウチの骨マジでハンサムだから心配だ、あぁ心配だ、心配するような穴も棒もないけど、理屈じゃなく心配だ。
デスに邪魔をされたことで、領主補佐は顔を真っ赤にして青年を罵倒し、しかし、すぐに大声で笑い出す。
おやおや、領主補佐様ったら情緒不安定ねぇ。
更年期障害ですか?
「おう、そうだそうだ。
下賎な魔物とはいえ、貴様も中々良い手駒になりそうだったなぁ?
そのような非力な小娘ではなく、私に仕える栄誉を与えてやる!
泣いて喜ぶがいい!」
止めて草生える。
テメェ如きが何言ってんだ感がヤバイ。
『デス! レニアバッススタエナス!』
デスの名と共に何らかの呪文を唱える滑稽な中年。
一瞬、どうするという視線を黒骨から向けられたので、煽って楽しもうぜというアイコンタクトを返しておいた。
デスは領主補佐に眼孔を向け、かくりと横に首を傾げる。
あざとい。
「…………はて、何も起こらぬようだが?」
「なっ、バカな!?」
何がバカなのかよく分からないけれど、とにかく仰天する中年道化師。
反応がとことん小物だなー、オッサン。
「くそっ、テイマーが従えている状態だからなのか!?」
多分、実力差だと思います。
「だったら、お前だ!」
元領主補佐の男は怒りの形相でそう叫んで、今度は私の方を向き直り、同じ呪文を言い放つ。
ていうか、わざわざ声に出して身構える隙を与えるとか、頭脳が間抜けなの?
『リリリ・バーナム! レニアバッススタエナス!』
「きゃあっ!」
と、一応女子らしく悲鳴を上げてみたはいい、け、れ、ど。
あー、はい。うん、まぁ、効かないよね。
どういう理屈のどういう効果の魔法かは分からないけど、私にはデス手製の各種事象に対応したバリアが幾重にも張られててなぁ。
すまんね。
「デス! 私は大丈夫! だから、彼を!」
演技として、焦ってこちらへ来ようとする骨騎士へ、そのまま青年を鎮圧しろと言葉を投げる。
処世術としての善人ぶりっこです。
見た目が怪しいから、こういうトコでポイント稼ぐの結構大事なんだよ。
ま、茶番も最後まで続ければ本物にならぁな。
平然と正気を保っている私に、オッサンは目を見開いて雄たけびを上げた。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! なぜだ何故動ける!
私の名縛りの術は完璧だった!
この世界には言霊の概念が存在せんっ、防ぎようがないはずなのだ!
これは一体どういうことだっ!?」
おーおー、説明セリフおつおつ。
デカい行動を起こす時は常に最悪のケースも想定しておきなよ、オッサン。
要は、このどこからでも切れます中年は言霊が実在する世界の術士で、何らかの方法で界を渡り、無防備なこの地の住人を術で縛って世界征服というか、好き勝手しようとしていた、的なアレかね。
あんまり最初から表立ってやると討たれかねないから、良い感じに駒が揃うまで潜伏してた感じかな?
さすがに味方の少ない状態で人海戦術使われたら、対処のしようがないものねぇ。
世界的な武闘大会の参加者なら強くて、しかも自然と名前を知ることが出来るし、オッサンなりに考えてはいたわけだ。
ただ、規格外のデスはともかく、私にその名縛りが効かなかったのは、これがプレイヤーネームだったからだと思うよー。
流石にそんな術にまでバリアが対応してたとは考えにくいし。
そもそもデスにしたって本名はもう少し長いからね。
そんな不完全な縛りで彼ほどの存在をどうこうできるワケがないよね。
いやー、残念だったねぇ、のっぺり中年ってば、私たちが偶然ここにいて、ねぇ。
それさえなきゃ、計画も上手くいってたかもしれないのに。
ご愁傷様でした。
「ありえんありえん! 私は特級言術士マハラニ……」
「そう囀るでない、耳障りじゃ」
「うぎゃあッ!」
あ……デスが喚くオッサンを容赦なく、いや、容赦はしてるか、とにかく殴りつけて地面にキッスさせた。
ひゅーう、熱烈ーぅ。
YOU、地面と結婚しちゃいなYO。(訳:そのまま埋まって死ね)
領主の方はどうなったのかと軽く首を回せば、青年はすでに取り押さえられ、縄で雁字搦めにされていた。
……いつの間に。
ピクリとも動かないところを見ると、デスがこっそり魔法で拘束でもしているのかもしれない。
こういうのって、倒しても倒しても意識が刈り取れなくて、ゾンビみたいに動き続けるパターンもありえるもんね、念には念よね。
先ほどの一撃で鼻血ブー&歯欠け状態になった中年が、地面に尻をつけた状態で、ガタガタと震えながらデスを見上げている。
あとは元凶のコイツを捕らえてめでたし、かな。
青年も実害は出さなかったし、術が解ければ無罪放免ってことになりゃいいね。
仮に実刑が下ったところで助けやしないけど。
「ぎ、貴様、い、いいいっだい何者……」
うえ、汚っ。
そんなベチャベチャなまま、しゃべるかね普通。
あ、人間を人間とも思わないようなヤツの神経が普通なわけなかったか。
いやまぁ、人のこと言えた義理じゃないけど。
最初から全く一切微塵も欠片たりとも負けると思ってはいなかったが、ここで勝ちを確信した私。
動揺する元領主補佐様の前におもむろに躍り出て、口元以外はローブで隠れているけれど、一応様式美としてドヤ顔を浮かべ、彼にだけ聞こえる音量でこう言ってやった。
「あ、控え控えぇぇい! ここにおわすお方をどなたと心得る!
恐れ多くも先の煉魔獄支配者、デス様であらせられるぞ!」
「お主が何者じゃ」
即座に背後のデス本人から冷静なツッコミが入る。
やめて、ノってる時にそういう素の対応やめて。
とか言いつつ、ちゃんと周囲には聞こえない程度の声しか出してない辺り、完全にノリノリってわけでもなかったけどな、私はちゃんと冷静だったけどな。
……うん。
ウソじゃないよ?
「っおふ、ヤバイ。
実際やってみたら、すごく恥ずかしいですよコレ。
後で確実に黒歴史になるやつですよコレ、デス様」
「今もうすでになっとる、の誤りであろうが」
「ぐっ、的確っ」
胃の辺りを押さえて、擦る真似をしてみせる私。
と、まぁ、冗談はここまでにして。
呆然としている小汚いオッサンへ、私は絶対零度の視線を向けながら口を開いた。
「で、どうしますコイツ。
さすがに我々が勝手に殺しちゃうのは、主催のメンツとか考えると面倒なコトになりそうなので無しの方向で。
ただ、領主に拘束させたとして、また言霊使って逃げられたりしませんかねぇ」
「舌でも切ってみるかの?」
「ひぃっ!?」
「それで本当に術が使えなくなるって保証はありませんよ」
「ふむ、いかさま」(※なるほど、いかにもの意)
路傍の石でも眺めるような無感動な目で見られるのに慣れていないせいもあるかもしれないが、壮年期にしてドリーマーな元領主補佐様は、自らの処遇の行方を案じ、チワワのように小刻みに震え怯えている。
ちなみに哀れ装って同情引こうとするのは無駄だからなー?
お前は喉元過ぎれば熱さ忘れるタイプだろ、絶対。
首輪つけて監視してないと、また犯罪繰り返すんだろ。
偏見? 知るかバーカ。
1度罪人のレッテル貼られた奴ぁは、どこまでいっても罪人なんだよ。
一生小さくなって隅に縮こまって社会の歯車やってろや。
こっちは犯罪ライン超えないように必死に我慢してブレーキ踏み込んでるってのに、簡単にアクセルふかしてくれやがって。
かける情けなんざぁ、あるわけねぇだろ。
「アレならデス様、言霊を使おうとする度にSUN値直葬されるような呪いとか掛けられませんかね」
「さて、そのような呪は体得しておらぬが……即興で練って試してみるかの?」
「うーん、即興はなぁ……失敗のリスクを考えると中々」
「発現する効果によっては有り得る話じゃな」
「まぁ、あとは暴力という名の物理説得で身体に覚えさせても良いんですけどぉ。
そういう拷問系に関しては素人だから、加減が分からないという欠点があるんですよね」
「それはいかん。殺してしまっては罰にならぬでな」
「でしょう。きちんと犯した罪を洗い流せるくらい長く深く苦しんでもらわないと、楽に死なれちゃ困りますもんねぇ」
目の前で繰り広げられる物騒極まりない話に、元領主補佐のオッサンは相変わらずの小物感丸出しで言い逃れを始めようとしだした。
「わっ、わわ私はまだ何もっ……!」
「やぁね、今回が初犯じゃないでしょう?
おじ様ってば、操ることにすごく慣れていらしたものねぇ。
今まで何人ぐらい、ああして捨て駒にしてきたのかしら?」
「ひっ、ひいっ、ひいっ!」
間髪入れずに返した憶測が正解だったのか、ただでさえ悪かった顔色を更に悪くした中年は、泡を吹き過呼吸を起こし始めた。
あーあー、脆弱かよオッサン。
……死なせねぇよ?
「デス様ー」
「うむ」
「はひっ!?」
はい、これで病状回復な。
優しいねぇーぇ、私まったく優しいよぉ。
犯罪中年にここまで優しくしてあげる女子って早々いないよぉ?
さぁて、兵士さんたちも寄って来たし、お遊びもここまでですねぇ。
「デス様。1秒が1時間に感じられる系の呪いならイケますか。
あ、できれば狂わないオマケつきで」
「ふむ……いけそうじゃな。任されよ」
死神様はエフェクト隠蔽能力があるから、ギリギリ集まってきた兵士たちにもバレないバレない。
意識だけが加速した時間の中じゃあ、自分の体の動きも遅すぎて対応が難しそうだね?
間延びしすぎて、ろくに音も拾えなそうだし、頼りの言霊も上手くは紡げないでしょう。
本来一瞬のはずの痛みも、いつまでも続く。
さりとて追加した効果で狂うことも出来ない。
結構な辛さじゃないかな。
ひたすら限界まで精神を磨耗させていくといいよ。
そんじゃ、お疲れ様でした、異界の言霊使い様。
あ、特級言術士様だったかな?
まぁ、どうでもいいか。
どうせすぐ処刑にでもなるでしょうけど、せいぜい、死ぬまで苦しんで生きてください。